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第11章Ⅰ:帰郷

第11章では、アクリウム国へと帰郷を果たしたサーシャとジーフェス、そこでジーフェスはサーシャの祖国での扱いを知ることになります。

更に二人はそこで思わぬ出来事に遭遇してしまいます。

それはジーフェスの忌まわしい過去を思い出させ、未来を変えてしまう出来事に…。




※人を見下す表現が多々出てきます。不快に思われる方は充分に注意して下さい。


※残虐(大量の流血)な場面が出てきますので注意して下さい。


※医療の場面が出てきますが、作者は専門知識に皆無です。拘らずにさらりと読んで頂けたら幸いです。


――そこは緑生い茂る木々が立ち並び、数多くの植物や生物が長い時を経ても尚、その姿をほとんど変える事無く存在する場所。


ここはアクリウム国の国境近くの森に連なる林。(いにしえ)の時代より姿を変える事無く、かの国を守護してきた『深き蒼の森』の入り口にあたる場所。

その場所に唯一拓かれた路に、今1台の馬車が走っていた。


「あっ!あそこに綺麗な鳥が…ジーフェス様、見て下さい」


馬車の中にいたサーシャは、隣に座っていた夫のジーフェスに声をかけた。


「…ジーフェス様?」


だが呼ばれた当の本人は彼女の隣で目を閉じて、実に気持ち良さそうに寝息をたてて熟睡していた。


「もう…ジーフェス様ったら」


少し不満そうに唇を尖らせそう呟きながらも、サーシャはくすりと笑顔を浮かべ、傍にあった上着を彼の肩にかけた。


“出発の前日遅くまで仕事でしたから、疲れていらっしゃるのよね”


気持ち良さそうに眠る彼の頬にそっと触れ、温もりを感じるサーシャは穏やかな表情を浮かべた。


“もうすぐアクリウム国王宮に着く頃ね。楽しみ。でもラスファ王子があんな事にならなければ、もっと楽しい旅になったのだけど”


そして再び窓から外を…アクリウム国の郊外に広がる林の様子を見つめるのであった。



      *



「あーあ、良いなあジーフェス叔父様達は。今頃はアクリウム国に着いた頃かなあ……は、はくしょん!」


フェルティ国王宮の奥の私邸では、ラスファが豪華なベッドの上で厚手の上着を羽織り、ぶつぶつと不満そうにぼやいていた。


「折角かの帝国アクリウムに行ける機会だったの……は、はくしょん!!」


「その状態じゃあ無理だな。お前の風邪が悪化するならまだしも、下手すりゃ向こうの方々に風邪を広めるぞ。全く…アクリウム国訪問という大切な時に風邪などひくな、馬鹿者」


ラスファの傍にいた彼の父親にしてフェルティ国王代理のカドゥースが半ば呆れたように、半ば愉快そうに呟く。


「そんな…ち、父上…はくしょん!!」


「そのような事を殿下、病気になったのはこの子のせいではありませぬ」


傍にいたラスファの母親であるニィチェが窘めるように口を出してきた。


「体調管理も仕事の一貫だ。己の管理も出来ぬようならば国の管理など出来ぬ。ラスファ、未だ幼いとはいえそなたは我の後継者。今からその様では先が不安になるぞ」


父親の厳しい言葉にラスファもぐっ、と言葉を詰まらせた。


「また殿下はそのような事を…どんなに気を付けていても病は、風邪は防ぎようはありませぬ。ましてやまだ幼いこの子に国の管理を結びつけるなんて早過ぎで御座います」


だが母親はこの言葉に真っ向から反論してきた。


「早過ぎる事は無い。我は5歳の時より同様の事を言われてきた。8歳を過ぎたお前には遅すぎるくらいだ」


「ですが…」


「良いのです母上、僕も此の様な大事な時期に体調管理を怠ったのは確かですので…申し訳ありませぬ」


母親の抗議にラスファは真摯に受け止め素直に応対していく。

その態度はニィチェの胸を痛め、カドゥースを納得させ、。


「ラスファ…」


「うむ、そうでなくてはならぬ。とにかく今はきちんと休養をとって早く元気になるのだ、良いな」


「はい、父上」


それだけ確認すると、カドゥースは一度ラスファの頭をくしゃりと撫でて、無言で踵を返し部屋から出ていった。


「また父上に怒られてしまいました…」


「いいえ、殿下は本当は貴方の事を心配しているのですよ」


落ち込む息子にニィチェは優しく慰めていくのだった。


“激務の中、わざわざ別邸(ここ)まで見舞いにくる程心配してるくせに、表では国王代理としてしか振る舞えないのだから…本当に素直ではない御方”


溜め息をつきながらも、先程息子の頭を撫でた時のカドゥースの心配そうな眼差しを思い出して、ニィチェは苦笑いを浮かべるのだった。



      *



「ジーフェス様、起きて下さいジーフェス様!」


「……ん」


未だ眠りの中にいたジーフェスは、自分を呼ぶサーシャの声に目を覚ました。


「もう着いたのか?」


「ええ」


にこやかに微笑むサーシャと共に馬車を降りたジーフェス。


「…え!?」


だが降りた先の光景に、思わず絶句してしまった。


そこはアクリウム国王宮、であろう建物…綺麗に磨かれた石造りの、数々の美しい彫刻等が施された荘厳な建物、は、フェルティ国のそれとは比較にならない程巨大かつ美しいものであった。


“これが…フェルティ国より遥かに長い歴史を持つ帝国アクリウムの王宮”


無言のまま暫しその姿に見とれていたジーフェスだったが、ふと妙な事に気付いた。


今自分達が居る場所、そこは確かに王宮の入り口ではある…らしいが、何故か王宮の荘厳な姿とはかけ離れた控えめな、実に小さな入り口であった。

しかも二人を出迎えてくれたのは数名の侍女や従者達のみで、サーシャの血縁であろう女王や巫女の姿は誰ひとり見当たらない。


「ここは…」


“一体どういう事だ?血縁である王族の出迎えが無いばかりか、ここはどう見ても…”


「ようこそ、アクリウム王宮へ」


戸惑うジーフェスの前に、突然侍女のひとりである年配の女性…以前サーシャがジーフェスの屋敷に輿入れに来た際に同席していた、が恭しく頭を下げた。


「お久しぶりですラーラ、元気していましたか?」


サーシャが柔らかな笑顔を浮かべた表情で女性に声をかけた。

が、それはジーフェスの目には何処となく不自然な感じがした。


「はい、長旅でお疲れで御座いましょう。御部屋に案内致します。皆さん、荷物を運んで頂戴」


「「はい」」


無表情のままのラーラの命令に、同じような表情の他の侍女達がてきぱき動きだして馬車から荷物を降ろしてさっさと王宮内へと運び入れていった。


「ああナルナル、お前はこちらへ」


「はい!」


侍女達の中でも一番年若い…サーシャと同じくらいの少女、が元気の良い返事をすると、二人の前まで近寄ってきた。


「滞在中の御二人のお世話はこの子が、ナルナルが致しますので、何かありましたら彼女を御呼び下さい。ナルナル、ご挨拶は?」


「ナルナルと申します。何かありましたら何なりとお申し付け下さい」


ぺこりとお辞儀をし、にっこりとあどけない表情をした彼女にジーフェスはやっと温かみを感じて、親近感がわいてきていた。


「こちらこそ宜しく」


「久しぶりねナルナル、元気していましたか?」


ジーフェスの言葉に続くようにサーシャが声を掛け、彼女に笑いかけた。

その表情はラーラに向けたものとは違って、純粋そのものの笑みであった。


「サーシャ…!?」


先程とは少し違うその様子にジーフェスは違和感を感じたが、サーシャは嬉しそうな表情でナルナルに更に話し掛けるのであった。


「国を離れる時に貴女には挨拶が出来なくてごめんなさいね」


「いえ…サーシャ様もお忙しい身であられたので、それも致し方無い事で…」


「これナルナル。お話より先ずは御二人を部屋に案内してあげなさい。サーシャ様も、旦那様をお待たせするのは失礼ですよ」


サーシャは、ラーラの声に、その場で呆然としていたジーフェスの存在に我に帰った。


「あ…ごめんなさい。ジーフェス様もすみません」


「いや、サーシャも久しぶりに懐かしい人に逢えて嬉しいんだろ」


優しい彼の言葉に、サーシャは今までの行動を恥じてか、少し頬を赤くして頷いた。


「ここでは何だし、先ずは部屋に行って、落ち着いたらまた二人で話をすると良いよ」


「…はい」


「あ、すみません、直ぐに御部屋に案内致しますね」


ナルナルが今までの様子から一変して、しゃんと侍女モードになると、やっと二人を部屋へと案内しはじめたのだった。


――高い天井の長い廊下を歩く中、ジーフェスは初めて見るその荘厳さに、驚いたように周りを見回した。


“凄いな、流石帝国と名高いだけはあるな。何れもが素晴らしいの一言に尽きるな…”


だが一方では先程の自分達の出迎えの点で疑問も抱いていた。


「あの…」


「こちらになります」


だがジーフェスがその件で問いかけるより前に、ナルナルが目の前の扉を開いた。


そこは客専用の部屋らしく、広々とした室内には立派なソファーにローテーブル、クローゼットに鏡台、そして大きなベッドが置かれていた。


「…はー」


高級感溢れるその部屋の造りに、ジーフェスは中に入り辺りを見回しながら感嘆のため息をついた。


「冷たいお飲み物を持ってきますね。サーシャ様と…旦那様は何かご希望な飲み物は御座いますか?」


「私はレモン水がいいわ…」


「「たっぷりの氷と蜂蜜入りの」」


突然サーシャとナルナルの声が重なり、二人は思わずお互い見合わせてくすりと笑いだした。


「そうよナルナル、よく覚えていたわね」


「サーシャ様の好みは全部覚えていますよ」


悪戯っぽい顔で答えるナルナルにサーシャはころころと楽しそうに笑顔を浮かべる。

それは今、屋敷に居る時と全く変わらない姿で、その様子を見ていたジーフェスはほっとするのであった。


「あ、申し訳ありません。旦那様の飲み物は如何されますか?」


「俺も同じものを頂こうか、蜂蜜抜きで。あと俺のことはジーフェスと呼んで構わないから」


「そうですか、かしこまりましたジーフェス様」


ぺこりと一礼すると、ナルナルは部屋を出ていき、あとは二人だけが残った。


「サーシャは彼女と、ナルナルとは主従関係というよりはまるで友人のように仲が良いんだね」


ソファーに腰掛けながらジーフェスが話をすると、サーシャは嬉しそうに微笑みながら、


「ナルナルは私専属の侍女だったのです。アクリウム王家の者は、同じ時に産まれた者をひとり選んで従者として傍におくという習わしがあるのです」


そしてジーフェスと向かい合うように座り、問い掛けに答えていった。


「へぇー、産まれた時からの専属ねえ」


「はい、幼少時は見習いとしてですが、時期になれば侍女や従者としてその者に仕え、時として生命に替えてでも主人を護る役目も担うのです」


「……」


「私がジーフェス様のもとに嫁ぐ時までナルナルはずっと傍にいて仕えてくれて、私も侍女というよりは友人として接していました。でも、多忙もあって彼女にまともに別れの挨拶が出来なかったからそれが心残りで…」


その時、丁度扉を叩く音がした。


「はい」


「失礼致します。飲み物をお持ちしました」


「ありがとう。入って」


サーシャの返事に扉が開き、飲み物をのせたワゴンを押してナルナルが入ってきた。


「どうぞ、レモン水です」


「ありがとう」


にこやかな表情で二人に飲み物を渡すと、ナルナルはしゃんと背筋を伸ばした。


「では私はこれで失礼致します。夕食時にはまた御呼び致しますが、何かありましたら遠慮なく申しつけて下さい」


「解った、いろいろありがとう」


無邪気にぺこりと一礼すると、ナルナルは部屋から出ていった。


再び部屋に残った二人はナルナルの持ってきたレモン水を同時に口にした。


「ああ、美味しい」


「ん…」


暫し冷たいレモン水を堪能し、その場でゆるりとした時間を過ごしていた二人だったが、


「サーシャ…」


ふとジーフェスが神妙な表情で話し掛けてきた。


「はい、何ですか?」


サーシャは少し驚いたように顔をあげたが、相変わらず落ち着いた様子である。


「あの…サーシャが帰郷したのに、その…身内の出迎えが無いなんて、何かあったのかな、って…それに俺達が迎え入れられたのも王宮の正門というよりは、裏のほうとしか思えない…」


ずっとジーフェスが気になっていたその事に、暫くきょとん、としていたサーシャだったが、


「その事ですか…あれは私には普通の事です」


やがて少し寂しそうな表情を浮かべ、サーシャは手にしていた飲み物のグラスをローテーブルに置いた。


「普通、って、でも普通、王族が帰郷した時は血縁の者や、それなりに出迎えがあってもおかしくないのに…」


“どう考えてもこの出迎えは王族とは思えない、余りにも軽んじられた扱いとしか言えないのでは!”


流石にそこまでは口にこそ出さないジーフェスだったが、心中では静かな怒りが沸き起こっていた。


「私はアクリウム王家の中でも、王家に伝わる“超力”を全く持たずに産まれた“みそっかす”なのです。“力”だけでなく智力も無く容姿も平凡で、何の取り柄も無かった私は王家だけでなく大巫女様に仕える神官や臣下の者からさえも蔑まれてきました」


「な!?」


だがジーフェスの疑念にも、サーシャは淡々と答えていくだけである。


「私はずっと王宮の離れで、自国の民や他国にその存在を知られぬように育てられてきました。メリンダ姉様やナルナル、フェラク様といった、僅かに親交のある者以外は私には誰も近付こうとしませんでした。

ジーフェス様のもとに嫁ぐ時こそ女王様の見送りはありましたが、感情的なものは全く無く儀礼的な淡々としたものでした」


「……」


「今回、帰郷を許されたと聞いた時は、もしかしたら私も王族のひとりとして認められ、温かく迎え入れてくれるかと微かな期待をしていました。でも…やはり変わってませんでしたね」


そう言って顔をあげたサーシャは笑顔を浮かべてはいたものの、碧い瞳には微かに光るものがあった。


そんな彼女の姿を見て、ジーフェスは激しい後悔の念に囚われた。


“以前のサーシャの話から、自国で余り良く思われていないとは感じていたが、まさかそこまで蔑まれていたなんて…なのに俺は何も知らずに、サーシャが喜ぶと思って独り勝手に帰郷を決め付けてしまった”


「ごめん、サーシャ。辛い思いをさせてしまって…」


「いいえ、ジーフェス様のせいではありません。

それに先程も言いましたが、ナルナルに逢ってちゃんと挨拶をしたかったですし、メリンダ姉様とも逢えるから、帰郷出来た事は嬉しいのです」


「でも…」


「そうだジーフェス様、私が住んでいた離れに行きませんか?あそこには小さいけど綺麗な庭があって、今の時期はひまわりなどの夏の花で一杯ですよ」


「…え、ああ」


突然の誘いに、混乱する中曖昧にジーフェスが返事をすると、サーシャは彼の手を取り半ば強引に部屋から外に出ていくのだった。


――今居る部屋から少し歩いた場所…王宮から一番離れた場所にある小さな建物と囲むように存在する小さな庭、に二人は来ていた。

小さな建物は立派な造りではあるが、王宮と比べれば実に質素なもので、周りの庭はごく小さいものであったが、白の噴水を中心に様々な木々や植物が植えられていて季節の花を咲かせていた。


だがそこは王宮の一番外れである為か、直ぐ隣が深い森へと続いていて、手入れはしてあるが人の気配が全く無い。


その様子にジーフェスは今までサーシャがどのような扱いを受けていたのか想像し、言葉が無かった。


“いくら疎ましいとはいっても、王族の一員のサーシャをこんな離れに、独り住まわせるなんて…”


「ここが私の住んでいた場所なの」


ジーフェスの思いとは裏腹にサーシャは嬉しそうにはしゃいでいる。


「誰かが世話してくれたのかしら?庭が手入れされていて綺麗。見てジーフェス様、これ私が好きな花なの」


憂いるジーフェスの前に、サーシャは無邪気な笑顔を浮かべて白い花の咲いた鉢を差し出した。


「サーシャ…」


ジーフェスの憂いの思いとは裏腹に、サーシャは優しい笑みを浮かべている。


すると今度は森のほうから何羽かの小鳥が二人の傍までやってきた。

小鳥たちは暫し二人の周りを旋回していたが、一羽がサーシャの肩にとまった。


「まあ久しぶり!私を覚えていていてくれてたの?」


驚くジーフェスを横目に小鳥は嬉しそうに彼女の頬をつついている。


「ああ、ごめんなさい。今あなたの餌を持ってないのよ。後で持ってきてあげるわ」


小鳥達に話し掛けるサーシャの微笑みは本当に嬉しそうで、フェルティ国に居る時に自分やエレーヌ達に見せてきた微笑みそのものだった。


そんな彼女の姿に、ジーフェスはやっと理解するのだった。


“ああそうか。サーシャは確かに周りの王族や人々から蔑まれてきたのかもしれないが、ナルナルやメリンダ殿といった数少ない理解者、そして庭の花々や森の生き物達が彼女を支えていてくれたんだな”


温かな笑みを浮かべる彼女の姿に、ジーフェスも思わず優しい笑みが溢れる。


“俺も…彼女の支えとなれるだろうか?いや、なりたい!”


「これ、餌の替わりにならないかい?昼食の残りの菓子だけど」


ジーフェスはズボンのポケットからクッキーの包みを取り出してサーシャに渡した。


「ありがとう。これなら彼等も食べるわ…もうっ!待ってっ!」


サーシャに渡す傍から小鳥達は我先にと菓子に飛びついていく。


「よっぽどお腹空いていたのね」


「きっとサーシャに逢えたのが嬉しいんだよ」


そして二人笑いあいながら、暫し小鳥達と戯れていた。


――小鳥や花と戯れるサーシャ、そんな彼女に寄り添うように見守るジーフェス。

ゆったりとした、二人だけの時間が流れていく。


「サーシャ様、ジーフェス様!こちらにいらしたのですね」


そんな二人の前に、大きな声と共に突然現れたのはナルナルであった。


「ナルナル、大声出さないで。小鳥が逃げちゃったじゃないの」


大声に驚いたせいか小鳥が一斉に逃げだし、少し不満げに答えるサーシャに、ナルナルははあ、と疲れたようにひとつ息をついた。


「御二人してお部屋にいらっしゃらないから何事かと思いましたよ」


「すまない、居心地が良かったからつい…」


木陰で微睡んでいたジーフェスがすまなそうに身体を起こし謝罪した。


「いえ、いきなり姿が見えなくなって驚いただけです。あ、もうすぐ夕食ですのでご案内致しますね」


「え?もうそんな時間かい」


ナルナルの言葉にジーフェスが驚いたように辺りを見回した。

見れば空が微かに赤い色に染まり、風も冷たさが混じってきている。

この国の者なら何も感じないだろう風だったが、暖かいフェルティ国に慣れてるジーフェスにとっては身を震わせる風であった。


「ねえナルナル、メリンダ姉様はいつ逢えるのかしら?」


「メリンダ様は会議が長引いておりまして、未だ終わる様子では御座いません。恐らく今日はこちらには戻られないかと…」


「そう…残念ね」


ナルナルの言葉に、サーシャはがっくりと肩を落とした。


「でも明日はお休みですので、一日中サーシャ様とお付き合いすると伝言を承りました」


「本当なのナルナル!」


「はい、だから元気を出して下さいませ」


「ええ」


やっと笑顔が戻ったサーシャに、ナルナルはほっとした。


「そういえばここを綺麗にしてくれたのはナルナル、貴女なの?」


「はい、時間の許す限りですが、定期的にこの屋敷と庭を綺麗にしてきました」


「そう…ありがとう。貴女のお陰で今夜はこの屋敷でゆっくり出来るわ」


サーシャの嬉しそうな呟きに、何故かナルナルはきょとんとした表情を浮かべた。


「え?サーシャ様はジーフェス様と御一緒にお休みになられますよね?」


「…え?」


「侍女長からはあの客間で御二人共にお休みいただくよう命じられましたけど。それに御二人は夫婦ですよね、ならば一緒の御部屋で過ごされるのは当然かと思いますが…」


「「……」」


ナルナルの言葉にサーシャもジーフェスも言葉が無かった。


“そ、そうよね。聞いた話では夫婦というものは一緒の部屋で一緒に過ごすものだと聞いていたけど…”


“確かに俺達は夫婦だから、普通ならば一緒の部屋で過ごすのは当然なのだが…”


ふと二人はお互いの顔を見合わせた。


“でも私達は未だ夫婦の儀式は行っていないわ。確かに口づけはしたけど、今も寝室は別だし、ジーフェス様も焦る必要は無いと仰有っていたし…”


“だけど俺達は未だ夫婦としての交わりどころか、夜も別々に寝ているぞ。何よりサーシャにとっては一緒に寝るなんて早すぎるだろうし、何より俺が我慢出来ないだろうし…”


…どうしたらよいの?


…どうしよう?


戸惑いの瞳でお互い見つめ合いながら、二人とも同じ気持ちに悩んでしまい、言葉が無かったのであった。


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