第9章Ⅴ:狂信者
妖しく光る何本もの蝋燭の中、大きなベッドの上ではひとりの男が上機嫌で隣にいる艶かしい雰囲気と格好をした妖艶な女から酌を受けていた。
「随分とご機嫌のようですけど、何か良い事でもありましたか?」
女が先程まで床の相手をしていた男に問いかけると、男はふふ、と上機嫌に笑う。
「ふふん、聞きたいか?」
男は女の肩を抱き寄せて露になっている白い首筋に舌を這わせた。
「あん…もう旦那様ってば、まだ御相手が足りないのですか?」
「お前のような上等な女は何度相手しても飽きぬよ。ああ、今でこそそこまで相手には出来ぬが、近々わたしは昇格する予定だからな!そうなれば何時でもそなたに逢えるようになるぞ」
女からの酌を一気に飲み干し、饒舌に語りだす。
「まあ、でも今は人事異動の時期ではありませぬのでは?」
「ふん、そのうち大規模な異動が起こるのさ。太陽祭の後にな…」
男の言葉に女の瞳がきらりと鋭く光らせる。
「まあ、どういう意味で御座いますの?」
女は甘えるように男に身体を擦りよせ、酌をしながら男から更に話を聞き出そうとする。
「ここだけの話だがな、太陽祭の後に宰相様が失脚して大規模な人事異動が起こるのさ。その時にわたしは昇格…あわよくば宰相の座に就けるのだ!」
「まあ、でも現宰相様は国王代理のカドゥース殿下の信頼も厚い御方、彼の御方が失脚するなど到底考えられませぬが」
「はっ!一度は邪教ワラフォーム教団の下僕と化した奴が宰相を務めるなど可笑しいわ!代々高位官僚を勤める血筋を引いたわたしこそ宰相に相応しいとは思わぬか?」
完全に酔いが廻ったらしく、男はははは、と高笑いをして酌を煽り、愉快げにべらべら話をしていく。
「だからわたしは奴を抹殺する事にしたのさ。偶然わたしと同じ考えの御方がいらしていろいろ力を貸して頂いたのだよ。お陰で奴の暗殺計画が順調に進み、あとは太陽祭当日、奴が暗殺されれば晴れてわたしの天下となるのだ!」
男は半ば狂ったかのように叫び、立ち上がって背を反らしけらけらと気味悪い笑い声をあげた。
「同じ考えの御方?その御方とは一体?」
「ん、それは偉大なる司祭様…」
そこまで言うと男は突然ばたりとベッドに倒れこみ、そのまま高鼾をたて昏睡してしまった。
「……」
“全く、宰相様の暗殺とはね…こいつの知恵と力では到底無謀と思っていたけど、やはり手を貸している黒幕が居たのね。司祭様とか言ってたけど…ちっ、折角自白剤を仕込んだのに肝心なところが聞けなかったじゃないの!”
中途半端にしか話を聞き出せず、女が悔しげに舌打ちをすると、突然部屋の扉を叩く音。
「誰?」
「失礼致します。マダム=ローゼス様が御呼びで御座います。至急御部屋に伺うようにとの御命令です」
それは女専属の小姓の少女の声だった。
「御母様が?解ったわ、すぐに参ります。後の処理はお前に任せるわ」
「御意」
女は素早く傍にあった服を纏い乱れた髪を整えると男を置いて部屋を出ていき、指定された部屋へと向かった。
*
古より伝承されし最高級の家具、名を残した芸術家による絵画や彫刻で飾られた豪華絢爛な部屋…ここマダム=ローゼスの私室では部屋の主と、もう一人の人物が豪華なソファーに腰掛けて話をしていた。
「お前さん、予定より早い訪問じゃあないかえ?」
マダムの鋭い眼光が目の前にいる若い男を捉える。
「我が主人の命で、直ぐにでも取引を済ませ例のものを持って帰るように言われました」
落ち着いた様子で男…シロフがそう答えるとマダムは微かに表情を歪めた。
「ふん、随分と生意気な態度を取るじゃないかえ。
まあ良い、お前さんが来たということは例のものは持ってきたんだろうね?」
にやりと笑う女に、男は微かに嫌悪感を現しながらも懐からひとつの封筒を取り出した。
無言で封筒をローテーブルの上に置くと、マダムの細い指がするりとそれを手にし、封を切り中身を確認し始める。
「確かにランド金貨二万枚分の小切手だね」
「約束です。例の『書類』を頂きましょうか?」
淡々と話すシロフの様子に、マダムは面白くないといった怪訝そうな顔つきをしたものの、無言で傍に置いてあったひとつの大きな封筒をシロフに渡した。
「確かに。あと主人からの伝言でこれが報酬に値しないものならば報復も辞さないと申しておりました」
するとマダムは煙草を啣えながらけらけら笑いだす。
「心配しなさんな、それは頂いた報酬に充分に値する立派な情報さ」
そんな中、部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。
「誰だい?」
「私ですわ御母様。御呼びと伺いましたので参りました」
外から女…先程まで男の相手をしていた…の声がすると、マダムはああという表情を浮かべた。
「待っていたよ、入んな」
マダムの声にかちゃりと音がすると扉から女が姿を現す。
「御母様、一体何の…!?」
女は部屋の奥にいたシロフの姿を見付けると先ず驚きの、そして直ぐに嬉しそうな表情を浮かべた。
「お久しぶりですね、こちらには何用…というのは野暮かしら?」
くすくすと笑い嬉しさを隠す事なく女はマダムの側まで近付いた。
「全くだ、ここであやつが来る用事なんて決まっているだろう。ああお前、ここに座んな」
マダムは自分の直ぐ隣を指差し、女を招いた。
女も素直に従って示された場所に腰掛ける。
「さてと…お前、さっきまで相手していた男の事を話してやんな」
「解りましたわ。粘着質で最低なあの男、エルシーン=ルッツの事ね。
あの男が宰相様の暗殺を企んでいるのは間違いないわ。そして背後に黒幕が居る事もね」
「そいつは何者だ?」
「司祭様、とか言ってたけどはっきりと答える前に昏睡してしまったわ」
「全く、仕事が中途半端だねぇお前は…」
「仕方ありませんわ、あの自白剤を飲ませてもここまでしか聞き出せなかったんですもの!」
「解った解った。お前はよくやってくれたよ。しかし司祭様か…何者か?」
「その答えはお前さんの『書類』に書いてあるよ」
不敵なマダムの声に、シロフはつい手にしていた『書類』を見てしまった。
「この娘の話とその『書類』を見れば、あやつは全ての謎が解る筈さ」
「そうですか、取引感謝致します。ではわたしはこれで…」
シロフがそう礼を述べ、ソファーから立ち上がり部屋を出ていこうとした。が、
「あら、折角来てくださったから私の御相手をしてくださらないかしら?」
彼の行く手を女が素早く塞ぎ、艶かしい視線を向け腕を首に絡ませ抱きつき誘ってきた。
「しかし…」
「最近下衆な男ばかりしか相手にしてないから、たまには貴方のような良い男と遊びたいのよ。ねえ、良いでしょう?」
「……」
シロフが返事に困っていると、傍でやり取りを見ていたマダムがけらけら笑いだした。
「全くこの娘は…お前さんさえ良ければこやつの相手になっておくれ。ああ金を取るなんて野暮は言わないよ。充分楽しんでおいで」
「御母様の御許しも得たことだし、ねえ、お願い」
高級娼婦街一番の上級娼婦、しかも‘マダム=ローゼス’の後継者でもある女の妖艶な誘いに、流石のシロフも微かな動揺を見せる。
そして半ば諦めたように小さく溜め息をつくと女の腰を抱き寄せた。
「奥の部屋が空いていたからそこでゆっくりしといで」
「ありがとう御母様」
ふふ、と嬉しそうな勝ち誇ったような顔を浮かべ、女はシロフを連れて奥の部屋へと消えていった。
独り残ったマダムは暫くゆるゆると煙草を堪能していたが、ふとシロフが持ってきた小切手を手にすると、びりびりと破って灰皿に放り込み、煙草の火を押し付けた。
「ふん、相変わらず面白く無い男だこと」
瞬間、灰皿の中身が大きな炎を上げて燃えだし、忌々しい表情を浮かべるマダムの様子をはっきりと照らし出すのであった。
*
「ここがフェルティス聖堂、ですか?」
ここは街の外れにある小さな石造りの礼拝堂。太陽祭の供物を供える為、サーシャとエレーヌはタフタの曳く馬車でやって来たのだった。
だがかなり昔に造られたその建物は地味な石造りで尚且つ所々壊れかけてもいる。
「そうですよぉ〜サーシャ様。すっごいボロでしょ、何でもこの聖堂はフェルティ国の建造物では最古のものと言われているらしいですよー」
「は、あ…」
サーシャが知る限り、故郷のアクリウム国の聖堂はどれもが綺麗に磨かれた石造りの建物で、小さいものでも壮大かつ荘厳な雰囲気を漂わせているものであった。
だからこそ、目の前に見えるフェルティス聖堂の質素で無残な姿に少なからず驚きを隠せない。
“最古とはいっても、フェルティ国は未だ建国して200年足らずの筈。倍以上の歴史を誇るアクリウム国よりも新しい建物の筈よね。なのにここまで荒廃しているなんて…”
「サーシャ様、早く供物を御供えに行きましょうー」
「あ、はい」
先に聖堂内に向かっていたエレーヌに、サーシャは慌てて後をついていくのだった。
「う、わ…」
だが聖堂内はその外見とは全く異なり、建物を支える石造りの柱には繊細な彫刻が施れており、地味な色合いだが丁寧に描かれた数々の壁画や天井画、そして最奥の聖壇には表面に見事な彫刻の施された赤黒の巨大な岩がある。
その岩の周りには果物や魚などの食べ物をはじめ花や衣類、金貨や宝石、果ては絵画や壺、鉱物の原石らしきものまでもが供えられていた。
「ちょっと失礼しますよ!」
聖堂内の意外な美しさに見とれていたサーシャの横を供物を捧げに来ていた人々が怪訝そうな表情を浮かべて通っていく。
「サーシャ様ー、早くー」
「あ、ごめんなさいエレーヌさん」
いつの間にか先に行っていたエレーヌの後をついていき、サーシャは聖壇にある巨大な岩の前までたどり着いた。
「凄い…この表面の彫刻は、太陽かしら?」
改めて近くで見て、その一枚岩の巨大さと表面に彫られた彫刻に見とれてしまっていると、
「こちらはフェルティス聖堂が祀る神、太陽の化身サリサリで御座います」
「「!!」」
いきなり岩が喋りだし、びっくりした二人の前に白のローブ風の服を纏った小柄な老人が現れた。
「おや失礼、驚かしてしまったようですな。わたくしはこの聖堂を管理してますジドと申します」
ジドという司祭は人懐っこい笑みを浮かべて二人に話しかけてきた。
「あ、わ、わたしはサーシャと申します」
「サーシャ殿…というとジーフェス様の奥方ですかな?」
「はい、ジド様はジーフェス様を御存じなのですか?」
「はは、王族で自衛団の団長を務めておられるジーフェス様を知らない者など、ここ王都フェルティではおりませぬ。
ようこそフェルティス聖堂へ。ここに参られたという事は太陽祭の供物を捧げにですかな?」
「はい。余り大したものではなくて申し訳ありません」
とサーシャは恥ずかしげに手にしていた袋を差し出した。
「これはありがとうございます。いえいえ、太陽祭の供物は各個人がこの一年で得たものを気持ち程度で構わないのですよ。ああ、来年の祭にはお二人の御子様の髪が来るのをお待ちしていますよ」
供物を受け取りながらにっこりと微笑む司祭の言葉に、サーシャは少し頬を赤く染めてしまった。
「御、子…ですか…」
“御子、って、子供の事よね。それって私とジーフェス様の子供のことよね!
そう、そうよね。私にもいつかジーフェス様との子供が産まれる、のよね…”
サーシャの脳裏にはジーフェスとサーシャ、二人の間に小さく可愛らしい赤子がいて二人して幸せそうにあやす姿が浮かんでいく。
「サーシャ様、ぼーっとしてどうしたんですかぁ?」
エレーヌの一言でサーシャははっと我に帰り、そして恥ずかしさの余り更に顔を赤くした。
「あ、あの、すみません…私はそろそろ失礼致します」
「いえいえ。サーシャ様にサリサリ神の御加護がありますように」
「あ、サーシャ様ー待ってくださいよー!」
呆気にとられるエレーヌを置いて、サーシャは逃げるように聖堂を後にしたのだった。
「サーシャ殿か、いやはやなかなか可愛らしい御方ですな」
はははと笑いながら二人を見送っていたジドに、ひとりの男が近付いてきた。
「失礼いたします司祭様」
「ん、何かな?」
「ちょっとお話が…」
男の言葉にジドは少し表情を歪め、無言のまま頷くと人々の間をすり抜け聖堂の奥へと向かっていった。
聖堂の奥、司祭の私室とおぼしきその部屋は大量の経典や歴代の司祭の名表等の書物が部屋の大半を占める書棚に埋め尽くされ、僅かな空間にお情け程度にテーブルと椅子、そしてベッドが置かれていた。
ジドが高くそびえる書棚の中からとある一角に手を触れると、低い音と共に書棚の一部が動き出し、奥から隠し通路が現れた。
そして辺りを警戒しながらもゆっくりとその通路を歩き出していく。
暗い通路を歩き、階段を下っていくとやがて小さな扉に突き当たった。
迷うことなくその扉を開けると、中はそこそこの広さの部屋となっていて、粗末なテーブルと椅子、複数個のベッドが置かれている。
そしてテーブルの上には幾つもの蝋燭が灯り、椅子には数名の男達が座っていて突然現れたジドに鋭い視線を向けた。
「おお、お待ちしていました司祭様」
だが男のひとりがジドの姿を目にするや視線の様相を変え、椅子から立ち上がり恭しく礼をした。
「挨拶は良い。こんな時間に何用だ?」
先程までの穏やかな様子とはうって変わって、冷たくぶっきらぼうな口調でジドは問いかける。
「は、先程‘奴’につけていた見張りからの報告で、高級娼婦街で『闇陽』のシロフを見掛けたとの事…」
「『闇陽』のシロフか…確か‘奴’は最近あの街に入り浸っているらしいしな。ふん、あの計画がすっかりあやつに漏れてしまったという訳か。
折角都合の良い操り人形(高位官僚)を引き入れたと思っていたが…想像以上に使えん奴だったな」
忌々しいと言いたげに舌打ちをすると何やらぶつぶつと呟きだした。
「如何いたしますか?計画が漏れたということは、下手すれば我らが組織の存在も宰相様に知られている…」
そこまで告げた男をぎろりと睨み付けるジド。
「あやつに‘様’など敬称をつけるな!」
そして怒りの余り傍にあったテーブルに拳を叩き付けた。
「!?」
「あやつは…我が教団の最高峰の地位を約束していたのにも関わらずその地位を蹴って我らを裏切り、あまつさえ国王代理のカドゥースを誑かして我が教団の壊滅を進めているのだぞ!」
「し、失礼しました司祭様っ!」
周りにいた男達はジドの怒りの様相に恐れ怯え、椅子から降りて地面に平伏した。
「アルザス…我らがワラフォーム教団最大の反逆者。あの男は決して赦してはならぬ。奴には我らが神の名のもと死を以てその罪を償わねばならぬ!」
「「司祭様の仰有る通りで御座います」」
一糸乱れぬ様子で男達は頷きそう答える。
「うむ、それでこそ我が教団の下僕たる証」
やっと怒りが治まったのが、満足そうに頷きそう呟くとジドはふと顎に手をやって考えこむ仕草をした。
“しかし計画が露見したとなると、ここが突き止められるのも時間の問題…早めにここは引き上げねばなならぬが、太陽祭の供物を見過ごすのも、な”
個々の持参する供物は微々たる量だが、フェルティ国中から人々が集まるのでその量は莫大なものとなり、中には高価な宝石や貴重な芸術作品もあったりして金額的にはかなりのものになるのだ。
“まあ太陽祭の中心であるこの聖堂には、国王であろうと祭が終わるまで誰も手出しは出来まいがな”
くく…と低く笑ったかと思うとジドは顔を上げて男達に告げた。
「大丈夫だ、計画は予定通り進めていく。お前達は指示通り行動するのだ。あと祭の供物の選別を祭前日までに済ませておくのだ、良いな!」
「「御意」」
男達の返事を聞くと、ジドは隠し部屋を出て再び聖堂の中へと戻っていくのだった。
*
「……」
夜も更けた時分、
屋敷内ではアルザスがシロフの持ち帰った書類に目を通し、納得したように独り頷くと書類をローテーブルに放り投げ、ソファーに背を預けた。
“成る程、そういう事だったのか…”
「あの女の言う通り、確かにこれは報酬に値する情報だ。ご苦労だったシロフ」
「有り難き御言葉」
傍にいたシロフは主人の満足げな一言に安堵し一礼した。
「で、お前はあの女の相手をさせられた訳か」
「…!?」
だが次に来た痛烈な一言に動揺し言葉を失い、主人から視線を反らしてしまう。
「あの女め、あれほどシロフには手を出すなと警告していたのに…」
「…申し訳ありません」
「お前が謝る事ではないシロフ、あの場では断りきれぬのは当然、良く耐えたとだけ言っておこう」
「は…」
そしてアルザスはついと片手を振り、立ち去れと言いたげな素振りをした。
シロフも主人の命に従い、無言で一礼すると音もなく姿を消した。
“あの女め、己が優位な立場と知るや容赦無くシロフに手を出しおって…!”
一人きりになったアルザスはぎり…と唇を噛み締め怒りを露にしたが、テーブルの上の書類を目にするて直ぐに落ち着きを取り戻した。
“しかしよもや‘奴等’がフェルティス聖堂に潜伏していたとはな、探しても判らぬ訳だ”
暫く何か考えていたが、やがてソファーから立ち上がると棚の上にあった鈴を鳴らした。
「御呼びで御座いますか旦那様?」
程無くしてメイドのカリメが現れ恭しく礼をしてきた。
「王宮へと向かう。直ぐに馬車の準備をしろ」
「…御意」
*
「こんな時分にわたしに緊急な話とは、一体何なのだアルザス?」
王宮の奥にある私室には、部屋の主であるカドゥースがガウン姿に酒の入ったグラス片手に豪華なソファーに座っている。
既に出来上がっているのかにやにやと笑みを浮かべ、かなりの上機嫌のようだ。が、瞳は真剣そのもので、鋭い光を向かいに座っているアルザスに向けている。
「夜分遅くに大変失礼致しました。ですがこれは直ぐにでも殿下の御耳にもお届けしたほうが良いと、私が直に参った次第です」
「御託は要らん。さっさと要件だけ話せ」
少しだけ苛立ち気味に短くそう告げるとグラスの酒をくっと煽る。
「…『狂信者』を発見致しました」
「!?」
カドゥースの表情が微かに歪む。
「今回発見致しました『狂信者』はガルフジド司祭を主とした『狂信者』最大の組織‘狂いし豹’。しかも奴等はフェルティス聖堂を隠れ蓑にしている模様で御座います」
…『狂信者』
それはかつてフェルティ国全土を揺るがした邪教集団、ワラフォーム教団の信者の総称。
かの教団は先の壊滅作戦により国軍の手で壊滅・解散し表面上では消滅たのだが、一部の司祭や信者は混乱に乗じて逃げ延び、今だ各地で密かに活動を行っている。
ここでは国をあげて『狂信者』の撲滅を掲げており、彼等はこの国において特別重要犯罪者扱いされているのだ。
中でもガルフジド司祭は、かつての教団で高い地位に就いていたと言われ、現在の『狂信者』達の中心的立場となっている。
「‘狂いし豹’か…最近王都フェルティで数名の『狂信者』が動きを見せていると報告があったが、まさか奴等とは思いもしなかったな。しかもフェルティス聖堂を占拠したとは…完全に国軍の怠慢だな」
普段フェルティス聖堂は国の管理下におかれ、国軍が警備・警護にあたっているのだが…
アルザスから重要な話を聞いても、カドゥースはほとんど表情を変えず相変わらずの様子で手にしていたグラスをテーブルに置いた。
“やはり殿下は奴等の動きをある程度把握しておられたのだな。それを知った上で全て私に振るとは…全くもって性格の悪い御方だ”
「今更そう仰有っても手遅れで御座います。しかしうかつでした。太陽祭の期間以外全くと言って良い程注目されないフェルティス聖堂を占拠されるとは…」
「恐らく、警備が手薄になった機会を狙ったのだろう」
「調査によるとフェルティス聖堂では半年前に前司祭が隠居し現司祭へと交代しております」
「隠居か…恐らく前司祭は奴等に消され、巧いこと入れ替わったのだな」
「はい」
「しかし困ったな。いくら奴等が占拠したとはいえ、太陽祭が三日後に迫ったこの時期に祭の象徴的存在の聖堂に無下に攻め入る訳にはゆかぬ」
「そうですね…現在聖堂は国軍と自衛団が警備にあたっております。各々事情を説明し秘密利に警備を強化させる他ありませんね」
「そうだな、直ぐに軍隊長に指示を出しておこう。大祭終了後、即時突入出来るまでにしておけとな」
「は…」
アルザスはカドゥースの言葉を聞いて安心したように返事をし、目の前のお茶に手をのばした。
「で…お前はあのくそ婆ぁに逢ってきたのか?」
「!?」
驚き顔を上げた彼の目の前には、意味深な笑みを浮かべたカドゥースの姿。
「これだけの情報、いくらお前でも短期間では集められまい。あの婆ぁの力を借りたのだろう、ん?」
…あの女の力を借りさせたのはどこの何方様ですか?
そこまで言いかけたのをぐっと堪え、アルザスはカップを手にし、お茶を一口飲んだ。
「あの女には逢っていません。代わりに使いに小切手を持たせました」
「で、幾ら取られた?」
「ランド金貨二万枚です。あの女に逢うくらいなら遥かにましな金額です」
話を聞いていたカドゥースが高々と笑いだした。
「ははは!ランド金貨二万枚とはぼられたな!しかしそこまでしてあの婆ぁ、余程お前さんに逢いたいらしいな」
「全く、こちらは良い迷惑です」
「いつも世話になっているから一度くらいはあの婆ぁの顔も立てたらどうだ?」
するとみるみるうちにアルザスの表情が露骨な嫌悪感剥き出しのそれに変わっていく。
「冗談じゃありません!今回は仕方無くあの女の力を借りましたが、関わるのは最低限に留めたいものです」
「そうだな、歴代の『マダム=ローゼス』の中でもあれは逸脱して恐ろしい存在。わたしでさえ出来れば関わりたくは無いが、フェルティ王家として、時期国王として、そういう訳にはゆかぬ…」
「……」
「それはアルザス、お前自身が一番見に染みて解っているだろう」
「…ええ」
それっきり会話は途切れ、二人は暫し無言のままお互いの飲み物に口をつけ、静寂な空気が流れていったのであった。




