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第9章Ⅲ:地照らす月の光

「何と!アルザスが!?」


「しっ!…お声が過ぎます王妃様…」


夜の闇を細い三日月が照らす時分。


ここフェルテイ国王宮内の、ごく一部の人間しか知らぬ秘密の小部屋に若い男と少し年配の女…ルーリルア正王妃の姿があった。


「我が入手した極秘情報に御座います。カドゥース殿下の御命令により太陽祭の当日にアルザス宰相が仮装して群衆に紛れると。

これこそ我らにとって、邪魔なアルザス宰相を亡き者にするまたとない機会で御座います」


若い男…先日王妃の目の前で書類を散らばした官僚風の男、は自信満々にそう告げるのであった。


「あれがその様な事をして、己の暗殺を見込めぬ程の愚か者ならば今の今まで生命(いのち)など保って無いわ。そなたのそのような浅はかな企みで果たしてあれを亡き者と出来るのか?」


見下すような王妃の発言に、男は一瞬驚きの表情をうかべたが、直ぐににやりと不敵な笑みを浮かべた。


「ご心配には及びませぬ。既に手配は済ませてあります。予てより協力を依頼していました、かの御方のお力をやっと借りることが出来ました」


「かの方とな、まさか!?そなた嘘を申すでない!」


「嘘では御座いませぬ。いくらアルザス様が『闇陽』を擁しておられようとも、かの御方のお力には敵いますまい…」


くっくっと勝ち誇った笑いを洩らし、男は王妃と目を合わせた。


「確かにかの者の力ならばあれを殺れるのかもしれぬが…」


「かの御方の力を借りれたのも、王妃様が我が計画に御力添え頂いたお陰で御座います」


「まさかわたくしの名を勝手に使ったのか?そなた如きの身分の者が!」


「そ、それは…」


男の予想に反して怒りに震える王妃の姿に、男は恐れ震えあがった。


「まあ良い。但しわたくしの名を名乗った以上、この計画、必ずや成功させるのだぞ!」


「ぎ、御意」


王妃の言葉にほっと一息ついて一礼すると、男は慌てたように部屋を後にするのだった。


“ふん、所詮小者なのだな”


独り部屋に残った王妃が暫しその場に留まっていると、


「…あのような者の策略に乗るとは、貴女様らしくありませぬな」


突然部屋に響き渡る男の声。


「タンビルか…いつからそこに居たのか?」


だが王妃のほうは予想していたのか全く驚く事もなく、目に見えぬ者へと答えるのであった。


「貴女様とあの男がこの部屋に入る時から拝見させて貰いました」


すると王妃の表情が微かに歪んだ。


「お前がわたしにその様な態度をとるとはな…己の身の程を弁えよ」


痛烈な一言を放つ王妃の前に、ひとりの軍服姿の男が現れた。

男…年の頃は40半ばくらいか、かなり背の高い、がっちりとした体格にそれに相応しい厳つい顔付きをした、典型的な軍人の様相をしており、近衛兵団の軍服を纏い胸元には高位階級章をつけている…は、恭しい仕草で王妃の前に跪き頭を垂れた。


「御無礼を御許しを」


「うわべだけの謝罪など要らぬ。早く要件を申せ」


男、タンビルの態度に再び忌々しい表情で男を睨み付けると、王妃は苛々した口調で問いかけた。


「は…あの男、エルシーン=ルッツと名乗っておりましたが、確かに当人に間違いありませぬ」


「ふむ」


「先の政権改革の折りにあの男の父親であるユリシーン殿が宰相の座を失脚し、アルザス様が任命されたのを彼の御方のせいだと思い込み、激しく敵対して御座います。

現在彼は高位官僚の地位にこそは居ますが、その才能たるもの、宰相はおろか大臣という器にも御座いません」


タンビルの報告に王妃は納得したように頷き、はあ、とひとつ溜め息を漏らした。


「やはりな、ユリシーン殿も人柄はともかく、宰相としてはいまいちであったが…嫡男は更に己の裁量を知らぬ愚か者だな。所詮親の七光りに守られた馬鹿息子に過ぎぬか」


「今ならあの者を失脚させ、計画を止める事も出来ますが、如何されますか?」


タンビルの言葉に暫し考えていた王妃であったが、


「いや、久しぶりにあれに刃向かう者が現れたのだ。少し様子を見よう。

まああのような者の考えだ、かの者の力添えがあったというのも眉唾もの、上手くいくとは思えぬ。

まかりなりにも上手くいけば儲けもの…という程度。太陽祭の良い戯事くらいにはなろう」


だが男はその言葉に表情を嫌悪感に歪めた。


「しかしあの男は既に貴女様の名を語り、あまつさえ他国の人間であるかの御方をも巻き込んでしまっております。仮に暗殺に失敗すれば、下手すれば貴女様にまで手が及びます。最早戯事では済まされぬ域に来ております」


王妃の言葉にタンビルが少し焦ったように呟くと、


「あのアルザスと同等に渡り合える程のかの者、あの男と対等に取引をするほど愚かではあるまい。たとえ失敗したとしてもこちらに咎を責めたりはせぬし、自身に火の粉は降らぬよう策はしてある筈じゃ。

何より…わたくしに手が及ばぬように、そなたもそれなりの手配はするのであろう?」


にやりと不敵に笑う王妃の姿に、タンビルははっと我に返ると、


「勿論で御座います。決して王妃様の身を揺るがす様な事が無き様に、全力を以て計らいます」


そして恭しく王妃の前に跪き頭を下げるのであった。


「うむ、それでこそ我が王家の誇る近衛兵団の副団長。頼りにしてるぞ」


「有り難き御言葉…」



      *



…一方、某国の王宮の一室。

ひとりの若い美しい女性がナイトウェアに身をつつみ、ゆったりとした雰囲気で豪華なソファーに腰かけて一通の手紙に目を通していた。


“ふふ、なかなか面白いことになってきたわね…”


愉しそうに独り笑みを浮かべるその女性は、ふと手紙を膝上に置き顔をあげて高い天井の辺りを見上げた。


「ネメシス、そこに居るのでしょう?」


女性…メリンダが誰も居ないその場所に話しかけると、人気のないのに何処からか声が聞こえてきた。


『何か御用でしょうかメリンダ様』


同時に彼女の目の前に、身体にぴったりの黒の服を纏ったひとりの少女…ネメシスが現れ、彼女の前に跪いた。


「ネメシス、貴女に仕事が入ったわよ」


愉しそうに話すメリンダに対し、ネメシスのほうは微かに表情を歪めるのだった。


「仕事って…まさか例のやつじゃないですよね?」


「そのまさかよ」


飄々とした様子で答える主人(あるじ)に、ネメシスは主人の前だというのに益々表情を嫌悪感に歪めるのだった。


「本気ですか!?メリンダ様ともあろう方が、あんな、(まつりごと)に疎い私でさえ無茶苦茶と解る取引を承諾したのですか!?」


ネメシスの、主人に対する敬意を忘れた叫びに近い声に、だがメリンダはにっこりと微笑むのであった。


…そう、それは数日前の事。

メリンダの前に突然一通の手紙と共に現れた使者。

使者はフェルティ国の某人の使いと名乗り、主人からの手紙を彼女に渡したのであった。


そこに書かれていたのは、アルザス宰相の暗殺計画の内容と、その計画への『黒水』の協力の依頼であった。


これまで別の人物から、何度も見てきた手紙の内容に今回も断りを入れて使者を追い返そうとしたのだが、最後の一文に彼女は目を留めた。

それは王妃ルーリルアとおぼしき人物の直筆の署名と成功報酬。


その二点が、彼女を動かしたのだった。


「内容としてはかなりの好条件とは思うのよ。何てったって、成功の暁にはフェルティ国が独占してきた紅茶の取引権を得ることが出来るのだから。

ここ近年、嗜好品である紅茶の需要は高まっているわ。他国も多少は売りに出しているけど、やはりフェルティ国のものには品質が敵わないわ。それを我が国が独占して取引出来れば、国財を大きく潤す事も可能…」


「メリンダ様、そんな旨い話があると本気でお思いなのですか?

いいですか、相手はあのアルザス宰相様ですよ!フェルティ国で国王陛下に次ぐ程の地位で、しかも王族の一員。確かにいけ好かない相手ですけど、これほどの大物に手を出して、万が一失敗したりバレたりでもしたら国際問題にもなりかねませんよ」


まるで夢見るかのような顔付きになる主人に、ネメシスは半ば呆れたかのように溜め息を漏らした。が、


「あら、誰が貴女にアルザス殿を暗殺しろと言ったの?」


「…は?!」


メリンダの意外な発言に、思わず間抜けな声を出してしまった。


「でもメリンダ様、仕事を引き受けたと…」


「確かにアルザス殿の『暗殺計画』の仕事は引き受けたわ。条件付きでね」


「条件?」


「そうよ、国益の為とはいえ他国の重鎮に手を出す程私もそこまで馬鹿ではないわよ。

私の出した条件は、アルザス殿やフェルティ国『王家』の人間には一切手出しをするつもりは無いということ」


「え?でも手を出さずしてどうやって宰相様を暗殺すれば良いのですか?」


尤もな意見に、メリンダは尚も笑みを浮かべたまま話を続けていく。


「まだ解らない?貴女のすべき仕事が」


「?」


訳が解らず頭を傾げるネメシスに、メリンダはふふ、と笑いながら更に説明を続けていくのだった…。


「ああ!?そういう事なのですね!」


彼女の話を最後まで聞いて、やっと納得したように頷くネメシス。


「そういう事」


「成る程、その条件なら私が宰相様を暗殺する必要が無いですね。

何よりフェルティ王家に『直接』刃向かう事も無いから、計画が上手くいこうがいくまいがこっちは『直接』手出ししてないから無関係を通せる訳ですね」


「そうよ。あと、今朝来た手紙に書いてあったけど、計画の日時が決まったわ。太陽祭の当日。何でもアルザス殿がカドゥース国王代理の命でこの日に仮装して市民の中に紛れるからそこを狙うらしいわ」


「は?何故宰相様がわざわざ仮装して市民の中に紛れるなんて事をするんですか?」


「さあ、私にも解らないわ」


そう言ってとぼけたように肩を竦めた。


「ふーん、でもそれって正に()ってくださいと言わんばかりじゃあないですか。

あ、もしかしてこれって釣りってやつ…」


「そうでしょうね」


あっさりと答えるメリンダに、ネメシスははあ、とため息。


「…そこまで解っていてこの仕事を受けるなんて…」


「面白そうだったからよ。だって最近平和過ぎて退屈で、ちょっとした刺激が欲しかったのよ」


「……」


「…というのは冗談。さっきも言ったけど、取引条件が良いからよ。まあ期待はしてないけど、万が一にでも成功すれば我が国に莫大な利益がもたらされるからね」


「……」


“いや、メリンダ様の事だから、やはり面白がっているというのが本音だわ”


彼女の様子を見てきたネメシスはそう察したのだった。


“まあいっか、自分も退屈してたしね。久しぶりにあの男とまともに対決出来そうだし、楽しみだわ…”


そう思うとネメシスの顔も緩んでくるのだった。


「そういう訳で、太陽祭当日にはフェルティ国に立ち寄るからそのつもりでいてね」


「はー…、あ、御意です」


先程までのノリで軽く返事をしようとすると、じろりと睨まれ、慌ててネメシスは言葉を訂正して自らの主人(あるじ)の前に跪くのであった。



      *



一方、こちらは広大で豪華な造りをした、とある人物の私室…


「…そうか、報告御苦労だった。引き続き調査せよ」


「は、ではわたくしめはこれで失礼致します」


豪華なソファーに座っていた主人たる男の言葉を受け、隠密風の格好をした男はそう告げると一礼して部屋から出ていった。


独り広い部屋に残された男は、ローテーブルに置いてあったアルコールの入ったグラスを手にすると、くいっと一気に中身をあおった。


“例の件で、よもや母上と近衛兵副団長が動きだすとはな…、ふふ、更に楽しくなりそうだ”


にやにや笑みを浮かべて男…カドゥースは空になったグラスに更にアルコールを注ぎ飲もうとした時、


「殿下…あの者の話していた計画、このまま放っておくおつもりなのですか?」


突然聞こえてきた澄んだ声。そして部屋の奥からひとりの女が男の前に姿を現した。


「そのつもりだが、それが何か?」


だがカドゥースは驚くことも声のした方向に振り向くこと無く、グラスのアルコールを飲み始めた。

そんな男の態度に、女…ニィチェはぴくりと頬をひきつらせ、夫である男と向かい合うようにソファーに腰掛けた。


「アルザス殿の暗殺計画ですよ、聞き捨てなりませぬ。直ぐにでも阻止するよう策をたてねば…!」


「これ程の稚雑な計画、あれが感付かぬ訳が無いだろう。既に策はとってる筈さ」


ニィチェのきつい視線にも、それでも尚も態度を変えること無く、カドゥースはアルコールに口つけるのであった。


「しかし王妃様が関与し、あまつさえ他国の…アクリウム国のメリンダ殿まで巻き込んでいる状態。最早国内の問題では済まなくなっています。早めに対処せねば大変な事に…」


若干苛立ち気味の口調で語る細君に、カドゥースはああ、という感じの表情をうかべた。


「確かにその二点は予想外だったな。まあ報告を聞く限り母上も計画には深入りしていないようだし、わたしと一緒で祭の際の戯事としか思っておらぬよ」


「戯事…」


「恐らくメリンダ殿も同じ考えであろう。あれほどの才女だ、わたしと一緒で戯れ程度にしか捉えておらぬわ。まああわよくば…的な考えであろう」


「しかし、万が一成功するような事になれば一体どうされるおつもりですか?」


ニィチェの言葉に、カドゥースはへっと言いたげな顔をし、それから豪快に笑いだした。


「あれしきの小者に殺られるくらいならそこまでだな。それなら我が国の宰相を名乗る資格など無いわ!」


「殿下…」


「久しぶりのクーデター、楽しみだな。精々奴の手腕を見せてもらう事にしよう。ニィチェ、解っているだろうがくれぐれも手出しはするなよ」


嬉々とした…いや怖いくらいの狂喜に満ちた輝く笑顔を浮かべ、同様の瞳で睨まれ釘をさされ、ニィチェはそんな男の様子にはあ、と溜め息をついた。


“またいつもの殿下の悪い癖がでたわね…。確かにこの様な稚策如きにアルザス殿がまんまと嵌められるとは思いもしないけど、敢えて当人に『釣り』をさせるのですから性質(たち)が悪いわ…”


長年寄り添ってきて、夫の性格を解りきってはいたものの、改めて認識してしまい頭を抱えるニィチェであった。

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