第9章Ⅱ:天照らす陽の光
「あの…これは一体何なのですか?」
部屋に置いてある飲み水が無くなり、ダイニングへと取りに来たサーシャが目にした光景…、
それはテーブルの上に広げられた色とりどりの布、綿、毛糸などで出来たスカートやドレスにシャツ、帽子にアクセサリーといった様々な衣装、の数々であった。
「あーサーシャ様ぁ〜」
テーブルの側にいたエレーヌがにこにこしながら呑気に返事をしてきた。
「これは今度の太陽祭の時に着る衣装ですよぉ〜」
「太陽祭?」
「あれ?サーシャ様、太陽祭って御存知無いんですかぁ?」
首を傾げるサーシャにエレーヌが呑気にため口調子で話しかける。
「これ!エレーヌはまたサーシャ様にその口のきき様をして…それに何ですかこのガラクタは!」
「ガラクタじゃあありませんよぉ〜。私がお店で買ったり端切れで作った太陽祭の衣装ですよぉ〜」
部屋に現れたポーの非難にも、平然とした口調で答える。
「全く…もうすぐ昼食の時間ですよ、この様ながらくた、さっさと片付けなさい」
「えー!」
「あの…太陽祭って一体?」
サーシャの声に二人が振り返りああ、という表情を浮かべた。
「太陽祭というのは、ここフェルテイ国の二大祭のひとつで、この国の名の由来でもある太陽に感謝を捧げる祭りで御座います。
太陽祭の日はこの国に於いては最も太陽の在る時間が長い日でして、国王陛下が国の代表として太陽に供物と感謝の祈りを捧げ、国の繁栄を祈るのですよ」
「まあ…」
「そんでぇ、みんなは太陽を模した衣装を纏ってぇ、その日の日中は皆仕事をお休みして踊りやパレードとか出店もあったりして、飲んだり騒いだりのどんちゃんをするんですよぉ〜♪」
「…本来この祭りはフェルテイ国の民は仕事や学業を休み、各々の一年の健康と幸せ等に感謝し、この一年の間に各家庭で得た財産…お金や収穫した作物、機織りで作った布や雑貨類や、この年に産まれた赤ちゃんの髪のひと房等をほんの少し、フェルティス聖堂内にある太陽を模した祭壇に捧げ感謝の祈りを捧げる祭なのですよ。
…ですから、エレーヌが言う事は太陽祭の本質から外れているのです」
「もう、一言多いですよぉ〜ポーさんー」
自分の意見を否定され、ぷーと頬を膨らませるエレーヌ。
「ポーさんの言うことは置いといてー、日没後には皆で金と銀の仮面をつけて月明かりの下、街中を練り歩くんですよ。
そしてこの時に男性と女性がそれぞれ金と銀の仮面をつけて、同じ時に同じ空の月と水面に映る月を見れば、その二人は永遠に幸せな恋人同士でいられるのですよー!きゃー!素敵ですよね!
私も今までは仕事とかでこのイベント出来なかったけど、今年は是非ムントとこれをしなくちゃーっ!」
「…エレーヌ、それは祭とは全く関係無い、若い人達が作りあげた只の…」
呆れかえるポーとは対照的にきゃいきゃい騒ぎまくるエレーヌ。
「おーい!飯が出来たぞー…て、おい何なんだこのボロ布の山はっ!何処に飯置けば良いんだっ!」
台所の奥から現れたハックがすっとんきょうな声をあげて怒りだした。
「ボロ布って、酷いですーハックさんっ!これは私が仕事の合間に必死で集めたり作ったりした太陽祭用の…」
「んな事はどうでも良い!とにかくこの布の山、どっかに避けてくれ!」
そう言いながらハックは乱暴にテーブルの上にあった布類を床に落としていった。
「もーっ!ハックさんの意地悪ーっ!」
「ほら、この布にくるんで、一先ず隣の部屋に置いておきなさい」
堪らずポーが助け船を出して、大きなクロスに手際良く衣装等を包んでいった。
“太陽祭…。アクリウム国でいう感謝祭の様なものなのね…”
今までの話からサーシャはそう考えついていた。
サーシャの祖国であるアクリウム国にも炎(=夏)になる前に、国名の由来の水に感謝する祭があるのだが、やはりそれも太陽祭と非常に似た様式の祭なのである。
“アクリウム国の水祭はどちらかといえば王族や神官様、大巫女様を中心として厳粛な雰囲気の中粛々と行われるものだけど、ここの太陽祭は王族も国民も一同に行われるものなのね。
アクリウム国と違って、こちらは厳粛というよりはとても楽しそうなお祭りみたいね”
そしてふとエレーヌの言った事を思い出した。
“恋人同士が同じ時間に月を見れば幸せになれるなんて…とても素敵ね!
私も祭の日にはジーフェス様と一緒に月を見てみたいわ。うん、一緒に行くように誘ってみましょう!”
月明かりの下でサーシャとジーフェスが二人きりで幸せそうに月を見つめ合っている…。
サーシャはそんな独り幸せな空想に浸るのであった。
*
「あー申し訳ないけど、それはちょっと無理だよ」
その日の夕食時、サーシャは太陽祭の事をジーフェスに話して一緒に夜のパレードに出たい事を言っていたのだが…、
「え…?どうしてですか?」
てっきり喜んで一緒に行ってくれると思っていたサーシャはジーフェスの意外な返事に驚き、少し悲しい表情を浮かべて尋ねた。
「祭の当日は自衛団をはじめ軍が総出で国の警備にあたらなくてはならないのです。祭の騒ぎに乗じて不届きな事を行う輩が大勢いるものですから、それを防ぐ為です」
「そんな…」
「えー!旦那様折角サーシャ様が一緒に行きたいとおねだりしてるんですよぉー、可哀想じゃないですかー!旦那様御仕事休めないんですかー!」
「それを団長の立場の俺がやったら他の者に示しがつかないだろう、ん?」
傍らで聞いていたエレーヌが猛抗議をするのだが、ジーフェスは真面目にかわしていく。
「エレーヌ、それが旦那様の御仕事ですよ。これまでの太陽祭も自衛団や軍部の方々の警備や守護のお陰で平穏無事に行われてきたのですよ」
隣にいたポーも静かにだが窘めるのであった。
「…そうですよね。御仕事でしたら仕方ありませんわ」
そう返事はしたものの、サーシャの心は少し寂しかった。
“そうよね。大祭の様な人が大勢集まる時こそ自衛団が頑張らなくてはならない時ですものね。その団長たるジーフェス様が休める訳ありませんしね…”
仕方ないとはいえ、予想を裏切られ寂しい表情を浮かべるサーシャに対し、ジーフェスは更に続けた。
「申し訳ないサーシャ、こればかりは出来ない相談だ」
「解っています。私のほうこそ我が儘言ってしまってすみません」
「その代わりといっては何だが…祭の翌日の午後から次の日まで休みが取れたから、一日遅れでも良ければその時に二人きりでデートでもしましょうか?」
「…え?!」
意外な提案にサーシャはびっくり。
「各々昼食を終えたら庁舎で待ち合わせをして、二人で街中を散策して夕食は高台にある『リュート』で済ませたら…西の公園でも散歩しましょう。あそこには小さいけど綺麗な池がありますからね。さぞかし月が綺麗に映るでしょう」
「池って、それに月って…!?」
“それって、もしかしてもしかして…!?”
顔をあげると、目の前にはにっこりと笑顔を浮かべたジーフェスの姿。
「サーシャは俺と一緒に月を見たかったのではありませんか?」
「…何故、それを!?」
自分の願望を彼にすっかり見破られてしまっていて、驚きを隠せないサーシャ。
「太陽祭の月恋人の伝説話は有名ですよ。色恋沙汰に疎い俺でも知ってるくらいにね」
そう言って悪戯っぽく微笑み、サーシャにウインクをするのだった。
「あの、その…」
何もかも見透かされて、恥ずかしくなってサーシャは視線を反らして俯いてしまった。
「うわー!旦那様いつの間にそんな計画をたてたんですかっ!女性のことにはてんで鈍ちんな旦那様らしくないっ!これ、絶対ポーさんの入れ知恵ですよねっ!」
エレーヌが酷く驚きながらも心なしか楽しそうに興奮して叫びだした。
「…何だそれは?まるで俺が意外な事をしてる口振りだな」
少しむっとした表情のジーフェス。だが近くにいたポーはエレーヌの言葉にぶんぶん首を横に振った。
「いえ私は何もしてませんよ…正直私も驚きました。まさか坊っちゃまがこの様な雰囲気のある計画をたてておられたとは…」
「えー!じゃあ本当に旦那様の考えた計画…
いやあああっっ!そんな…鈍鈍で女心のまるっきり解らない旦那様がそんな女心をくすぐる雰囲気たっぷりな事を計画したら、祭の当日に大雨が降りますううっっ!!」
エレーヌの叫びにポーにハック、タフタ、更にはサーシャまでもが激しく同意したように頷く。
「どういう意味だそれは!」
「正に彼女の事を考えた、女心をくすぐるデート内容じゃあないですか、本当に旦那様が考えたものなんですかねぇ…」
「と…当然さ!俺が考えたものに決まってるだろ!」
タフタの一言に何処と無く表情をひきつらせたジーフェス。
「私も、びっくりしてます…」
「さ、サーシャまで…」
「旦那様が考えたとは思えない程素晴らしい計画ですよねー。あーいいなぁ〜、『リュート』かあ〜、あそこ肉料理が凄く美味しいんだけど完全予約制の店で予約確保するのが難しいんですよ〜」
いーなーいーなーと指をくわえんばかりに呟くエレーヌ。
「い、一日遅れになってしまうけど、どうかなこの計画?サーシャが他に行きたい所とかやりたい事があればそうするし…」
苦笑いしながらもそう問いかけるジーフェスに、サーシャは頬が熱くなるのを感じていた。
「…嬉しい、嬉しいっ!
もう!私がこんな素敵な御誘い、断ると思ってるんですか…っ!」
サーシャは嬉しさの余り、興奮気味にそう返事をすると、ジーフェスもエレーヌもポーも、皆がにこにこ楽しそうに微笑むのであった。
*
夕食を終えて自室に戻ったジーフェスは、ベッドに身体をどっかりと横たえると、ほうと安堵の溜め息を洩らした。
「…まさか本当にあいつの言った通りになるなんて思いもしなかったよ…」
ぽつりとそう呟いたジーフェスは数日前のとある出来事を思い出していた。
*
…それは三日前の出来事。
『ジーフェス、貴方太陽祭はどうするのよ?』
回診の帰り道に庁舎を訪ねていたライザがいきなりジーフェスにそう聞いてきたのだった。
『どうする、って…いつもの通り、終日警備の仕事をやるだけさ』
椅子に座り、机の上にある書類を見ながらそっけなくそう答える。
『やっぱし…サーシャはどうするのよ?祭の間放ったらかし?』
『そうなるよな。それが何だ?』
するとライザははああ、と深い溜め息をついて頭を抱えた。
『…あんたもサーシャを奥さんに迎えてちっとは女心が解るようになっていたかと思っていたら、相も変わらずなんだから…』
そしてきっと顔をあげるとびしっ!と指差しながら叫びだした。
『ジーフェス!祭の日は休みを取ってサーシャとデートしなさいっ!』
『は、何でだ?』
『何でだ、じゃ無いわよっ!貴方太陽祭の月恋人の話を知らないのっ!』
『あれだろ?太陽祭の夜に恋人同士が金と銀の仮面をつけて空の月と水面に映る月を見れば幸せになれるっていう…それが何だ?』
『本当にあんたって女心の解らないやつね…サーシャがそれを知ったら、絶対あんたと一緒にやりたいとか祭に行きたいとか言い出すに決まっているわ。だからちゃんと休みを取ってやってやりなさい!』
『お前、無茶苦茶言うな!第一に祭当日に団長たる俺が大事な警備の仕事を休める訳が無いだろうっ!』
『だったら翌日でも良いから休みを取ってサーシャとちゃんとデートしなさいっ!』
見れば周りにいた数人の団員がライザの提案にうんうんと頷いている。
『そうね、昼間は街中を散歩なり彼女好みの場所で買い物なりをして、夕食は…高台にある『リュート』でとって、月が出だしたら店の近くの西の公園で月を見るのはどう?あそこなら小さいけど綺麗な池があるしね。
うん、これならデートとして完璧ね』
『ちょ…『リュート』って、あの超人気完全予約制の店だろう!んなところ、ほいほいと予約取れるわけない…』
『いいこと!絶対に祭の翌日は休暇をとってサーシャとデートしなさいよ!
でないとサーシャにあんたの過去の恥ずかしい話をしてやるからねっ!』
『お前、俺の話も聞けよっ!!』
*
…結局脇で話を聞いていたサンドル副団長が苦笑いながらも気をきかせてくれて、祭の翌日の午後から次の日までの一日半休暇をくれたのだった。
しかも『リュート』のオーナーと副団長が旧知の仲ということで、その日の予約もしっかりばっちりと入れて貰ったのだった。
“しかしサーシャがあんなに喜ぶとは思いもしなかったな…”
『嬉しい嬉しいっ!』
顔を真っ赤にして嬉しそうな笑顔を浮かべる彼女の姿を思い出して、ジーフェスもついつい笑みが零れてくる。
“久しぶりにあんな笑顔が見られたのだから、ライザに少しは感謝、かな…”
最初は全く乗り気で無かったのに、サーシャのお陰で今ではデートの日のことを想像すると知らず知らずに心が浮き立つジーフェスなのであった。
*
「…それでな、太陽祭についてだが…」
「御断り致します」
…ここは国王陛下専用の執務室。その豪華な椅子には国王代理のカドゥースが至極御機嫌な様相で腰掛け、目の前にいる至極不機嫌な様相の宰相アルザスに話し掛けていた。
「お前な…話を聞く前からそんなけんもほろろに断らなくとも…」
「殿下が仰有りたい事は推測出来ます。祭当日の夜、殿下は仮装して民に紛れる計画をたてておられるのでしょう?当然却下です」
「何故解ったのだ!?もしやニィチェがお前に話したのか!」
微かに驚くカドゥースに対し、あくまでも冷静に淡々とアルザスは語る。
「毎年同じ事をやれば嫌でも解ります。
確かに国民の生活に直に触れ、民の声を…真なる思いを把握し改善していくという御心は大変素晴らしい事かと、
ですが時期をお考え下さい。太陽祭の様な国中が混沌とした時に陛下代理であり時期国王である貴方様が民衆に紛れるなど…わざわざ反国家の者にとってまたとない機会を御作りになるような、そのような危険な事はお止め下さい」
「む…」
「殿下が独り身で国王が御健在の頃ならまだしも…正妃様を迎え嫡男も誕生し、しかも国王代理の立場の今現在、行うべき事ではありませぬ。
何より昨年の祭の事をよもやお忘れとは言いませぬぞ」
「むむ…」
アルザスに静かに、だが強く抗議され、流石のカドゥースもぐうの音も出ない。
昨年の太陽祭の時、やはり変装して群衆に紛れ込んでいたカドゥースを、事情を知らない軍のひとりが目敏く見つけて騒ぎだしたから、一時その場が大変な事態となってしまったのだ。
「ちっ、折角の祭なのに儀式通りに過ごすだけでは面白く無いじゃないか。
ならば…そうだ!今年はお前が仮装して民衆に紛れて来い!」
「……は!?」
カドゥースの余りの提案に流石のアルザスも唖然とした表情を浮かべた。
「わたしが駄目ならお前が行くのだアルザス。うん、それが良い。まさか王宮の者も民もお前が街を彷徨くなんて考えもせぬ…」
「冗談は止めて下さい!何故私が仮装などして民衆に紛れなければならないのですか!」
珍しく感情を見せ激しく抗議するアルザス。
「民の真なる声を聞くのも王家の、国の長たる者の役目。わたしが無理なら同じ王族のお前がやるのが…」
「こんな時に都合良く王家の血筋を出さないで下さい!
ならば他の方法が幾らでも有るでしょう。何もわざわざ危険を侵すような真似をしなくとも…!」
普段カドゥースの命には逆らわないアルザスなのだが、今回ばかりは内容が内容なだけに珍しく拒否しまくっている。
“冗談じゃない!殿下の戯れ言には大概付き合ってきたが…仮装して民に紛れろだと!私が人前に出るのを極端に嫌悪してるのを解っておられるくせしてその様な事を仰有るとは…!
馬鹿馬鹿しい、今度ばかりは私も付き合いきれぬ!”
「ともかく、その様な戯れ言に付き合っている暇など私には有りませぬ。他に用が無ければこれで失礼致します」
怒りの余りそのまま背を向け執務室を飛び出そうとした彼に向かって、カドゥースがぽつりと呟いた。
「それに…お前が動く事で思わぬ『収穫』が有るかもしれんぞ」
「!?」
意味深なその言葉に思わず振り向くと、そこにはにやりと不敵で意味深な笑みを浮かべるカドゥースの姿。
“まさか、殿下は…!?”
「さて、どうする?わたしがやるかお前がやるか…どちらにするかな?」
勝ち誇ったかのような、選択を与えつつも選択の余地の無いカドゥースのその言い方に、アルザスは怒りに拳を握りしめ、ぎりりと歯軋りをたてて無言で睨み返すしか出来なかった。