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第8章Ⅶ:気持ちと身体の不均衡(後)

「ジーフェス様、私を…抱いて下さい」


「…!?」


突然の、思いもよらぬサーシャの懇願に、流石のジーフェスも驚きを隠せずにいた。


「サーシャ…その、それは…」


“な、何なんだ!?これは昨夜見た夢の続きなのか!?”


サーシャの行動に先日みた夢の内容を鮮明に思い出し、ジーフェスは腕の中にいる彼女の姿と、夢の中で見た産まれたままの彼女の姿とを重ね合わせていた。


『私を、貴方の妻にして下さい…』


「…っ!?」


サーシャの身体の温もりと淡い匂いを感じる中、ジーフェスの身体は熱くなっていき、特に身体の中央が痛いほど熱を帯びてきていた。


「サーシャ…」


“本当にこのまま、このまま彼女を抱き締めてしまいたい。彼女の身体に俺の全てを刻みつけたい…”


そこまで考えて、はっとなった。


“な、何を考えているのだ俺は!サーシャと俺とは夫婦とはいえ、まだ出逢ってふた月と少ししか経っていないんだぞ!それに彼女はまだ15歳、そんな若い内に俺の、俺の欲望を刻みつけても良いのか!?”


「落ち着いてサーシャ。ちょっと酷い目にあったから今は混乱しているだけだよ。もう少し落ち着いて…」


「私は、私は落ち着いています」


ジーフェスの言葉を、だがサーシャはきっぱりとした口調で遮った。


「…嫌なのです。もうこれ以上ジーフェス様と離れているのが嫌なのです」


そして微かに涙で滲む瞳を向けて尚も語るのであった。


「ローヴィス様や、他の男性と無理矢理そういう関係になるのならば、私はジーフェス様と交わりの儀式を行いたい。私が、私が好きになったジーフェス様と、一番最初に結ばれたい…」


「サーシャ…」


彼女の言葉に、ジーフェスは先程までの場面を思い出していた。


“この部屋に来た時、サーシャはローヴィス兄さんに無理矢理抱かれようとしていた。

もし俺が来なかったら、いやローヴィス兄さんが本気を出していたなら、サーシャは一体…!?”


その先の事を想像した彼の身体が恐怖と怒りにぞくりと震えた。


“他の男に強引にサーシャを奪われる位なら、それならばいっそ、俺が…!?”


「お願いです。私を、私を…!」


そこまで言ったサーシャの身体が、突然ジーフェスの腕の中に抱き締められた。


「!?」


「サーシャ…!」


そしてそのままゆっくりと、彼女に覆い被さるようにして広いベッドの上に横たわった。

やがてゆっくりとジーフェスの腕がほどけ、仰向けのままのサーシャは彼から見下ろされる形となった。


…とくん…、


「……」


暫くの間、黙ったまま微動だにせずお互いにお互いを見つめあっていたが、ふとジーフェスがごく、と喉を鳴らして一息飲むと、


「サーシャ、もう止められないよ。本当に良いのかい?」


覚悟を決めたように、静かにそう囁き、彼女の頬に指先を触れた。


…とくんとくん、


サーシャの心臓の音が激しく高鳴る。


ジーフェスの問い掛けに、サーシャはただ黙って頷き、


「きて、ください…」


微かな吐息と間違える程小さな、そして震える声でそう答えるのだった。


サーシャの一言を聞いたジーフェスはそっと顔を近付け彼女の右頬に、左頬に軽く口つけ、そして首筋に顔を埋め口つけ、軽く舐めた。


「…あ…」


ほんの少し前に、同じ様にローヴィスにもされた事、あの時は嫌悪感しか無かったその行為が、ただジーフェスというだけでサーシャにとって全く別のものになっていた。


「サーシャ、好きだ…」


耳元で微かに囁き、ゆっくりと彼女の身体の上に自らの身体を重ねていく。


「ジーフェス、様…」


“好き、私もジーフェス様が好き…。ああ、それだけで違う。ローヴィス様とは全然違う。”


好きな男性(ひと)の温もりを、匂いを全てを感じてサーシャは嬉しさの余りに彼の背中に腕を伸ばした。


「好き…私も、ジーフェス様が、好き…」


“大好き、大好き。ジーフェス様の全てが好き。少し武骨な大きな手、大きくて広い背中、掠れた声…何もかも好き…”


「サーシャ…」


いつの間にか彼の手が彼女の服の胸元を緩め、ゆるやかな胸の膨らみが半ば程露になっていた。


「…あ…」


ふとサーシャは顔を上げたジーフェスと目を合わせた。


綺麗な、新緑を思わせる鮮やかな翠の瞳…。


…とくんとくんとくん…、


心臓の鼓動が更に激しく高鳴る。


“ああジーフェス様、ついにジーフェス様と交わりの儀式を行うのね…。

嬉しい…、嬉しいけど…怖い”


「!?」


そしてはっとなり身を震わせた。


“怖い、どうして怖いの?大好きなジーフェス様と交わりの儀式を行う事がどうして怖いの!?”


サーシャの中に、先程までは全く無かった別の感情、恐怖と不安がみるみるうちに沸き起こってくるのであった。


“どうして、どうして怖いの?不安なの?ジーフェス様なのよ、ローヴィス様でもあの中年の男でも無いのよ。私の、私の好きなジーフェス様なのに、何故こんなに身体が恐怖と不安で震えるの…!?”


必死で恐怖と不安を振り払おうとするのだが、そうすればする程彼女の心の中にはその気持ちで一杯になっていくのであった。


「…サーシャ…!?」


微かに表情を恐怖に歪め、身体を震わせ始めた彼女の姿を見て、ジーフェスは表情を歪め抱き締めていた腕を緩めた。


“…違う、違うの。本当は嬉しいの、ジーフェス様に抱き締められて嬉しいの!でも、でもどうしてなの?どうしてこんなに不安な気持ちになるの?どうしてこんなに身体が恐怖に震えるの…!?”


「…私…私…っ」


そう言いたいのに、だけど言葉に出そうとしても上手く出来なかった。

なのに不安は益々彼女の心を支配していって、身体は恐怖に更にがたがたと震えていった。


いつの間にか、サーシャの瞳からぽろぽろと大粒の涙が溢れ、頬をつたって落ちていった。


「…サーシャ…」


「…違う、違うの…私、私は本当は…」


ぐちゃぐちゃな気持ちのまま涙で顔を濡らし、しゃくりあげるサーシャに対し、ジーフェスはふっと優しい笑みを浮かべ、そっと(はだ)けた胸元をなおしていった。


「…ジーフェス、様…」


そして彼女の身体をベッドから起こして、そっと彼女と向かい合うようにして腰を下ろし優しく、だけど少し苦虫を噛み潰した様な感じの笑顔を浮かべ、彼女の瞳を見つめた。


「ごめん、やっぱり少し早過ぎたね」


いつもの低い微かに掠れた優しい声がサーシャの胸に響いてくる。

それは却って彼女の心を深く傷付け、そして後悔にうちのめすのであった。


「違うの、違う、ジーフェス、様…私、私は本当は、本当に、貴方と交わりの儀式を、したかったの…」


ぼろぼろと人目を憚る事なく涙を溢しながら、ぽつりぽつりと嗚咽を漏らす。


「うん」


「嘘…じゃない、の。本当に、本当にジーフェス、様なら、そうなっても、良かっ、たの…」


「うん」


「でも…でも、どうしてか、急に、突然っ、怖くなって、きて…、でも…本当は、ジーフェス様、と、結ばれ、たかった…のに、怖くて、怖くて…っ!」


そこまで言ったサーシャはついに感極まってわんわんと号泣を始めてしまった。


「サーシャ」


そんな彼女をジーフェスはそっと優しく腕の中に抱き締めるのだった。


「ごめんなさい、ごめんなさい…!」


号泣しながら、それでも己のした事に対して必死で謝り続けるサーシャ、


「良いんだよサーシャ、それが当たり前なんだから」


ジーフェスはよしよしと頭を撫でながら優しく慰めていく。


「サーシャ、君はまだ15歳なんだよ。しかも俺という、多分初めてであろう男を知ってから、まだふた月ちょいしか経っていないんだよ。そんな君が俺の全てを受け入れて、自分の全てを曝け出す事なんて、まだまだ早過ぎたんだよ」


その言葉にサーシャは首を横に振った。


「でも、私は本当に、ジーフェス様が、好き、なの…」


「うん、それは解っているよ。俺もサーシャが好きだよ。

でもね、お互い好きだから直ぐにセックス、というか交わりの儀式をする、というかしなくてはいけない訳じゃ無いんだよ。まだまだサーシャは子供で幼いし、何より初めてで経験が無いからね」


「私、もう子供では、無い…」


「そう思う事がまだまだ子供だよ。まあ、我慢出来ずに突っ走りそうになった俺もまだまだだけどね…」


はは、と苦笑いを浮かべるジーフェス、そしてふっと優しい笑みに戻して、


「だからもう少し、時間をかけてお互いに気持ちを深めて、お互いにもっと気持ちが大人になってから、落ち着いてからでも…交わりの儀式はそれからでも良いんじゃ無いかな」


「ジーフェス様…」


そしてジーフェスはふっと真面目な表情になって呟いた。


「サーシャ、もう二度とサーシャを他の男に触れさせるような真似はさせないから、絶対に俺がサーシャを守るから…だから安心して、ゆっくりと近付いていこう。そして、お互いに充分気持ちを確かめて、大人になったら、その時に初めて…儀式をしよう」


綺麗な翠の瞳が、優しくサーシャを見つめる。

それはまさに、慈愛を司る雄神ライアスと同じ…、


“…ああ、私は本当にジーフェス様に大切にされている。本当にジーフェス様は優しい人なんだ”


「…ありがとう、ジーフェス様」


サーシャはただただ、今は静かに涙を流しながら暫し彼の胸の中で温もりを感じながら心を落ち着かせるのであった。



…だがこの約束が、先の未来で粉々に打ち砕かれる事になるとは、今の二人には全く知る由も無かった…。



      *



「…だからさあ、サーシャに手を出したから、ジーフェスの奴にぼこぼこにされたんだよ。ほらこの傷、解るだろ?あいつ本気でオレを殴ったんだよ。」


「……」


「なあ、聞いてんの?オレ危うくあいつに殺されるところだったんだよ。どうしてくれるんだよ」


「煩い。それも範疇内だろうが」


「けっ!あんたに頼まれて仕方なくサーシャを誘惑したのにさぁ、結局サーシャとはいちゃいちゃ出来ないわジーフェスにはぼこぼこに殴られるわー、正に踏んだり蹴ったりだよ…て、おい、聞いてんのかよ!?」


ここはとある屋敷の中にある庭園。美しい花が咲き乱れる一角に置いてあるチェアーには、ローヴィスがふてぶてしい態度で座り込みながらぶつぶつ文句を言い、その直ぐ脇ではもうひとりの男が立ったまま優雅な手付きでテーブルの上にあるふたつのカップに紅茶を注いでいた。


「全く…いつもながら退屈な処だなここは。花と紅茶と菓子しか無いしな。女とまでは言わないけどさ、せめてアルコールくらいは置いといて…」


「それ以上生意気な口を開くようなら、即座に黙らせてやろうか?」


紅茶を注ぎ終えた男がテーブルにポットを置くなり、冷たい視線を向けぎろりと睨み付けると、ローヴィスは恐怖の余りに竦み上がってしまった。


「うは、冗談冗談。ちょっと本気にしないでよアル兄いー」


それでもひょいと肩をすくめ、半分おどけた口調で目の前の男、アルザスに呟くのだった。


「で、どうだった。お前なりの見立ては?」


アルザスは空いた椅子に座り、先程注いだ紅茶に口つけながら静かな口調でそう尋ねてきた。


「見た目のまんまだよ。まっさら純真無垢そのもの」


ローヴィスも目の前に置かれた紅茶のカップを手に、にやりと笑いながら答えると尚も続ける。


「今時珍しいくらい摩れてなくて、世の中に醜い事や悪い事がうようよしてるなんて全く思ってもいない、まさに世間知らずの御嬢さんそのもの」


「……」


「アル兄いはサーシャが今のは実は仮の姿で本性は機知に富んだ才女で密偵としてジーフェスの所に来たんじゃないかと思ってたんだろうけど、そんな事はナイナイ。全く無い」


おどけた様に手を振り首を横に振るローヴィスの姿をアルザスは黙って真剣に聞いていた。


「そうか、お前がそういうのなら間違い無いだろう。ご苦労だった」


彼の性格上から嘘偽りも無いし見誤りもないだろう。

アルザスはそう結論づけた。


「で、他に何があった?」


その問い掛けに一瞬呆けた顔を浮かべたローヴィスだったが、直ぐに不気味ににやりと笑みを浮かべ、手にした紅茶をごくごくと一気に飲み干すと、さも楽しそうに話を進めていった。


「シルヴェス国ではどうやら王太子の側近が政権乗っ取りを狙って内密にクーデターの計画を進めているみたいだぜ。まぁあの国は今の国王も王太子も糞みたいな奴等だからな、政権交代したほうがまともになるかもな」


「側近か、以前見た時はそんな頭が切れる奴とは思わなかったが…誰かが裏で操ってるな?」


「流石だな、隣国スティシナの豪族さ。まあ奴の狙いは国が支配管理する銀山の権利らしいが…噂じゃ中立国のダルシュも手を貸してるとも言われてる。無論こっちも銀山目当てだけどな」


「他は?」


「マシーナリィ国では鉄鉱石の採掘を巡って国のトップ貴族の二家が利権争いを始めたぜ。この二家がまた国の政権の二大派閥の主たる出資者(金づる)だからな。しかも現政権派のほうが不利な状況になってる。結果次第じゃあ政権がひっくり返るかもな」


「成る程、どっちも鉱山の利権が絡んでいる訳だな」


「そういう事。近年エーカー大陸では機械発展がめざましいからな。特に帝国アーシェンは資源獲得にやっきになってる」


「機械か…ここではまだ馴染みの無いものだな」


「まあな、でもオレはいずれ機械は全世界に普及し、生活の一部となり支配していく事になると思うな」


「……」


他の者から見たら何を言うかと一笑するのだが、彼の性格を、鋭い先見の明をよく知ってるアルザスは決して否定しようとはしない。


「他の大陸の事より、ここ近辺の状況はどうだ?」


「ここいらか?あんまり面白い話は無いぜ。アクリウム国では相変わらず現ジェスタ女王・大巫女とメリンダ宰相との対立が激しいくらいかな。

だけど今のアクリウム国は大巫女の‘超力’だけではなくメリンダ宰相の外交の力にも頼って現状を維持しているようなものさ。女王も大巫女もそれを解っているから彼女を非難しつつも真っ向から排除しないのさ」


「……」


「まあ、あのメリンダって女は本当凄いよな。まだ19歳だというのに交渉術はもとより知識は豊富で話術・カリスマ性全てに秀でて、おまけに絶世の美女で身体つきも抜群、完璧・非の打ち所が無いとは正に彼女のことを言うのだな。

一部の人間は彼女がその見事な身体を使って他国のお偉いエロ爺達を口説き落として交渉事を進めてきたと言われてるけど…あんな女に迫られたらオレでもいちころだろうな」


「……」


「あの女とセックスしたらどんな感じなんだろう、胸はでかいし柔らかそうだし、アソコなんか滅茶苦茶締まって気持ち良くてさ、攻めたらさぞかし良い声で啼いて乱れて…」


「煩い、これ以上下世話な話をする位ならその口が開かぬ様縫い付けるぞ」


まるで涎を垂らさんばかりの下品な言い種に、アルザスは先程までの彼に対する評価が萎み、嫌悪感剥き出しの表情で忌々しげに呟いた。


「うわ、解りました解りましたよはいはい。相変わらずアル兄いは真面目ですこと…」


悪びれる事なくローヴィスはひょいと肩を竦めた。


“全く、直ぐに下品で下世話な話に持ち込む癖さえ無ければ良いものを…”


「まあ、シルヴェス国やマシーナリィ国よりも、今一番の脅威になりそうなのはウルファリン国だな」


「ウルファリン…」


「そうさ、あそこの当主の息子、正室でなくて側室の第二か三、だっけ…その子息…」


「フェンリルか?」


「そう!フェンリル!あいつはマジでヤバい。それこそあの女、メリンダに匹敵する程の知識と交渉術の持ち主さ。

奴は庶子の立場であるけどその持ちたる才能で瞬く間に近隣国との交渉に挑んで今までの不平等条約を悉く解約し新たな条約を締結していってやがる。

おかげで不平等条約でウルファリン国から利益を得ていたタイクーン国は大打撃さ」


「……」


「おまけに最近は帝国ウインディアとも直接交渉するまでになってきてるぜ」


「帝国ウインディアとか」


「そ、他国から見下されてきたあの小国が、だ。それ程までにウルファリン国の、奴の力が影響を及ぼしているって事さ」


「……」


ウルファリン国のフェンリル、か…、


『俺はいつかこの国を建て直し、糞みたいな大国の支配から脱却して己の力のみで各国と対等に渡り合えるだけの力をつけてやる!』


“あの時は半ば失笑気味に奴の話を聞いていたのだが、まさかこんな短期間でそこまでやり遂げるとは…”


そんな昔のことを思い出していたアルザスの目の前ににすいっ、とローヴィスが手を差し出した。


「?」


「オレが知ってる情報はこれでおしまい。てな訳で、サーシャの件も含めて報酬頂戴♪あ、ここの怪我の件も含めてさ、いつもよりちょっと色つけてよ」


にっこりと表では邪気の無い笑顔を向けてローヴィスはアルザスに金の要求するのであった。


「……」


余りの態度に冷ややかな瞳で軽く睨み付けはしたものの、アルザスは傍にあったワゴンからひとつの袋を取り出し、テーブルの上に置いた。

ローヴィスは迷うことなくそれをひょいと掴むと袋を開けて中身を確認した。


「ふーん、ランド金貨が百枚に小切手が…一万ランド金貨分ねぇ、ま、こんなもんでしょ」


そこそこ満足したように袋を懐にしまうと、ローヴィスは席を立ち背伸びをした。


「さてと、仕事も終わったし、オレは行くぜ」


「今度は何処に向かう気だ?」


「南のほうにでも行ってみるさ。何やらバルバドス国やサルベンド国あたりが騒がしいらしいからな」


「くれぐれも他人にお前の素性を覚られるなよ」


「そーんなへまはしねぇよ。第一、こんな格好して軽い性格のオレが一国の王族って見破れる奴なんていねぇよ」


「……」


…あの女には一発で見破られたくせに。


そこまで口先に出かけたが、止めた。


「さて、金も手に入ったことだし、出掛ける前にちょいと高級娼婦街(グラナダ)で女遊びしてくるかな」


「いつもの場所で遊んできたのでは無いのか?」


少し驚いたようにそう聞いてくると、


「あそこはサーシャとジーフェスに貸してしまって、おかげで今回は未だ女遊びが出来ず仕舞い。まあ久々にあそこの玄人さん達と遊んで…ちょいとついでに内部偵察するのも良いかなー、って思ってさ」


「…高級娼婦街を甘く見るな、あそこは想像以上の魔窟だぞ」


「解ってるさ、…アル兄いでさえ畏れる程の、だろ」


「……」


「解った解った、遊ぶだけにしておくさ。偵察はほんのついでで深入りはしないさ」


そこまで言うと、ローヴィスは少ない荷物を持ってさっさと門前で待ち構えていた馬車まで移動していった。


「じゃーなアル兄い!生きてたらまた逢おうな!」


それだけ言い残し、ローヴィスは飄々とした様子で手を振り、馬車に乗り込むと屋敷を後にしたのだった。


「……」


…高級娼婦街、か…。


独り残されたアルザスは去り行く馬車を見送ると、ふと視線をある方向へ、遥か先…目には見えぬその場所…娼婦街へと向けたのであった。

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