第1章Ⅴ:極秘な婚礼?!
フェルティ国とアクリウム国、
それぞれが様々な思惑の中で、婚礼の準備を進めてきたが、いよいよ輿入れが3日後に迫っていた。
*
ここアクリウム国では、朝からサーシャを含む王族や神官、官僚達が彼女の輿入れを見送る為に集まっていた。
輿入れするサーシャは、白を基本とした、アクリウム国の伝統的な衣装に身を包み、綺麗に化粧を施されていた。
「サーシャ。」
一番の姉であるジェスタ女王がサーシャの前まで歩み寄り、手にしていた銀のティアラを頭に乗せた。
「貴女に永遠の幸せと、アクリウム国の繁栄を祈ります。」
「ありがとうございます女王様。」
サーシャは姉のジェスタに恭しく頭を下げて礼を述べた。
「これは私から。」
続いてメリンダが、サーシャの右手にプラチナのブレスレットをはめた。
「貴女の守護石のパレアが、貴女に幸せを導きますように。」
「ありがとう、メリンダ姉様…。」
ブレスレットを渡したメリンダが、思わず涙ぐむ。
「サーシャ。」
堪らずに、メリンダはサーシャに抱きついた。
一瞬、ジェスタ女王が表情を歪めたがそれ以上は何も言わなかった。
「メリンダ姉様…。」
サーシャも目に涙を浮かべてメリンダに抱きついた。
「幸せに、ね…。」
そしてメリンダは、抱きしめていた手を緩めて、ふとサーシャを見た。
「ほら、泣かないの。折角の綺麗な化粧がくずれるわよ…。」
でも、そう言ってるメリンダのほうが、涙ぐんでいる。
「姉様…。」
「そうそう、ナルナルから伝言を頼まれていたわ。『今までありがとうございました、お幸せに』って。」
「ナルナル…。」
サーシャが幼い頃からずっと一緒にいて、お世話してきた幼なじみに近い彼女とはまともにお別れも出来ずに数日前から逢えずにいた。
「サーシャ様、そろそろ出発のお時間です。」
馭者の言葉に、サーシャもはっとなって涙を拭いて皆のほうを見た。
「巫女様、女王様、皆様。本当に、今までありがとうございました。私は、これからフェルティ国に参ります。
アクリウム国の王女として、恥じない生き方をしてゆきます。」
そして皆に一礼して、そのまま馬車に乗り込んだ。
「さようなら、皆様。」
サーシャが馬車の中から、皆に向かって一言呟き、手を振った。
「サーシャ!」
「さようなら。」
皆がサーシャとの別れを惜しみ中には涙する者もいた。
“さようなら、私の祖国よ。”
離れ行く王宮を見て、サーシャは声も無く、ただただ涙を流していた。
*
一方、こちらフェルティ国では、
「3日後には花嫁さんが来るんだろう?だったらその日から3日間位休みを取ったらどうだ?」
と、サンドル副団長の一言。
「は?!3日間も、そんなに休んでも良いものなんですか?」
驚いたのはジーフェス。まあ、3日後は花嫁を迎えるということで休みはとっていたけど。
「新婚さんにとっては短い位だぞ。中には10日間位休む奴もいるからな。」
そう呟いて、サンドルは自衛団庁舎内にいるひとりの若い団員を睨み付けた。
「か、勘弁してくださいよ副団長。」
彼は最近結婚した若者で、結婚式を挙げて、サンドルの言う通り、しっかり10日間休んだ人物でもあった。
「別に休んだのを悪いとは言ってないぞ。一生に一度の事だからな、たまには羽目を外して遊んでこい。」
「遊んでこいって…。」
自衛団に入ってからは、女遊びや賭け事はおろか、酒すらほとんどやらずに仕事に没頭し、休みの日は正に身体を休めるということしかしてこなかったジーフェスにとって、遊ぶなどとは考えもつかなかった。
「言っておくが、遊ぶといっても賭け事とか、勿論女遊びでは無いからな。」
「いや、いくらなんでもそれくらいは解りますよ。」
ジーフェスは慌てて答えた。
とは言ったものの、結婚式もしない、勿論新婚旅行なんて風習なんぞ、ここフェルティ国には無い。
そんな中で、どう遊ぶのやら。
「そういえば団長さん、結婚式はしなくても、御披露目の儀式はやるのですよね?」
と、先程の新婚の若者が尋ねてきた。
「御披露目、ねぇ。」
ここフェルティ国では、昔から結婚したら紹介を兼ねて街中を夫婦で歩き回るという風習がある。
ただ最近では、歩き回るのが面倒で大袈裟になりがちということで、夫婦の新居に街の皆を招いてご馳走を振る舞うという風習に変わってきてはいたが。
“結婚式は挙げられないけど、折角嫁入りするのに何にも無しでもなんだしなあ。”
それに、御披露目の儀式は街中の皆に花嫁を紹介する意味合いもある。
“極秘とはいえ、結婚の事実はいずれ皆に明らかになるところだったし、御披露目の儀式くらいはやっても良いよな。”
「考えて無かったが、ちょっとやってみる方向で検討するよ。ただ、ちょっと先になるかもだけど。」
“一応、カドゥース殿下とかの許可は得たほうが良いよな。”
ジーフェスはふと考えてから立ち上がった。
「ちょっと見廻りに行ってくる。」
「了解です。ああ、何事も無かったら今日はそのままあがって下さい。どうせ、大した仕事はありませんから。」
とサンドル副団長。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます。」
そう言って、ジーフェスは街にくり出していった。
ジーフェスが街を歩いていると、流石に輿入れ間際とあってか、彼の姿を見つけた街の人々があちこちから祝辞が述べられる。
「団長さんおめでとう。」
「いよいよだね。楽しみでしょう。」
中には、お祝いとして花などを渡す者もいた。
「今度花嫁さん連れて遊びに来てねー!」
様々ではあったが、街の皆が自分のことをお祝いしてくれるのが、ジーフェスには何よりだった。
「ありがとう、みんな。」
礼を述べて、ジーフェスは早足で街を巡回し、自宅に戻っていった。
*
「ただいま。」
「おかえりなさい坊っちゃま。お早いお帰りですね?」
ジーフェスが自宅に戻ると、メイドのポーが出迎えてくれた。
「少し早めにあがったからな。」
と、手にしていた街の人からの贈り物をポーに渡した。
「はい、しかし沢山頂いたものですねー。」
ポーは驚いたように受け取った贈り物を見ながら呟いた。
「そうだな。」
何故かジーフェスは浮かない表情でそう答えた。
「夕食までちょっと部屋で休むから、急用でない限りは放っておいてくれ。」
「かしこまりました。」
部屋に戻ったジーフェスは、新しいベッドの上にに横になってはあ、とため息をついた。
「………。」
“いよいよか…。”
ジーフェスは複雑な気持ちだった。
確かに、22年も生きてきて、恋愛のひとつやふたつ、した事もあるし、多少の女遊びもしてきた。
けど、どれも彼を本気で夢中にはさせなかった。
冷酷といえばそれまでだけど、時々自分は女性を本気で愛せないのではないかとも思ったこともあった。
周りの皆は彼をしばしば熱血漢のように見ているが、自分はどこか他で、そんな自分を見て恐ろしく冷静に自分を判断しているような気がしてならないのだ。
“そんな俺が、結婚、ね。”
自分を自嘲するように笑って、ジーフェスは目を閉じた。
“果たして、この結婚はうまく続くのかな。万が一、破談になっても、多分俺は何とも思わないのだろうな。
相手の女性、サーシャも同じ思いなのかな?”
そんな事を考えながら、ジーフェスはうとうとと微睡みだしていた。
*
「…ま、坊っちゃま!」
突然、ジーフェスはポーの呼ぶ声で起こされた。
「……。」
寝惚け眼を擦りながらベッドから起き上がると、
「とっとと目を覚ませジーフェス。」
と、いきなり別の声。
え、と思いジーフェスが顔を上げると、そこにはアルザスの姿があった。
「え?!何で兄さんがここに?」
驚くジーフェスに、アルザスは呆れたようにため息をついた。
「仕事帰りに寄っただけだ。今何時と思ってる?」
そう言われて窓から外を見ると、既に夜の闇が空を覆っている時間であった。
「てか、何で兄さんがここに来て。」
「殿下から伝言を頼まれてな、
花嫁が来たら、近々私達と一緒に食事をしようと、そう仰ってた。」
「食事?!」
おうむ返しにジーフェスが聞いてきた。
「そうだ。まあ、王族にお前の花嫁を紹介するのが目的だかな。
殿下は今日から公用で3日間隣国に出ていらっしゃるから、その後になるだろう。」
「ふーん、分かった。」
軽く答えるジーフェスをアルザスは少し睨み付けた。
「兄さん、折角だからうちで夕食食べていくかい?」
「要らん。お前のところの食事は味が濃すぎて私の舌にはあわん。」
痛烈に自分とこの食事の批判をするアルザスに、ジーフェスははは、と苦笑いするしか無かった。
「お前が寝ている間に屋敷を見せて貰ったが、きちんと花嫁を迎える準備は出来てるようだな。」
「そりゃあね、一応3日後には来る予定だし。」
ちょっと浮かない表情でジーフェスは呟いた。
「……。」
そんな様子を、アルザスはただ黙って見ていた。
「伝言も伝えたし、私はこれで失礼するぞ。」
と、部屋をでていこうとしたが、
「あ、兄さんちょっと待って!」
その声にふと立ち止まった。
「何だ?」
「あのさ、この屋敷で御披露目会をしちゃ駄目かな?」
「御披露目会?」
アルザスが訝しげな表情を浮かべる。
「そう、街の人々に花嫁を紹介する為の御披露目会。どうせ俺に花嫁が来ることは街の皆が知ってることだし、式を挙げれないなら、それくらいしても良いかな、って思って…。」
アルザスに睨まれて、最後のほうはちょっと遠慮がちに呟いたジーフェス。
「……。」
暫く考えていたが、
「良いぞ。但し王族や官僚の人間は巻き込むな。あくまで街の人々とのみで行え。」
アルザスの許可を受けて、ジーフェスはぱあっと表情を明るくした。
「ありがと兄さん。」
「………。」
ジーフェスが、何か花嫁を迎えるというより、それを口実にした宴会もどきを催せる事に喜んでいるその姿に、アルザスは言葉が無かった。
“まあ、仕方ない、か。”
アルザスははあ、とため息をひとつついて部屋を出ていこうとした。
「兄さん。」
「見送りは要らん。今日は早めに休めジーフェス。」
後ろを振り向きもせずに、ただそれだけ呟いて自らの馬車に向かっていった。