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第8章Ⅴ:忍び寄る誘惑の影

投稿が遅れがちで申し訳ありません。

ジーフェスが心配の余り自衛団の庁舎から飛びだしていったその頃…、


サーシャとローヴィスの二人はセンテラル市場から離れた場所にある、海に近い小さな軽食の店へと来ていた。

小高い場所にあるその店は料理も美味しく店内も綺麗でお洒落な雰囲気を醸し出し、さらに窓からは海が一望出来るとあって食事時はいつも若い人達を中心に満席の状態であった。


「良かった。丁度一席空いていて。」


「そうですね。」


二人は店の少し奥の小さなテーブル席に向かい合って座っていた。


「おまけに外はほら、良い景色だし。」


ローヴィスの誘いに窓から外を見てみると、そこには一面澄みきった蒼い海と雲ひとつない蒼い空の景色が広がっていた。


「本当に素敵ですね。」


「そーだね、でもここよりもっと素敵な景色が見れるとっておきの場所があるんだよ。」


「え、ここよりももっと素敵って…!?」


驚くサーシャにローヴィスはふふん、と少し自慢気に微笑んで続けた。


「知り合いになった()をそこに連れて行くと、皆今まで見たことも無い素敵な景色だと喜んでくれるんだ。」


「まあ!?」


「サーシャもそこに行きたい?」


「勿論ですわ。」


即答に近いサーシャの返事に、ローヴィスは満足そうに微笑んだ。

その直後二人の目の前に店の日替わりメニューである魚フライのサンドイッチの盛り合わせと野菜スープが運ばれてきた。


「わあ、美味しそう。」


「お、来た来た。ここのスープも野菜たっぷりで美味しいんだよね。いただきまーす。」


「いただきます。」


二人で食事をする中、サーシャはすっかりローヴィスに対する警戒心を緩めてしまっていた。


“ジーフェス様はローヴィス様に注意するように仰有っていたけど、こうやって私好みの場所にいろいろ連れていってくださるし、確かに始めのうちはちょっと返事に困ったお話もされてたけど、今はとても紳士的に振る舞っていらっしゃるし…、取り越し苦労だったみたいね。”


無邪気な笑顔を見せながらパンを頬張るサーシャの様子を見て、ローヴィスはくす、と笑みを浮かべる。


“サーシャったら、すっかり安心してオレの事を信用しきった顔してるなあ。”


自分も目の前のパンを頬張りながら、ふと瞳をきらりと光らせ微かに不気味な笑みを浮かべた。


“そろそろあそこに連れていっても良いかな…、ふふ、何にも知らない無垢なサーシャが、あの場所に行った時どんな反応をするのか楽しみだな。”


くっくっと黒い笑いを浮かべる彼の姿に、サーシャは全く気付かず目の前の食事を食べているのであった。



      *



「ねえー、早くこっちこっちぃ〜!」


「お、おいおい…、景色がめちゃめちゃ良いっていう場所はまだなのかよー。」


急な坂道を昇っていく一組の若い男女。小柄な愛らしい女、というよりは少女のほうは足取りも軽く元気そうに坂道を昇っていくのに対し、大柄でかなり強面の男のほうは疲れてげんなりした様子でよろよろと少女の後ろを追い掛けていた。


「もぉームントったら〜、現場では無敵の体力なのに何でこの程度の坂道でへばっているのよ〜。」


少女、エレーヌはくるりと後ろを振り向き、呆れたように男ムントに呟く。


「だってよぉ、仕事は仕事、休みは休みさ。オレいつも休みの時は体力回復の為家でゴロゴロしていたんだよ。」


「あっ、そーなんだあー、ムントは私とデートするより家で休むほうが良かったんだぁ〜。」


ムントの疲れきった答えにエレーヌはむっとした表情を浮かべて睨み付けた。


「ち、違う違うっ!少ししんどいだけでデートは楽しい…、」


「やっぱりしんどいんだぁ〜、あー、やっぱしムントと付き合うの止めとけば良かったかな〜。」


「そ、そんなあ…、」


いよいよ泣き出しそうな顔付きになったムントに、エレーヌはえへへ、と悪戯っぽい笑みを向ける。


「冗談よ冗談。もう、ムントったら図体でっかくて強面のくせして中身はてんで臆病な小鳥ちゃんなんだから…?!」


と、突然エレーヌが笑いの表情を曇らせ、ムントの後ろ、遥か先のほうを見つめだした。


「どーしたエレーヌ?」


「あー、いやあそこに何かサーシャ様に似たような人物が居たから…、」


「サーシャ様って、お前が勤めてるとこの屋敷の若奥様のことだよな。」


「うん、遠目だったけどあっちのほうで銀の髪で白い肌の小柄な女の人が見えたのよ。…しかも男の人と一緒に。」


少し表情を歪めながらエレーヌは語る。


「んじゃ若奥様も若旦那様と一緒にここに遊びに来ているだけじゃないか?」


「でもぉ、今日旦那様は仕事の筈だし、あそこにいた男の人は髪が短くて背格好とかが旦那様とは全く違っていたし…、

ちらっと見た感じ、男の人ローヴィス様に似ていたような…、だとしたら、サーシャ様とローヴィス様の二人きりでお出かけなんてどういう事ぉー!!も、もしかしてサーシャ様、ローヴィス様と浮気でも…!!」


「おいおい、まじかよそれ!?」


エレーヌの言葉にムントまで真に受けて慌てふためいてしまう。


「ねえ〜、どうしようどうしよ〜。」


「ど、どうしようって言われてもなあ、その…、」


「何よぉ〜、あんた図体でっかいんだから何とかしてよぉ〜。」


「そ、そんなあ…。」


果てはエレーヌに泣き付かれて困り果ててしまう始末。だが何も出来ずに暫く二人はその場でおろおろしていた。が、


「と、取り敢えずさ、確認する為にその二人を追い掛けてみようか。」


というムントの誘いに、エレーヌも一瞬へっ、という表情を浮かべて直ぐにこくこく頷いた。


「そ、そうね。」


「よし、こっちだったな、行くぞ。」


「うん。」


二人仲良く手を繋いで、二人とおぼしき人物を見た方向に歩きだそうとしたその時、突然脇道から誰かが飛び出してきてムントに思い切りぶつかってきた。


「うわ!」


「おわっ!!」


ムントはちょっとよろけた位で何ともなかったが、ムントにぶつかってきた若い男はムントの壁の如きその巨体に見事に吹っ飛ばされ、地面に派手に尻餅をついてしまった。


「いてて…、」


「おい、急に飛び出してきて危ないじゃ…?!おや、あんたは…、」


「な、何で旦那様がこんな所にいるのよぉー?!」


ムントに吹き飛ばされた男、ジーフェスはしこたま地面に打ち付けた腰と尻を擦りながらよろよろと立ち上がった。


「いてて…、何でお前達がここにいるんだ?」


ぎろりと睨まれ、びくっとなってしまったエレーヌ。


「わ…、私達は只今デート中ですよー。旦那様こそどうしたんですかこんな所で?見回りですか?」


その言葉にジーフェスはああ、と納得したように頷いた。


「まあ、そんなところだ。

…そうか、そういえばそうだったな、二人ともデートの邪魔して悪かった。」


まさかサーシャとローヴィスを探しに追いかけてきたとは言えずに言葉を濁すジーフェス。


「いえ、構いませんよー。じゃあ私達はここで…、」


よもやジーフェスにサーシャとローヴィスらしき二人を見掛けたとは言えず、言葉を濁しつつムントを連れて立ち去ろうとしたエレーヌだったが、


「そういえば若旦那様、さっきエレーヌが若奥様が他の男と一緒に歩いていたのを見掛けたのですけど、若旦那様は見掛けませんでしたか?」


ムントが思い切り場を読めない爆弾発言をしてしまったのだった。


「!?」


「この…、馬鹿っ!!」


その一言にジーフェスは凍りつき、エレーヌはムントに思い切り怒鳴り付け、それから真っ青になりながら恐る恐るジーフェスの様子を窺うと、ジーフェスは最初こそ驚愕の表情を浮かべていたが、次第に怒りに満ちた表情へと変えていき、エレーヌを睨み付けるように見返した。


「サーシャが他の男と、だと!?」


「あ、あの、旦那、様…、その、それはひ、人違い…、」


彼の余りの豹変ぶりに、エレーヌはただただびびって萎縮するのみだった。


「その二人は何処に行った!え!?」


「き、きゃあっ!」


ジーフェスは気が狂わんばかりの勢いでエレーヌの肩を掴み、ぶんぶんと身体を揺さぶって問いただした。


「だ、旦那様…っ、ま、待ってく、ださいっ!」


「おいちょっと!エレーヌに乱暴は止めろ!」


ジーフェスの怒りの様子に流石のムントも仕える主人であるにもかかわらず慌てて二人の間に止めに入り、エレーヌを庇ったのだった。


「あ、すまない。…その、どこに、サーシャとローヴィス兄さんはどっちに行ったんだ?」


ムントの言葉と態度にジーフェスも我に帰り、少しは落ち着いて彼女に簡単に謝罪したものの、それでも少し焦った、荒っぽい声で問いただしてきた。


「あ、あっち、のほうに向かいましたよ…。」


ムントに庇われながら、エレーヌが震える指先だけで場所を示すと、ジーフェスはそちらのほうを向いて、それに気付くと表情を更に歪めて大きく舌打ちをした。


“あっちは!?…兄さんまさか本気でサーシャを!?”


「旦那様ぁ〜。」


「若旦那様。」


そう呟くエレーヌとムントを振り向きもせずに、ジーフェスは真っ直ぐにエレーヌが指差した方向に向けて走り出したのだった。


…目指すその先には、豪華だが異様なまでに目立つ朱色の壁の建物が不気味にそびえ立っていた。



      *



一方のサーシャとローヴィスの二人は、先程ローヴィスが言っていた絶景の見れる場所“蒼の絶壁”へと向かっていた、のだが…、


「あらローヴィス様、“蒼の絶壁”はこちらのほうではないのですか?」


ふと道を歩いていたサーシャが案内の看板を見、何故か反対側に行こうとするローヴィスに問いかけてきた。


「ああ“蒼の絶壁”は狭くて人が多く集まるからゆっくり出来ないんだよ。だから“蒼の絶壁”の直ぐ近くにある小さな館に行こうとしたんだよ。その部屋からの眺めも“蒼の絶壁”に負けない位綺麗だし、何より個室でゆっくりお茶しながら景色を楽しめるよ。」


「そうなのですか。」


にっこり微笑むローヴィスの姿に、サーシャはすっかり疑う事なく安心して信用した様子である。


「ごめんね急な坂を昇らせてしまって。ここいら馬車が入れない所だからね。疲れたかい?」


「いえ、大丈夫ですわ。」


「そうかい。あと少しで到着するからね、頑張ろう。」


「はい。」


嬉しそうに笑うサーシャを横目に、ローヴィスはちらりととある場所を見つめた。

それは二人の居る場所より下のほうに見える、豪華な、だが異質な朱色の壁の建物…。


“やっぱサーシャってばお人好しだね。オレのような男にのこのことついていくなんてね。本当に人を疑う事を知らない箱入りなお嬢様。てかサーシャって、王女様だったな。世間知らずの、”


「…だから直ぐに騙されるんだね。」


「え?」


「何でも無いよ。あ、ここだよ着いたよ。」


ローヴィスが指差す場所、そこは海の崖に面して建てられた、白い壁のごくごく小さな可愛らしい館であった。

何故かその入り口付近にはひとりの屈強な若い男が腕組みをして立っていて、近付いてきた二人をぎろりと睨み付けた。


「!?」


サーシャが男の視線に驚き、恐怖の余りローヴィスにしがみつくと、彼は軽く笑いながら呟くのだった。


「ああ、あれはこの館の門番みたいなものさ。気にしなくて大丈夫だよ。」


「そ、そうなのですか。」


「はいはい、失礼するよー。」


「……。」


ローヴィスが男に軽く声をかけ、サーシャを庇いながら横を通り抜けたが、それでも男の持つ雰囲気に恐怖を感じ彼にしがみついたまま館の中に入ると、そこは昼間だというのに陽の明かりがほとんど入らないのか薄暗く、更に人の気配が無い。


「……。」


サーシャが少し不安そうな表情を浮かべていると、二人の前に身なりの良いひとりの中年の女性が現れた。

その女性はサーシャと、そしてローヴィスの姿を確認すると二人の前で深々と御辞儀をしたのだった。


「これはローヴィス様、お久しぶりで御座います。」


口振りから、ローヴィスとその女性が顔見知り、というより彼が常連であることが窺い知る。


「久しぶりだねマダム。例の部屋空いてる?」


「はい。早速ご案内致します。こちらへどうぞ。」


マダムはサーシャの顔をちらりと見ると、二人を奥のほうへと案内していった。


「ローヴィス様はこの館にはよく来られるのですか。」


「まあね、この国に来たときはいつもここで寝泊まりしてるのさ。」


「…寝泊まり?」


その時、二人の先で案内していたマダムが階段を昇って直ぐの部屋の前で立ち止まり、扉を開けた。


「どうぞ。」


マダムの案内に二人が部屋に入っていくと、そこは先程の景色とはうって変わって、大きな窓から明るい陽射しが部屋を照らし、中には優しい色のシーツで覆われた大きめのベッドに小さなローテーブルとソファー、姿見といった、ローヴィスが言ったように宿泊出来そうな施設が揃っているのだった。


更に大きな窓からは一面の大海原が見渡せ、観光地でもある例の“蒼の絶壁”とおぼしき切り立った断崖絶壁の景色が見えるのであった。


「うわ…!?」


先程の食事処で見た景色とはまた違う、迫力のあるその景色にサーシャは驚き、窓の傍に立ち尽くしてすっかり見入ってしまっていた。


「凄い、ですわ。先程の場所で見た景色とは全く違って、凄い迫力。」


サーシャの反応を見たローヴィスが嬉しそうににやりと笑って尋ねてきた。


「気に入ったかい?」


「ええ、とても。」


にっこりと満足そうに微笑み返し、再び外の景色に夢中になるサーシャを見て、ローヴィスはふふ、と笑い声を洩らした。


“可愛いなあ。これだけのことでこんなに喜ぶなんて。”


そしてゆっくりとサーシャの後ろから直ぐ傍まで近寄っていった。

それでも彼女はローヴィスに気付かずに外の景色に夢中である。


“ジーフェスの奴、何でこんな可愛いサーシャを自分のものにしないんだろう?オレなら、…ちょっと強引にでもさっさと自分だけのにしちまうけどな。”


そう思いながら、すっと片手を伸ばして、サーシャの柔らかな銀の髪に指先を絡めた。


「!?」


指の感触に気付いたサーシャが驚き振り向き、そこで初めて直ぐ傍まで近付いていた彼の存在に気付き、逃げるように離れた。


「ろ、ローヴィス様、何を…。」


「あ、ごめん、驚かせてしまったね。いやさ、サーシャが余りに可愛かったからつい…、」


そうやって呟くローヴィスの瞳は、優しさの中に何処か野獣のような、獲物を狙う光がちらりと見えていた。


…どきん。


その光に気付いたサーシャは不安に鼓動を高鳴らせた。


「可愛い、って…。」


にこやかに微笑みを浮かべ、だが先程までとは何処か違うローヴィスの様子に、彼女は不安と恐怖を感じ始めていた。


「何でこんなに可愛いサーシャに、ジーフェスは手を出さないのかねぇ…、」


「ローヴィス、様…。」


そう呟きながらも、ローヴィスは再びサーシャと向かい合うように傍に近寄り、そっと耳元で囁くのだった。


「オレなら、…サーシャを直ぐに自分のものにしてしまうけど、な。」


…どきんどきん。


「じ、自分のもの、って、一体…。」


サーシャの身体からは冷や汗がじっとり吹き出してきて、えも知れぬ恐怖を感じてしまい思わず彼から後退りをしてしまった。


「言葉の通りだよサーシャ、君をオレのものにしたい、ジーフェスのもとに帰したくない。」


「!?」


逃げるサーシャを追い詰めるようにローヴィスは更に彼女に近付き、片腕で彼女の腰を掴み、もう片方の手でサーシャの頬に触れ、直ぐ間近でじっと彼女の瞳を見つめた。


「綺麗な碧い瞳だね。空よりも澄んで、海よりも深くて、心まで吸い込まれそうだ…。」


「ローヴィス、さ、ま…。」


彼にじっと見つめられて、まるでその瞳に魅入られたようにサーシャは動けなくなってしまっていた。


「ああ、どこもここも綺麗だね。」


頬に触れていたローヴィスの指先がすっと彼女の震える唇に触れる。


「震えてるね。でも大丈夫、怖くないよ、優しくするからね。」


指先が彼女の顎に移動し、すっと持ち上げてゆっくりと顔が近付いていく。


「…や、だ、駄目ですっ!」


寸でのところでサーシャはローヴィスから顔を背け口づけを避けはしたものの、片腕でしっかりと腰を抱かれていて逃げようにも逃げ出せない状態であった。


「は、離して下さいローヴィス様!」


必死で逃げようともがくサーシャだったが、あっさりとその身体を部屋のベッドに仰向けに押し倒された。


「駄目だよ。離さないよ。」


慌てて起き上がろうとしたサーシャの両手首を掴んで、ローヴィスが上から見下ろしてきた。


「…!」


「サーシャ、君がオレのものになるまで帰さないよ。」


表情こそ優しい笑みを浮かべてはいたが、その深黒緑の瞳は真剣そのもので、ぎらぎらと獲物を狙うような、強い欲情の光が見えていた。

流石のサーシャもここまでされると、それが何を意味するのかはっきりと理解するのであった。


「や、止めて下さい。ひ、人を呼びますよ!」


はっきりと、だが恐怖に掠れた声でサーシャがそう叫ぶと、ローヴィスはくっくっと喉から笑いを洩らした。


「無駄だよサーシャ。呼んでも誰も来やしないよ。だってここは男と女がそういうことをする場所なんだから。」


「…え!?」


驚くサーシャに尚も話を続ける。


「ここはね娼婦街の中、高級娼婦街(グラナダ)の最果ての一角にある完全個室の娼婦館なのさ。ここにある各々の館はそれぞれ高貴な方々が所有・管理していて、好きな時に好きなだけ、誰にも邪魔されずにセックスとかをしているのさ。

そしてこの館はオレ専用の館。オレはいつもここに気に入った女の子を連れ込んで二人でこの景色を見ながらセックスを楽しんでいるのさ。」


「そ、んな…。」


わなわなと身体を震わせ、信じられないというような表情を浮かべてサーシャはローヴィスを見返した。


「だって、だってローヴィス様は変な事はしないと仰って…、」


「変な事はしないよ。オレはただサーシャと気持ち良い事をしようとしてるだけだよ。」


そう呟き、ローヴィスはサーシャの首筋に顔を埋め、ちゅっと軽く口づけてぺろりと舐めた。


「や…!?」


首筋に走る唇と濡れた舌の感触にぞっとなって身体を更に震わせ縮こませる。


“嫌、嫌…っ!”


だけど恐怖の余りに声を出すことが出来ない。


「大丈夫、最初はちょっと痛いかもしれないけど、直ぐに気持ち良くなるよ。」


顔を上げてにやにやしながらそう呟く。


「…や…、」


“怖い、怖い怖いっ!?誰か、誰か助けて!ジーフェス様っ!助けてっ!”


恐怖に動けないサーシャの身体の上に、ローヴィスの身体が容赦なく重なっていく。


「…っ!?」


彼の身体の重みと温もりを感じながら、サーシャはふとあの時の事を思い出していた。

…少し前、過去の事でジーフェスが荒れていた時、やはり同じような事をジーフェスにされた。


“あの時、強引に私を押し倒して力ずくで奪おうとしたジーフェス様も確かに怖かった。でも、ジーフェス様とならば私はどんな事になっても良かった。どんなに傷付けられようとも構わなかった。

でも今は、今は…、”


悲しくて悔しくて、サーシャの瞳からぽろりと一粒の涙が零れた。


「サーシャ…、」


涙に気付いたローヴィスが一瞬表情を歪めた。


「…今これがジーフェスだったら良かったのに、って思っているだろう?」


「!?」


突然ローヴィスに耳元で囁かれて、サーシャは驚きの眼差しを向けた。


「本当はさサーシャ、ジーフェスとセックスしたかったんだろう?

こうやってちょっと強引にでも良いから抱かれたかったんだろう?」


「何を…!」


「誤魔化しても駄目だよ。ちゃあんと表情(かお)にかいてあるよ。オレとこんな事になる位ならジーフェスに抱かれたかったって、ね…。」


「そんな事、ローヴィス様には関係ありません!」


「そうだね、オレには関係無いことさ。だけど…、」


ローヴィスは更に仰向けのサーシャに身体を重ね強く抱き締め、お互い唇に息がかかる位まで間近に顔を近付けた。


「重なるこの身体が、自分を抱き締めるこの腕が、この吐息が全てジーフェスのだったら良かったと、そう思っているんだろう?」


「そ、れは…、」


自分の思っていた事そのままそっくり言われた事にサーシャは驚きを隠せず震えながら呟く。


「なら何故自分のほうからそう言わないのさ?自分を抱いて欲しいって。女のほうから誘うのは恥でも思っているの?そんなの恥でも何でも無いのにさ。」


どことなく嘲りの籠った言葉で更に続ける。


「所詮サーシャとジーフェスとは表面だけの夫婦なんだ。お互い自分の素直な想いを、ありのままの欲望をぶつけられない、表面だけの綺麗なだけの夫婦関係なんだ。」


「違う…!?」


「ジーフェスも馬鹿だよな。サーシャがこんなにも想っているのに何を遠慮してるのか手を出さないなんて。本当はサーシャが欲しくて抱きたくて仕方ないのにさ。

…変に遠慮ばかりしてるから、オレみたいな男に横からかっ拐われるんだよ。」


そう呟いて、何故か先程とはうって変わって寂しそうな表情をするのだった。


「ローヴィス、さ、ま…。」


その時、下のほうで急にバタバタという荒い足音と何やら数人の騒ぐ声が二人の耳に届いてきた。


「…やっと来たな。」


「え?」


直後、サーシャ達の耳に聞こえてきたのは聞き覚えのある人の怒鳴り声だった。


「サーシャ!サーシャっ!ローヴィス兄さんっ!ここに居るんだろうっ!」


「!?」


…あ、れは、あの声は?!


「ジ、ジーフェス様っ!ジーフェス様っ!」


愛しい人の声を聞いて、サーシャは必死で助けを求めるように叫び、かの人を呼んだ。


「サーシャ、サーシャかっ!」


「ジーフェス様っ!」


同時に部屋の扉がばたんと荒々しく開かれ、そこから誰かと争っていたらしく、服と髪を激しく乱れさせ、肩で大きく息をするジーフェスの姿が現れた。


「サーシャ!」


「ジーフェス様。」


ベッドに横たわる二人の姿を見るなり、ジーフェスは表情を驚きのものに、そして直ぐに激しい怒りの様相へと変え真っ直ぐに二人のもとに駆け寄った。


「来るのが遅っせぇーぞジーフェ…、」


ローヴィスが呑気にそう呟き終わる前に、ジーフェスは彼の胸ぐらを掴んでサーシャの身体から引き摺りおろし、顔を思い切り殴り付けていたのだった。

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