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第8章Ⅰ:放浪者

第8章では、甘い?新婚生活を送っていたジーフェスとサーシャのもとに突然現れた人物。

その人物のせいで二人の生活が滅茶苦茶になってしまい…、

そんな中で二人はお互いにお互いを見つめ直していき、そして…。



※下世話で性的な表現が出てきます(当然ですが本番行為はありません(笑)。そのテの内容の説明や医学的?な説明、空想や過去の回想、もしくは未遂行為が中心になります)。

それでも不快と感じる方は十分にご注意下さい。








空には重たい灰色の雲が覆い、じっとりとした空気が辺りを包み込み、今にも一雨きそうな天候の中、

ここフェルティ国国境にある警備砦は今日もひっきり無しに人と物資の往き来が行われていた。


「どちらから参られた?要件は?」


「はい、翠の国エメリアンより鉱石の取引の為に参りました。こちらが入国許可証です。」


「うむ、そちらの御仁は?」


「私達は水の国アクリウムから観光に参りました…。」


数人の警備人のみで大勢の人々に対応しているものだから、砦はいつも人の列が絶えない。


「うはー、相変わらずここは人は多いけど、今日は特に多くねー!」


…そんな人の列の中、薄汚れた格好をしたひとりの男が、列の後ろで面倒臭そうな表情を浮かべて額に浮かぶ汗を拭きながらそう叫んだ。

髪や髭は伸び放題、服はぼろぼろで見た目正に浮浪者とおぼしき、だが端正な顔立ちをしたその若い男は、目の前の列の長さにうんざりした顔を浮かべ呟いた。


「あーあーあー、このまま待っていたら入国出来るのは夜になっちゃうよー。」


“あの手は使いたく無かったけど、しゃーないなぁー。”


その男はぼりぼりと埃まみれの汚れた頭を掻きながら、長い列を押し退け強引に前へと進んでいった。


「おい、お前…!」


周りの不快な空気をものともせずに男は警備人の前までやってきた。


「よう、警備ご苦労さん。」


まるで友人にでも話し掛けるように、軽く手をあげて飄々と挨拶する男の様子に、警備人や入国待ちの列に並んでいる人々は唖然とした顔でその男を見た。


「…何だお前、列を乱すな。」


「まあまあまあ、堅いこと言うなよー、

ちょっとさあ、オレ急いでるんだよ、だから悪いけど先に通してくんない?

ほら、ここに通行許可書もあるからさー。」


男は懐からぼろぼろになった紙切れを警備人のひとりに見せつけた。


「あん?規則は規則だ。いくら通行許可書が有るっていっても順番は守っ、て…!?」


男が示した許可書を見ながら文句を言っていた警備人の表情がみるみるうちに強張ったものに変わっていった。


「こ、…これは…っ!!」


「おい何だお前、何びびって…!?」


もうひとりの警備人が相方の豹変ぶりに傍らに駆け寄り、男の手にしていた許可書とを見比べ、そして表情を強張らせた。


「あ…、あんた…、いや、貴方様、は…!」


「あー、そこまでそこまで、それ以上は喋んないでねー、これでオレが変な奴でないと解ったよね。

じゃ、オレ急ぐから先に行かせてもらうねー。」


警備人の豹変ぶりに満足した男は許可書をさっさと懐にしまうと、周りの皆を尻目に砦を越えてフェルティ国へと入国していった。


「じゃあねー。お仕事頑張ってねー。」


一度くるりと後ろを振り向き、唖然としたままの警備人と入国待ちの人々に手を振ると、男は再びくるりと踵を返し、さっさと歩きだした。


「うはー、久しぶりのフェルティ国だー。」


暫く歩いた後、人気の無くなった辺りで立ち止まってんー、と伸びをしながら男は遥か先に見えるフェルティ国王宮に目を向けた。


“相変わらずだな、ここからの景色も…。

あのでっかいけったいな王宮の中で奴等は頑張っているんだろうなぁ…。”


そんな事を思いながら、男は身体を頭をぼりぼり掻きながら道を進んでいくのだった。



      *



…こちらはジーフェスの屋敷、

蒸し暑い気候の中、庭ではフェラクをはじめとした庭師一同がめいめいに整備の仕事に励んでいた。


「皆さーん、お茶を持ってきましたよー、ひと休みして下さいー!」


そんな中、小間使いのエレーヌが冷たいお茶やお菓子をのせた大きなワゴンを押して皆の前にやってきた。


「皆さんお疲れ様です。」


傍らにはサーシャも一緒にいて、皆ににこやかに笑顔を向けた。


「これはありがとうございます。おい皆、ひと休みしようぜ!」


土木作業をしていた男達の中でも、一際大柄で屈強な体つきをした男が、周りにいた男達に声をかけた。


「ういーす。」


「ふはー、やっと休みだー。」


男達は仕事の手を止めて、泥や汗まみれの手や身体を拭きつつサーシャ達が居る場所へと近付いていき、めいめいお茶やお菓子を手にしていった。


「ありがとうございますエレーヌ様、サーシャ様。」


遅れてやってきたフェラクが二人の前でぺこりと頭を下げ、お茶を受け取った。


「いえ、こちらこそ暑いなか大変なお仕事お疲れ様です。」


「いやいや、これが儂らの仕事ですし、なあムントや。」


とフェラクは隣にいた、先程皆を呼んだ大柄な男の背中をぽんと叩いた。


「はいです。おっ師匠様の言う通りです。」


大柄な男、ムントは自分より何倍も小さなフェラクに対してぺこりと頭を下げ敬意を示した。


「ムントさーん、冷たいお茶どーぞー。」


「お、あんがとー。」


エレーヌがにこにこしながらムントにお茶の入ったグラスを手渡すと、そんな様子を見ていた周りの男達がひゅーひゅーと囃し立てだした。


「おーおー、熱いですなぁ〜おふたりさん。」


「全くですよー、ただでさえ暑いんですから、これ以上熱くさせないで下さいよー。」


するとムントとエレーヌの二人はちょっとびっくりしたような恥ずかしいような表情を浮かべた。


「や、やだぁ〜、あたしたちそんなんじゃあありません〜。」


「うっせぇ!てめぇら生意気な口きく余裕があるなら、今から休み無しで夕方まで働かせるぞっ!」


この二人、今回の仕事を通じて初めて出逢ったらしいのだが、いつの間にかそういう仲になってしまったらしく、二人して照れ隠しに答えるのだが幸せムード駄々もれである。


「うはっ!それ勘弁して下さいよー。」


「うっせぇ!お前今から溝掘り独りでやんなっ!」


「ちょ…!?それまじっすか!フェラクの親父さんも何とか言って下さいよー。」


「儂は知らんなー、ムントに頼みな。」


「そんなあ〜。」


そんな和気藹々?とした雰囲気で皆が休憩をしていたのだった。が、


「ありゃー?一体何があってんだー?」


勝手に門をくぐって屋敷に入ってきたその人物は、目の前の改装中の庭の様子を見て大声を張り上げた。


「「……。」」


突然現れた人物の声に、庭の端で休憩していた男達やフェラク、そしてサーシャにエレーヌはびっくりしてその方向に振り向いた。


そこに立っていたのは大柄のなかなか端正な顔立ちの若い男、だがその黒髪と髭は伸び放題のぼさぼさ、身体は汚れまくり更に汚れた服を纏っていて見た感じ浮浪者、そう、前に国境を強引に越えてきたあの人物であった。


「何だぁこのぐちゃぐちゃな庭、オレ来る場所間違えたのかなぁー。」


汚れた頭をぼりぼり掻きながら、その男はきょろきょろと工事中の庭を、屋敷を見回し、そして休憩中の男達やサーシャやエレーヌを見つけた。


「おっ人物発見。てか何々可愛い()いるじゃーん♪しかも二人っ!」


ウハウハと喜びの笑顔を浮かべながら、男は真っ直ぐにサーシャとエレーヌの傍まで近づいてきた。


「!?」


「うわ、こっちの()は可愛いくせして胸もお尻もムチムチセクシーで抱き心地よさそー!」


エレーヌに視線を向けながら男は嬉しそうに話をしていく。


「こっちの()はー…あれ?白い肌に銀髪、ここの国の()じゃ無いねー。あ、もしかして君がサーシャちゃん!」


「あ…、は、はい。」


何故だか男に名前を呼ばれてしまい、ついつい返事をしてしまったサーシャ。

すると男はぱあっと明るい顔を見せて彼女の手をがっし、と握り締めた。


「!!」


「うわー!君が噂のサーシャちゃんなんだー!想像してたより随分可愛くてキュートだねー!」


「あ、あの…、」


「ああ、でもまだ幼いから身体つきはまだまだ大人のものには全然及ばないけど、数年もしたらきっと凄い美人さんになるよー!」


にこにこ笑う男から、だがしれっと酷い事を言われてサーシャはちょっと気落ちしてしまった。


「ちょっとー、どなた様か知らないけど、随分とサーシャ様に失礼な事を言うじゃあないですかぁー?」


エレーヌがサーシャを庇うようにして男の前に立ち塞がると、今度はエレーヌの手をがっしと掴んだのだった。


「取り敢えずサーシャちゃんは置いといて、ねえ君、名前何て言うの?凄く可愛くてセクシーでオレ好みなんだよねー。」


「…は!?」


「良かったらこれからオレと付き合わなーい?あ、大丈夫大丈夫、いっぱい楽しくて気持ち良い事するだけだよー。取り敢えず一緒に美味しいものでも食べに…、」


そう言いかけた男の前に、ずんっと別の男、ムントが立ち塞がった。


「あれ、あんた誰?」


「てめぇ、目の前で堂々と人の女に手ぇ出すなんていい度胸だな…、」


「へ?!」


「この野郎!覚悟しろ!」


そう言うなり、ムントは男の顔に拳を一発かましたのだった。


「うべ…っ!?」


「きゃあああっ!」


男の身体は庭の隅で山になった土の塊まで吹っ飛び、思い切り土まみれになってしまった。


「おおっ!お頭の右ストレートが決まった!」


「うは、あの馬鹿、お頭の女に手を出すなんて…、」


周りの男達は半ば浮かれ気味に、半ば同情気味に吹っ飛ばされた男を見ていた。


「ちょっとー、いきなり殴るなんてやり過ぎー!この人あたしたちの関係知らないで声かけただけだよー。」


「でもよぉ、いきなり目の前でお前を口説こうとしたから俺、腹立ったんだよぉ…、」


エレーヌに怒られてしゅんとなるムント。


「だ、大丈夫ですか…、」


そんな中、サーシャだけが吹っ飛ばされた男のもとに駆け寄って、土を落として介抱したりしていたが、男はすっかり目を回して完全に気を失っていたのであった…。



      *



「本当にすみませんでした。旦那様のお知り合いとは知らずに失礼な事を致しまして…、ほれムント、お前も謝らんか!」


「…すんませんでした。」


親方であるフェラクから怒られ、大きな身体を縮こませてしゅんとなり、小さな声で謝るムント。


「いやー、本当にいきなりでびびったよ。いちち…、」


ここは屋敷の中の客間。

謝罪する二人の向かいにある長ソファーにはあの謎の男が横になった状態でいて、殴られて腫れ上がった頬を片手で支えていた。


「大丈夫ですか?これ、氷袋です。どうぞ。」


そんな中サーシャが男に近寄ってきて手にしていた氷袋を差し出した。


「お、ありがとう。」


だが男は氷袋を持ったサーシャの手ごと握って自分の頬に擦り寄せたのだった。


「あ、あの…、」


「あー、サーシャちゃんの手、小さくて可愛くて気持ち良いー♪」


「サーシャ、奴に気を使う必要はありませんよ。

ローヴィス兄さんも氷を受け取ったらさっさと彼女から手を離して下さい!」


二人の様子を見ていたジーフェスは、男の顔を見るなり思い切り嫌悪感を露に睨み付け、サーシャを自分のほうに引き寄せた。

庁舎で仕事をしていた彼は、いきなり現れたタフタから今までの話を聞いて急遽仕事を休んで慌てて屋敷に戻ってきたのであった。


「うわー、ジーフェスのけち、オレ怪我人なんだよ、ちょっとくらい彼女に甘えたって良いじゃん。」


「黙れ馬鹿兄、彼女は俺の嫁さん、自分の妻が他の男といちゃついてるのを黙って見ている夫が居ますか!」


しかもジーフェスの話から、この謎の男が彼の実の兄、第四王子ローヴィスであることが解ったのだった。


「わ、馬鹿兄って何!?お前実の兄に向かって何たる言い種だジーフェスっ!」


「馬鹿兄を馬鹿兄と言って何が悪いんです?」


「酷い、それが兄に向かって言うことか!?」


「ローヴィス兄さんになら言います。」


「お話中失礼致します。ローヴィス様、お湯の準備が出来ましたのでこちらへ。あと坊っちゃま、庁舎から連絡がありまして問題が起こったので至急お戻り頂くようにと。」


兄弟喧嘩中の二人をものともせずに、メイドのポーが顔色ひとつ変えずに話し掛けてきた。


「おう、久しぶりだねポーおばちゃん、相変わらずだねー。」


「……。」


二人は喧嘩を止めてポーのほうを見て各々反応をしめした。


「じゃ、オレ風呂入ってくるね、ああおばちゃん、風呂あがりの一杯を用意しといてね。」


「畏まりました。」


ローヴィスのほうは飄々とした様子でソファーから起きあがると、皆に後ろ手を振りながら勝手知ったる感じで真っ直ぐに浴室に向かっていった。

そんな様子を見ていたジーフェスははあ、と深い溜め息。


「…取り敢えず、俺は庁舎に戻る。フェラク殿達は今日の仕事はもう良いから帰ってくれないか。」


「「はい。ではあっしらはこれで失礼致します。」」


二人は深々と礼をすると屋敷から出ていってしまった。


「それとサーシャ、」


ジーフェスは傍にいたサーシャに話し掛けた。


「はい?」


「サーシャも今までの行動を見て解っただろうけど、ローヴィス兄さんは若い女性を見ると処構わず口説こうとするから充分に注意してくれ。」


「は、はい…。」


「ああ、その点に関してはエレーヌも注意しとけよ。お前も一応若い女だからな。」


「一応って何ですかぁ〜、でもあたしは彼氏居るの知らずに手ぇ出して、ムントから酷い目に遭わされたし、サーシャ様だって旦那様の奥様だって知ったから、もう手出ししないんじゃあないですかー?」


「甘い、奴は気に入った女ならそれが妻帯者だろうが王様の正妻だろうが手ぇ出す奴だ。てか、そういう女ほど夢中になって堕としまくる病気な奴だ。」


「「はあ…、」」


ジーフェスの冷静な一言に、何とも複雑な表情を浮かべて二人は返事を返した。


「ポー、今回はサーシャやエレーヌが居るから、くれぐれも奴に油断するなよ。タフタやハックにも二人に手出しさせないように注意するよう言っておいてくれ。」


「…畏まりました。」


やはり複雑な表情を浮かべてポーが返事を返したのであった。

それだけ確認すると、ジーフェスはさっさと屋敷を出ていって自衛団の庁舎へと向かっていった。


「旦那様の話を聞いてる限り、何かローヴィス様って凄い女たらしみたいですねぇー。」


「はあ…、」


“ローヴィス様…、ジーフェス様の直ぐ上のお兄様。

ジーフェス様や同じお兄様であるカドゥース殿下やアルザス義兄様とは随分と雰囲気が違う御方なのですね…。”


ため息をつき、サーシャは少し不安そうにジーフェスが出ていった扉を見ていたのだった。


一方、庁舎に向かっていたジーフェスのほう、


「よりによって今頃ローヴィス兄さんが来るとは…、」


ぽつりと独り言を呟くと、忌々しげに頭を掻くのだった。


“以前ここに来たのはもう一年以上も前で、サーシャやエレーヌが居なかったから大した事も無かったが、今回は若い女性ふたりが居るからなあ…。”


それから疲れたように深いため息をついた。


“出ていけと言ってもどうせ居座るだろうし、殿下や母上に相談しても都合良く逃げ出してほとぼりが冷めたらまた戻ってくるだけだし、唯一あてになるアルザス兄さんも外交の為他国に行ったきり暫く戻らない予定だし…、

これから一体どうしたものか…。”


先のことを考える度に頭が痛くなり、重い溜め息が増えるジーフェスであった。

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