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おまけ2:アルザスとサーシャと香水(バルファム)

「アルザスお義兄様、お義兄様が使っていらっしゃる香水って、一体どちらで購入されたものなのでしょうか?」


「……。」


とある日の穏やかな昼下がり、ここはアルザスの屋敷の庭園。

仕事を早めに切り上げて屋敷へと戻りお茶をしていた彼のもとに、たまたまサーシャが屋敷で使用する紅茶を取りにやって来たのだった。

そして成り行きで二人でお茶をしている時、突然サーシャがアルザスに尋ねたのであった。


「それが何か?」


「あの、今度ジーフェス様に香水を贈ろうと考えているのですけど、ジーフェス様に話をしてもいまいちの反応でしたので…、

お義兄様はいつも素敵な香水をつけていらっしゃるので、もしかしたらお詳しいのかと思って聞いてみたのです。」


サーシャの話に、アルザスは無表情のまま持っていた紅茶のカップを置いた。


「まあ、あれよりは詳しいとは思うが…、」


そこまで告げて、アルザスはちらりとサーシャの顔を見た。


“あの無頓着な奴らしい、サーシャ殿を細君として迎えた後も相も変わらず身嗜み等気にする様子も無いらしいな。”


「あの、もしかしてご迷惑、ですか?」


少し苛立つような思いをしていると、それが自分に対する事だと誤解したサーシャが申し訳なさげに呟いた。


「いや、そんな事はないですが、ただ奴には、ジーフェスには以前私のほうからも何度か身嗜みとして香水、というかコロンの類を使うように渡したのだが一向に使用する様子が無いので諦めていたのですよ。」


「そう、なのですか…、」


「あれも貴女を細君に迎えて少しは身嗜み等気にするかと思っていたけど、一向に変わる気配も無いので、まあサーシャ殿が強く推せば使うかもしれないが、余り期待しないほうが良いでしょう。」


「は、あ…、」


はっきりとしたその一言に、がっくり諦めたようにサーシャは落ち込んでしまった。


“それにサーシャ殿のほうも余り身嗜みに気を遣うほうでは無いらしいしな。

まあ彼女は大人のお洒落というよりはまだまだあどけない雰囲気の、少女としての自然なお洒落が似合うのだが、それでもやはり、多少はお洒落めいても良さそうだがな…。”


「お役に立てずに申し訳ない。」


「いえ…、こちらこそ無理なお願いをしてすみませんでした。」


「そうですな…、御詫びといっては何だが、私が収集してるもので貴女に合いそうなものを幾つか持ってきましょう。」


「…え?」


何だか変な方向にいってしまい、戸惑いの表情を浮かべる彼女に対して彼はさっさと席を外して何処かへと行ってしまった。


「……。」


何とも言えぬ気持ちで待っていると、程無くして手に綺麗な装飾の施された宝石箱を持ってアルザスが戻ってきた。

そして再び席に着くと、箱を開けてサーシャのほうに向けた。


「うわ…、」


箱の中には、小さいながらも美しい水晶で造られた綺麗な小瓶が幾つか並んでいて、陽の光に反射してきらきらと輝いていた。


「素敵、まるで宝石みたいですね。」


「これはトワレといって、香水(バルファム)よりは香りが薄いものだから、初めて香水の類を使用するのに最適でしょう。」


「そうなんですね、私ちっとも知らなくて…。」


「そうですな…、サーシャ殿にはこれなんかはどうかな?」


そう言って彼はひとつの小瓶を取り出し、サーシャの前に置いた。


「これはトワレの中でも特に香りが優しいから、初心者の貴女にでも無理なく合わせれると思うがな。」


「はい…、」


何とも不思議な気持ちで、だが初めてのトワレに興味津々で目の前の瓶を怖々手にし、蓋を開けてみた。


「わ…、」


その途端、爽やかな、だが優しい花の香りが彼女の鼻をくすぐり、何処と無く心地好い気分になっていった。


「良い香り。想像していたよりも凄く優しい香りなのですね。」


「それがトワレの良いところなのです。香水(バルファム)はその強い香りでその人の個性を引き出しますが、トワレは自然な感じの香りに近いので、自然な雰囲気を出せるのですよ。

それでも香りがきつい様でしたら、直接身体につけるのでは無く専用の布に浸して下着(ファンデ)と一緒に衣装箱に入れておくと良いでしょう。」


「そういうものなのですね。まだまだ私には香水なんて早いかと思っていましたけど…、

でもどうして義兄様はここまで香水にお詳しいのですか?男性用ならともかく、女性用のまでこれ程沢山揃えられているなんて…、」


サーシャの問いに、アルザスは一瞬唖然とした表情を浮かべたが、直ぐに軽く自嘲するかのような笑みを浮かべ答えるのであった。


「花好きが高じて、使いもしないのに好みの花の香水にまで手を出しているだけです。他意はありません。」


「そうでしたか、あ、他のも香りを確かめても宜しいでしょうか?」


「構いませんよ。」


「ありがとうございます。」


あっさりと許可を得ると、サーシャは嬉しそうに箱の中の瓶をひとつひとつ取り出して香りを確かめだした。


「…あ、」


ふと、ひとつのトワレの香りを確かめたサーシャが声をあげた。


「何か?」


「あ、いえ、この香り、姉様の新しい香水の香りと一緒だったからつい…、」


「姉様、というと…、」


「はい、メリンダ姉様が先日ここに来られた時に何処かで購入されたみたいで帰国する時につけていたのですけど、それがとても姉様に似合っていたんです。このトワレの香りが、その時の姉様の香水の香りに似ているのです。これは一体…、」


「それは確か、ラティアの花のトワレです。」


「ラティア、ああ、本当ですね、どこかで嗅いだ香りと思っていたら、確かにそうですね!

姉様はずっと強めのきつい感じの香水をつけていたから、あの時つけていた香水はきつい中にもラティアの優しい香りがしていて、本当に姉様の内の優しさを表しているようで本当によく似合っていたのですよ。」


「……。」


“あの女、あの場では何だかんだ文句を言っていたが、結局あの香水を使ったのだな。

サーシャ殿の話の流れから、あの香水を私が渡したとは話していないらしいが…。”


興奮気味に嬉しそうにはしゃぐサーシャの様子を見ながら、アルザスは思うのであった。


「サーシャ殿が気に入ったトワレが有りましたら、遠慮無く持って帰っても構いませんよ。」


ふと告げたその一言に、興奮気味だった彼女がふっと表情を微かに歪めた。


「…え、それって…、」


「?」


てっきり手放しで喜ぶかと思いきや、思いもよらぬ彼女の行動にアルザスは少し不快な表情を浮かべた。


「何か、気に入らないとか?」


「いえ、そういう訳ではありませんが…、…その…、」


何とも歯切れの悪いサーシャの言葉に、アルザスは何か感じたらしく、すうっと表情を曇らせた。


「もしや、貴女はここフェルティ国に伝わる香水の言い伝えの事を気にされているとか?」


「!?」


言葉こそ発しはしなかったが、微かに驚いた様子からそれが正しかった事を理解したアルザスは、半ば呆れたように溜め息をついた。


「別に私はそういう意味合いで貴女にトワレを贈るつもりでは無く、ただ単に貴女に相応しいものを身に付けて貰いたかっただけなのだが…、

貴女はこのようなくだらない伝説の世界に浸り、空想に振り回される乙女であったのですね。」


その言い方は、何処と無く冷たく棘を含んだものであった。


「それは…、」


「まあ、貴女くらいの年頃の方ならばそれは当然の事かもしれぬ。だが貴女は仮にもアクリウム国の王女として産まれ育った御方、その御方がこのような虚言(そらごと)の如きに振り回されるのは如何なものか。」


「……。」


「初めて御逢いした時の貴女は、幼いながらもアクリウム国の王女としての誇りに満ちておられた。が、今の貴女にはいささかそれが欠けてきたように思える。」


「!?」


「もしやあれと一緒にいるせいなのかな?言い方は悪いがあれは…ジーフェスは人柄は良いが王族としての品格は欠けたもの。あれの細君となった以上傍にいて影響を受けるのは当然の流れだが、よりによって庶民の考えに…、」


「ジーフェス様を貶める発言は止めて頂けますか。」


いきなりのサーシャの凛とした言葉と態度に、アルザスは話を止め驚いた表情を浮かべた。


「確かにお義兄様から見て、今の私はアクリウムの王女としての品格を失なったように見えるのかもしれません。それで私自身を非難される事は一向に構いません。でもその事をジーフェス様のせいにされるのは筋違いですわ。」


「……。」


「今の私の姿は、これが恐らく本来の私の姿です。そしてそれはジーフェス様のせいではありません。決してジーフェス様が私を変えたのでは無いのです。」


そしてすう、と一息ついて再び語りだした。


「どんな私でもジーフェス様は受け入れてくれました。私の年相応の夢見がちな面も、醜く暗い面も何もかも、ありのままの私を彼は躊躇う事無く受け入れてくれました。だから今の私があります。

そんな優しいジーフェス様を、たとえ血の繋がりの有るお義兄様でも侮辱されるのは止めて下さい。」


「……。」


そこまで言って、サーシャは目の前にいるアルザスを見てはっとなった。

彼は正に鳩が豆鉄砲をくらったような呆然とした表情で言葉無く彼女を見返しているだけであった。


「あ、あのその…、」


自らの行動と発言に、その余りの大胆で傲慢な内容に、サーシャは今更ながらはっきりと自覚してしまい、恥ずかしさと後悔の気持ちで一杯になっていった。


“私ったら、一体…!?”


が、アルザスのほうは呆けていた表情を一変、自嘲のそれに変化させてこう呟くのであった。


「いや、こちらこそ失礼な事を言ってしまいました。申し訳ありません。」


謝罪して深々と頭を下げるアルザスのその姿に、サーシャはますます慌ててしまうのであった。


「あ、いえ、そういうつもりで言った訳では…、こちらこそ折角のお義兄様の御厚意に水を差すような、生意気な事を言ってしまって本当に申し訳ありません。…ですがやはり、それは頂く訳にはいきません。」


「いえ、貴女の言う事は尤もな事です。非は全て私に有ります。」


「しかし…、」


「久しぶりに見ましたな、貴女の『王女』としての気品に満ちた様相を。

先程私は貴女をジーフェスと出逢って変わったと言いましたが、どうやら勘違いしていたようだ。貴女は王族としての誇りはひとつも失われてない…、」


“…いや、それどころか以前にも増して誇り高さに芯が有るようにも感じるようになったが、…それもやはりあれの影響か?”


「それは…、」


「貴女のその強さはあれから、ジーフェスから来ているものなのかな?それ程までに貴女はあれを信用し信頼しておられるのかな?」


「はい。ジーフェス様はとても良き御方で、私も安心して信頼出来ます。」


その言葉が意味する事をきちんと捉えていないらしく、サーシャはきっぱりとした口調で躊躇い無く真っ直ぐに答えていた。


「……。」


だが彼はそんな彼女の様子にはっきりと確信を持ったのであった。


“成る程、始め見た感じはあれとサーシャ殿との結婚はどのようになるものかと懸念していたのだが、サーシャ殿に関しては心配無いようだな。

後はジーフェスのほうだが…、まあ、サーシャ殿のあの様子から見れば大丈夫だろうが…、”


ふっと安心したような表情をし、何故かアルザスは目の前に置いていた香水の瓶を全て箱の中にしまい、蓋を閉じてしまった。


「私のほうから持ちかけておいて大変失礼ですが、今回はこの話は無かった事にいたしましょう。ああサーシャ殿、」


「はい、」


「もしも香水が直ぐにでも欲しいのならば、今日のここでの出来事をあれに話すと良いでしょう。きっと一にも二にも、貴女に香水を贈る事になるでしょうから。」


「はあ…、」


意味深な笑みを浮かべて話をする彼の様子に、サーシャは訳がわからないといった風に首を傾げながら頷いていた。


「さて、私は他に用事があるので先に失礼致します。ああ、サーシャ殿はごゆっくりされてて構いませんよ。」


「いえ、もうすぐジーフェス様がお戻りになる時間ですので私も失礼致します。今日はいろいろとありがとうございました。」


「いえ、では私はここで失礼致します。」


それだけ告げると、アルザスは一礼してサーシャをそのままに箱を持って屋敷の中へと消えていった。


「……。」


彼の後ろ姿を見送り、暫し呆然としていたサーシャだったが、


“今日の出来事を話したら香水を頂けるって、それだけの事でジーフェス様が本当に動かれるのかしら?”



      *



…その夜、半信半疑ながらもアルザスの言った通りに話をしたサーシャに、ジーフェスが慌てふためき、翌日には無理矢理休暇を取り、早速彼女を連れて香水を購入したのであった。


「凄い、本当にアルザス義兄様の言った通りになったわ…。」


驚くサーシャとは対照的に、ジーフェスは真っ青になって呟いたのだった。


「冗談じゃ無いっ!兄さんに先を越されてたまるかっ!」

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