表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/103

第7章Ⅵ:意外な一面

「……。」


「……。」


暫くの間、アルザスとメリンダの二人はお互いに黙ったまま、お互いを見つめあっていた。が、


「連絡も無しに、いきなり私の屋敷に来られるとは、一体何の用事でしょうかメリンダ殿?」


再びのアルザスの冷たい声に、メリンダははっと我に帰り、ふいと視線を反らした。

そんな彼女の様子に、アルザスはぴん、と何かを感じたのか、その表情を益々不快感に歪めた。


「よもや、貴女までもが私をアルテリアという人物と勘違いされたとか言うまいな?」


「!何故貴方がアルテリアを存じているの…!?」


彼の口から思いもよらぬ名前を聞いたメリンダは驚きを隠せず、つい声を荒げて聞き返してしまった。


「質問してるのはこちらのほうですが…、何をしにここまで来たのでしょうか、答えて頂きましょうか?」


「!?」


低い冷たい、静かな怒りに満ちた彼の声にメリンダはびくっ、と身体を震わせ、再びアルザスと視線を合わせた。


彼の表情は声と同様に怒りに満ちており、その緋色の視線はそれだけでも彼女を射殺しそうな光を帯びていた。


「…貴方の弟君のジーフェス殿に頼まれて、荷物を届けに来ただけですわ。」


それでも何とか気を取り直し、きっとアルザスを睨み返しながらメリンダも強気に答える。


「頼まれた、と…?」


「そうよ。ジーフェス殿が仕事でどうしてもここに来れないから、代わりに私が来たのよ。」


「ならばあれの細君であるサーシャ殿が来るのが道理であろう。何故わざわざ貴女が来るのか、理解出来ぬのだが…、」


彼の口からサーシャの名前が出た事と、自分を卑下された様なその口調にメリンダは非常に不快感を感じ、表情を歪めて答えたのであった。


「サーシャを、私の大切な妹を独りでここに行かせて、貴方の醜悪な噂の中に巻き込ませるなんて、そんな事出来ませんわ。」


かつて言われてきたその噂を話題に出され、アルザスは不快感を露にして彼女を睨み返した。


「何を言い出すかと思えば…、」


そこまで言いかけて、ふと庭園の周りに居た数人の使用人が自分達に視線を向けている姿を見かけてから、それ以上話すのを止めた。


「…ついて来い。ここでは人目につく。」


忌々しげに小さくそれだけ告げると、アルザスはくるりと彼女に背を向けて屋敷のほうへと向かっていった。


「……。」


メリンダも言われた通りに黙ったまま、少し遅れて彼の後ろをついていった。


程無くして屋敷の入り口に着いた二人の姿を、近くの庭で仕事をしていたフェラクが目にした。


“アルザス様と、…あの若くて美しい女性は一体誰なのだろうか?

あの女性、何処かで見たような気がするが、一体…?”


だがそれ以上思い出す前に、フェラクの視界からメリンダ達は姿を消してしまい、うやむやな気持ちのまま再び庭の仕事に取り組んでいった。


さてアルザスとメリンダが屋敷の中に入るなり、ひとりのメイドとおぼしき老女が二人を出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ旦那様…。」


落ち着いた様子で一礼しながら主人であるアルザスを出迎え、そして後ろにいたメリンダに視線を向けると、何とも不思議そうな表情を浮かべた。


「旦那様、こちらの御婦人は?」


「私の客人だ。カリメ、お茶の準備を頼む。」


淡々と話すアルザスの一言に老女は少々驚きの表情を浮かべて口を開いた。


「旦那様、準備のほうで宜しかったのでしょうか?」


「そうだ、間違えるなよ。」


「承知致しました。」


老女、カリメの返事を待たずしてアルザスはさっさと屋敷の奥へと進んでいった。


「……。」


そんな二人のやり取りを見ていたメリンダは、ふとカリメを見て不思議に感じたのだった。


“あら、彼女、どことなくジーフェスの屋敷に居たメイドの、ポーさんと似ている気がするけど、…気のせいかしら?”


そう思いながらもさっさと先を歩く彼の後ろについていくのだった。


屋敷の中は無駄な物がほとんど無くて一見すると地味で質素に見えがちだが、要所に施された細やかな彫刻や細工が美しい、昔ながらの建築様式を生かした落ち着きのあるもので、更に所々置かれた花や絵画などが上品な趣をひきたてていた。


“彼らしいというか、地味というか、何とも落ち着いた趣味のものね…。”


辺りを見回してそんな事を考えながら歩いていくと、アルザスはとある一室の前で立ち止まりメリンダのほうを振り向き、少し待った後、その部屋に入っていった。


そこは客間らしく、こぢんまりとした部屋は大きな窓から明るい陽射しが差し込み、部屋の中央には質素だが立派な造りのソファーとローテーブルがあり、淡い色の壁には綺麗な花の絵画が飾られていた。


“落ち着いた感じの良い部屋ね。それに家具類はどれも一流のアンティーク物、流石だわ…。”


メリンダが黙って部屋の様子を見回し感心していると、


「どうぞ。」


とアルザスが彼女にソファーを勧めてきた。


黙ったまま上品な仕草でメリンダが奥のソファーに腰掛けると、彼もまた彼女と向かい合うようにしてソファーに腰掛けた。


そしていきなり黙ったままメリンダの前に片手を差し出した。


「な、何?」


「ジーフェスから預かったものを渡して頂きましょうか。」


いきなりで驚くメリンダに対してアルザスは淡々と用件を呟くだけである。


「……。」


彼の、少々不躾な様子に何か一言言いたげな彼女だったが、結局素直に黙ったままジーフェスから預かった小さな包みをアルザスの手に渡した。


包みを受け取ると、早速開けて中身を確認すると、納得したように軽く頷き、メリンダに視線を向けた。


「確かに頼んでいた荷物だ。届けて頂き感謝する。」


「いえ…、」


口だけとはいえ、初めて彼から感謝の言葉を聞いたメリンダは微かに驚いてしまった。


“あの彼から感謝の言葉を聞くなんて驚きだわ…、”


「…その箱は何だ?」


ふとアルザスはメリンダが抱えていたもうひとつの荷物に目をやり、問いかけてきた。


「ああ、この箱ね。これはサーシャから貴方にって、あの子の手作りお菓子のお裾分けよ。」


そう言って箱を手渡そうとして、はっとなって慌てて付け加えた。


「言っておきますけど、このお菓子はサーシャがもともと私の為に作ってくれたものなのよ。だけど沢山作りすぎて食べきれないから、仕方なく貴方に持ってきただけだから、勘違いしないで。」


少しむきになってそう告げると、メリンダは半ば乱暴気味にお菓子の入った箱をアルザスに渡した。


「……。」


唖然とした様子で彼女から箱を受け取ったアルザスと恥ずかしそうに視線をそらしたメリンダ、

そんな二人にコンコンと軽いノックの音が聞こえてきた。


「カリメか?」


「はい旦那様、お茶をお持ち致しました。」


「入れ。」


その一言と共に扉がかちゃりと開いて、カリメがお茶一式を載せたワゴンを押して部屋に入ってきた。


「…?」


だがそのワゴンを見たメリンダはその様子に首を傾げてしまった。


ワゴンの上には確かに二組のカップと紅茶ポットがあるのだが、何故かカップは空のままであり、それとは別にお湯だけ入ったポットと小さな缶、そして白い手袋とナプキンが置いてあった。


…え、どういう事?


「こちらで宜しかったでしょうか?」


「ああ、ついでにこれを適当に盛りつけて持ってきてくれ。」


「畏まりました。」


アルザスからお菓子の入った箱を受け取ったカリメが一礼して部屋を出ていくと、彼はソファーから立ち上がりワゴンにあったナプキンで手を拭きだした。


…ま、さか…、


「まさか、貴方がお茶を入れるの?」


ひとつの結論に達したメリンダが驚いたように尋ねてきた。


「…私は自分の飲むお茶は自分でいれる。」


ただそれだけ言うと、彼は白い手袋をはめて小さな缶を開け、銀のティースプーンを使って茶葉を掬い、紅茶ポットに入れていった。


「……。」


彼のその流れるような綺麗な仕草にほう、となって見とれていたメリンダだったが、ふと先程から気になっていた事を口にした。


「そういえば、何故貴方はアルテリア兄様の事をご存知なのかしら?」


紅茶ポットに湯を注いでいたアルザスはぴくと反応はしたものの、暫く黙ったままで、湯の入っていたポットをワゴンに置いた。


「…サーシャ殿も、以前ここに来た時に私を彼と間違えた、ただそれだけの事だ。」


「…。」


“成る程ね、まあ、そうじゃ無いかとは思っていたけど…、”


薄々は解っていたが、彼の口からはっきりと理由を聞いてメリンダは納得したように独り頷いた。


それきり二人は何も話す事なく黙ったままでいたが、頃合いを見てアルザスがポットを傾け、カップに紅茶を注いでいった。


ふわりとお茶特有の香ばしい良い薫りが辺りに漂っていく…。


丁寧にお茶を注ぎ終えると、手袋を外してカップのひとつをメリンダの前のローテーブルに置いた。


「どうぞ。」


もうひとつのカップを持って再びソファーに腰掛けたアルザスはカップを自らの前に置くと、黙ったまま視線をメリンダに向け、彼女の様子を伺った。


「…ありがとう、頂くわ。」


彼の視線と、何より紅茶の良い薫りに惹かれて、メリンダはカップを手にしてこくりと一口飲んだ。


「…!」


紅茶を一口飲んだ途端、メリンダの表情が驚愕のそれに変わっていった。


「な、に…、このお茶、こんなに美味しいお茶、初めて飲んだわ!」


カップから口を離し、まじまじと中身を見て薫りを嗅いだメリンダが更に興奮気味に話しだす。


「紅茶特有の芳ばしい風味はしっかりしていて深い味わいなのに、だけど変な刳味(えぐみ)が全く無くて後味が良くて…、凄く美味しいわ。」


「ほう、貴女はこのお茶の味が良くお解りのようだ。」


話しを聞いていたアルザスが少し嬉しそうに反応してきた。


「以前ジーフェスやサーシャ殿にも同じお茶を飲ませたのだが、いまいちの反応だったから余り期待してはいなかったのだが…、」


「アルザス殿、このお茶、何処で手に入るのかしら?

ああ、取引で使うとかそんなんでは無くて、私個人で楽しみたいだけよ。ねえ、教えて頂けるかしら?」


興奮して話すメリンダを見て、ふふ、と嬉しそうに、だが少しばかり嘲るように笑みを浮かべアルザスは答えた。


「ここだ。」


「…え?」


「この紅茶はこの屋敷内にある畑で栽培して、ここで乾燥し、私が独自にブレンドして作った自慢の一品だ。」


「……。」


紅茶の意外な出所に、メリンダは暫し呆気にとられて言葉が無かった。


「何だ、そんな鳩が豆鉄砲を食らった顔をして。

欲しいのならば、荷物を届けてくれた礼に幾らか分けてやるぞ。余り沢山は無いがな。」


自慢の紅茶を褒められたせいなのか、上機嫌になったアルザスはそう呟いた。


「あ、…ありがとう。」


驚きを隠せないメリンダと上機嫌のアルザスのもとに、再びノックの音が聞こえてきた。


「失礼致します。」


扉が開くと、カリメが入ってきて、サーシャお手製の菓子が綺麗に並んだお皿をローテーブルの上に置いた。


そして一礼した後再び部屋を後にした。


「あの方、カリメさんて言ってたわね、ジーフェス殿の屋敷にいたメイドのポーさんと似ている気がするけど…、」


「ああ、あれはポーの姉にあたる。馭者のチェリンカと共に昔からこの屋敷に仕えてきた者だ。」


「昔、から…?」


メリンダのその一言に、アルザスははっとした表情を浮かべ、先程までの機嫌の良さは何処へやら、すっとその表情を曇らせて、それ以上話しをする事は無かった。


「……。」


“昔からということは、彼と彼の母君が噂の邪教徒に拐かされる以前からということよね…、”


それ以上会話が続かず、気まずい雰囲気が続く中で、メリンダはふとテーブルの上のお菓子の山に目を向けた。


“そういえばあの時、ばたばたしていたから、ジーフェスの屋敷ではあの子のお菓子を食べ損ねてしまっていたわね。”


目の前に置かれたお菓子の入った皿を見て、メリンダはそう思い出していた。


“折角だからひとつ頂こうかしらね。”


そう思い、一番手前にあったクッキーに手を伸ばし、ひとつ口にした。

クッキーは香ばしいバターの香りがして、少し甘ったるい味が口の中で広がり、ほろほろと溶けるように崩れていった。


“かなり砂糖が多めに入っているわね、ふふ、甘いもの好きのサーシャらしいといえばらしいわ…。”


そんな事を思いながら再び紅茶に手を伸ばそうとして、そこで見た光景にメリンダは思わず絶句してしまった。


「……え!?」


メリンダが目にしたもの、

それは目の前に置いてあるお菓子の入っていた皿が、先程までは確かに沢山あった筈のお菓子がほとんど無くなってしまった姿であった。


“え、え?ええ!?

確かさっき私がクッキーを手にする前までは皿一杯にいろんなお菓子があったわよね!

でも私はクッキーひとつしか食べてないわよ。

…と、いうこと、は…、”


まさか…、と言った表情を浮かべながら、恐る恐るメリンダが目の前にいるアルザスを見てみると、彼はマドレーヌを手に食している最中であった。


「……。」


彼のその食し方も、普通の人のものと違ってそれは速いこと速いこと…。


「何だ、その顔は?」


メリンダの視線に気付いたアルザスが彼女を見つめ返しながらそう呟いた。


「あ、貴方…、その、まさか、ここにあったお菓子を…、」


「ああ、全部食したぞ。久しぶりのサーシャ殿お手製の菓子、実に美味しかった。それが何か?」


驚きの余り言葉がどもるメリンダに、アルザスは平然とした表情で答えるのであった。


「全部、って…、貴方、ここにはシュークリームやブッセやマドレーヌとか、…それこそ、山のようにあったのを…、」


それこそ、甘いもの好きのメリンダでさえ二つ三つ食べるのが精一杯のお菓子を、それこそ皿には十個近くあったと思われるのだが、それを一度に食するとは…、


「何だ、もしや貴女も何か食べたかったのか?」


その言葉にメリンダは速攻で首を横に振った。


「い、要らないわよ!

というか、貴方、それだけの量の菓子を一度に食して身体に何ともないの?」


不快感を露にアルザスを見て、そう尋ねるメリンダに対して彼はむっとした表情を浮かべた。


「私は普段からこの程度は食している。人をまるで化け物を見るような目つきで見るでない。」


「普段、から…、」


ならば普段は一体どれだけ食しているのか、


それを考えると、メリンダはぞっと背筋を震わせるのであった。


“でも、それだけ食しても太るどころか、却って痩せ気味なその体型は一体何なのよ、はっきり言って反則だわ!”


目の前に座っている、かなり上背はあるが男性にしては細身のアルザスの姿を見て、ちょっと油断すればあっという間に太ってしまうメリンダは何とも複雑な気持ちになっていった。


「それが本当ならば、大食漢のくせに全く太らない貴方の体質は、正に世の女性の羨望ものですこと。」


嫌みにもとれる彼女の一言に、紅茶を口にしていたアルザスはふん、と鼻を鳴らした。


「…貴女ともあろう者が、実にくだらない事を言うものですな。」


「!?」


それは恐ろしく低く、侮蔑の籠った冷ややかな一言であった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ