第7章Ⅰ:アクリウム国からの訪問者
第7章ではジーフェスの兄アルザスとサーシャの姉メリンダ、この二人の話を進めていきます。
フェルティ国とアクリウム国の宰相として抜きん出た才能を持つアルザスとメリンダ。
それ故、この二人は政治や外交の世界では激しく対立する事がしばしばであった…。
※この章ではジーフェスとサーシャは完全に脇役となってしまいますので御了承下さいませ。
※直接的な描写ではありませんが、「殺人」を連想させる表現が出てきますので不快な方はご注意下さい
炎(=夏)の日射しを思わせる、この時期にしてはかなり暑くじりじりとした太陽が照り付けるその日、
軽快なリズムに乗って、一台の馬車がフェルティ国境に近い、深い林の中を走っていた。
最高級とされる材で造られた深茶色のその馬車は所々に繊細かつ豪華な細工が施され、それを引く二頭の白馬も見目麗しく、馬車の扉には国の肖像である、波打ち際で錫杖を掲げ持つ乙女のレリーフが彫られていた。
「フェルティ国が見えてきました。」
馭者の声に、馬車の中に居たひとりの若い女性が窓から顔を出してきた。
女性が見る先のほうには小さな街並み、沢山の船が停留する港に、そして小高い山のほうにはフェルティ国王宮があった。
「久しぶりのフェルティ国ね。」
綺麗なウェーブのかかった長い銀の髪を風になびかせ、20歳前後のその女性はぽつりと呟いた。
「メリンダ様、風が冷とう御座います。お風邪を召す前に扉をお閉め下さいませ。」
同じ馬車内にいた、ひとりの中年の侍女がそう忠告してきた。
「待って、もう少しだけ風にあたらせて。」
女性、メリンダはそう答え、しかめ面を浮かべる侍女に対して少し悪戯っぽい微笑みを浮かべた。
“本当に久しぶりだこと、ここに来るのは。”
そしてちらり、と王宮のほうを見てからふふ、と嬉しそうに微笑んだ。
「サーシャ…、」
ふとメリンダはこの地に嫁いだ、愛しい妹サーシャのことを思い出していた。
“サーシャ、元気にしているかしら?
あの子の結婚相手は確か第五王子の、ジーフェスとか言っていたわね。一度も逢ったことが無いけど、噂を聞く限りでは『あの方』とは真逆の人物らしいわね。”
そしてメリンダは窓を閉め、きちんと席に座り直した。
“丁度フェルティ国との交渉事があったのが幸いしたわ。強引にでもこっちで取り引きを行うようにして良かったわ。ああ、早くこんな仕事を終わらせてサーシャに逢いたいわ!”
うふふ、と本当に嬉しそうに微笑むメリンダの姿を見て、侍女は主のはしゃぎ様に少々不安げな表情を浮かべたのであった。
*
「……。」
ここはフェルティ国の王宮内にある、とある執務室。
大きく重高感のある机の上には必要最低限の筆記具と書類だけ置かれたすっきりしたもので、傍らにある立派な造りの椅子にはこの部屋の主の男が座り、じっと手にしている書類を見ていた。
「あの、宰相様…、」
机を挟んで椅子に座る男と反対側に立っていた若い官僚の男は、恐る恐る椅子に座っている男に声をかけた。
「…何だこの報告書は。こんなものなど、そこに居る普通の子供にでも書ける。」
椅子に座っていた男、アルザスは冷たくそう言い放ち、手にしていた書類を目の前の男に放り投げた。
「し、しかし、先日宰相様が仰っていた通りに修正を…、」
床に落ちた書類を拾いながら若い官僚が呟くと、アルザスはぎっと怒りに満ちたその緋色の瞳で男を睨み付けた。
「黙れ。報告書ひとつまともに書けもしない者など私の部下には要らぬ。何なら無能なお前の属する省ごと潰してやろうか?」
「ひ…っ!?」
冗談では済まされぬその気迫に、若い官僚は書類を手に真っ青になり、後退りをしてしまった。
「明日の午前まで待ってやる。それまでにきちんとした報告書を仕上げて持って来い。」
「は、はい…っ!し、失礼致しましたっ!」
若い官僚は最高位の上役に対する敬語すら忘れ、震える声で答えて一礼すると、まさに逃げるように執務室から出ていってしまった。
「……。」
そんな二人の様子を、部屋の扉の傍で見ていた男、アルザスの秘書であるラルゴは同情の視線を若い官僚に向けていた。
“可哀想にあの男、実にタイミングの悪い時に来たものだな。”
慌てた様子で執務室を出ていく男を見送り、はあ、と軽くため息をついた。
「ラルゴ、貴様今何を考えていた?」
主であるアルザスからじろりと睨まれ、ラルゴはびくっと身体を震わせた。
「いえ、何も…、」
“いかんいかん。今日の宰相様はいつもに増して御機嫌が非常に悪いな。
まあ、『あの御方』がお見えになるのだから仕方の無い事なのだろうが…、”
「ラルゴ、今何刻になった?」
先程とはうって変わって、少し落ち着いた声色でアルザスがそう尋ねてきた。
「は、…14時少し前で御座います。」
懐からクラシカルな懐中時計を取り出してそれを見ながらラルゴが落ち着いて答える。
「そうか。」
…まだ時間はある、かな…、
ふう、とひとつ深い溜め息をつくと、アルザスはゆっくりと椅子の背凭れに寄りかかり、落ち着いた表情を浮かべ、ふっと瞳を閉じようとした、が、
『コンコン』
その前に扉を叩く者がいて、アルザスは閉じようとしていた目を見開いた。
「何者か?」
ラルゴの問いに、扉の外から声が聞こえてきた。
「失礼致します、リーンにて御座います。」
渋めの低いトーンの壮年を思わせるその声の主は現在宰相補佐官を務めているリーンであった。
「これはリーン補佐官。どうぞ。」
ラルゴが声の主を確認をし、ゆっくりと扉を開くと、やはりそこには立派な身なりをした壮年の男性、リーン宰相補佐官が独り立っていて、部屋の中に入るとアルザスに向かい深々と頭を垂れた。
「失礼致します宰相様。」
「何用だリーン補佐官?そなたにはアクリウム国から訪問の予定のメリンダ殿の応対を頼んでおいた筈だが。」
アルザスの一言に、リーンと呼ばれた男は戸惑いの表情を浮かべ、口ごもったように呟いた。
「その件についてですが、その、かの御方は既にこの国に到着しておりまして…、」
「!?」
「何と、予定では到着は夕刻になると聞いてましたが。」
その報告にアルザスは微かに表情を歪め、ラルゴは少し驚いたように声を発した。
「はい、ですが既に国境警備隊の者から、メリンダ様御一行は午前の早い時間にこの国内に到着したとの報告を受けたのですが…、」
「…が?」
「その、未だこちらには到着されずに…、」
「まさか、メリンダ様一行が行方知れずと言うことなのですか?」
「はい。」
ラルゴの問いに、弱々しく答えるリーン。
「……。」
だが、アルザスのほうは少し考える様子をしていたが、全く動揺してる様子ではなかった。
「宰相様…、」
「かの者の行き先なら検討はつく。お前達の心配には至らぬ。落ち着いて業務に戻れ。」
「「え…?それは一体、」」
驚いたような表情を浮かべる二人に対し、アルザスは逆に少し苛立った様な表情を浮かべた。
「二度も言わせるな。心配する事では無い。さっさと各々の業務に戻れ!」
「「は、はいっ!」」
怒りの声に二人して萎縮してしまい、リーンは慌てて一礼して執務室から出ていってしまった。
「……。」
ラルゴのほうは執務室の扉の傍で、椅子に座り落ち着いた様子のアルザスの姿を見ていた。
“ああ、あの様子だと次には…、”
「ラルゴ、茶を持ってきてくれるか?」
ふと思ったその時に、主のほうから彼が思った通りの言葉がかけられた。
「御意。」
“ああ、やっぱり。さて、今日のお茶と菓子は何にしようか…。”
そんな事を考えながら一言返事をし、ラルゴは一礼して執務室から出ていくのであった。
*
そんな事があっていた、少し前の時間…、
こちらはジーフェスとサーシャの住む屋敷。
「サーシャ様、こんなもので良かったでしょうかー?」
来客用の部屋の掃除をしていたエレーヌが、傍にいたサーシャにそう尋ねてきた。
「ええ、とても綺麗です。ありがとうエレーヌさん。」
優しい色合いのカーテンやシーツに模様替えされ、綺麗に掃除された部屋を見てサーシャは満足そうににっこり笑った。
「良かったですー、サーシャ様が気に入ってくれて。」
へへん、とエレーヌはちょっと自慢気。
「サーシャ様、本当に嬉しそうですねー、そんなにお姉様に逢いたいのですかー?」
「勿論よ。メリンダ姉様は本当に優しくて私を大切にしてくれて、本当に素敵な姉様なのよ。」
へー、と頷きながら聞いていたエレーヌはふと呟いた。
「何かサーシャ様のお姉様って、旦那様みたいですねー。すっごくサーシャ様を大切にされてるみたいで。」
「そうね。言われてみたら姉様とジーフェス様、意外と似ているかも。」
そしてお互い顔を見合わせてくすくす笑いだした。
「さあ、私も頑張らないとね。」
「あー、お菓子作りですか?」
「ええ、姉様甘いお菓子好きだから、私が沢山作ってあげるの!」
「それはお姉様、喜びますよー。ついでに私の分もお願いしますねー。」
とちゃっかり分け前を要求するエレーヌであった。
…そんな風に女二人がはしゃいでいる時、ジーフェスは早番の仕事を終えて独り屋敷への道を急いでいた。
“いよいよ明日か…、
明日午後にはメリンダ殿が屋敷に来るんだよな。”
そしてはあ、とため息をついた。
“メリンダ殿か、
噂では仕事上では『あの』アルザス兄さんと張り合える程の知能と品格の持ち主らしいしな…、”
“それにサーシャの話では、メリンダ殿はえらく彼女のことを大切にしていたと言ってたな。
そんな彼女にとって、俺は仕事敵の弟で、しかも大切な宝物である妹を奪った憎い男にしか見えないんじゃないかなあ…。”
げんなりとそう考えつつ、屋敷の入口付近に差し掛かったその時、ジーフェスの耳に馬車の走る音が聞こえてきた。
「…?」
何となしに後ろを振り向いた彼の目に入ったのは、純白の馬二頭が引く、立派な馬車の姿だった。
「な!?」
驚くジーフェスの横を馬車は追い越し、屋敷の中へと入っていった。
「な、何なんだ…、」
そして屋敷入口付近に止まると、馭者とおぼしき人物が馬車から降りてきた。
“一体俺の屋敷に誰が?”
そう思いながら馬車に近付き、改めてその姿を確認したジーフェスは愕然とした。
「な!?こ、れは…!?」
最高級の材で造られた立派な馬車や美しい純白の馬の姿にも驚いたが、何よりもジーフェスが驚いたのは扉に彫られた乙女の姿のレリーフであった。
“これはアクリウム国の紋章!何故この馬車がここに…、まさか、あの方が!?”
驚き固まるジーフェスの目の前で馬車の扉がゆっくり開くと、先ずは侍女とおぼしき中年の女性が降りてきて、その女性に付き添うように、もうひとりの人物が降りてきた。
「!!」
その人物の姿を見たジーフェスは、まさにその姿に目が離せなかった。
その人物は、緩いウェーブのかかった綺麗な銀色の長い髪をなびかせ、深い海の蒼い色の綺麗な瞳、染みひとつ無い陶器のように綺麗で滑らかな白い肌、すっと整った鼻立ちに形の良い赤い唇、
そしてすらりとした身体、豊かな胸とくびれた腰つきのラインを強調する、ぴったりの紺色のドレスを纏った、それは本当に美しいと言う形容詞がぴったりの、若くて美しい女性であった。
「…女神、エロウナ…、」
余りの美しさに、思わずジーフェスは神話の世界の愛と美の女神の名前を呟いた位であった。
するとその女性はジーフェスに気付いたらしく、彼のほうを見てにっこりと微笑むと、ゆっくり近付いていった。
「はじめまして、ジーフェス様…、で宜しかったでしょうか?」
女性の形の良い唇が動き、澄んだ鈴のような綺麗な声が聞こえてきた。
「あ…、あの…、」
だがジーフェスのほうは、その女性の、人間離れした美しさに見惚れてしまったままで、気もそぞろといった感じで生返事するだけだった。
「まあ…、」
そんな様子を見た女性はくすくすと笑い、心なしか少し蔑みの視線さえも向けている様子であった。
「失礼致しました。私、アクリウム国の第三王女、メリンダと申します。貴方様はフェルティ国第五王子、ジーフェス様で間違い無いでしょうか?」
再度にっこりと微笑み、そう尋ねる女性ことメリンダ。
「あ、は、はあ…、」
少しずつ落ち着いてきて女性の様子を冷静に見ることが出来るようになったジーフェス。
だが未だその表情は惚けてだらしなさが残っていた。
「どちら様か御越しでございますでしょうか?」
馬車の音を聞きつけたのか、屋敷の中からポーがやって来てジーフェスとメリンダ達の姿を見つけると近くまで寄ってきた。
「坊っちゃま、お帰りでしたか。そして…、…こちらの美しい御方は?」
ポーは二人の姿を見るなり、特にメリンダの姿を見た時はその余りの美しさにか流石の彼女も少しばかり言葉を失い、見とれてしまっていた。
「あ、ああ、ポー、ただいま。こちらはアクリウム国から御越しのサーシャの姉君のメリンダ殿…、」
そこまで言いかけた時、
「メリンダ姉様っ!」
いつの間にか、玄関先にサーシャが現れていて、満面の笑みを浮かべながら一直線にメリンダに向かって抱きついていった。
「サーシャ、サーシャ!」
メリンダのほうも、サーシャの姿を見るなり満面の笑みを浮かべ、自分に駆け寄ってきたサーシャをしっかと胸の中に抱き締めた。
「姉様、お久しぶりです姉様!ああ、姉様っ!嬉しい、嬉しいっ!
それにしてもどうしてこちらへ!到着は明日の予定では無かったのですか?」
嬉しさの余りなのか、頬を赤くしてかなり興奮気味に話すサーシャ。そんな彼女を見てくすりと笑顔を向けてメリンダが答えるのだった。
「まあまあ、落ち着いてサーシャ、相変わらず元気そうで何よりだわ。」
「ええ、皆さんから本当に良くして頂いてます。」
そしてメリンダはちらりとジーフェスとポーのほうに視線を向け、ぺこりと頭を垂れた。
「サーシャが、私の大切な妹が大変お世話になっています。」
「い、いえ…、」
その綺麗な声に、優雅な仕草にジーフェスはただただ見惚れるだけであった。
「予定より早くこちらに到着致しましたので、あちらの約束の前に是非とも妹サーシャに一目逢いたくて、こちらに寄らせて頂きましたの。突然の訪問、御許し下さいね。」
「いえ、こちらこそようこそ。…玄関先では何ですから、中へどうぞ。
ああポー、至急客人を迎える準備をしてくれ。」
少し我に帰って、ジーフェスはポーに命じた。
「ありがとうございます。では御言葉に甘えさせて頂きますわ。」
「畏まりました。」
ジーフェスの誘いにメリンダはにっこり笑って頷き、ポーは一礼して一言返事をした後、各々屋敷の中へと入っていった。
ジーフェスとサーシャ、そしてメリンダの三人は屋敷の客間へと向かい、各々ソファーに腰掛けていた。
程無くして、お茶と菓子一式を持ってポーが現れ、皆にそれぞれお茶等を配ると一礼して部屋を後にした。
「姉様、元気そうで何よりですわ。女王様や巫女様、ナルナルは元気していますか?」
サーシャが嬉しそうに興奮しながら頬を赤くし、姉に話し掛けた。
「ええ、皆元気にしてるわ。そういえばナルナルは今は私の御付きの侍女になったわよ。」
「そうですか。…ナルナルは最後の挨拶がきちんと出来なかったから、どうしているのか気になっていたのです。でも姉様の侍女になったと聞いて安心したわ。」
「ええ、ナルナルのほうもサーシャの事を気にしていたみたい。あの子は本当に優しい子よね。」
お茶もそこそこに、楽しそうに祖国の事などを話し合うサーシャとメリンダの二人の様子を見ながら、ジーフェスは目の前にあったお茶に口つけた。
“二人とも本当に仲の良い姉妹なんだな、二人して本当に嬉しそうにしているな。”
幸せそうに微笑みながら話をするサーシャを見て、ジーフェスの心も温かくなって表情も緩んできていた。
そしてちらりと視線をメリンダのほうに移して少し頬を熱くした。
“しかし、噂には聞いていたけど、これ程の美しさとは思わなかったな…。”
…流れるような銀色の髪に陶器のようなきめ細かな肌、端正で綺麗な顔立ちに女性らしい豊かな身体つき…、
正に完璧なプロポーションのその姿は神そのものの姿を想像させるのだった。
“いやはや、メリンダ殿の姿は正に美の女神エロウナそのものだな。”
そして今度はちらりとサーシャのほうを見てみた。
“アルザス兄さんが、以前二人は容姿が全く似ていないと言っていたけど、…これなら納得だな。”
「…本当にサーシャはアクリウム国に居る時より明るくなったわ。これもジーフェス様が傍にいるお陰なのかしら?」
「そんな、姉様…、ねえジーフェス様、…ジーフェス様?」
「…え?!あ、ああ、そうですね…。」
そんな風に考えながら二人に、特にメリンダに見とれていて話を聞いて無かったジーフェスは慌てたように曖昧な返事しか出来なかった。
そんな様子にサーシャは何か感付いたらしく、少し不機嫌な表情になった。
「もうジーフェス様ったら、メリンダ姉様が綺麗だからってそんなに見惚れないで下さい!」
ちょっと小声で抗議すると、ぷう、と拗ねたように膨れっ面をして思わずジーフェスの腕を爪を立てて力任せにぎゅっと握ってしまった。
「い…っ!?」
思い切り腕に爪を立てられた痛みにジーフェスは表情を歪め、言葉にならない悲鳴をあげた。
「あらあら、まあ…。」
そんな二人の様子を見ていたメリンダは二人の仲の良さにくすくすと笑いだした。
「サーシャがこんな事をするなんて…、お二人ともすっかり新婚さんしているのね。」
「「…え…。」」
メリンダの言葉に、二人して呆然とし、少し顔が熱くなってしまった。
「あ、姉様…、」
「あの、これは…、」
ジーフェスとサーシャ、二人して慌てる様子が更に可笑しくて終いにはほほ…、と声をたてて笑う程であった。
「照れなくても良いのよ。サーシャもジーフェス殿を気に入ってるみたいだし、ジーフェス殿もサーシャを大切にして下さってるみたいだし…。」
それからふふ、と微笑んで改めてジーフェスのほうを見た。
「ここに来るまでは、サーシャがこの地でどう扱われているのか心配していましたけど…、
見た感じ、サーシャの夫であられるジーフェス様も、美丈夫でも知的でも無いですけどとてもお優しいみたいですし、何よりサーシャを本当に大切にされているみたいで安心致しましたわ。」
「は、あ…。」
しれっと酷い事を言われた気がして、ジーフェスはちょっと苦笑いを浮かべてしまった。
“…ああ、やっぱりアルザス兄さんと張り合えるだけの女性だな。はっきりと言う御方だ。”
自分を見つめるメリンダの瞳、アルザスもまた持つ、奥底に光る冷たく冷静な光を見ながら、ジーフェスはそう思うのであった。
「ああ、もうこんな時間だわ。そろそろ王宮に向かわなくては…。」
そう呟きメリンダはゆっくりソファーから立ち上がった。
「姉様、もう行ってしまわれるのですか?」
「ご免なさいねサーシャ。でも明日の午後にはまたこちらに寄らせて貰うわ。
またその時にお話しましょうね。」
「ええ。」
それからメリンダはちらりとジーフェスのほうを見て一礼した。
「突然で申し訳ありませんでした。また明日よろしくお願いいたしますね。」
「あ、はい。」
…そして慌ただしくメリンダは馬車に乗り込み、ジーフェスとサーシャに見送られながら屋敷を後にしたのであった。
「確かメリンダ姉様、今日は王宮でアルザス義兄様との晩餐会に出席するんですよね。」
ぽつりとサーシャが呟いた。
「ああ。」
「メリンダ姉様良いですね。アルザス義兄様と一緒に御食事出来て。さぞかし楽しそうですわよね。」
「…………。」
にっこりと純粋な笑みを浮かべて話すサーシャを見て、ジーフェスは複雑な表情を浮かべたまま黙りこんだ。
“…ああ、サーシャは知らないんだな。アルザス兄さんとメリンダ殿があのように噂されているなんて…。”
ジーフェスは心の中で、あの二人が出会った時の事を想像してはあ、とため息をつくのであった。