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第6章ⅩⅢ:信じる心と繋がる心(後)

ジーフェスは虚ろな意識の中で、目の前にいるサーシャの話を聞いていた。


「私はジーフェス様、貴方様が好きです。

たとえ、どんな過去であろうとも、どんな事があろうとも私は、貴方様が好きです…!」


“…今、彼女は何て言ったのだ?俺を、好きだと言ったのか?

酒で朦朧とした俺の頭の中に、幻聴が聞こえてきたのか?

もし幻聴だとしても、…それは聞きたくなかった幻聴だ!”


「今更、何を言っているんだ!そんな戯れ言を言って、俺を騙そうとして…!」


「違います!騙してなんかいません!

私は、私は本当にジーフェス様が好きなのです。」


“違う、違うのだ!ああ、何ということだ!

今貴女は、俺が一番欲しかった言葉を、一番待ち望んでいた言葉を言ってくれた。

でも、でも…、”


「黙れ!今更、…また俺を騙して翻弄させようとでも思っているのか!

騙されるものか、もう貴女の言葉には惑わされない!」


「ジーフェス様…!」


“ああ、信じたい、信じたい!

サーシャ、貴女のその気持ちを、俺に対する想いを、信じたい!

でも、もう俺は駄目なのです。俺は、最早貴女の気持ちを受け入れる心を失ってしまった。貴女の気持ちを信じられなくなってしまった。”


「お願いです。私を、私をもう一度だけ信じて下さい。私の、貴方様への想いを、信じて下さい。お願いです…。」


サーシャは涙を流しながら、その碧の瞳を真っ直ぐに俺の翠の瞳を見つめながら小さな声で懇願した。


「信じて、だと…?」


「はい…。」


躊躇わずに彼女はそう答え、じっと目を反らさず俺の瞳を見つめていた。


“本当に、本気なのだろうか?もう一度信じても良いのか…?”


一瞬俺にそんな気持ちが浮かび、だが直ぐに疑心が心を覆った。


“駄目だ!騙されては駄目だ!

所詮彼女も他の人達と一緒だ。いや、必要以上に接しようとしない彼等より、俺の心を弄び、掻き乱す彼女のほうがよっぽど性質(たち)が悪い!

そっちがその気ならば、それならばいっそのこと…、”


「…貴女は、俺のことが好きと言っていたけど、

その言葉、果たして本当なのかな…。」


驚き、何か言おうとしたサーシャの手を俺は強引にぐいっと引っ張り、立たせたかと思うと彼女の身体をベッドの上に仰向けに押し倒した。


「!?」


慌てて起き上がろうとする彼女の両手首を強引に掴みベッドに押し付け、俺は不敵な笑みを浮かべながら上から見下ろした。


「…ジーフェス、様…。」


俺に押し倒された彼女の表情が、綺麗な碧の瞳が、恐怖に歪んでいく。


「貴女が本当に俺を好きなのならば、俺からどんな事をされようとも構わないんだよな…?」


「それ、は…!?」


俺は彼女が答えるその前に、両手で彼女の胸元に触れ、服を力任せに引き裂いた。


「いやあああっ!」


“いっそのこと、彼女のほうから嫌われ、憎まれたほうがましだ!”


「…どうして、こんな酷い事を。」


胸元を無理矢理開(はだ)けさせられ、まだ幼さの残る緩やかな胸が半分近く露になった状態で、サーシャは涙を浮かべ、か細い声で俺に訴えてきた。


「酷い事?何を言っているんだ。

俺の事が好きならば、どんな事をされても構わないのだろう?」


俺は不気味な作り笑いを浮かべ、怯えるサーシャの細くて小さな身体の上に自らの身体を重ねていった。


“さあ、どうする?このまま俺に傷付けてられるのか?それとも拒否するのか?”


「…や、いや…。」


足に腰に、彼女の身体の感触を感じて、だけどサーシャは恐怖の余り何ひとつ逆らう事も出来ずに、ぽろぽろと涙を流しながら俺から顔を背けるだけで、されるがままだった。


「俺達夫婦なんだよな。だったら、別にこんな事なんて、普通の事なんだよな。」


そう言って、俺はぺろりと彼女の剥き出しの首筋を舐め、舌舐めずりをした。


“ああ、拒否してくれ!どうかこんな最低な俺を罵り、憎んで恨んで、この腕を、身体を拒んで、俺の全てを拒否してくれ!

たとえ偽りでも、俺に好きだと言えなくなる位に!”


彼女の首筋は、ほんの少し汗の塩の味と、仄かな石鹸の香りがして、俺の心を掻き乱す。


「…お願い、やめて…。」


彼女は恐怖からか全く抵抗出来ずに、ただか細い涙声で懇願するだけだった。


「…嫌なのでしょう?怖いでしょう?」


「…!?」


「逃げれば良い。俺の腕を振りほどいて拒めば良い。俺は未だ本気じゃ無いから、ほんの少し、貴女が抵抗するだけで直ぐに逃げられますよ。」


「!?」


「…だけど、もしこのまま貴女が意地を張って俺を受け入れるというのならば、俺も本気を出しますよ。

そう、貴女のその綺麗な身体に嫌というほど、俺という男を味わって貰う事になりますよ…。」


“頼むサーシャ!俺を拒んでくれ!このままだと俺は貴女を本当に傷付けてしまう。

俺は、俺は(けだもの)になってしまった。触れる者、近付く者を手当たり次第に傷付けてしまう、醜い獣に…!

だから、…だからもう、俺の事など放っておいてくれ!関わろうとしないでくれ!

俺は、俺は貴女を、こんな形で傷付けたく無いんだ…っ!”


俺の目の前に、彼女の、サーシャの涙に濡れた綺麗な碧い瞳が映った。


…それはあの時、初めて二人で見た、海の碧と同じ、色…。



      *



「ジーフェス、様…。」


恐怖に怯えるサーシャが見た彼の翠の瞳、

表面ではたしかに憎悪と怒りに満ちているそれは、だがずっと、ずっと奥深くにある微かな光は余りにも純粋で綺麗過ぎて、そして、深い苦しみと哀しみに満ちていた。


…ジーフェス様、泣いて、いるの…?


その瞳を見たサーシャはその時全てを、ジーフェスの抱えるものの全てを理解した。


“ああ、そうだったのね。

私よりも、他の何よりも誰よりも悲しみの中にいて苦しんでおられるのはジーフェス様御自身なのね。

そしてそんな風に貴方様を追い込んでしまったのは私…。

ならば、私は、私がすべき事はただひとつ…、”


サーシャはぽろりと一粒涙を流し一度深く呼吸をすると、ゆっくりと瞳を閉じた。


「…何のつもりだ?」


彼女の不解な行動に、ジーフェスは表情を歪めてそう尋ねてきた。


「…どうぞ、貴方様の、御好きなようになさいませ。」


「な…!?」


驚くジーフェスに、サーシャは再びゆっくりと目を開けて、彼の瞳を見つめた。


「私は、私は貴方様が好きです。貴方様の想いを、憎しみも哀しみも全てを受け入れる覚悟がある程に。

だから、私は抗いません。…私を、貴方様の御好きなようにして構いません。」




「ちょ…!サーシャ様っ!それやばいでしょうっ!それって正にやって下さいと言ってるものじゃないのっ!」


離れて聞いていたエレーヌが相変わらず五月蝿く騒ぎ立てる。


「エレーヌ、静かにっ!」


「しかしポーさん…、」


「信じるのです。サーシャ様を、坊っちゃまを。

ここで御二人が信じあえたら、きっと全てが解決しますから。」


「でもぉ…、」


「…大丈夫だ、サーシャ様の想いは旦那様に伝わるさ。俺達も信じよう。」


「……。」




サーシャの言葉にジーフェスは一瞬驚愕の表情を浮かべたが、やがて不敵な笑みを浮かべた。


「好きなようにして良い、か…。その言葉、後悔することになるぞ。」


残酷な笑みを浮かべたまま、ジーフェスはサーシャの開けた胸元に手を掛け、更に広げて上半身を露にさせた。


「!」


ひんやりとした空気が完全に露になった胸に染み、更に彼の視線に曝されてサーシャは恥辱と恐怖で微かに身体を震わせた。


「…やはり怖いのでしょう?恥ずかしいのでしょう?でもこんなものでは済みませんよ。

…今なら、まだ逃げられますよ。今ならば…、

さあ、逃げて下さい!俺の事など拒んで自身を庇って逃げなさい!自身が一番可愛いのでしょう!さあ!早く!」


…ジーフェスの言う通りだった。

恥ずかしかった、怖かった。出来れば直ぐにでも逃げ出したかった。


でも、サーシャは知ってしまった。

それが、彼の望む事では無いのを。彼の本心では無い事を。

本当に、彼が望んでいる事は…、


「いいえ、私は逃げません。」


「!?」


きっぱりと、サーシャはそう言い切った。


「私には解っています。ジーフェス様、貴方様が私を傷付けるつもりは無いという事を。」


「…何!?」


訝しげな表情でジーフェスが呟く。


「本当は、貴方様の本心はこんな事をしたくはないと思っているのです。

ただ奥にあるその深い哀しみから、苦しみから逃れる為にわざと自分を強がって見せているだけなのです。

今の貴方様は、身も心もずたずたに傷付き、血にまみれた手負いの獣そのものです。」


「黙れ…、」


「お願いです。これ以上哀しみに堕ちないで下さい。憎しみに心を奪われないで下さい。」


「黙れと言ってるだろうがあっ!」


「黙りません!ジーフェス様、目を醒まして下さい!貴方様は本当はこんな事をしたいのではないのです!本当は、本当は誰かに自分を見つけて欲しいのです!哀しみの中に居る、本当の自分を。

そして受け入れて欲しいのです。ありのままの自分を!」


ジーフェスの怒鳴り声にも怯まず、反論するサーシャ。


「黙れ!黙れっ…!」


怒りの余り、ジーフェスはその両手をサーシャの首にかけたのだった。




「!?」


その様子に、流石のポーも一瞬緊張した表情を浮かべてしまった。


「ちょ…!」


ハックもタフタもこれには慌て、止めようと思わず二人の傍まで駆け寄ろうとした。が…、




「…信じています。ジーフェス様、私は貴方様を信じています。

貴方様は本当は優しい御方。私を傷付けることはしないと、信じています。」


静かな、だけど凛としたサーシャのその一言にその動きを止めてしまった。


「……!?」


驚くジーフェスを見つめ、涙をぽろりと溢し、ゆっくりと両手を伸ばしてその髭だらけの頬に触れた。


「ジーフェス様…、お願い、戻って、…前の貴方様に、戻って…。」


“お願い、神様、アクリメア様にライアス様…、

どうか、どうかジーフェス様を元の優しいジーフェス様に戻して下さい、

どうか、私の想いを彼に、届けて下さい…っ!”


願いを込めて、だが儚くサーシャはそう呟いた。


「…っ!?」


一方のジーフェスは、サーシャの一連の意外な行動にかなり動揺し、躊躇っていた。


“何を躊躇っているのだ俺は!彼女は懲りもせず俺を騙そうとしているのだぞ!

彼女は表面では従順なふりをして、結局最後は俺を裏切り嘲け笑うんだ!

さあ、彼女から裏切られる前に、こっちから裏切るんだ!やるんだ!”


『…違う、それはお前が望んでいる事では無い。』


「!?」


突然ジーフェスの脳裏に聞こえてきたその声、


『お前は彼女にそんな事をしたい訳では無い。彼女を傷付けたい訳では無い。

お前は、…お前はただ彼女に自身を見てもらいたいんだ、彼女に、自身を受け入れて欲しいんだ。』


「…違う…、」


『お前は、彼女が好きだから、自身の全てを、光も闇も、醜さも、何もかもを受け入れて欲しいだけなんだ。』


それは、もうひとりのジーフェス。本当の気持ちの彼自身。


「違う、違う!」


“俺は、…俺、は…。”


『彼女を、サーシャを信じるんだ。彼女の言葉には何一つ偽りや濁りなど無い。それはお前自身がよく解っているのだろう。

何故なら、彼女は…、』


「俺は、俺、は…っ!」


“俺が、俺が本当に望んでいたのは…、”


「…ジーフェス、様…。」


その呟きにふとサーシャが見上げ、目にしたジーフェスの姿、

それは今までの憎しみに満ちた表情ではなく、哀しみに歪め綺麗な翠の瞳からぽたぽたと涙を流し嗚咽する、何とも脆弱な姿であった。


「…サー、シャ…っ…!」


首にかけていた手をゆっくりほどき、その腕で自らの下にいた彼女の小さく細い身体をぎゅっと抱き締めた。


「サーシャ…っ、ごめん、傷付けて、しまって、ごめん…!」


ジーフェスは一言そう呟き、そのままじっと暫くの間、彼女を抱き締めたままただただ涙を流し、咽び泣いていた。


「……。」


“ジーフェス様…、ああ、やっと、やっと…!”


「…やっと、戻ってきたのですね。ジーフェス様、ジーフェス様…っ!」


そんな彼の様子を見て、サーシャは思わず感極まってぽたぽた涙を流し、ゆっくり身体を起こしながらも自らの胸の中で泣き続けるジーフェスを抱きしめ返した。


「お帰りなさい、ジーフェス様。」


優しい、労りの籠ったその声にはっとジーフェスが顔をあげると、サーシャの優しい微笑みが、…その碧い瞳からは涙を溢していたが…、見えた。


“…ああ、彼女はずっと、俺を信じていてくれた。俺を、見ていてくれたんだ…。”


「…ただいま、サーシャ…。」


そして抱きしめていた腕を緩め、嬉しい涙を流す彼女の頬にそっと触れ、指先で涙を拭き取った。


「ごめん、本当にごめん。もう決して傷付けたりしないから。だからもう、これ以上泣かないでくれ…。」


「……っ!」


ジーフェスの、以前の温かく優しい声に、だが嬉しさと緊張がほどけた安堵感からか、涙は止まるどころか却って溢れてしまい、表情を歪めて逆にサーシャ自身からジーフェスの胸に飛び込んだ。


「う、うわあああん!ジーフェス、様、ジーフェス、様あ…っ!こ、怖かっ、たし…、し、心配、したんですよ、ほ、本当に、本当に…っ!」


恥ずかしげも無くぼろぼろ泣きながら、掠れた涙声でそう叫んで、両手で小さく拳を作って彼の鍛えられた胸元をごんごんと叩く。


彼女の、今までの凛とした様子とはうって変わった、まさに駄々っ子そのものの様子にジーフェスは唖然としてしまったが、彼女の仕草が可笑しくて愛おしくて、つい微笑みを浮かべてしまった。


「ち、ちょっとい、痛いよサーシャ…。

うん、本当にごめん。俺が悪かったから、サーシャは何も悪くないから、もうこれ以上泣かないで。」


「…っ!」


暫く胸の中にいたサーシャの頭を労るように優しく撫でていたが、やがて細い肩に両手を掛けた。

その感触に彼女はびっくりして顔をあげてしまい、お互い顔を見つめあう形となってしまった。


「サーシャ…、好きです。俺はサーシャ、貴女のことが好きです。」


「…ジーフェス、様…。」


驚くサーシャの頬に手が触れ、ゆっくり彼の顔が近付いてきて、右の瞳の下辺りにそっと唇が触れた。


「!?」


いきなりの事でびくっとなって身体を硬直させてしまったサーシャだが、それ以上は抵抗せずに、されるがままであった。


そして左の瞳のほうも同じように優しく口付けると、再び顔を見合わせた。


「……。」


サーシャの目の前に見えるのは、少し前までよく見ていた彼の優しい微笑み。

だけど、その翠の瞳には優しさだけでなく、ほんの少しだが欲情の光を帯びていて…、


「…好き、です。ジーフェス様。私もジーフェス様が好きです。」


涙を止め、ふわりと笑みを浮かべてそう呟くと、ジーフェスも一瞬驚いた表情を見せたが、直ぐに優しい笑みを浮かべた。


「サーシャ…、」


…とくん…、


心臓の音が、微かに高鳴る。


お互い見つめあい、どちらかともなく顔を近付けて瞳を閉じ、そっと唇を重ねた。


…サーシャにとって初めてのそれは、頬に彼の髭がくすぐりざらつき、そして唇にはほんの少し、涙の塩味がするものだった…。




「うわお、二人とも大胆だなあ。いやいや、若い若い…。」


二人の様子を見ていたタフタがにやにや嬉しそうに笑いながら呟いた。


「うう…、良がっ、た、本当、に、良がったでずぅ〜…。」


エレーヌのほうはすっかり感情移入してしまい、ぼろぼろと涙と鼻水を流し続けていた。


「やれやれ、一時はどうなるかと思っていたけどな、良かった良かった。」


ハックも嬉しそうに、本当に安心した笑みを浮かべている。


「私は始めからこうなると信じていましたよ。」


とこちらも嬉しそうに微笑むポー。


そしてふと二人に目をやった。


“本当に、本当に御二人が心を通わせる事が出来て良かったです。坊っちゃまにサーシャ様…。”


二人の、ジーフェスとサーシャの本当に穏やかな表情をしていて、少し照れながらも寄り添いあうその姿を見て、ポーの瞳にはきらりと光るものが見えたのであった…。



      *



「いーですか旦那様!めちゃめちゃ身体が汚っくて、臭いんですから、ちゃんと隅々まで身体を洗って汚れと臭いを全部落とすまでは絶対、浴室から出てこないで下さいねっ!!」


「解った、解ったから静かにしてくれ!落ち着いて身体も洗えないぞ。」


全く…、と先程までのぼろ泣きは何処へやら、ぶちぶち文句を言いながらエレーヌは浴室で湯あみをしているジーフェスに扉越しに怒鳴っていた。


「では私は再び湯を沸かしに行きますから、後はサーシャ様お願いしますねー。旦那様にはもう一度綺麗なお湯で身体をすすいで貰いたいからー、お湯を持ってくるまでくれぐれも旦那様を浴室から出さないで下さいねー。」


「はい…。」


二人のやりとりにちょっと苦笑いしつつも、傍にいたサーシャはそう返事をした。


返事を確認すると、エレーヌはぱたぱたと足音を立ててその場を立ち去り、少ししてからバスローブ姿のジーフェスが辺りを伺いながら浴室からこっそりと出てきた。


「あ、ジーフェス様…、」


「しーっ!静かに…、」


声をかけようとしたサーシャを慌ててジーフェスは制御した。


さっきまでの、髪は乱れ髭が伸び放題のぼろぼろの姿から、すっかり以前の、未だ濡れた綺麗なストレートの黒髪に髭の無い綺麗な顔を表した姿に変わっていて、身体からはアルコールと汗の臭いではなく仄かに石鹸の香る状態に変わっていた。


そんな姿を見たサーシャは、久しぶりの格好良い?姿に少し胸をときめかせていた。


「あの…、」


「もう充分に全身洗ったから、湯あみしなくても大丈夫だろう。エレーヌには何とか誤魔化して…、」


「だーんーなーさーまぁー…、」


だが、逃げようとしたジーフェスの背後から湯桶を持ったまま怖〜い表情をしたエレーヌが近付いてきた。


「…エ、エレーヌ…、」


「エレーヌ、さん。」


びくびくしながら二人が振り向くと、そこにはいつもの呑気な調子とは違い、今は物凄く、物凄ーく怒りの様相を浮かべているエレーヌがいた。


「旦那様ー、旦那様が落ち込んでいた時、自分散々八つ当たりされてそりゃあー酷い目に遭ったんですよー。

なのに旦那様は、まぁーだ私に迷惑かけるのですかぁー?」


「「………。」」


完全に目が座っているエレーヌに、二人して完全に言葉が無かった。


「旦那様、直ぐに新しい湯を準備しますからねー、大人しくもう一度湯あみして下さいねー。」


「………はい。」


最早逆らう事が出来ずに、大人しく返事をするジーフェス。


…もしかして、この屋敷で最強なのはジーフェス様でもポーさんでもなく、完全に吹っ切れたエレーヌさんなのかもしれない。


「よろしい!では少しここでお待ち下さいね〜。」


新たな湯を準備する為に浴室に向かっていったエレーヌを見ながら、サーシャはそう思ってしまった。


「はあ、…また風呂に入らなくてはいけないのか…。」


諦めたようにがっくしと肩を落とすジーフェス。

もともと湯あみが好きではない彼にとって、必要とはいえ一日に二度も湯あみするのはかなり堪えるらしい。


「でも、また風呂に入られましたら、もっと綺麗で素敵になりますわ。」


「……。」


サーシャの、はっきりいって能天気的慰めにしか過ぎないだろうその一言に、ジーフェスはどう反応して良いか解らず、絶句しながらちらりと彼女を見返した。

そんな彼女は、純粋であどけない無垢な微笑みをジーフェスに向けていた。


その微笑みに拍子抜けしてしまい、いつの間にか自分もつい笑みが溢れてしまい、二人してくすくすと笑いだしていた。


「…ちょっとー、何で二人して世界作っているんですかあー、

旦那様、湯あみの準備出来ましたからどーぞ。」


浴室から出てきたエレーヌが、半ば呆れたようにため息をついてそう呟いた。


「お、おう。」


何とも間抜けな返事をして、ジーフェスはサーシャに軽く手を振ってから再び浴室に入っていった。


「さあてと、今からポーさんと一緒に旦那様のお部屋の掃除かあ…、旦那様のせいであの部屋、残飯とアルコールですっごい臭いし汚いのよねー。

あ、サーシャ様、後はよろしくお願いいたしますねー。」


「はい。」


ちょっと文句を言いながら、エレーヌは浴室の前から立ち去って次の仕事に向かっていった。


そんなエレーヌの様子を見てサーシャはくす、と笑って浴室の中のジーフェスに声をかけた。


「お湯加減は如何ですか?」


「大丈夫ですよー。」


「はーい、解りました。」


“ジーフェス様…。”


そんな他愛の無いやり取りにも、今のサーシャの心は温かさで満たされていくのであった。




…少しずつだが、二人の夫婦としての距離が近付いてきている。

そんな、気がしていた。



ここまで読んで下さった皆様、そしてブックマークして下さった皆様、本当にありがとうございます。


これからも応援や批評等、どうぞよろしくお願いいたします。




      *




≪今後の予定≫


かなり、かなーり先の話になりますが、18禁レベルの話も出てきます(残酷さと性的に)。

当然それはこちらでは書けませんので、ムーンライトノベルズ様の御世話になります。

(タイトルは「水と陽のファンタジア・月版」の予定)


現在は未だ設定はしていませんが、連載開始時には後書き等で御知らせ致します。

こちらの小説家になろう様ではノーマルかつソフト?で済ませている部分を、ムーン様ではがっつりエロエロでグロく(笑)やらかす予定にしてますので、興味がある方は是非御覧下さいませ。



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