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第6章Ⅸ:ジーフェスの闇(中)

シリアス話ばかりで滅入っている作者です。

(自分で書いておきながら何を言っているのか…汗)

…男を、殺した…?


暫くの間、サーシャはジーフェスの言った言葉の意味が解らないでいた。


「それは、一体…?」


微かに震える声でそう尋ねたサーシャに、ジーフェスは苦笑いして答えた。


「言葉の通りですよ。俺は大切な兄さんや姉さんを殺した高位貴族を、この手で殺したのですよ。」


「それは…、貴方様が貴族、しかも高位貴族を殺すことなんて出来るものなのですか?いくら非道な御方といえど高位貴族、それ程の御方でしたら、それなりの護衛がお付きでしょう?それ程の護衛を抑えて殺す事など、不可能なのでは…?」


“…もし、もし仮に医師の技術を以てして殺す事が出来たとしても、直ぐにその素性が判ってしまい捕らえられ、厳しい刑に処されるのではないのでしょうか?

なのにジーフェス様は現在まで何のお咎めも無い様ですし…、何故?

もしやジーフェス様が王族の一員だから?

でも、恐らく当時はルードベル国王陛下の支配の時代。かの国王陛下はジーフェス様を不義の子供と見て王族から追放された御方。その御方がジーフェス様を擁護されるとは考えにくいし…。”


「確かにサーシャ殿の仰る通りです。俺ひとりだけではあの男を殺すどころか、髪の毛ひとつ取ることさえ出来なかったでしょう。」


サーシャの問いに、ジーフェスはあっさりと返していった。


「では、何故?」


「簡単な事です。俺に力を貸してくれた組織があったのですよ。」


…どきん…、


何故かサーシャの胸が、不快に響き渡った。


「その、ジーフェス様に力を貸してくれたという組織とは一体?」


サーシャの胸がざわざわと嫌な感じでざわめく中、ジーフェスはふっと笑って、ただ一言を冷淡に告げた。


「フェルティ国直属の暗殺集団『闇陽』です。」


「暗殺、集団…?」


「ええ、アクリウム国で言うところの『黒水』のことですよ。

まあ、『闇陽』は『黒水』程の実力は有りませんけど、それなりには力のある集団なのですよ。」


「……。」


『黒水』のことはサーシャも話には聞いていた。


アクリウム国直属の暗殺集団、その実力は全世界でもトップクラスを誇り、「彼女達」に狙われた人物は確実にその生命を奪われる。


そんな『黒水』と同じ、フェルティ国直属の暗殺集団『闇陽』…、


「その、『闇陽』が何故貴方様に力を貸してくれたのですか?」


最もな質問に、彼は尚も答える。


「当時の『闇陽』は、確かに武具等による攻撃的な暗殺術には優れていました。ですが内面での暗殺、例えば薬による毒殺や医術による「静かな」「事故」を装う暗殺に関しては、他の暗殺集団に遅れをとっていたのです。」


「…では、」


「彼等は俺の医師としての技術が欲しかったのですよ。人間の身体を知り尽くし、薬学に秀でた俺の知識を暗殺の技術として利用する為に。

だから彼等は俺に取り引きを申し出たのです。」



『…貴方様の憎き男を殺すのを我等が手助けいたしましょう。

成功の暁には、貴方様には我等が仲間と成り、その技術を我が組織の為に役立てて頂きたい。如何でしょう?』



そしてふっとジーフェスは一度笑みを浮かべた。


「流石に始めのうちはそんな誘い、俺も断っていましたよ。

いくら憎い相手といえ殺人をするなんて、医師として、人として反する事など、俺には出来ませんでした。」


「では何故…、」


するとジーフェスは、その表情をゆっくりと歪めだした。


「…ある日、とある場所で俺は偶然にもあの男の姿を見てしまったのです。

俺に気付かないあの男は友人らしき男との会話で、こんな言葉を発していたのです。」



『あの時の女は犯し損ねたから()ってしまったけど、今度の女は旨くいったよ。

あの女の叫び足掻く様は最高だったよなあ!

所詮、平民なんて我等が貴族の戯れの道具に過ぎないのさ。』




「そんな、酷い…!」


その余りの台詞に、サーシャはぞっとし、両拳を握り締め怒りに身体を震わせた。


「それを聞いた俺は頭の中が怒りに真っ白になって、危うくその男を殴りそうになったよ。

その場は何とか我慢出来たけど、こんな奴をのさばらしておけば、また兄さんや姉さんのような人を作り上げてしまう!それだけは絶対にさせてはならないって思ったんだ。

たとえそれが、あの男を殺すことになっても。」


「ジーフェス、様…。」


「俺はその足で組織のもとに向かい、契約を交わした。俺が『闇陽』の一員となる事で、組織はあの男の暗殺を手助けしてくれたんだよ。」


話の内容とは裏腹に、余りに穏やかで満足げな笑みを浮かべているジーフェスを見て、サーシャは苦しさと哀しさで胸が傷んだ。


…そんな、そんな笑って言える事では無いのに、どうして…!


「俺は組織に言われるままに、早速あの男を殺す為の薬を作った。

サーシャ殿、薬というものはね表裏一体なんですよ。

巷で病を治す薬と呼ばれるものは、ほんの少しその配合を変えるだけで、一瞬で生命を奪う猛毒にも変える事が出来るんです。」


「!?」


「俺はあの男の為に、最凶で最悪の毒薬を作ってやった。苦しみながらじわじわ生命を削ぎ落とす、遅効性の毒薬をね…。

予想通り薬の効果はてきめんだったよ。

あの男の屋敷に薬師と偽って出入りしていた『仲間』のひとりが、精力剤と偽って男にその毒薬を売り付けた。

そしてそれを飲んだ男は三日三晩激痛に悶え、のたうち苦しみ、最期は痛みの中で絶叫し絶望しながら心臓が止まって事切れたよ。」


そう呟くジーフェスの表情は、目的を達成した悦びに歪んだ笑みを浮かべ、狂気にも似た様相でもあった。


その狂気に満ちた笑みに、サーシャは今まで見たことの無い彼の姿に恐怖を感じ、思わずたじろいてしまっていた。


「時間が経てば分解される薬だったから、男の体内から薬が検出される事も無く、多少の疑いはあったけど結局男の死因は単なる病死とされたよ。

だが男の死に様を聞いた師匠は、直ぐにそれが俺の仕業だと気付いたんだ。」


「そして俺は師匠に問い詰められて全てを白状すると、俺は医師として最大の禁忌を犯したとして師匠から破門され、医師としての資格も取り消されてしまったんだ。」


そして一息ついて、再び語りだした。


「だが、俺はあの男を殺した事は今でも後悔はしていない。あの男をのさばらしておいたら、もっと沢山の犠牲者が出ていた筈だしね。」


「……。」


「『闇陽』の正式な一員となった俺は、非道な悪事を働いているのにその地位の高さ故に国の法律で裁けない下衆な者達を、俺の作った毒薬や医師の技術を使って、自然死や病死を装って殺してきたんだ。」


そう話すジーフェスの表情は満足げで、まるで誇らしげにもとれるものであった。


それは却って、サーシャの胸に彼に対する狂気と恐怖を感じさせた。


「当時の俺は盲目に『闇陽』のことを崇拝し、尊敬していました。

『闇陽』はフェルティ国の理不尽を、悪しき強き者が善き弱き者を蹂躙しそれがまかり通るこの世を断罪しているのだと信じきっていたのです。

そんな『闇陽』一員になった俺はその事に誇りさえ抱いていました。

俺は夢中で自分の持つ知識を仲間達に教えていき、自らも新たな薬の開発に没頭していました。

そしてその知識で、法で裁けない悪人が死んでいくのを見て、俺は自分がこの世界を、フェルティ国を正しい方向に向かわせていると感じ、自慢で誇りにさえ思い込んでいたのです。」


その言葉に、サーシャは頑として首を横に振った。


「いいえ、それは、…それは違いますわ。確かに悪事を、悪人を見過ごしてはいけない事ですが、でも、どんな悪人であろうと、法の裁き無しに生命を奪う事は間違っています!」


凛とした態度でそう、きっぱりと言い切った。


そんな彼女の様子を見たジーフェスは予想しなかった行動に驚きの表情を浮かべ、そしてふっと苦々しい笑みを浮かべた。


「流石というべきか、サーシャ殿、…あの時に俺もそう思っていたら、ここまで堕ちたりはしなかったのでしょうけどね。」


「ジーフェス様。」


「サーシャ殿の言う通りです。『闇陽』は所詮暗殺を生業とする集団、それは決して陽の目を見ることの赦されぬ、影の集団なのです。

そして『闇陽』は、決して正義の為に動いていた訳では無いという事…、」


ジーフェスは今まで浮かべていた笑みをすっと消して、忌々しい表情を浮かべた。


「俺の目の前で『闇陽』は徐々にその正体を明らかにしていきました。

始めのうちは、確かに法で裁けない悪人を抹殺していた『闇陽』でしたが、徐々に暗殺の目的が、国王陛下に反旗を翻す者へと変わっていきました。」


「確かにその中には本当の意味での悪人も居ましたが、民を思い、国を思う余りに国王陛下に進言する、善意ある者も数多く居たのです。

それでも国王陛下は、その者達の意見に耳を貸さず、自分の意に反するという理由で、『闇陽』に暗殺を依頼していたのです。」


「国王陛下が!?」


「そうです。もともと『闇陽』は国王陛下が組織の全権を握る、陛下の御膝下の組織なのです。

それを知った俺は、やっとそこで目が醒めたのです。『闇陽』は正義の組織では無く、国王陛下の意のままに動く集団だということに気付いたのです。」


「……。」


「俺は組織からの脱退を決めました。これ以上、この場所に居たくは無かった。罪の無い人を殺すのは我慢出来なかった。

だが、組織はそれを許してはくれなかったのです。」




『組織を抜けたいだと!?』


『はい、俺はこれ以上、罪の無い人を殺すのはまっぴらです!』


『今更何を言っているのだ!お前の与えた知識のお陰で何人もの人間が死んだ。お前の作った薬で何人もの人間が命を失ったのだ!』


『!?』


『最早お前も我等が仲間。お前の手は既に数多くの人間の血で染まっている。お前が組織を抜けた所で、その血は決して消えることなど無い!』


『…!?』


『それでも抜けたいというのならば、抜けるが良かろう。

但し、お前の周りにいる大切な者達、幼馴染みの娘や屋敷の使用人達、そして街の人々、その者達がどうなるかな…、』


『な…!?』


『それでも良ければ、遠慮無く抜けるが良い、勿論、お前が自害しても同じ様な事が起きるだろうがな…、

あははははは!!』




「……。」


いつの間にか、ジーフェスの瞳に微かにだが光るものが見えた。


「組織は俺が脱退するのを認めなかった。俺の、周りの大切な人達を人質にして、俺を組織に縛り付けたんだ…。」


そしてぽとり、と一粒の涙を溢した。


「結局俺はそのまま組織に残り、再び依頼の暗殺の為に薬を作ったりしてきた。…何の罪の無い、ただ国を思う余りに国王陛下に進言した人達を殺すその度に、俺は徐々に心を病み、生きる気力を失ってきていったんだ。」


「……。」


「罪の無い人を殺した事の罪を紛らわす為に、俺は毎日のように大量の酒を煽り、娼婦街に通っては何人もの女を抱いてきた。

あの頃の俺は夢も希望も無く、ただ生ける屍のように過ごしていたんだ。

自身で死ぬことも出来ずに、生と死との、善と悪とのその境界線があやふやな中にどっぷりと堕ちていったんだよ。」


「……。」


「組織に居た為に、エント兄さんが事故に遭ったのを知っても、俺は何一つ手助け出来なかった。ライザの技術では無理でも、もしかしたら俺なら兄さんの生命を助けられたのかもしれなかったのに…。

けど、組織に居たために、俺はエント兄さんの処に行くことも許されなかった。

…俺は人を助ける為に医師になったのに、大切な人を助ける事も出来なかった。その技術で人を助けるどころか、大勢の人を、この手で殺してきたんだよ…!」


声を震わせ、狂気にも似た笑みを浮かべながらジーフェスは自らの両手を見つめた。


「ジーフェス様っ!?」


気付いたら、サーシャはその手をぎゅっと握り締めていた。

これ以上、彼の苦しむ様を見たくなくて。罪の重さ故に狂っていく彼を見たくなくて。


突然の手の温もりに、ジーフェスもはっとなって瞳に正気の色を取り戻し、自分の手を握り締めている彼女を見つめ返した。


「……。」


「?!」


その視線を見つめ返したサーシャもはっとなって、びっくりして恥ずかしくなって、慌てて握り締めていた手を離して彼からほんの少し後退りした。


“私、一体…。”


頬を赤くするサーシャとは対照的に、ジーフェスは微かにその表情を嫌悪感に歪め、瞳に哀しみの色を浮かべた。


「あ、あの、…でも今はジーフェス様はその『闇陽』からは脱退されておられる、のですよね?」


「…ええ」


「何故です?あれほど組織は貴方様が抜け出すのを許さなかったのに、どうして貴方様は組織から抜けられたのですか?」


その言葉にジーフェスは少し笑みを取り戻してから呟いた。


「俺が『闇陽』から抜けられたのはね、アルザス兄さんのお陰なのですよ。」


「…え?」


意外な人物の名前に、サーシャは驚きの表情を浮かべたのであった。



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