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第6章Ⅱ:アルテリアという人物

「あの子も、アルテリアも喜んでくれています…。」


フェラクの口から出てきた意外な人物の名前に、ジーフェスは酷く動揺していた。


“何故フェラク殿からアルテリアという名前が、…一体二人と、そしてサーシャ殿とはどういう関係なのか…?”


「あの、フェラク殿…、」


「はい?」


「フェラク殿は、アルテリアという御方を御存知ですのか?」


やっとのことで、ジーフェスはその一言を口にすることが出来た。

するとフェラクは少し驚いたような表情を浮かべ、彼を見返した。


「何故貴方様が、もしやサーシャ様からあの子の事を御伺いなのでしょうか?」


「あ、いや、その…、」


…まさか彼女が寝言で『大好き』と言っているのを聞いて、気になって嫉妬している人物とは話せない。


何も言えずに口ごもり、しどろもどろになっているジーフェスに対し、フェラクのほうは少し寂しく微笑んできた。


「あの子は、…アルテリアはわたくしの息子のことです。」


「…え?!」


意外な一言に、ジーフェスは思わず声をあげてしまった。


「わたくしのたった独りの、早くに細君を亡くしたわたくしにとって、何よりもかけがえのない息子でした。」


そして一息ついて、再び語りだした。


「あの子は、アルテリアは変異種(アルビノ)として産まれ、身体が弱い為に庭師としての仕事が出来ず、けれど知能の高さからまだ幼なかったサーシャ様やメリンダ様の勉強の御相手をしておりました。」


変異種(アルビノ)…。」


「はい、特にサーシャ様はあの子のことを大変気に入っておりまして、御兄様と呼んで勉強の時以外にもよく遊んだり話をしたり、時には相談相手などもしておりました。

わたくしが言うのも失礼ですが、サーシャ様は10以上も歳上のあの子に恋心を抱いている風でもありました。」


「……。」


「アルテリアにとってもサーシャ様は自分を慕う可愛い妹みたいな存在だったらしく、嫌がる事もなく、いつもにこにこして御相手をしておりました。」


そこまで聞いて、やっとジーフェスはサーシャとアルテリアの関係を理解してきた。


“ああ、そうだったのか。サーシャ殿にとってアルテリアとは頼りになる兄のような存在であり、そして幼子が一度は抱く、歳上の異性に対する、淡い初恋のような存在だったのか…。”


ジーフェスは今まで自分が抱いてきたアルテリアというイメージががらりと変わってゆき、そしてほっとした安堵の気持ちが現れてきていた、が、


「それで、彼は今は…?」


先程までの会話で、何となく解ってしまってはいたが、それでも口に出てしまう言葉。


するとフェラクは深い悲しみの表情を浮かべ、俯きがちになって暫く黙ったままであった。


「…亡くなりました。もう、8年も昔の事です。」


「……。」


予想通りの答えに、ジーフェスは何も言えず、暫くの間沈黙が続いた。


「…申し訳ありません。辛い事を思い出させてしまって。」


「いえ…、」


「やはり、アルテリア殿は何か病で…、」


すると意外にも、フェラクはびくっとなって酷く怯えたような表情を浮かべ、身体を震わせた。


「…!?」


その様子に、ジーフェスはただならぬ雰囲気を察し、自らの失言を悔いた。


「あの…、」


やがてフェラクはすう、と一呼吸して心を落ち着かせ、辺りを見回して人が居ないのを確認するとぽつりと重い口を開いた。


「…あの子は、アルテリアは、…アクリウム王家の手によって、処刑されたのです。」


「…!?」


衝撃的なその一言に、暫しジーフェスは言葉を失った。


「何故、処刑など…?」


するとフェラクは俯き、暫く黙ったままであったが、


「…ジーフェス様、今からお話する事は、どうか他言無用にてお願い致します。特にサーシャ様には…、」


そう、一言告げた。


その様子に只ならぬ雰囲気を感じ、果たして自分が知って良いものかとも考えたが、先程自分も自らの想いを語ったこともあって、どうしても見捨てるような事も憚られ、


「…解りました。」


そう、答えてしまった。


ジーフェスのその一言に安心したのか、ほっと安堵のため息を洩らして、フェラクは語りだした。


「あの子は、アルテリアはアクリウム王家に対して不敬を働いたという罪で処刑されました。」


「不敬、何故です?失礼ですが、貴方のご子息ならそのような無礼な事などされる様にはとても思えないのですが…、」


見たことも逢ったことも無いが、サーシャの彼に対する口振りやフェラクの様子からも、彼がそのような大それた事を仕出かすような人物にはとても思えなかった。


だが、フェラクは黙ったままで、次の言葉を躊躇っている様子である。


「…アルテリアは、アクリウム国の王女に、いいえ、今は女王となられたジェスタ様に、…道ならぬ想いを抱いていたのでございます。」


「!?」


余りの事実に驚くジーフェスに、フェラクは淡々と尚も続けた。


「ですが、アルテリアが王女、いえ女王様に独り一方的に、秘めたる想いを抱くだけでしたらこのような事は起こらなかったでしょう。」


「それは、まさか…!」


その問いに、フェラクはゆっくりと頷いた。


「…はい、ジェスタ様も、少なからずあの子の事を想われていた様子でした。」


「……。」


アクリウム国のジェスタ女王、

サーシャ殿の姉でもある彼女は冷徹かつ冷酷な女王として知られ、感情という感情を一切表に顕す事無く、あくまでも『巫女』の『神託』に基づきアクリウム国を支配しているという、正に『氷の女王』との異名に相応しい御方…、


そんな御方に、そのような過去があったとは…!


「お互いが想いあう中で、ジェスタ様に『神託』が下され、他国の王子との婚約話が進められたのです。

そこで二人の関係は終わるものかと思われたのですが…、」


そこまで言って、フェラクはぽたりと瞳から涙を一粒溢した。


「…あの二人は、こともあろうかアクリウム国から駆け落ちをしてしまったのです。」


「!?」


「若さ故の暴走といえばそれまでですが、それほどまでに二人の気持ちはお互いに強く硬いものだったのです。ですが、あの国の軍からは到底逃げ切る事など出来ずに、あっという間に二人とも見つかってしまい、連れ戻されてしまいました。」


「……。」


「ジェスタ様とアルテリアはそれぞれ引き離され、そしてアルテリアは、ジェスタ様を拐かした罪で、わたくしと、ジェスタ様の見ている目の前で、…処刑、されました…!」


「!?」


…苦悶の表情をし、瞳に涙を浮かべながら、フェラクは半ば声を詰まらせながら話をしていた。


「あの子は、…あの子は最期までわたくしと、ジェスタ様の事を気にかけていて、…自分のことよりも、心配して、くれて…、」


堪らずに、フェラクは顔を両手で覆いその場にしゃがみこんだ。


「フェラク殿…、」





…処刑台に連れていかれる、ひとりの若い男性、そして離れた場所では年老いた彼の父親と、そして…、


『お父さん、親不孝な息子で、本当にすみませんでした。』


『アルテリア…っ!』


『…ジェスタ様、私はいつまでも貴女様をお慕いいたします。

これもアクリメア様の定めによる運命。ジェスタ様、どうか、どうかどなたもお恨みになられませぬように、どうか、私の事などお忘れになられて、これからの人生を御幸せに…。』


『アルテリア…っ!私も、私も貴方様を…っ!』


その言葉を聞くと、アルテリアは断首台に繋がれ、静かに微笑みその瞳を閉じた。


彼の上から、ぎらりと光る大振りの剣が、容赦無く降り下ろされる…。





「…アルテリアが処刑されて、直ぐにわたくしもアクリウム国から追放されました。

そしてジェスタ様も『神託』の御相手の王子と結婚され、アルテリアとの事は厳重な箝口令が出され、公にされる事はありませんでした。」


「……。」


「国を追放されたわたくしは宛もなく各国を渡り歩いて、その場その場でやっと生活していく有り様でした。

たった独りの息子を亡くし、祖国を追われ、何もかも無くしたわたくしは生きる気力さえも無くしかけておりました。

そんな中、フェルティ国に辿り着き精も根も尽き果て、倒れていたところをアルザス様に助けられたのです。」


「…。」


「アルザス様はわたくしの素性を知ってもそれ以上は何も言わずに、ただ庭師としての腕が欲しいと言われ、そのままあの御方の屋敷に仕えることになったのです。」


…成る程、合理的な兄さんらしいといえばらしいのだが…、


ちょっと苦笑いしてしまうジーフェス。


「アルザス様も、アルテリアと同じ変異種(アルビノ)として生を受けた御方、失礼とは思いながらも、あの御方に、どうしてもアルテリアの影を重ねてしまうのです…。」


「え…。」


「何というのでしょうか、わたくしの偏見も入ってはおりますけど、同じ変異種同士なのか、アルザス様もアルテリアも、二人とも雰囲気が似ておられるのです。

なので、不敬とは解っておりますが、どうしてもあの御方を、わたくしの息子のように見てしまうのです。

理不尽に生命を奪われた、アルテリアの替わりとして…、」


「……。」


「アルザス様の庭師として7年、わたくしは影ながらあの御方をアルテリアと重ね、見守ってきたつもりです。

アルザス様には、アルテリアと違う道を、光ある道を歩んで欲しいと願いながら…、ですが…、」


そこまで言いかけた時、遠くから聞き慣れた声が聞こえてきた。


「ジーフェス様、フェラク様。」


二人はサーシャの声にはっとなったように顔をあげ、声のほうを振り返った。


「御二人ともここにいらっしゃったのですね。探しましたよ。」


にこやかに微笑みながら、屋敷から庭へと出てきて、サーシャは二人に近付いてきた。


「御二人ともここで一体何をお話されていたのですか?」


「……。」


二人はお互いに顔を見合わせ、何か思い出したようにくすりと笑ってサーシャを迎えた。


「ちょっとした昔話です。サーシャ殿の幼い時の。」


「…え?!」


驚くサーシャに、ジーフェスは隣にいたフェラクに目配せして話を促した。


「そうです。サーシャ様が幼い時、うさぎのぬいぐるみをお気に入りで、ぼろぼろになっても尚離そうとしなかった事や、夜が怖くて御不浄に行けずに、そのままベッドにお漏らしをされた事とか…、」


「…!?」


話の内容に、恥ずかしくなって真っ赤になっていくサーシャに対して、顔を見合わせくすくす笑うジーフェスとフェラク。


「ひ、酷いですわフェラク様っ!そんな昔話を…、あっ、ジーフェス様まで一緒に笑われてっ…!もうっ!二人とも笑わないで下さいっ!」


サーシャの必死の抗議にも二人はけらけらと笑ってかわすだけであった。


「もうっ、二人して酷いですわっ!」


ついにはぷう、と頬を膨らませて拗ねてしまった。


「申し訳ありませんサーシャ様、ちょっとからかいすぎましたね…。」


「さあさサーシャ殿、部屋に戻って話の続きをしましょう。」


拗ねたサーシャを宥めるように、フェラクとジーフェスはサーシャを連れて再び客間へと戻っていった。




      *




「では、このような手順で庭の作成に入らせて頂きますね。」


「はい。」


夕刻が近い時間まで、三人は庭についての話(と少しばかり昔話)をして、やっと話のまとまったフェラクはゆっくり席を立った。


「では近日中に先程話の出た条件にあう庭師を数名募集しておきます。」


「よろしくお願いいたしますジーフェス様。

庭師が揃い次第、連絡を頂ければ、こちらも仕事に取り掛からせて頂きます。」


話をしている三人の横に、ポーが現れて声をかけてきた。


「坊っちゃま、もうすぐ夕食の準備が出来ますが…、」


「ああ、もうそんな時間か、フェラク殿も宜しければご一緒にどうですか?」


だが、その誘いに首を横に振って答えた。


「いや、わたくしはここで失礼致します。アルザス様のほうの庭も見なければいけないので…。」


「そうですか…、」


ソファーから立ち上がり、二人に一礼した後、フェラクはポーに付き添われて玄関に向かっていった。


ジーフェスとサーシャも、後を追うように見送りに行った。


既に玄関前には馬車が待ち構えていて、馭者が無言で扉を開けるとフェラクはゆっくりと馬車に乗り込んだ。


「フェラク様、お元気で。」


「ありがとうございます。サーシャ様もお元気で、ジーフェス様。」


「はい。」


「サーシャ様を、よろしくお願いいたします。」


「…はい。」


それから直ぐに馬車は出発し、二人の視界から徐々に姿を消していった。


「……。」


ポーが用事の為に直ぐに屋敷の中に戻っていったのに対して、ジーフェスとサーシャは暫くの間その場で佇んだままであった。


「…ジーフェス様…。」


「はい。」


突然サーシャがジーフェスに話し掛けてきた。


「…あの、フェラク様は何か言っていませんでしたか?」


「?」


訳がわからずに首を傾げるジーフェス。


「あの、その…、」


何故かサーシャは頬を赤くして視線を反らしていた。


「昔の話のことで、何か、その…、」


ああ、と少し納得して、恥ずかしがる様子が余りにも可愛くて、つい笑みが溢れてしまった。


「色々聞きましたよ。幼い時に大好きで憧れていた『お兄様』の事とか…、」


するとサーシャはかあっ、と正に茹でられたみたいに真っ赤になってしまった。


「あ、あの…、」


「初恋だったんですって?」


余裕の笑みで見つめられて、サーシャはただただ黙って俯くだけであった。


「とても落ち着いた、素敵な大人の方だったんでしょうね、俺なんかとは違って…、」


「いえ、そんな、アルテリア様とジーフェス様とは、その、全く違います。

確かにアルテリア様も、落ち着いた大人の雰囲気を持った素敵な方でしたけど…、ジーフェス様もその…、」


おろおろと狼狽えるサーシャに対して、何故かジーフェスのほうは落ち着いた風で彼女の様子を見ていた。


「…あの…、」


…何だろう。この気持ちは。アルテリアという男性の事で心乱された時とは違って落ち着いて穏やかで…、


「サーシャ殿…、」


…だけど、何処か不安で、また彼女の傍に俺以外の男性が近付いて、現れていくのを考えると、胸の奥がどす黒く醜くなっていく…、


彼女に知って欲しい、俺の気持ちを…、


俺の、気持ちを…、


「サーシャ殿…、」


ジーフェスはそっと、目の前にいたサーシャの両手を掴んだ。


「…ジーフェス、様…。」


いきなりの事で驚き戸惑うサーシャの直ぐ目の前に、彼の顔があった。


…その表情は優しく微笑んでいるが何故かどことなく寂しく、綺麗な翠の瞳はどこか不安な光に満ちていた。


「…好きです、サーシャ殿。俺は貴女のことが、好きです。」



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