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第6章Ⅰ:サーシャと庭師と…

第6章では、サーシャとアルテリア、そしてジーフェスとライザ、

それぞれの過去の話が出てきます。


それ故に、ジーフェスとサーシャ、二人の仲に決定的な溝が発生してしまいます…。



※残虐な描写が出てきますので不快な方は御注意下さい※


※殺人・事故・医療関係(手術、出産、流産、堕胎など)の話が出てきます。不快な方は御注意下さい※


※未遂ですが性的な描写(凌辱を連想させるもの)が有りますので不快な方はご注意下さい※



炎(=夏)の時期を思わせる強い陽射しが辺りを照りつけるその日、


「……。」


屋敷の自室では、サーシャは落ち着かない様子で部屋の中をそわそわと動き回っていた。


いよいよなのね…。ああ、まだ来られないのかしら…!


いてもたってもいられなくなって、とうとうサーシャは部屋から出て客間へと向かっていった。


「サーシャ様、如何されましたか?」


客間にはポーがいて、突然現れたサーシャに掃除の手を止めて不思議そうに尋ねてきた。


「あ、いえ、ちょっと落ち着かなくて…、」


そこまで聞いてああ、と納得した表情を浮かべた。


「アルザス様の所の庭師様が来られるからですか?」


…そう、今日は先日手紙で約束していた、庭師との打ち合わせの日。

約束通りアルザスは午前中にでも屋敷の庭師をこちらによこすと連絡し、連絡を受けたサーシャ達も出迎えの準備をしていた。


「…はい。」


サーシャは先程までの浮かれた様子に自身でちょっと恥ずかしくなって、照れて答えた。


「良かったですね。庭が綺麗になればこの屋敷も少しは華やかになりますしね。」


「はい。」


「……。」


にこやかに話す二人を、客間のソファーに座って見ていたジーフェスは、何とも複雑な表情を浮かべた。


「ちょっと旦那様ー。掃除の邪魔ですから何も無いのでしたら部屋に戻っていて下さいよー。」


と、ポーと一緒に掃除をしていたエレーヌがむっつりな表情を浮かべて箒の先でつんつんと彼の足下をいじくる。


「煩いな。休みの日くらい好きにさせてくれ。」


足下の箒をこつんと蹴飛ばし、不機嫌そうにジーフェスは答える。


「もうっ…!」


ぶーぶー言いながら、エレーヌはその場を去っていった。


「……。」


それでもジーフェスの表情は浮かない。


“…サーシャ殿のはしゃぎ様から、本当に楽しみにしているのだな。”


それが庭を綺麗にすることだけなら、ジーフェスも素直に一緒に喜べるのだが、


“あの喜びようから見て、恐らく、その庭師がアルテリアという人物なのだろうな…。”


先日のサーシャの寝言と、嬉しそうな寝顔を思い出し、ちらりと横目で彼女の笑顔を見たジーフェスはちりちりと胸の奥が嫌な感じがしていた。


“…もしそうなら、サーシャ殿は一体どうするのだろうか?そのアルテリアという人物と一緒に、庭を整備していくのだよな。

そして俺は、そんな二人を見て普通でいられるだろうか…。”


きりきりと、怒りとも嫉妬ともいえる醜い感情が渦巻き、ジーフェスの胸を満たし、痛みを残していく。


「そういえば庭師様って、どんな方なんですかー?確かサーシャ様は逢った事があるのですよねー?」


とエレーヌが呑気にサーシャに尋ねてきた。


「ああ、庭師様のことですか?本当にとても素敵な庭をお造りになられる、優しい御方なんですよ。」


優しく、気のせいかほんのりと頬を赤くしながら嬉しそうに微笑みながらサーシャが話しだした。


「へぇー。」


「一時期は大陸一番の庭師とも称されまして、各国で専用の庭師と望む声が多く、引く手あまたの御方だったのですよ。」


「それは凄い御方なのですね。」


「はい。」


そんな風に三人が話をしていると、ふと外から微かにだが馬の嘶く声が聞こえてきた。


「きたっ!」


いち早くその声に気付いたエレーヌがはっと顔を上げて叫んだ。


「!」


同時に反応するサーシャとジーフェス。


「お迎えに行きましょうサーシャ様!」


とエレーヌは箒を放り投げ、半ば強引にサーシャの手を引いてさっさと玄関に向かっていった。


「これ!エレーヌっ!」


放り投げられた箒を拾い上げ、ぷんぷんと怒りだすポー。


全く…、とぼやきながら、掃除道具を直しに奥へと向かっていった。


「……。」


いよいよか…、


嫌な気分のまま、ジーフェスもソファーから立ち上がって一足遅れてサーシャ達の後を追った。


玄関に着くと、一足先に着いていたサーシャ達が外に出ていて、少し先のほうにはこちらに向かう1台の馬車の姿があった。


馬車はゆっくりとこちらに近付いて、やがてサーシャ達が待つ玄関先で止まった。


「……。」


にこにこ笑みを浮かべて客人を待つ二人に対し、ジーフェスは何とも複雑な表情を浮かべていた。


“アルテリア、一体どんな人物なのだろう?フェルティ国で流行りの優男なのか?それとも…、”


三人が見守る中、目付きの鋭い、右頬に深い傷のある馭者…噂では若い時は暗殺を生業としていたという老人、は馬車から降りて、扉をゆっくりと開いた。


「……!?」


…え?!


馬車から降りてきたその人物をにこにこ嬉しそうに出迎えているサーシャとは裏腹に、ジーフェスはその意外な姿に唖然としてしまった。


馬車から降りてきた庭師、それは白い肌に蒼い瞳をした、典型的なアクリウム国の民の姿をしていてはいるが、その髪は真っ白で無造作に伸ばし、顔には相当の皺を刻んでいてかなりの年齢のようだが、見かけよりはしっかりとした足取りをした老人であった。


“これが、…この老人がアルテリアなのか?!確かにその風貌は典型的なアクリウム国の民なのだが…、”


意外なその姿に驚きを隠せないジーフェス。と、


「ようこそここへ、フェラク様!」


とサーシャの嬉しそうな声。その声にジーフェスは愕然とした。


「!?」


…フェラク…だと、彼はアルテリアではないのか…?


「ジーフェス様、」


ふとサーシャに呼ばれて、呆然としたままのジーフェスははっと我に帰った。見るといつの間にか彼の直ぐ目の前まで、サーシャとフェラクと呼ばれた老人が来ていた。


「はじめましてジーフェス様。わたくしはアルザス様の屋敷で庭師の長を務めさせて頂いておりますフェラクと申します。」


そう告げるとフェラクはジーフェスに対し恭しく頭を下げた。


「あ、は、はじめまして、この屋敷の当主のジーフェスです。

この度はこの屋敷の庭の件でお世話になります。」


するとフェラクのほうも頭を上げて更に続けた。


「いえ、こちらこそ、再びサーシャ王女様の為にこの腕を振るうこととなり、光栄の限りで御座います。」


「え?」


驚くジーフェスに、隣に来ていたサーシャがそっと説明していく。


「フェラク様はかつてアクリウム国の王宮の庭師だった御方なのです。かつて私が住んでいた離宮の庭も、フェラク様が造られたのですよ。」


「あ…。」


にっこりと笑うサーシャとフェラクの姿を見て、ジーフェスは何となくだが、二人の関係を少しずつ理解していった。


「ああ、二人はずっと以前からの知り合いだったのですね…。」


「はい、わたくしは理由(わけ)ありまして数年前にアクリウム国から離れ、放浪してましたところをアルザス様に助けられまして、この腕を見込まれてそのまま御屋敷の庭師としてお仕えすることとなったのです。」


「行方不明になった時は本当に心配していたのですけど、先日アルザス義兄様の御屋敷でお見掛けして、本当にびっくりしましたの!まさかここに居られるとは思ってもみなかったわ!」


興奮したように嬉しそうに話すサーシャ。


「わたくしもです。サーシャ王女様がよもやジーフェス様のもとに嫁がれていたとは…。いやはや、縁とは本当に不思議なもので御座いますな…。」


「はあ…、」


「あのーお話中すみませーん、立ち話でも何ですから、お茶を準備してますから中でどうぞー。」


とちょっと三人についていけずにふてくされたエレーヌの声。


「あ、ああ、そうだな、フェラク殿もどうぞ。」


「ありがとうございます。では失礼致します。」


そうしてジーフェス達は屋敷の中、客間に向かっていった。


客間に移動してきたジーフェス達、

既にテーブルの上にはやわらかな湯気が昇る紅茶やお菓子が置かれていて、三人がソファーに腰掛けると早速フェラクはテーブルの脇に自らが持ってきた紙を広げてみせた。


「一応こちらが新しい庭の簡単な設計図です。アルザス様の屋敷の庭を基にして設計いたしましたので、サーシャ様の好みや、そちらの庭の広さによって変更していく予定です。」


「では後程ここの庭を案内いたしますね。」


「ありがとうございます。」


「アルザス義兄様の庭の噴水は少し大きいようでしたので、私はもう少し小さめが良いですわ。あと生垣も背が低くて余り茂らないものが良いわ…。」


「ふむふむ…、」


「それとここの花壇には…、」


…お茶も飲まずに、時折笑みを浮かべて話し合いを続けるサーシャとフェラクの姿に、ジーフェスは羨ましいやら微笑ましいやら、何とも言えぬ気持ちがするのであった。


“見た感じ、おじいちゃんと孫が何やら相談しているような、そんな感じだな…。サーシャ殿も、見知らぬ地で初めて出逢えた同胞に懐かしさと嬉しさがあるのだな。良かった。”


そう思うと、自然とジーフェスにも笑みが浮かんでくる。

それは庭師が自分が懸念していた、あのアルテリアという人物で無かった事もあるのだが…。


「坊っちゃま、お話中すみません。」


と突然ポーがジーフェスの前に現れて話し掛けた。

いきなりの事で、サーシャとフェラクも話を止めて二人を見守っている。


「どうした?」


「自衛団の方がお見えになっております。何でも急な用事とか…、」


「解った。直ぐに向かう。」


席を立ち上がったジーフェスは少し呆然としていたサーシャ達のほうを見た。


「すみませんちょっと失礼します。すぐに戻りますので、二人はそのまま話を続けていて下さい。」


「はい。」


軽く一礼して、ジーフェスはポーと一緒に席を外した。


「……。」


立ち去っていくジーフェスの後ろ姿を見ていたサーシャは、何故か少し寂しい気分がしていた。


「サーシャ様…、」


突然フェラクに声をかけられ、はっとなって顔を見た。


「あ、すみませんフェラク様、お話の途中で…、」


「いえいえ…、」


何故かフェラクはにこにこと嬉しそうな様子である。


「サーシャ様は、ジーフェス様のことが本当にお好きなのですね。」


「…な…?!」


いきなりそう言われて、思わずかあっと頬に熱が籠る。


「そ、それはその、私は『神託』に従ってジーフェス様のもとに嫁いだ、王族の責任として…、」


「サーシャ様、確かに責任というものもあるかもしれません。ですが、私から見た今の貴女様は身分に関係なく、ひとりの女性としてジーフェス様を、ひとりの男性として恋してるようにしか見えませんが…。」


「…?!」


フェラクの一言に、ますますサーシャの頬が熱くなる。


“私がジーフェス様に恋してる、ですって?!

た、確かに私はジーフェス様の事は好き、なのだけど…、”


…好き、だけど、…何か違うの…。

メリンダ姉様やジェスタ女王様、フェラク様やポーさんやエレーヌさん達、そしてアルテリア兄様に対する好きとは、全く違う…、


“これが、この好きというのが、恋してる、って事、なの…、

だったら私は、ジーフェス様の事を…。”


「……。」


黙って俯いたままのサーシャに、フェラクはおやおやという表情を浮かべた。


「良いことで御座います、サーシャ様。

正直、貴女様とジーフェス様とが政略結婚されたとお聞きした時は如何なものかと少し心配致しましたが、今の様子を御覧になる限り、ジーフェス様をはじめ皆さん貴女様をとても大切にされていて、貴女様も本当に幸せそうな御様子でいらっしゃって、本当に安心いたしました。」


「フェラク様…、」


「きっとあの子も、貴女様の幸せをきっと喜んでいますよ…。」


「……。」


フェラクの言葉に、サーシャは黙って俯き瞳を閉じた。


…アルテリア兄様…。


「席を外してしまいすみません、話は進んでますか?」


「!?」


突然、用事を終えて戻ってきたジーフェスの声がして、サーシャはびっくりして顔を上げ、ばっちり彼と目を合わせてしまった。


「どうかしましたか?顔が赤いですけど…?」


不思議そうに首を傾げる彼の姿に、サーシャは恥ずかしくなってますます顔を赤くしてしまった。


「な、何でもありません…っ、その…、ち、ちょっと失礼いたしますっ。」


何かなんだか訳が解らなくなってしまい、思わずサーシャは立ち上がってその場から逃げるように立ち去ってしまった。


「……。」


全く状況を理解していないジーフェスは唖然としたままだったし、フェラクのほうはくっくっと低い笑いを浮かべていた。


「…何かあったのですか、フェラク殿?」


「ああ、いや別に…、」


訳が解らず首を傾げたままのジーフェスに、笑いながらフェラクが声をかけた。


「もし宜しければ、サーシャ様が戻られるまで、先に庭のほうを見せて頂けませんか?」


「あ、ああ、どうぞ…。」


やっぱり訳が解らないまま、ジーフェスはくすくす笑うフェラクを連れて庭へと向かっていった。


「これはこれは…、」


庭に着いたフェラクは、その場所の余りの荒れ様に流石に笑みを止めて表情を歪めてしまっていた。


「はあ、俺が余り庭の手入れに興味が無かったから、つい放ったらかしにしていたので…、すみません。」


苦笑いして答えるジーフェス。


「ああ、責めている訳では無いのですよ。申し訳ありません。」


「いえ…、」


そしてフェラクはふと寂しい庭へと視線を向け、ぽつりと呟きだした。


「ジーフェス様、わたくしは貴方様に本当に感謝しております。」


「…?」


「サーシャ様が貴方様と政略結婚されたと聞いた時は、大変失礼ですがサーシャ様のことをとても心配したので御座います。」


「……。」


「この国にたった独り嫁いで辛い思いをして涙しているのではないか、苦しんでいるのではないか、そう思っておりました。」


それからすっと顔を上げて、にこやかな表情になった。


「でも、それは無駄な心配と解りました。

今のサーシャ様は本当に幸せそうで感情豊かになられて…、

アクリウム国に居られた時は、言い方が悪いですが、王族の中でも虐げられた存在でして、表面上はいつも笑っておられていましたが、時折独りになられると自分の境遇に涙していることもありました。」


「……。」


ああ、そうか。

サーシャ殿はいつも姉君と比較されて、下位に見られてきたと言っていたな…。

だから俺との政略結婚が初めて王族としてアクリウム国の役に立つと喜んでいたな。


「何よりも、貴方様のサーシャ様に対する想いが、サーシャ様の支えとなっておられるのですね。」


「…え?!」


少し頬を熱くしてフェラクを見ると、彼はくすくす笑ってジーフェスを見返していた。


「貴方様がサーシャ様を本当に大切に想われているから、サーシャ様も安心していらっしゃるのですよ。」


その言葉に、ジーフェスは動揺しつつも話し出す。


「いや、それはサーシャ殿がアクリウム国からの大切な使いということで…、」


「貴方様のサーシャ様に対する態度は、わたくしにはアクリウム国からの大切な使いというだけでは無く、もっと大切な、愛しい人に対する様に見えますが…、」


「……。」


フェラクの言葉に、ジーフェスは否定も何も言えずに、ただ黙ったまま俯くしか無かった。


「申し訳ありません。庭師の立場で、主である御方にこのような口の聞き方など…、」


流石に言い過ぎたと感じたのか、フェラクは頭を下げてジーフェスに詫びた。


「いえ、構いませんよ。」


そして顔を上げふう、とため息をついて尚も語りだした。


「フェラク殿、貴方の言う通りです。

俺は彼女が、…サーシャ殿が好きです。」


「……。」


何故だか彼の前では自分を偽ることが出来ない、それか敢えて彼が自分のことを深く知らないが故にか、ジーフェスは素直な気持ちを口にしていた。

誰かに、聞いて欲しかった気持ちを。


「アクリウム国の王女としてでも無く、卑下された同情としてでも無く、ただ、サーシャという、ひとりの女性として、俺は彼女を好きです。」


“…ああ、そうだ。

俺はずっと前からサーシャ殿が好きだったのだ。


だから、彼女の笑顔を見る度に心が穏やかになり、そして他の男が彼女の傍にいたり、話に出てくると心乱されていたんだ。”


初めて想いをはっきりと言葉にして、ジーフェスはうやむやだった彼女への気持ちが確実なものへと変わっていくのを感じていた。


「ジーフェス様、それを聞いて安心しました。

…あの子も、アルテリアもきっと喜んでくれています…。」


「!?」


ふとフェラクの言った一言に、ジーフェスは激しく動揺してしまった。


“何故、フェラク殿がアルテリアの名前を…!?

アルテリアとは、一体…!”



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