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第5章Ⅷ:王家の食事会(後)

「…。」


アルザスの登場に、一瞬その場がしん、と静まりかえった。が、


「あー!アルザス叔父様!お久しぶりですー!」


「わーい!アルザス叔父様ー。」


ラスファとアイリスの子供ふたりはアルザスの姿を見るなり、嬉々として彼にまで駆け寄り抱き付いてきた。


「お久しぶりです、ラスファ様にアイリス様。」


流石のアルザスも子供の無邪気な笑顔のパワーには勝てないのか、微かに口元を緩めた。


「さあ、御二人とも席に着いて下さい。殿下も妃殿下もお待ちですよ。」


そして静かに二人に諭すのだった。


「あ、はい。」


「はーい、私アルザス叔父様の隣に座っても良いでしょう、ねえ御父様?」


とアイリスはすっかり彼のことを気に入ってしまっていて、傍から離れようとしない。


「やれやれ、…アルザスが許可したなら良いぞ。」


半ば呆れたように、だがこの状況を楽しむように唇の端をあげて笑っているカドゥースが、アルザスを横目で見ながらそう言って許可した。


「やったー!、ねえ良いでしょうー叔父様?ねえねえー。」


「……。」


ねだるような表情を浮かべてアルザスの手を掴んでぶんぶん振り回すアイリスの無邪気な、だけど断ったら許さないわよ!と言いたげな様子に、そして先程のカドゥースの意味深な視線と笑みにも、はあとため息をつき、だが優しい笑みを浮かべて言うのだった。


「殿下が許可されたのならば、私は構いませんよ。」


「やったー!」


ぴょんこぴょんこ嬉しそうに跳びはねながらアイリスはぐいぐいアルザスの手を引っ張っていった。


「早く席に着きましょう!ほら御父様もおばあ様も早く早く!」


「全く、お前は相変わらずだな…。」


「アイリス、お前って()は…、」


愛娘の様子をため息混じりに見つめていたカドゥースとニィチェ。


と、アイリスとじゃれて?いたアルザスがふと彼女に一声かけると、カドゥースとニィチェの傍まで近寄った。


そして二人の前で恭しく頭を下げた。


「遅くなりまして失礼致しました。」


「うむ、」


その行動に満足そうに頷くカドゥース。


「忙しい中、来てくれて本当にありがとう。」


ニィチェは労いの言葉をかけた。


「有り難き御言葉。」


そして頭を上げ、ふと視線を二人の後ろに向けた。


「……。」


そこには無言のまま、感情の欠けたかのような表情で三人のやり取りを見ていたルーリルアが居た。


そしてアルザスはゆっくりとルーリルアの前まで歩み寄ると再び恭しく頭を下げた。


「…お久しぶりです、王妃様。」


その口調は先程と同じく穏やかで敬意に満ちてはいたが、彼の緋色の瞳は冷酷で、憎しみの光を帯びていた。


「…!」


そんな様子を察したサーシャは、初めて見るアルザスの一面にぞくり、と背筋を震わせた。


“ああ、やはりジーフェス様の仰っていた通り、アルザス御義兄様もルーリルア王妃様のことを良くは思われていないのね…。”


そんなサーシャの憂いを察したのか、ジーフェスがそっとサーシャの肩を掴んだ。


「…ジーフェス様。」


見ると、ジーフェスは少し寂しそうな笑みを浮かべて黙ってサーシャを見つめるだけだった。


“ジーフェス様も解っていらっしゃるのね…。”


サーシャは何も言わず、こくりと頷いた。


「…久しぶりねアルザス。元気そうだこと。」


相変わらず無表情のままでルーリルアが抑揚の無い声でそう言う。


「はい、お陰さまで。」


表面上は穏やかで普通のやり取りを交わしている二人。


だが、お互いその表情は硬く冷たく、お互いに複雑な感情を抱いているのが、彼等をよく知る人達にはひしひしと伝わってきていた。


「……。」


微妙な雰囲気に包まれた中、そんな状況を全く無視して子供達の無邪気な声が聞こえた。


「早く早く、席に着きましょうよー。」


「そうですよ。もうすぐ料理が来ますよー。」


ラスファとアイリスの声に皆が我に帰った。


「そうですね、さあさ皆さん席に着きましょう。」


「そうだな。」


ルーリルアとカドゥースの一声に皆が動きだし、めいめい席に座りはじめた。


「…。」


サーシャはジーフェスと向かい合うように、そしてニィチェとラスファに囲まれるようにして座ると、ちらりと下座に座るアルザスに目をやった。


“アイリス様の隣に座る為とはいえ、第二王子の立場の御義兄様が末席に座られるとは…、”


何とも言えぬ思いでいると、突然隣にいたニィチェが耳元で囁いてきた。


「いつものことですよサーシャ様、貴女があの御方を心配されるのは解りますけど、あれが一番最善な方法なのですよ。」


「……。」


驚いたサーシャがニィチェを見ると、彼女はにっこりと微笑んで膝に抱っこしていたルースに話し掛けた。


「かあたまおなかすいたよー。」


「お腹空きましたか?もうすぐお食事がきますからね。もうちょっと待っててね。」


程無くして、メイドやソムリエ達が現れ、それぞれの要望に答えてフルーツジュースやワイン、水等をグラスに注いでいった。


「ねー、御父様やムスカス叔父様達は皆ワインなのに、どうしてアルザス叔父様はお水なのー?」


と早速グラスに注がれたフルーツジュースを飲みながらアイリスが聞いてきた。


「私はワインなどアルコールの入ったものは口に出来ないのですよ。」


「ふーん。病気なの?」


「まあ、そうですね。」


「可哀想ー。大人なのにお酒飲めないなんて。」


真剣に心配し同情するアイリスに、ちょっと苦笑いするアルザス。


それから直ぐにオードブルが運ばれてきて、皆は揃って食事を始めたのであった。




      *




…食事も進み、中盤の魚料理が運ばれてきた頃には、皆の間にあった緊張感もすっかりほぐれ、めいめいに食事の合間に会話を楽しむ余裕も出てきていた。


「サーシャ様、アクリウム国は水と緑が美しいと聞いておりますが、やはりそうなのでしょうか?」


サーシャの隣に座っていたラスファが興味深げに尋ねてきた。


「はい、アクリウム国は国土の大半が森に覆われていますが、特に王宮の周りを囲む森は(いにしえ)よりその姿を変えずに巫女(シャーマン)様の力の源になってると言われているのです。」


「そうなんですね。ここフェルティ国では森といえば王宮の裏手にある北の森しかなくて、それも小さな森なんですよ。」


「でもここは海がとても美しいですわ。先日ジーフェス様と一緒に行ったのですが、とても綺麗で素敵でしたわ。」


「あら、ジーフェス様と一緒に海へ行かれたのですか?まあまあ、ジーフェス様も隅におけないのですね。」


横耳で話を聞いていたニィチェがふふ、と微笑みながらジーフェスとサーシャを見比べた。


「ニィチェ妃殿下…、」


「あ、あの…、」


照れたように俯く二人。


「良い事ではありませんか。二人とも仲睦まじくて。」


見ればルーリルア王妃までもがくすくす笑い、優しい表情をしている。


「ねえ御父様、いつか僕もアクリウム国に行ってみたいです。」


「そうだな…、ジーフェス、落ち着いたら一度サーシャ殿を連れてアクリウム国に行きあちらの王族にきちんと挨拶をして来い。都合が合えばラスファも連れていって貰えば良かろう。」


「わあ!良いのですか御父様!やったあ!」


カドゥースの一言にラスファは喜びの歓声をあげ、ジーフェスは少し苦笑いをした。


「しかし俺には自衛団の仕事がありますし…、」


「国王代理としての命令だ。近日中にサーシャ殿を連れ立ってアクリウム国に向かうのだ、良いな。」


「…はい…。」


国王代理の勅命扱いされては流石にジーフェスも逆らえない。


“アクリウム国の往き来は最低でも三日間はかかるからなあ、そんなことしてるとまた仕事が溜まるな…、”


はあとため息をついてちょっとげんなりしているジーフェスに対して、サーシャのほうはにこやかに微笑んでいた。


「宜しいのですか、殿下?」


「構いませんよ。そろそろサーシャ殿も故郷が恋しくなってきたのではありませんかな?」


「い、いえ、そんなことは…、」


だがそう言う裏では、サーシャは故郷への思いに馳せていた。


“メリンダ姉様、ナルナルにジェスタ女王様…、皆さん元気でいるかしら。”


「失礼ですが殿下、その前にジーフェスには前年度の自衛団での収支報告書を出して貰わないと困ります。そのお陰で今年度の国家予算が作成出来ない状態になっているのですよ。」


と、横からアルザスの冷たーいひと言。


「に、兄さん…。」


「お前、それは本当なのか?」


アルザスの言葉に反応したカドゥースが睨み付けてジーフェスに問いただした。


「あ、は、はあ…。」


「全く…、自衛団は小さな組織とはいえ国直属の警備団体なのだぞ。やるべきところはきちんとしろ!」


「申し訳ありません。」


「ああアルザス、すまぬがお前の所から明日にでも優秀な会計士を自衛団に派遣してやってくれ。」


カドゥースの命令にアルザスは表情を歪めて答えた。


「それは既に行っております。」


「では何故今の今まで提出出来ないのだ?」


「…ジーフェスが帳簿をきちんとつけていなかったせいで、一から始めているのです。」


ジーフェスを見て呆れたように呟くアルザス。


「ジーフェス、お前って奴は…、」


同じように呆れた表情でジーフェスを見るカドゥース。


「殿下もアルザス候もそれまでに致しましょう。折角皆が集まったのですから、もっとこの会を楽しみましょう。ねえ、お前達。」


ニィチェの一声に、子供達もうんうんと頷いた。


「そうですよ御父様、」


「アルザス叔父様もー、」


「でちゅでちゅー。」


「「……。」」


流石に子供達に指摘され言われてしまっては、最早大人三人でも勝てっこ無い。


「流石最強の三兄弟だな。お見事お見事!」


けらけら笑いながらふざけたように手を叩くムスカス。かなり酒が回っているらしい。


「参ったな…、」


カドゥースは完敗のため息をついて苦笑いをしながら、子供達やニィチェを見つめた。


「ああ、忘れるところだった。アイリス様、頼まれていた品を持ってきましたよ。」


ムスカスが思い出したように言って、懐から小さな袋を取り出し、アイリスに手渡した。


「わあ!覚えていてくれてたんですね!ありがとうムスカス叔父様!」


小さな袋を受け取ったアイリスは嬉しそうに跳びはね、ムスカスに抱き付いた。


「おいおい…、」


「まあまあ、ありがとうございますムスカス殿。アイリス、貴女一体何を頼んだの?」


傍らでやり取りを見ていたニィチェが口を出してきた。


「いや、大したものではありませんよ。中身はルルゥーム国の街で流行っている、願いが叶うというブレスレットですよ。」


「ほら見て御母様、これよ!」


とアイリスが早速右手につけた、瑠璃石の屑石を繋ぎあわせて作られた腕輪を見せた。


「あらまあ、素敵なものね。」


ニィチェが楽しそうに微笑んで答える。


「御母様とお揃いよー、ほらほら見てー、御父様。」


とアイリスはニィチェの右手を掴んで自分のと一緒に並べて皆に見せつけた。


「おやおや。」


ふとニィチェの右手のブレスレットを見たカドゥースが苦笑いしてニィチェを見つめた。


「お前、またこれを身に付けていたのか。」


「殿下…。」


呆れた口調で、だがその表情は嬉しそうな笑みを浮かべているカドゥースに対し、何故かニィチェのほうはちょっと恥ずかしがって俯きがちになっていた。


「何かあったのですか?」


不思議に思ったサーシャが問うと、何故かアルザスとニィチェを除く全員がくすくすと笑いだしたのだった。


「サーシャ様、御母様のこのブレスレットは御父様が御母様に初めて贈ったプレゼントなんですよ。」


「…え?!」


「それこそ本当に大切に、公の場で無い時はいつも身に付けている、大切なものなんですよ。」


隣にいたラスファがにこにこしながらそう言って、二人を見つめた。


「僕も御父様や御母様のようにお互いに尊重しあい、心許しあえる夫婦になりたいです。」


「わたしもー!」


「でちゅー。」


「まあ…、」


“ああ、それでニィチェ妃殿下はあのブレスレットを身に付けていらっしゃったのですね。

大切な方からの贈り物、それをずっと大切に肌身離さずにいるなんて、とても素敵で羨ましいですわ…。”


サーシャはにこにこ笑う三人の子供達の様子に暖かく思いながら、ふと目の前にいるジーフェスを見てみた。

彼は隣にいるムスカスと話をしているらしく、サーシャの視線に気付いていない様子である。


“ジーフェス様…、”


「色恋話など、まだまだお前には早過ぎるぞ。」


話を聞いていたカドゥースがちょっと真顔になってそう言う。


「そうですわよラスファ、アイリス。貴方達はまだまだやるべき事が沢山あるのですよ。」


ニィチェもそう言ってラスファ達を軽く窘めた。


「「うわ…、はーい。」」


「流石、フェルティ国の伝説になる程の夫婦ですね。こんな場面でも御二人の仲の良さを披露するなんて。」


からかう調子で肩をすぼめ、そう話すジーフェスに皆から笑顔がこぼれ、笑い声まで聞こえてきた。


「おいおい、それならジーフェス達もそうだろう。」


「「え?!」」


「そうですわよ。そうやって二人揃って答えるなんて、仲が良くなくて何なのですか。」


ルーリルア王妃の一言に、ジーフェスもサーシャも恥ずかしくて頬を熱くした。


「母上!」


「……。」


そんな中、サーシャは胸の内に複雑な思いを抱き始めていた。


“何なの、この気持ちは。暖かい気持ちの中に、だけど微かなこの苦しい思いは…。

私は、私はジーフェス様を…、”


「……。」


ただひとり、アルザスだけはそんな笑いの中から独り外れて無表情で皆の様子を見ているだけだった。


…そんな感じで、子供達を中心にして他愛のない話を続けながら、大きな騒ぎも無く食事会は無事に終わったのであった。




      *




「とても楽しい食事会でしたね。」


「そうだな。子供達のおかげでかなり緊張感が無くなったお陰だな。」


屋敷へ帰る馬車の中、ジーフェスとサーシャは一仕事終えたようにお互いほっとした表情を浮かべていた。


「やれやれ、やっと大きなイベントがひとつ終わったよ…、んー…、」


ジーフェスは狭い馬車いっぱいに背筋を伸ばし、ふうと力を抜いてだらんと腕をたらした。


「サーシャ殿もお疲れ様です。緊張したでしょう?」

そして首元を緩めながら聞いてきた。


「え、ええ。でも思っていたよりも堅苦しくなくて、気楽に楽しめました。」


そう言ってサーシャが微笑むと、ジーフェスも安心したように笑い返した。


そんな穏やかな笑顔を見ていたサーシャの脳裏には、何故かふとカドゥースとニィチェ二人の微笑ましい姿が浮かび、そして胸の中では仄かな暖かさと微かな痛みがはしった。


“あの御二人の本当に仲の良かった事。お互いに信用しあい、認めあって…。”


「……。」


“私とジーフェス様も、いつかああいう、お互いに信用しあい認めあえる夫婦になれるのかしら…、

いいえ、私は、そういう夫婦になりたい、わ…。”


そしてちらりとジーフェスを見て、再び思うのだった。


“私、私は多分、ジーフェス様のことが、好き…。

でも、何故なの?同じ好きなのに、メリンダ姉様やアルテリア兄様に対する好きとは全く違う。

ジーフェス様の傍にいると暖かくて安心して、だけど胸の奥に微かな痛みもあって…、

でもライザさんのような、綺麗な女性が傍にいると特に胸の痛みが強くなって…、どうして?どうしてなの…?”


…サーシャは初めて感じるその思いが何なのか、未だはっきりとは解っていなかった…。



第5章まで終わりました。


ここまで読んで頂いた方々、ブックマークして下さっている方々、本当にありがとうございます。


当初ほのぼのの予定が、今はかなりシリアスになって、看板に偽り有りになってしまい申し訳ありません。


次の第6章までシリアス調子が続きますが、よろしければおつきあいお願い致します。



あと致命的な矛盾(人名間違い)を見つけましたので先日訂正致しました。この場を借りてお詫び致します。



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