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第5章Ⅶ:王家の食事会(前)

王城の門をくぐったジーフェスとサーシャを乗せた馬車は、中庭をぐるっと一回りして、やがて庭の奥のほうまで行くとゆっくりと歩みを止めた。


「着きましたよサーシャ殿。」


ジーフェスの声に、サーシャははっと顔をあげた。

と同時に馬車の扉が開いてタフタが顔を出した。


「着きましたよ。どうぞ。」


その声に先ずはジーフェスが降り、そして中にいるサーシャに手を差しのべた。


「ありがとうございます。」


そっとそこに手を重ねて、ゆっくりと馬車から降りるサーシャ。


「わ、あ…。」


馬車から降りたサーシャが一番に目にしたもの、

それは夕暮れが迫るオレンジ色の空色が照らす、小さな中庭だった。


そこは王宮に囲まれたほんの小さく狭い場所ではあるが、白い柵で囲まれた庭園の中には白い花が咲き誇り、丁度夕暮れの光を反射して美しいグラデーションを作り出していた。


「綺麗…。」


先程の不安げな表情とはうって変わったサーシャの様子に、ジーフェスもつい見とれてしまっていた。


「ああ、サーシャ殿は本当に庭がお好きなのですね。」


普段なら何も気にかけない小さな庭に、ジーフェスも目を向けて表情をほころばせた。


“本当に嬉しそうな表情をしているな。この表情が見れただけでも良かったかな。”


二人が暫くの間、穏やかな雰囲気に包まれていると、


「ジーフェス!」


と突然聞こえてきた男性の声。

その声に二人が振り向くと、そこには背の高い、浅黒の肌に刈り上げられた短い黒髪、黒翠の瞳、そして緋や黒を基調とした見慣れない民族衣装に逞しい身体を包んだ男性が立っていた。


「ムスカス兄さん!」


「久しぶりだなジーフェス。…いや、ひと月ぶりと言うべきかな我が弟よ!」


「兄さんこそ、元気そうで何よりです。」


ムスカスと呼ばれたその男性はジーフェスに近寄ると、お互いに抱き合って再会を喜んだ。


「相変わらず王家の衣装が似合わない奴だな。」


にやにや笑ってムスカスか告げる。


「一言余計ですよ兄さん。」


苦笑いでジーフェスが答えると、ふとサーシャのほうに向いた。


「兄さん、こちらがサーシャ殿です。サーシャ殿、こっちは俺の3番目の兄さんのムスカスだよ。」


するとムスカスはサーシャのほうに振り向き、にっこりと笑みを浮かべ手を差しのべた。


「はじめまして、ジーフェスの兄のムスカスです。」


「あ、は、はじめまして、サーシャと申します。」


サーシャもおずおずとムスカスに手を差しのべ、握手を交わした。


「いや、予想していたより遥かに幼くて可愛らしい方ですな。…おや失礼、サーシャ殿を卑下した訳ではありませんよ。いやいやジーフェス、お前幼女趣味があったのかな。」


「あ、いえ…、」


くすくす笑いながらそう話すムスカス。


「兄さんこそ人のことは言えないでしょう。…エマルフィ義姉様は御元気ですか?」


「まあな、流石にここまでは来れないから残念がっていたがな…、そうそう、エマルフィから二人に結婚の祝いの品を預かってきたよ。」


そう言ってムスカスは懐から小さな宝石箱を取り出した。


「これは?」


「ルルゥーム国の純白石で造ったカメオだ。夫婦で同じものを持つと永遠の幸せが訪れるといわれる品さ。」


「ありがとう兄さん。」


ジーフェスは礼を告げてムスカスから宝石箱を受け取った。


「ありがとうございます。」


サーシャもジーフェスと共にムスカスに礼を述べた。


「いやいや、大したものではないから…、それにしても二人して仲が良いようで、本当にお似合いだな。」


にやにやと笑うムスカスを見て、二人は思わず頬を熱くしてしまった。


「あの、失礼ですけどこちらに来れないとは、奥様はその、何処かお身体が悪いのですか?」


サーシャのその問いに、ムスカスはああ、という感じの表情を浮かべた。


「いや、あれは、…エマルフィはもともと身体が弱くてね、当初は10歳まで生きられないとまで言われてたんだよ。」


「まあ…、」


「だけど今は何とか普通の生活が出来る程に回復したからな。俺としても嬉しい限りだよ。」


「それは良かったですね。」


「見たところ、サーシャ殿とエマルフィは年齢も近いらしいし、仲良くなれそうみたいだな。一度ルルゥーム国に是非遊びに来て下さいな。」


「はい、是非とも。」


そこまで言って、ふと思った。


“エマルフィ様と私が年齢が近い、って…?”


するとジーフェスがそっと耳打ちしてきた。


「エマルフィ義姉様は今年16歳になるんだよ。」


「…え!?」


「ムスカス兄さんとエマルフィ義姉様が結婚したのは12年前、兄さんが16歳で義姉様が4歳の時だったんだよ。」


「!、ええっ!?」


余りの事実に驚いてムスカスを見るサーシャ。するとムスカスのほうはちょっと苦笑いしながらも答えた。


「いくら王族でも、流石に4歳では結婚は出来ませんよ。

一応婚約という形を取っておいて共に生活し、正式に夫婦の契りを交わしたのが1年前というだけのことです。」


「あ、そうでしたか。」


やっと納得したサーシャ。


「その事はちゃんとお前にも説明していた筈なんだがな、ジーフェス。」


軽く睨み付けると、はは、と苦笑いで返すジーフェス。


「全く…、」


三人が和やかに話をしていると、


「おやおや、会の前にこんな所で話が弾んでいるとはな。」


という声。

その声に三人が振り向くと、そこには二人の屈強な騎士に囲まれたひとりの男性が居た。


浅黒の肌にスキンヘッド、深翠の瞳をした長身で逞しい体格をしたその人物は、最高級の絹で出来てるらしい素晴らしい衣装に身をつつんでいて、全身から正に王者の風格を漂わせて立っていた。


「「カドゥース殿下。」」


ムスカスとジーフェスが同時に発し、カドゥース殿下と呼ばれた人物に対し跪き深々と頭を下げた。


「あ…、」


この御方が、時期国王であるカドゥース殿下。


サーシャも遅れてドレスの端を掴んで膝を折り、ゆっくり頭を下げた。


「ああ、身内でそんなに畏まる必要など無いぞ。皆頭を上げてくれ。」


にこやかに笑いながらそう言い、ついと傍らにいた騎士達に目配せをした。


「お前達は下がれ。」


その一言に、騎士達は一礼をしてカドゥースから離れ立ち去っていった。


ふと顔をあげたサーシャは、直ぐ目の前にいたカドゥースと思わず目が合ってしまった。


「あ、あの…、」


いきなりのことで驚き、思わずたじろいてしまったサーシャ。


「貴女がサーシャ王女ですか?」


カドゥースが優しい表情を浮かべ、同様の口調でそう尋ねてきた。

が、その視線は口調とは裏腹に真剣で鋭い光を放ち、サーシャを値踏みしている感じをも伺わせた。


その視線を感じたサーシャは思わず身震いをし、恐怖から思わず傍にいたジーフェスの裾を握ってしまった。


「サーシャ殿…、」


「おやおや、サーシャ王女を怖がらせてしまったかな…。」


苦笑いするカドゥースに、ジーフェスがサーシャを庇いながら代わりに答えた。


「殿下、サーシャ殿は余り人馴れしていないのです。どうぞ御許しを。

サーシャ殿、こちらは俺の1番の兄のカドゥース殿下、病床にいる現国王の代わりを務めている御方だよ。」


流石に時期国王である身分故か他に理由があるのか、ジーフェスは兄の前でとはいえ普段とは全く違った口調で紹介をした。


「はじめましてサーシャ王女。わたしはカドゥース。フェルティ国の第1王子であり現国王代理を務めております。我がフェルティの王宮へようこそ。」


カドゥースは歓迎の言葉を述べてサーシャに手を差し出した。


「は、はじめまして殿下、サーシャと申します。この度は御誘いに、そして素晴らしい贈り物をありがとうございます。」


恐る恐る、差し伸べられた手に自分の手を重ねて、サーシャは小さな声で挨拶を交わした。


「…成る程、アルザスの言っていた通りだな。」


え…、という感じでサーシャがカドゥースを見つめると、先程までの鋭い眼光は最早無くなっていて、ただ穏やかな深翠の瞳が彼女を見つめていた。


「ラティアの花、…アルザスは貴女のことをそう例えておりました。いや、実にその通りだ。穢れなく純粋で、闇を知らない乙女のよう…。

いやはや、ジーフェスのような武骨な者が貴女の伴侶で務まるものなのか…、」


そっとサーシャの手を離して、ちらりとジーフェスのほうを見てくく、と笑うその姿に、少しむっとなったジーフェス。


「殿下、他の誰でも無く、俺を伴侶に選んだのはアクリウム国ですよ。似合う似合わないの問題では無いですよ。」


「そうだな…。」


二人を見てくすくすと笑うカドゥース。


「ああ、こんな所で立ち話も何だ、少し早いが部屋に向かおうではないか。」


「そうですね。」


ジーフェスもムスカスも頷き、サーシャに振り向いた。


「行きましょうかサーシャ殿。」


ジーフェスの声にサーシャははっとなった。


「は、はい。」


本当はもう少し庭を見て散策もしたかったのだが、そう言われてしまってはそれも出来ないと思い、サーシャは素直に返事した。


そして差し出したジーフェスの手を取って、ゆっくり三人と一緒に歩き出した。


「そういえば殿下、手紙ではアルザス兄上が出席すると書かれてましたが、こういう場が大嫌いな兄上がよくぞまあ出席するようにしたものですね。」


歩きながらふとムスカスがカドゥースに尋ねてきた。

それはジーフェスもサーシャも不思議に思っていたところだったので、つい耳を傾けてしまった。


「ああ、その事か。」


そう言ってにやりと意地悪な笑みを浮かべるカドゥース。


「食事会に出席しなければ、奴の部下全てを首にすると脅してやった。」


「「……。」」


冷酷なカドゥースのその一言に、ムスカスもジーフェスもサーシャもさあっと血の気がひいて思わず絶句してしまった。


“流石カドゥース兄さん、と言うべきかな、そこまで言われたらアルザス兄さんも逃げられない訳だ…。”


ジーフェスとムスカス、二人してそう思い、思わず顔を見合わせ苦笑いした。


「ニィチェ妃殿下は一緒では無いみたいですが、何処へ?」


ジーフェスの問いにカドゥースは先程とは違って少し優しい笑みを浮かべた。


「あれは子供達と一緒にいるぞ。此方にわたしと一緒に来るつもりだったのだかな、末の子供がぐずってしまってな、対処に追われてここに来るのが少し遅れるみたいだ。」


「御子様が、ですか。」


「ああ、全くあいつは、誰に似たのか頑固でな…。」


困ったような表情を浮かべ苦笑いするカドゥースには、だが何処か楽しそうな様子を滲ませていた。


「末の子供、ルース様の事ですか?」


サーシャのその言葉に、カドゥースがほう、という顔を見せた。


「ルースの事を御存知か?いや、あれはまだ4つにも為らん幼子でな。近頃は反抗期なのか世話するのが母親でないと駄々をこねる事が多くてな…。」


「まあ…。」


見た感じ、和やかな雰囲気に包まれた中で会話を交わす中、四人は食事会の会場でもある王宮奥にある中広間の扉の前に着いた。


「これは殿下。」


扉の前にいた二人の護衛がカドゥース達の姿を捉えると、四人に向かって深々と一礼した。


「どうぞこちらへ。」


二人が扉を開けて、サーシャ達四人を部屋の中へと案内した。


「う、わ…。」


中広間の中は、部屋の壁に様々な絵画が飾られ、中央の長テーブルは白のテーブルクロスで覆われ、上は綺麗な花々や豪華な燭台で飾られて綺麗に食事のセッティングがされており、テーブルに沿って豪華な造りの椅子が並べられていた。


「凄い、ですね…。」


ジーフェスの屋敷の食事の風景とは違って、豪華絢爛なその様子にサーシャは少し緊張してしまった。


「…?」


ふとサーシャは部屋の奥に飾られた1枚の肖像画に目をやった。


「あれは?」


サーシャの問いに、傍にいたジーフェスが彼女の指した方を見て、ああと頷いた。


「あの肖像画は父王の、国王陛下の御姿ですよ。」


「あれが、ですか。」


「ええ、食事会に出席出来ない父王の替わりにと母上がわざわざここに持ってきて飾っているのですよ。」


「……。」


ジーフェスの説明に、サーシャは黙ったままその絵を見ていた。


耳までの黒髪に浅黒の肌、そして深翠の瞳の、端正なだが冷酷で威厳ある顔付きをした50代半ばのその人物の姿は、ある人物を思い出させた。


“肌や髪の色こそ違っているけど、アルザス義兄様にとても似てらっしゃるのね…。”


『アルザス兄さんは俺達兄弟には受け継がれなかった父王の容姿をそっくり受け継いだんだよ…。』


ふとサーシャはジーフェスやムスカス、そしてカドゥースの顔を見て、以前ジーフェスが言っていた言葉を思いだした。


“確かにカドゥース殿下やムスカス様、ジーフェス様はそれぞれよく似てらっしゃるけど、皆さんは国王陛下の面持ちには程遠いですわね。”


その時、外から微かにぱたぱたとした足音と子供の笑い声が聞こえてきた。


と、扉が開いてそこから立派なドレスを纏った女性と、それぞれ年齢の異なる三人の子供の姿が現れた。


「「御父様!」」


三人の子供達のうち、年齢が上の男の子と女の子は満面の笑顔でそう叫ぶと、部屋の中にいたカドゥースに向かって駆け出していった。


「おやおや、行儀がなってないぞラスファにアイリス。」


口では窘めながらも笑顔を見せながら、カドゥースは駆け寄ってきた二人の子供を抱き締めた。


「これお前達。御客様の前で失礼ですよ。」


遅れて部屋に入ってきた女性は一番歳の下の男の子の手を連れて、二人の子供に少し怒ったように諭していた。


「ニィチェ、それまでにしておけ。子供達も今日の日に少し羽目を外したいのだろう。無礼講だ。」


二人の子供の頭を撫でながらカドゥースは女性、ニィチェにそう言った。


「相変わらず殿下は甘いですわね。」


溜め息をつきながらもくすりと笑いながら、抱っこをせがむ幼子を抱き上げその女性、ニィチェはゆっくりとカドゥースの傍まで近寄った。


「…。」


そんな彼等の様子を見ていたサーシャは、何だか胸が温かくなるのを感じていた。


“ああ、この御方達は本当に優しくて暖かい愛情に包まれているのですね…。”


「サーシャ王女、こちらは我が細君のニィチェ。そしてこちらが我が子の長男ラスファ、長女アイリス、そしてあれが次男のルースだ。」


ふとカドゥースがサーシャのほうを向いて先の女性と子供達を紹介した。


「はじめまして、サーシャと申します。この度は御誘いと素敵なドレスをありがとうございます。」


サーシャは目の前にいるニィチェ妃殿下達にドレスの裾を持ち上げ、膝を折って一礼した。


「あらあら、そんなに畏まらないで下さいな。私はカドゥース殿下の妃のニィチェと申します。これ、お前達もサーシャ王女に御挨拶を。」


とニィチェは二人の子供達を軽く睨み付けた。


「はじめましてサーシャ王女様。僕はラスファと申します。」


「私はアイリス。サーシャ王女様よろしくお願いします。」


二人の子供達はサーシャににっこり微笑むと礼儀正しくぺこりとお辞儀をした。


「こちらこそよろしくね。」


子供達のあどけない笑顔に、サーシャもついつい笑みが浮かべでくる。


「こちらが末子のルースです。ほらルース、サーシャ王女様ですよ。」


だがニィチェの呼び掛けにも、腕の中のルースは恥ずかしいのか母親である彼女の腕の中に俯いたままで顔を見せようとしない。


「申し訳ありませんね、この子ったら、最近はこうやって反抗してばかりで…、」


「いえ…。」


肩までのウェーブの黒髪に浅黒の肌、紫の瞳のニィチェは、その顔立ちや身体つきはお世辞にも決して美人とは言い難いが、その微笑みは他人を和ませ、慈愛に満ちた優しさを湛えていた。


「…?」


と、サーシャはふとニィチェの右手に光るブレスレットに目がいった。


それは彼女が身に纏っている豪華なドレスにネックレス等の装飾とは全く異なり、言い方が悪いがごく普通の、銀でできたらしい本当にシンプルなブレスレットであった。


“何故妃殿下であられるニィチェ様が、豪華なネックレスとは違ってあのように粗末なものを身につけていらっしゃるのかしら?”


不思議にそう思っていると、突然の第三者の声。


「おやおや、皆さん御揃いのようね。」


その方向に皆が振り向くと、そこには二人の従者を連れた初老の婦人が立っていた。


落ち着いた深紫のドレスに身を包んだその婦人は50代くらいか、白髪混じりの長い黒髪を結い上げ、漆黒の瞳、年相応の皺はあるものの綺麗な顔立ちをしており、凛とした中にも優しい微笑みを浮かべていた。


「母上!」


「御義母様。」


カドゥースやジーフェス、そしてニィチェ達はその女性の姿を見るなりそう言い、跪いたり一礼をしたりした。


“この御方が、ジーフェス様達の御母様である現国王陛下の正王妃様…。”


皆の様子にサーシャも慌てて膝を折って一礼した。


「おばあ様!」


ただ、ラスファとアイリスの子供ふたりは無邪気に笑顔を浮かべてぱたぱたと彼女の傍に駆け寄っていった。


「これ、お前たち…、」


「まあまあ、身内でそんなに畏まる必要はありませんよ。無礼講無礼講。」


くすくす笑いながら、二人の孫達を嬉しそうに迎えた。


「相変わらず元気ですね、二人共。」


「「はいっ!」」


正王妃は暖かい日だまりを思わせるような和やかな表情を浮かべている。


“ああ、ジーフェス様やカドゥース殿下は皆さん御母様にそっくりなのね。”


彼女の微笑みを見てふと思っていたサーシャにジーフェスが近寄ってきた。


「サーシャ殿。」


「あ、」


小声でそう言うと、ジーフェスはサーシャの手を取って正王妃の前まで移動してきた。


「お久しぶりです母上。こちらはサーシャ王女。サーシャ殿、こちらは俺達の母上で、現国王王妃のルーリルア様だよ。」


義母の前に連れて来られて、改めてサーシャに緊張感が走る。


「はじめましてサーシャさん、私はジーフェスの母のルーリルアと言います。」


「あ、はじめまして、サーシャと申します。」


サーシャも慌ててドレスの裾を持ち上げ膝を折って一礼した。


「まあ、何て可愛らしいお嬢さんなの。こんな可愛らしく繊細なお嬢さんなら武骨なジーフェスのお相手はさぞかし大変でしょう。」


ふふ、と笑いながら冗談混じりにそう話すルーリルアに、ジーフェスは苦笑いで答えた。


「母上、そんな事はありませんよ。」


「そうですわ。ジーフェス様は本当に優しく、私は勿体無いくらいに良くして頂いてます。」


二人して慌てたように答えるその様子に、ルーリルアはほほほ、と更に笑いだした。


「まあまあまあ、本当に仲の宜しいことで…。」


いつの間にかルーリルア以外にもムスカスやカドゥース、ニィチェまでもが二人を見てくすくす笑い出していた。


「……。」


皆の視線に、恥ずかしくなって思わず俯いてしまうふたり。


「これで皆が揃ったのかしらね。」


ルーリルアが周りを見回してそう呟くと、カドゥースが首を横に振った。


「いいえ母上、あとアルザスが来ます。」


すると今まで暖かな笑みを浮かべでいたルーリルアからすうっと笑みが消え、歪んだ表情を浮かべた。


「アルザスが、…あの子がここに来るの?」


「ええ、折角ジーフェスやサーシャ王女が来るというので、わたしが誘いました。」


「…そう。」


そう呟くと、直ぐにまた先程の笑顔を浮かべで周りに話し掛けた。


「さあさ、そろそろ食事が来る頃だわ。皆さん席に着きましょう。」


「はーい!」


子供達をはじめ、皆がめいめい席に向かう中、サーシャはルーリルアが一瞬見せたあの表情を思い出していた。


“…やはり王妃様はアルザス義兄様のことを快く思われてはいないのですね…。”


本当に慈悲深く優しい母親である彼女が、ほんの一瞬だけとはいえ皆の前で見せた嫌悪感を帯びた表情が、サーシャの胸に深く残っていた。


“…前もってジーフェス様から聞いてはいたけど、ここまでとは思いもしなかったわ…。”


先程までの温かな気持ちが少ししぼみそうになってきたサーシャに、隣にいたジーフェスがそっと囁いた。


「サーシャ殿、気持ちは解りますが余り深く考えないで下さい。サーシャ殿が悩んでいると皆が心配しますよ。」


その一言に、サーシャははっと我に帰った。


「ジーフェス様。」


ジーフェスはサーシャに優しく微笑みかけ尚も小声で忠告した。


「今日はサーシャ殿を歓迎する意味合いもある食事会です。いろいろ思うところもあるでしょうが、どうかこの場を楽しんで下さい。」


“そうよね。折角ジーフェス様の身内の方々が集まってきていらっしゃるものね。私が暗い気持ちになってはいけないわね。”


ふとサーシャはムスカスにじゃれあう幼子のふたりに視線を向けた。

無邪気に笑いながら叔父と戯れる彼等の姿を見て、サーシャは再び心の中が温かな気持ちで満たされるのを感じていた。


と突然、扉が開いたかと思うと、そこからひとりの人物が現れた。


「!」


「アルザス、御義兄様。」


扉が開く音に振り向いた皆が目にしたその人物は、先程話題に出ていたアルザス本人であった。



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