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第1章Ⅱ:水の乙女

…清らかな水が流れる白い噴水の回りに美しい花々が咲き乱れ、緑の木々が生い茂る小さな庭園…。


その噴水の縁に腰掛け、水と戯れるひとりの少女がいた。


少女の傍には数羽の小鳥たちがやってきて、少女の肩に止まったりして餌をねだっていた。


「ちょっと待ってて、あなたたちの食事を持ってくるから。」


少女はそう呟き、立ち上がって奥の屋敷に向かおうとした。


「サーシャ。」


そんな、少女を呼び止める者がいた。


「メリンダ姉様。」


少女、サーシャは自分を呼んだ人物、メリンダを見ると嬉しそうに駆け寄った。


「お久しぶりね姉様。『神託』の為に来てくださったのでしょうけど、逢えて嬉しいわ。」



「ごめんなさいね。最近は仕事が忙しくて、なかなか貴女に逢いに来れなかったわね。」


メリンダはそう言って、愛しい妹のサーシャを抱きしめた。

サーシャのふんわりと優しい花の香りと、あたたかい温もりがメリンダの身体に染み渡る。


「…サーシャ。」


メリンダは抱きしめていた手を緩めると、ふとサーシャを見つめた。


その表情は寂しさと、不快感を滲ませていた。


「どうしたの姉様?」


「サーシャ、貴女は良いの?あの『神託』に従っても。」


メリンダの言葉に、サーシャはきょとん、となって答えた。


「『神託』、私が、フェルティ国のジーフェス王子様のところに嫁ぐこと?」


「そうよ。何で、何で貴女がそんな事までしなくてはならないの!」


メリンダは声を荒げて抗議した。


「『神託』なんて、今の世において余りにも馬鹿馬鹿しい事だわ!ただひとりの人間の一言によって、多数の人々の運命や(まつりごと)を支配するなんて、愚かしい事だわ!」


「姉様!滅多なことは言わないで!」


サーシャはメリンダの発言に恐怖を感じ、慌てて制した。


アクリウム国にとっての『巫女』の『神託』は絶対的なもの。それに逆らうのは、国に対する反逆と捉えられても仕方ないのだ。


「…でも、余りにも酷い仕打ちじゃない。散々、放ったらかしにされた貴女に対して。」


メリンダは、思わず涙していた。


「姉様…。」


サーシャには、メリンダの思いが痛いほど解っていた。


自分の境遇に、余りにも酷い仕打ちに涙している事も。


誕生の時より、『神託』によりアクリウム国以外、その存在すら知らされる事を許されず、ひたすらこの離宮に閉じ込められ、挙げ句の果ては他国の政略結婚の道具として使われる…。


だが、サーシャはそんな境遇でも己を呪う事も、皆に嫉妬する事も無く、ただ純粋に己の運命を『神託』に委ねていた。


「自分が悔しいわ。こんな酷い仕打ちをされているサーシャを救うことすら出来ないなんて…。」


「姉様…。泣かないで姉様。」


サーシャはにっこり微笑んで、メリンダを見つめた。


「これは良い機会なのよ姉様。だって、私、産まれて初めてアクリウム国の外に出られるのだから。」


「サーシャ…。」


「そうでしょう。確かに、政略結婚ではあることは不安だけど…、でも、初めてのことだから、私嬉しいの。」


サーシャはまるで子供のようにわくわくしたような面持ちで言った。


「それに、初めてこの国の為に、王族として初めてお役に立てるのよ。何の、取り柄も無い私が…。」


「……。」


容姿も人並みで、巫女や政治家としての才能も皆無、カリスマ性も無い彼女にとっては、政略結婚が唯一、王族として果たせる役目なのかもしれない。


「そうね、そうよね、サーシャ、貴女が唯一外に出られる機会なのよね。篭の鳥で、一生を過ごす覚悟でしたものね…。」


メリンダは尚も涙して呟いた。

そして再びぎゅっ、とサーシャを抱きしめて言った。


「何かあったら、直ぐに私に言ってね。私が出来る事なら何でもするからね。」


「ありがとう、姉様…。」


…そんな彼女達を、影から見ているひとりの人物に、二人は全く気づいてなかった…。




     *




「ところで姉様。」


ふとサーシャが尋ねてきた。


「何、サーシャ。」


「その、私の結婚相手のジーフェス様って、どんな方か解る?」


「んー、はっきり言うけど、私、彼には会ったこと無いのよ。」


メリンダはあっさりと答える。


「噂では、街の自衛団という、…この国でいうところの守護団ね…、の団長を務めているらしいわ。」


「守護団の…。」


自衛団、…アクリウム国での守護団とは、簡単に言えば国や街の秩序を守る、言わば警察に近いものである。


「王族のひとりだけど、継承順位の低さからほとんど平民と同等に暮らしてきたらしいから、民の信頼…、というか人気は高いみたいよ。」


「ただ、それこそ平民と同等に暮らしてきたから、王族の誇りや威厳とかは皆無みたい、悪く言えばがさつな人かもね。」


「そう、なの…。」


メリンダの言う事だけでは、何ともジーフェスの人柄が掴み辛い。


「まあ、あの冷酷なアルザスよりはまともではあるみたいだけど。まともであって欲しいわ!」


「……。」


彼女の敵に等しい彼の悪口を言うメリンダに、サーシャは思わず苦笑いしてしまった。


「ところで、式とかはいつ頃になるのかしら?」


「それが、…式とかは一切行わないで、身一つで相手の所に行くようにとの御命令なの。あ、前もって持参金は渡すみたいだけど。」


「はい?!」


「これも『神託』らしいわ。」


「ふーん、まあ、婚礼を内密に行えば、離縁も簡単に出来る、てことね。」


「姉様!」


「そういう事よ。サーシャ、何かあったら直ぐにこの国に戻されるって事よ。」


「……。」


サーシャは暫く黙ったまま俯いてしまった。


「所詮、私達アクリウム国の王族は、巫女によって支配される運命なのね…。」


「でも、それによってアクリウム国の繁栄と平和は保たれてきたわ。」


メリンダの言葉にサーシャは反論した、が、


「そうね、一部の、王族の人生の犠牲と共に…。」


「………。」


それ以上、何も言えないサーシャであった。


「仕事があるから、そろそろ行くわね。」


メリンダが名残惜しそうに、サーシャを見ながら立ち上がった。


「姉様も大変ですね。それに比べて私は…。」


しょんぼりするサーシャに、メリンダは優しく言った。


「サーシャ、貴女は貴女で大切な役割があるわ。それは仕事で疲れた私を慰めてくれるという、大切な役割。」


ふふ、と微笑みながらそう告げた。


「貴女は私の心の支えよ。貴女が居ないと、私はとても寂しいわ。」


メリンダはそっとサーシャを抱きしめた。


「だから、自分を卑下しないで。そんなのは悲しすぎるわ。」


「姉様。ありがとう姉様。」


サーシャもぎゅっとメリンダに抱きついた。


やがて、ゆっくりとメリンダが離れて、そのままその場を立ち去っていった。




     *




メリンダが庭園を出たその時、


「これ以上サーシャに肩入れするのは止めなさい。」


突然、彼女に声を掛ける者がいた。


「!ジェスタ、姉様。」


それは、メリンダの姉、そしてアクリウム国の第一王女のジェスタその人であった。


「女王と呼びなさい。妹といえども軽々しい口の聞き方は赦しませんよ。」


ジェスタは厳しい口調でメリンダを戒めた。


「失礼致しました、女王陛下。」


そう訂正して、メリンダはジェスタに跪いた。


現在、アクリウム国の最高位は彼女達の祖母である『巫女』であるが、対外に対しては、『巫女』の補佐役であり女王でもあるジェスタが権力を握っている。



「メリンダ、先程からの貴女の言動、アクリウム女王として見逃せませんね。」


ジェスタの言葉にメリンダはびくっ、となった。


「私達アクリウムの民の為の『神託』に対する暴言、まさにアクリウム国に対しての反逆として捉えられてもいかしかたありませんよ。」


「……。」


先程のサーシャとの会話を聞かれてたらしく、メリンダは黙りこんだ。


「今後もこのような事があれば、たとえ貴女であろうと、罪に問わねばならなくなりますよ、メリンダ。」


「大変、失礼致しました。」


「解れば宜しい。」


そこまで告げて、ジェスタはその場を立ち去っていこうとした。


「あと、…サーシャにはこれ以上深く関わらないように、彼女には、今から大切な役割を果たしてもらうのですからね…。」


「役割、って、他国の王族との政略結婚がですか!」


少し苛立ち気味にメリンダが叫ぶと、ジェスタは冷酷に答えた。


「そうです。これは後々のアクリウム国の為になる事。メリンダ、今まで『神託』がアクリウム国にとって災いとなった事が有りましたか?」


「……。」


答えられない。


確かに、ジェスタの言う通りなのだから。

確かに『神託』はアクリウム国にとっては富と繁栄をもたらしてきた。


だが、一部の人々の犠牲とともに…。


黙ったままのメリンダに、ジェスタは冷たい視線を向け、やがてゆっくりとその場を立ち去っていった…。



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