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第5章Ⅵ:王子様とお姫様

「ただいま…。」


「……。」


昼過ぎに屋敷に戻ってきたジーフェスは、だが誰の出迎えも無くて、仕方なく独り屋敷の奥に入っていった。


早いな、もうサーシャ殿の身支度を始めているのか…?


そう思っていると、


「おや旦那様お帰りなさいませ。」


途中廊下で出会ったタフタが声をかけてきた。


「ああ、タフタか。」


「サーシャ様やポー達は部屋で食事会用の身支度をされていますよ。」


と聞かれもしないのに一言告げていった。


「そっか。」


「あっしも今から馬車の掃除をしてきます。」


ぺこりと礼をして、タフタは外に出ていき馬屋のほうまで向かっていった。


「……。」


自室に戻ろうとして、ふとサーシャやエレーヌの話し声に誘われ、つい隣の部屋をノックしていた。


「はーい!」


ぱたぱたと足音がして扉が開くと、エレーヌが顔を出してきた。


「あ、旦那様お帰りなさい。何か御用ですかぁ?」


「あ、いや、サーシャ殿は準備なのか?」


と、ちらりと奥を見ようとしたジーフェスを、エレーヌが邪魔をしてきた。


「見たら駄目ですよ。ちゃんと身支度が出来上がってからのお楽しみです!」


そう言われてしまった。


「おい…、」


「もう少ししたら一段落しますから、そしたら私が旦那様の身支度の手伝いに行きますねー。」


「はいはい。」


「じゃあまた。」


そう言うなり、エレーヌは扉をばたんと閉めてしまった。


「……。」


独り残されたジーフェスはやれやれといった感じのため息をついて、自室に戻っていった。


自室には、自分の食事会用の衣装が掛けられていて、それを見たジーフェスは再びはあ、と深い溜め息をついた。


やっぱり、行かなくてはならないのか…、


ソファーに掛けられた、王家より賜った例の衣装を見ながらジーフェスは複雑な気持ちになるのだった。


「……。」


疲れたようにベッドに身体を横たえて、ただただぼうっと天井を眺めていた。


…雨の月、か…、




…激しく雨の降る中、1台の馬車とその傍らで泣き叫ぶ子供の声、そして水溜まりに広がる夥しい量の赤い液体、その中に倒れているひとりの若い男性。


『…駄目だ、あの男、完全に頭が割れているな。』


『可哀想に、子供を助けようとして…、』


そんな彼らの周りでざわざわと騒ぐ人混み。


そんな中を、ひとりの若い女が倒れた男の側に駆け寄っていく。


『エント、エント!しっかりしてエントっ!』


その女は最早動かない男の頭を胸に抱えて泣き叫ぶ。


自ら纏う仕事着の白衣を、真っ赤に染めながら…。






「…ま、…様、旦那様っ!」


突然のエレーヌの声に、ジーフェスははっと目を覚ました。


「もう!旦那様っ、いくらノックしても出てこないから失礼だけど勝手に入りましたよっ!時間が無いんですから早く湯浴みに行ってくださいっ!」


とジーフェスにタオルを渡しながらぷんぷん怒るエレーヌ。


「……。」


あれは、夢?

いや違う、あれは過去の出来事…。


「気乗りしないのは解りますけど、今回は殿下の勅命に近い感じなので諦めてくださいね〜。」


「解ってるよ。」


ちょっと不機嫌気味に答えると、ジーフェスはエレーヌからタオルを受け取り、そのまま部屋を出ていき湯浴みに向かっていった。


「……。」


湯を張った浴槽に身体を浸しながら、ジーフェスはふと自分の両手を見つめた。


“…俺は、エント兄さんを助けることが出来なかった。俺が、『あそこ』に居た為に…。

もし、俺が『あそこ』に居なければ、もしかしたらエント兄さんは助かったかもしれないのに…、

俺が…。”


そしてはっとなった。


“何やっているんだ俺は!いくら悔やんだところでエント兄さんは帰って来ない…。”




『エントが死んだのは貴方のせいじゃないわよジーフェス。お願いだから自分を責めないで。』




ライザ…、



「ちょっと旦那様あ〜、溺れてませんよね〜。時間が無いのですから早くあがってくださいよ〜。」


突然のエレーヌの声に、ジーフェスはやっと現実に引き戻された。


「あ、ああ、直ぐにあがる。」




      *




「…おい…、」


ジーフェスはもの凄ーく、嫌な顔をしながらエレーヌに身支度をさせられていた。


彼の髪は毛先を綺麗に切り揃えられ、薄くだが香油を塗られ、首筋や脇などに香水を附けられた後、準備されていた服を纏わされていた。


「……相変わらず、香水臭いし、香油べたべただな…。」


「煩いですよ旦那様。これくらいは身だしなみとして最低限当然なものですよ〜。」


「…気持ち悪い…。」


諦めが悪く、いつまでもぐじぐじ文句ばっかり言ってる。


「本当、こればっかりは旦那様もアルザス様を見習って欲しいですね〜、あの御方は本当に陰気で冷酷で嫌な方ですけど、何故かお洒落センスはピカイチですからね〜。」


「煩い、兄さんと俺とは素材が違うんだ!比較するんじゃない!」


嫌みなその一言に、むっとなって反論する。


「はいはい、そうでした。野生児な旦那様はここまで仕上げるのが精一杯ですよーだ!」


そう言いはなって、エレーヌはぽんっ!とジーフェスの背中を叩いた。


「て…、お前な。」


「うん、これならドレスアップしたサーシャ様と並んでも可笑しくありませんよ〜。」


にこにこと自己満足に浸り、エレーヌは大きな姿見までジーフェスを引っ張っていった。


「……。」


そこに映っていたのは、細やかで立派な金糸の模様の入った上質な象牙色の絹の上着と、それと同じ仕様のズボンを纏い、左肩からは王族のみが身に付けるのを許された紫紺の絹布が掛けられ腰に結びつけられ、腰には立派な装飾の施された飾り剣がついてある格好で、きちんと髪は揃えられ香油で艶めき、身体から仄かに良い香りのする、正に王族の一員としての、王子ジーフェスの姿があった。


「……。」


“何回着ても、やっぱ慣れないし、何より似合わないな。”


それがジーフェスの率直な思いだった。


「うん、これが精一杯です。何とか野生児から王子様に化けさせましたよー。」


「……。」


余計な一言を吐くエレーヌに、だがジーフェスは本当の事なので反論出来ずに黙ったままだった。


『コンコン』


と軽いノックの音がして、ポーの声が聞こえてきた。


「エレーヌ、坊っちゃまのほうは準備は終わりましたか?」


「はーい、たった今終わりましたよー。」


呑気に答えて、エレーヌが扉を開けてポーを招いた。


「ほら、こんなんになりましたよー。」


えへん、と言わんばかりに胸をそらすエレーヌを無視して、ポーは正装されたジーフェスを上から下まで眺めていた。


「ふむ、…ちゃんと出来ているようですね。」


それからちらりとジーフェスに目線を向けて言った。


「サーシャ様のほうも準備が終わりましたので、良ければ御覧になりますか?」


どきん…、


ジーフェスの脳裏に、先日の彼女の様子が浮かんできて、少し動揺してしまった。


「あ、ああ。」


「私はタフタの様子を見て参りますので、エレーヌ、貴女は坊っちゃまと一緒にサーシャ様のお部屋に行ってきなさい。」


「はーい。」


と軽く返事すると、ふとジーフェスのほうを見てにやにやと笑いだした。


「何だ?」


「ふふふ、やっと見れますね旦那様、楽しみでしょう〜?サーシャ様びっくりするくらい綺麗になってますよ。」


まるでからかうようなその口調に、一瞬思わず頬が熱くなるのを感じた。


「な、何を言って…!?」


「照れない照れない。さあ行きましょうか〜♪」


「……。」


動揺するジーフェスとは対照的に、完全にからかうような口調でエレーヌは隣の部屋に案内していった。


コンコンと扉をノックすると、


「はい。」


とサーシャの声。


「サーシャ様、旦那様を連れてきましたよ〜♪失礼いたしますね〜。」


「…え?!」


微かに驚きの声をあげるサーシャ。

と同時に扉が開いて、ジーフェスの目の前にサーシャの姿が現れた。


「…!」


「…?!」


ジーフェスとサーシャ、お互いがお互いを見て、驚きの表情を浮かべた。


椅子に座っていたサーシャ、…先日試着していた紫のグラデーションのドレス姿に、髪をアップにして所々に花を模した髪飾りをつけ、露になっている首と耳には例のネックレスとイヤリングが輝き、普段より少し濃いめの化粧を施されたその姿は、いつもの愛らしい姿とは違う、大人の女性の雰囲気を醸し出していた。


「あ…、」


そんな彼女の姿に、ジーフェスは暫し言葉を失って見とれてしまっていた。


「ジーフェス、様…。」


サーシャのほうも、普段とは全く違うジーフェスの凛としたその姿に暫し見とれてしまっていた。


「…素敵です。あの、本当に王子様みたいで…。」


「あ、いや、その、…サーシャ殿も綺麗、です。お姫様みたいで…。」


二人してお互いに照れたようなそう呟いた。


「もうー、二人して何を言っているんですかぁ〜!お二人とももともと王子様とお姫様じゃないですか〜!」


エレーヌの突っ込みに、二人ははっとなって暫しお互い顔を見合わせ、そしてどちらともなくくすっと笑いだした。


「そうでしたね。」


「そうだな。」


しばらくお互い見合せてくすくすと笑っていた。


「でも、本当に素敵です、ジーフェス様。」


「サーシャ殿もとても綺麗です。」


お互いに誉めあって、お互い照れたように俯くと、


「あー、あついあつい〜。ここだけすっごくあついです〜。」


とわざとらしくエレーヌが手うちわをぱたぱたさせた。


「…。」


その言葉に二人して恥ずかしくなって黙ったままちょっと俯いてしまった。


「坊っちゃま、サーシャ様…、」


とそこにポーまでがやってきた。


「馬車の準備が出来ましたよ。どうされますか?」


「あ、ああ、そうだな…、少し早いけど、出発するか。」


「は、はい。」


二人して照れ隠しのようにたわいも無い会話をし、そしてジーフェスはそっと片手をサーシャに差し出した。


「……。」


少し驚いたように見上げて固まっていたサーシャだったが、やがてそっと手を伸ばしてジーフェスの手を取ってゆっくりと立ち上がった。


「うわ…、」


「……。」


まるでおとぎ話に出てくるような、普段とは違う王子様とお姫様のような二人の雰囲気に、エレーヌとポーは思わず見とれて、ため息をついた。


二人は手を繋いだまま部屋を出て、玄関へと向かっていった。


「ほう…、」


途中で会ったハックも、二人の様子にため息をついてにやりと笑いながら見送っていった。


玄関先に着くと、外には既に馬車が待っていて、こちらもきちんと正装したタフタが待ち構えていた。


「これは旦那様にサーシャ様…、何ともお綺麗で…。ささ、どうぞ。」


そう言ってタフタは馬車の扉を開いて二人を招いた。


ジーフェスとサーシャはお互いに見合わせ、くすと笑うと先ずはサーシャのほうから馬車に乗り込んだ。

遅れてジーフェスも彼女と向かい合うように馬車に乗ると、タフタがゆっくりと扉を閉め、前のほうに移動して手綱を握った。


「行ってらっしゃいー!」


「お気をつけて。」


エレーヌやポー、そしてハックが見送る中、二人を乗せた馬車はゆっくりと王城に向けて走り出していった。




      *




ゆっくりと走る馬車の中で黙ったままお互いに向かい合うように座っていたジーフェスとサーシャ、


「……。」


少し落ち着かない様子でいるサーシャに、ジーフェスはふと声をかけてきた。


「サーシャ殿、緊張してますか?」


「…え…!?」


突然の事だったので、少し驚いたように上ずった声で答えてしまった。


「あ、は、はい。」


「そうですか…、アクリウム国ではこういう事をされては無かったのですか?」


「あっていたとは思いますが、…私は隠されてきた身分でしたので、食事会や夜会などの王族主催の公の場には出席出来なかったのです。」


「…え?」


「私はアクリウム王家の中でも本当にみそっかすな存在だったので、王家の恥とならない様に、今まで人目に隠すように育てられてきました。」


「……。」


「ですから、今日が初めて王族の主催の会に出席するのです。

うまくやっていけるのか、…ちょっと緊張、してます。」


少し赤くなって俯くサーシャに、ジーフェスは優しく微笑んだ。


「大丈夫ですよ。王族主催とはいえ、出席するのは王族のみの小さな食事会ですから…。サーシャ殿はサーシャ殿らしく振る舞えば良いのですよ。」


そしてちょっと小さくため息をついた。


「まあ、…ちょっと問題のある組み合わせもあるけど、余り堅くならずに気楽にいってください。」


「…はい。」


…問題のある組み合わせ、


先日聞いたフェルティ国王家の歪んだ関係を思い出して、サーシャは少し表情を硬くした。


“…あ、却って変なことを言って緊張を増してしまったか…。”


失言に後悔しつつも、やはりその事が気になっているジーフェス。


“俺がこの食事会を避けてきたのもそれが一番の理由だからな。…まあ、兄さんも同じみたいだけど…、”


だが、今日はサーシャが出席するのだから久しぶりに(出来る限り)皆が揃うことになっている。


“何も起こらなければ良いが…。”


ジーフェスが不安になる中で、馬車は無情にも王城の門をくぐっていった。



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