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第5章Ⅲ:フェルティ王家の光と闇

「……!」


その事実に、サーシャは驚きを隠せず、絶句したままであった。


「うそー!アルザス様がそんな事件に関わっていたんですかぁー?!」


エレーヌのほうは、初めて聞いたというように凄く興奮して叫んでいた。


「世間では、ティエリッタ様の事を息子を王位にさせたいが故に邪教団に身を堕とした淫売女とか言っているけど…、」


「な…!」


「勿論、俺はそんな事は信じていないよ。

だけどね、教団が解体された直後のティエリッタ様とアルザス兄さんに対する風当たりはそれは凄かったよ。

教団の精神支配から解放された民は、こぞってかつての教団を非難し、教団の信仰の象徴でもあったアルザス兄さんを極刑にと望む声が高まっていったんだよ。」


「でも義兄様には、何の罪も…。」


「うん、教団に拐かされた時、兄さんは僅か10歳だったんだよ。

そんな子供が自らの意思で、しかも自分や母親を拐かした教団の言いなりになんかなる筈が無いよね。

教団から強制的に精神支配を受けて傀儡にされただけだと、よく考えれば解る事なんだけどね。」


「……。」


「皆から非難され蔑まれ、誰一人味方もいない状態から、アルザス兄さんはカドゥース殿下の下、共に王家や民の為に尽力していったんだ。

そして少しずつ、着実に成果をあげていくその姿に、徐々にではあるけど民や官僚達から信用を取り戻し、何時からか、殿下の右腕と称されるようになっていったんだよ。」


やっと少し微笑みを取り戻しながらジーフェスは呟いた。


「そして、三年前に国王陛下が病に倒れ、カドゥース殿下が国王代理として王の権限を受け継いだのと同時に、アルザス兄さんも宰相の地位を賜ったんだよ。」


「……。」


「まあ、反対もかなりあったんだけどね…、実質上、アルザス兄さんはやっとカドゥース殿下に次ぐ地位を得たんだよ。」


そこまで言って、ジーフェスはふう、と溜め息をついた。


「ちょっと喋り過ぎて喉が渇いた。エレーヌ、皆の分のお茶を入れてくれないか?」


「はーい。ついでにお菓子も良いですかぁ?」


ちゃっかりと要求するエレーヌ。


「良いぞ。ハック、何かあったか?」


「御披露目会の残りのクッキーならありますけど。」


その一言に、エレーヌはぶー、とブーイング。


「えー!まだあのクッキー残っていたんですかー!」


「良いじゃないか。お前、お菓子好きだっただろう?」


「いくら好きでも、4日間も続いたら飽きますっ!」


ぶーぶーと文句たらたら。


「明日はちゃんと何か作るから今日は我慢しろ!」


ハックがちょっと怒鳴るように言うと、エレーヌは何とか一応納得したように台所に向かっていった。


「お待たせしましたー。」


程無くして、エレーヌが温かい湯気のあがる紅茶とクッキーをのせたお盆を持って、テーブルの上に置いた。


「どうぞー。」


とジーフェス、サーシャ…、の順で紅茶を配っていった。


「お、ありがと。」


「ありがとうございます。」


紅茶を受け取った皆は、それぞれお茶に口をつけて、エレーヌとサーシャはクッキーに手を伸ばした。


「おいエレーヌ、お前クッキー飽きたって言ってたじゃないか。」


「他に甘いものが無いから仕方ないんですよー!」


嫌みを言うハックに、エレーヌがクッキーを頬張りながらも言い返す。


「ったく…。」


ぶつぶつ言いながらも自分もクッキーを頬張り、お茶を飲んでいく。


「でも、昔に比べたらこの国も住みやすくなったよなあ。」


といきなり言うのはタフタ。


「そうですわね。まだ王家と一部の官僚・商人・貴族が結託してる汚職まみれの時代と比べたら、今の時代は天国ですね。」


とポー。


「昔はそんなに酷かったのですかぁ?」


呑気に聞いてくるエレーヌ。


「酷かったもんじゃ無い。税金は高いわ日用品は高いわ、貧乏人からは僅かしかない金をむしりとってるくせに…、本当に、ワラフォーム教団じゃないけど、一部の権力者のだけが儲かるように国が動いていた時代だったさ。」


「先代の国王、ライスハルト様の時代から、王家や官僚、商人、貴族の腐敗した結びつきを徹底的に排除されるようになって、税金の見直しやセンテラル市場などの自由市場も作られ、今では本当に平民にとっても暮らしやすい国になったのですよ。」


「そうなんだあ〜。」


「現在も、時期国王のカドゥース殿下とアルザス宰相が中心になって、国内だけでなく対外に対しても意欲的に交流等を行って、この国は小国ながらも確固たる地位を築きつつあるのですよ。」


「ふーん…。」


「まあ、まだまだ問題は沢山あるんだけどな…。」


とハック。


「何ですそれは?」


「官僚や商人等の汚職も完全に滅した訳ではないし、ほんの少数だけど、未だにワラフォーム教団の教えを信仰する狂信者が存在してるというし、…何より、今の王家の状態を懸念する声が多いんだよ。」


「…?」


「王家が?何でですぅ?今の話を聞いてる限りは問題無さそうですけどぉ〜?」


「見た目ではな、だけどね…、」


そこまで言いかけたハックに、ポーが声をかけた。


「ハック、そろそろ夕食の準備をしないと間に合わないのではないですか?」


「あん?まだもう少し…、」


そこまで言いかけて、ポーの様子にハックはああ、と何かを感じたように独り頷いた。


「そうだな、すみません旦那様、夕食の準備をするのであっしはここで失礼します。」


「あー、儂も馬小屋の掃除をしないと…。」


と、タフタまでが席を立とうとしていた。


「えー、話が途中じゃないですかあ〜。面白そうなのに〜。」


話が中途半端に終わってしまい、エレーヌは不満そうにぶーぶーと文句たらたら。


「エレーヌ、今日はお話はここまででおしまいです。さあさ、ここのお茶を片付けて、屋敷の掃除をしますよ!」


「えー!」


不満そうなエレーヌを無視して、ポーはジーフェスとサーシャのほうをちらりと見た。


「坊っちゃま、あとはよろしくお願いいたしますね。」


そう言い残して、エレーヌと共に台所へと引っ込んでいった。


「……。」


後に残されたジーフェスとサーシャは暫く黙ったままだった。


“確かに、大雑把でしたけどフェルティ国についてのことは理解出来たけど、王家の血縁関係についてはほとんど話が出なかったわね…。”


するとジーフェスが話しかけてきた。


「サーシャ殿、話の続きがありますから、良かったら俺の部屋に来て下さい。」


「え?」


「フェルティ国王家の血縁についての話です…。」


「……。」




      *




ジーフェスとサーシャの二人は、ジーフェスの部屋の中にあるソファーに、向かい合うように座っていた。


「……。」


前のテーブルの上には一枚の紙と羽ペンが置いてある。


「えと、今からフェルティ国王家の血縁について説明しますね。」


そう告げると、ジーフェスはテーブルの上の羽ペンを手にし、紙に何やら書き込んでいった。


「さっきもポーが言っていたけど、フェルティ王家は、かつて隣国ルルゥーム国のマンティック王子が初代国王となって、現在のルードベル国王、…俺には父王にあたるわけだけど、は六代目の国王になるんだ。」


ジーフェスは簡易に書いた家系図を見せながらサーシャに説明していった。


「で、ルードベル国王には正妃ルーリルア様、俺の母上だね、と、妾妃ティエリッタ様の、二人の妃がいる。」


そして羽ペンを使って、次々と家系図を加えていく。


「ルードベル国王と正妃ルーリルア様との間には、第一王子のカドゥース殿下、第三王子ムスカス兄さん、第四王子ローヴィス兄さん、そして第五王子こと俺がいて、

妾妃ティエリッタ様との間には、第二王子アルザス兄さんがそれぞれ居るんだ。」


ジーフェスは話をしながらも、尚も羽ペンを動かす。


「で、カドゥース殿下には正妃にニィチェ様がいらして、御二人の間には8歳の長男ラスファをはじめとして、長女アイリス、次男ルースの三人の御子がいるんだ。」


「……。」


「あと第三王子のムスカス兄さんは、12年前に隣国ルルゥーム国の第一王女のエマルフィ様に婿入りしていて、未だ子供は居ないけど、一応ルルゥーム国の時期国王の有力候補になっているんだ。」


「そうですか。」


「うん、フェルティ建国以来、ルルゥーム国とはずっと国交を断絶していたけど、これがきっかけで近年は国同士も交流を始めてるんだ。」


「そして今回は、俺とサーシャ殿との婚礼によって、初めて三大帝国のひとつ、アクリウム国とも結びつきが出来ていよいよ箔がついてきたんたよ。」


少し寂しい表情を浮かべてそう呟いた。


「……。」


国にとって有益か不利益か、そんな杓子で自分達の結婚を言われるのは余り良い気分ではないが、実際その通りだから、サーシャは何も言えなかった。


「第四王子のローヴィス兄さんは王家を嫌って、自ら継承権を放棄して国を出ていってしまって、今では世界のあちこちを流浪しているんだ。たまにこの国にも戻ってくるけどね。」


「は、あ…。」


「あと、ニィチェ妃殿下はもともと官僚のひとりだったリーシロット殿の一人娘だったんだけど、カドゥース殿下に見初められて正妃として迎えられたんだ。

身分違いの二人の話は、この国ではちょっとした伝説にもなってるくらいで、俺が言うのも何だけど、あの二人は本当に仲睦まじい夫婦なんだよ。」


「まあ…。」


「ニィチェ妃殿下は本当に優しくて聡明な方だから、きっとサーシャ殿にとって良いお姉さんのような存在になると思うよ。」


「それは、御会いするのが楽しみですね。」


二人がふふっ、と笑いあうと、ふとジーフェスが表情を歪めた。


「でも、俺の母上と、ティエリッタ様とは…、」


「……。」


「あの二人は、もともとこの国の貴族で、お互いに親友同士だったんだよ。

だけど、父王の正妃候補として二人共に候補にあがって、結局正妃には母上が選ばれて、ティエリッタ様も納得されて身を引いた筈だったんだけど…、

…だけどその後、父王はティエリッタ様とも関係を持ってしまったんだよ…。」


「…!」


「どちらが先に誘ったかは俺には解らない。

だけど、母上は自分を裏切ったティエリッタ様を赦せずに、理由をつけてお腹にいた子供共々、宮中から追放して遥か外れの離宮に追いやってしまったんだ。」


「……。」


「それでもティエリッタ様は自分の処遇を素直に受け入れ、僅かな使用人達に支えられながら離宮でアルザス兄さんを産んで育てていたんだよ。

幸薄いあの二人を、邪教団たちが拐かして、不幸のどん底に陥れるまではね…。」


「……。」


「実は噂だけど、国軍を使えば、拐かされた直後でも二人を助けることも出来たと言われているんだ。」


「え?」


「だけど、国は二人の為に国軍を出すことはおろか、教団の要求に対しても徹底的に無視し続けていたんだ。それこそ、囚われた二人がどうなっても構わないと言わんばかりに…。

もしその噂が本当ならば、母上は、父王は…、

二人してティエリッタ様とアルザス兄さんを、故意に見捨てたんだよ。」


「まさか、そんな…!」


「言い方が悪いけど、陛下を寝取ったティエリッタ様を憎んでいる俺の母上ならそれもやっても不思議では無いけど、

まさか父王が、仮にも自分が情を交わした女性を、自分の血を引く息子を見殺しにしたとは思いたくはなかった…。

だけど、邪教団の手から国軍に捕らわれたアルザス兄さんを宦官に貶めたのは、他ならぬ父王だったんだよ。」


「!」


「俺は信じられなかったよ。実の息子である兄さんを、父王自らが宦官にするなんて…。」


「……。」


「……。」


二人はお互いに表情を硬くし、暫く黙ったままだった。





…あの時の様子を、ジーフェスは今でも忘れられない。いや、忘れては、いけない。


『この者は王家に仇なす者!王家に闇と滅亡をもたらす忌み児なり!』


手にしていた赤く燃える鉄の棒を、父王は、全身鞭打たれ、全裸で手足を縛られていた兄さんの、…実の息子の下半身に容赦無く押し付ける…。


『うわああああっっっ!!』


断末魔にも似た叫びが響き、辺りには焦げた肉の匂いが漂う…。




……それは、さながら地獄のよう……。




「アルザス兄さんは父王を、そして俺達の母上を憎んでいる。

自らにこのような仕打ちをし、最愛の母親を追放し見捨て、自害に追いやった二人を。」


「!」


「兄さんは何も言わないけどね、態度から解るよ。

そして母上も、アルザス兄さんを憎んでいる。

親友だった女性が、自分の最愛の人を奪ってその果てに成した子供を。

自分の子供達には誰ひとり受け継げなかった、父王の容姿をそのまま受け継いだ兄さんを。

そして、恐らく、父王も…。」


「……。」


「さっきハックが言ってたよね、王家の今の状態が問題があると。まさにその中心にいるのがアルザス兄さんの存在なんだよ。」


「!」


「邪教団に拐かされ傀儡にされただけなのに、王位継承権を剥奪され、宦官にされ、最愛の母親を死に追いやった現国王夫妻を憎み、

だけど国の宰相であり、時期国王であるカドゥース殿下から最も信頼されている側近でもある兄さんは、王家にとって両刃の剣そのものなんだよ。」


「あ…。」


「今でこそ、カドゥース殿下の最も忠実なる片腕として国の為、王家の為に尽くしているけど、何時殿下に、いや王家に牙剥き、仇なす存在となるのかも知れぬと…。」


「……。」


そしてジーフェスは、寂しそうな表情を浮かべた。


「俺にとっては、母上も、アルザス兄さんも、どちらも大切な存在なんだよ。

父王の建前上、母上は影からだけど出来うる限り俺を見守ってくれていて、

そして、アルザス兄さんには、いろいろ随分助けられたんだ。あの時も…、」


“あの時も、兄さんが助けてくれなかったら、俺はきっと…、”




『…お前まで、闇に堕ちる必要は無い…。』




「あの時…?」


サーシャの声に、ジーフェスは我に帰った。


「あ、ああ、そうなんだ、本当に助けてくれたんだよ…。」


“駄目だ、…やはり、サーシャ殿にはまだ『あの事』は言えない…。”


「……。」


何と無く腑に落ちない所もあったが、サーシャは黙ってジーフェスの話を聞いていた。


「だからこそ、二人が憎しみ合う姿を見るのは耐えられないんだ。最早心を分かち合うのは無理といってもいい関係なんだけど、ね。」


そう言うジーフェスの表情は余りに暗く、哀しみに満ちていた。


「いつか、時間が父王や母上や兄さんの心を解かしてくれると思いたい。いつか、皆が家族となれる日が来ると、信じたいんだ…。」


「ジーフェス様…。」


サーシャは無意識のうちに、そっと彼の膝の上に置いていた両手を包むように優しく触れた。


「…!」


「ジーフェス様、とても優しいお方ですね。

皆が、仲良くなれるように、私もお手伝いさせて下さい。」


“私は何を迷っていたのだろう。こんなに純粋な心を持っているジーフェス様を少しでも疑うなんて…。”


サーシャは今まで抱いていた、ジーフェスとライザの関係への疑念が、恥ずかしいものに思えてならなかった。


「サーシャ殿、…ありがとう。」


彼女の優しい思いに、ふわりと心が温かくなってきていた。


“私がジーフェス様を信じなくてどうするのよ。そうよ、こんなにも御兄様想いのジーフェス様が偽りなど言う筈が無いわよね。”


そして、ふと思った。


「もし、それほどまでに陛下がアルザス義兄様を忌まわしく恨んでおられるのなら、何故あの時に極刑に処さなかったのでしょうか?」


するとジーフェスは微かに表情を歪めて答えた。


「うん、確かにそれは俺も思っていた大きな疑問点なんだ。

あの時、何故兄さんを殺さずに宦官にするだけに至ったのか?何故王宮に残ることを赦したのか?

それは誰にも解らないんだよ。」


「……。」


「まるで目に見えぬ運命の神が、フェルティ国の王家の行く末を試しているかのように、ね…。」


説明の出来ぬ事柄を神の戯れに例えるように、ジーフェスは今の王家が神の掌の中で踊らされている様な感じがしてならなかった…。



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