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第4章Ⅴ:戸惑う心

「お疲れ様でしたー!」


「お疲れ様、団長さん。」


宵のうちもすっかり過ぎて、空に半月が高く昇りきった頃に、やっと訪問客も少なくなり、宴会の席も客が帰りだしたので、頃合いを見て御披露目会をお開きにした。


自衛団の団員達や近所の人達の好意で、後片付けの手伝いをお願いし、あれよあれよという間に庭が綺麗に片付いていった。


「皆ありがとう。皆さんのおかげで早くに片付いたよ。」


ジーフェスが礼を述べると、周りの団員達や近所の人達はぶんぶんと首を横にふった。


「困ってるときはお互い様です。こちらこそお招きありがとうございます。幸せのお裾分けありがとうございます。」


「団長さん達に幸せが来ますように!」


皆がめいめい祝いの言葉を言って、屋敷を後にした。


「さて、俺達も休むとするか…。」


ふわあ、と大欠伸をしながらジーフェスが呟く。


「そうですね。今日は遅いですし、残りの片付けは明日にしましょう。」


ポーの一言に他の使用人も皆うんうんと頷いた。


「楽しかったけど、疲れましたぁ〜。」


「お前は半分以上食べてばっかりだったよな、エレーヌ。」


「えー、そんな事ないですよぉー。」


「喧嘩はそれくらいにして早く休もう。眠い…。」


タフタはさっきからしきりに欠伸ばかりしている。


「皆本当にお疲れ様。明日は特に急ぎの用事は無いから午前中はゆっくりしていて良いぞ。じゃあおやすみ。」


「「はーい、おやすみなさい。」」


主人のジーフェスの一声で、皆はめいめい部屋に戻っていった。


「……。」


だが、サーシャは何故か黙ったままその場から動こうとはしなかった。


「サーシャ殿?」


「…あ、…そうです、ね…。」


だが、彼女の視線は全く他のほうを見ていて、明らかに他のことを考えている様子であった。


「大丈夫ですか?昼間も顔色が悪かったみたいですし…。」


「あ、だ、大丈夫です。本当に、ちょっと疲れただけなので、一晩休めば治ります。」


気丈に振る舞うように、そう答えた。


「そうですか…。ではおやすみなさいサーシャ殿。」


「おやすみなさい…。」


そう呟くと、ジーフェスは自身の部屋に戻っていった。


「……。」


サーシャの脳裏には、昼間のジーフェスとライザの様子が浮かんでいた。


“あの人とは本当に幼馴染みという関係だけなの?

街の人の中には、結婚相手と噂されている位だから、それだけの仲では無かったのか…?”


『弟のような存在よ。』


ライザさんの、言葉を信じたい。


『想っている女性はいません…。』


ジーフェス様のあの時の言葉を信じたい。

でも…。


「……。」


複雑な思いのまま、サーシャはふらふらとした足取りで自分の部屋に戻っていった。




      *




あれから結局、余り眠ることも出来ずに朝を迎えたサーシャ。


「……。」


未だもやもやした気持ちのまま、ベッドの中で考え込んでいた。


“ぐずぐずしたって、何も解決しないわね…。

ジーフェス様に、ちゃんと聞いてみましょう。”


ベッドから起き上がって、水差しの水で顔を洗い、服を着替えてからダイニングへと向かっていった。


「おはようございますサーシャ様。」


ダイニングにはメイドのポーが既に起きていて、朝食の準備をしていた。


「おはようございますポーさん。」


「すみません、まだハックや他の皆さんが目を覚ましてなくて、朝食が残りのものしかありませんけど…。」


申し訳なさそうに言うポーに、サーシャは優しく答えた。


「自分はまだそんなにお腹空いてないから大丈夫ですよ。皆さんが揃うまで待ちましょう。」


「申し訳ありません。」




      *




程無くして先ずはタフタが起きてきて、それからハックが起きてきて朝食を作ってくれて、

結局ジーフェスとエレーヌの二人が起きたのは昼頃になる時であった。


「何でもっと早くに起こさなかったんだ!」


ジーフェスが苛立ったように遅い朝食兼早めの昼食をとりながらポーに怒鳴った。


「本日は昼過ぎの出勤と聞いてましたので、その時間に間に合えば良いかと思っていました…。」


そこまで聞いてああ、と頭を抱えた。


「今日は昼前に紅茶葉を取りに行く予定だったのだが…。」


「……。」


少し不機嫌なジーフェスの様子を見て、サーシャは昨日の事をいつ聞こうかと悩んでいた。


“どうして紅茶をジーフェス様が取りに行くのかしら?お店で買っているものではないのかしら?”


「旦那様、もう紅茶葉は無いですよ。今日中に取りに行って貰わないと困りますよ。」


とハック。


「…解ってる…。」


暫く何か考えていたジーフェスだったが、ちらり、と一緒に食事をしていたサーシャに目を向けた。


「サーシャ殿、申し訳ありませんが紅茶葉を取りに行ってもらえませんか?」


「…え?」


ちょっと驚いたように顔を上げた。

「ええ。屋敷で使っている紅茶は、アルザス兄さんの屋敷から仕入れているんだ。」


「え?」


意外な事実にサーシャはちょっとびっくり。


「だけど、兄さんの屋敷へは安全上の理由から、俺以外の立ち入りは禁じられているんだよ。」


「では…。」


「大丈夫、ちゃんとした身元のサーシャ殿ならきっと中に入れて貰える筈。俺からの手紙も持たせるから、お願いできるかな?」


「あ、は、はい。自分で良ければ…。」


少し困ったような表情でお願いされて、ついついそう返事をしてしまった。


「ありがとう。」


実のところ、余り気乗りはしなかったが、ジーフェスが困ってるようだったし、少しは自分が助けになるのは何となく嬉しかった。


だけど…、


「大丈夫ですかぁ旦那様?サーシャ様はまだ外に出るのを少し怖がってますよー。

それにサーシャ様はアルザス様から散々酷い事言われてたらしいじゃないですかー、そんな所に独りで行かせて大丈夫なんですかぁー?」


とエレーヌの突っ込み。

まさにそれはサーシャが懸念していた事そのものであった。


「兄さんの屋敷まではタフタの馬車で行くから、ちょっと遠いけど寄り道さえしなければ危ない目にも遇わないだろう。

それに兄さんは仕事で宮中に行ってるから屋敷には居ない筈。お茶葉を受け取ったら直ぐに戻ってくれば良い。」


そこまで言われたら、サーシャも少しは安心して安堵の表情を浮かべた。


「今から一筆書いてきますので少し待っていて下さい。」


「はい。」


そう返事して、ふと不思議に思った。


“屋敷、とおっしゃってたわね、

ジーフェス様もそうだったけど、何故王族であるアルザス義兄様までもが宮中に御住まいでは無いのかしら?

ジーフェス様は御義父様である国王陛下から追放されたからだと聞いたけど…、お義兄様にも、やっぱり何か訳があるのかしら?”




      *




ジーフェスからの手紙と少しのお土産を持って、サーシャはタフタの待っている馬車へと乗り込んだ。


「おや、今日は旦那様は行かれないのですか?」


脇で見送るジーフェスの姿を見てタフタが呟く。


「ああ、俺は今から仕事があるからな。すまないがサーシャ殿をよろしく頼むぞ。くれぐれも寄り道はするなよ。」


「はい。」


それから馬車の中にいるサーシャのほうを見た。


「よろしくお願いします、サーシャ殿。」


「…はい。」


少し不安な気持ちを抱きながらも、馬車は目的地に向かって出発していった。




      *




サーシャを見送ってから仕事場の庁舎に向かっていったジーフェス。


「……。」


だが、屋敷に向かったサーシャのことが少し気になっていた。


“兄さんの屋敷は何も心配は無いとは思うけど、あの出来事の後だしな、外に出ることが後遺症(トラウマ)になっていなければ良いけど…。”


「…ちょ…、団長!」


いきなり呼ばれたので、びくっとなってしまったジーフェス。


「な、何だ一体。」


「何だは無いでしょう、さっきからずっと呼んでいたのですけど…。」


団員のひとりが不安そうな表情でそう告げた。


「もしかして団長、幸せぼけですかぁー?良いですねー新婚さんは。」


脇にいたもうひとりの団員が冷やかしてきた。


「五月蝿い。お前達先日の事件の報告書は書いたのか?」


半ば八つ当たり気味に睨み付けながらそう呟くと、二人の団員はやば、というような表情を浮かべてそそくさと机に向かった。


「全く…。」


はあ、とため息をついてジーフェスも目の前の書類に目を通し始めた。




      *




結局、あれから小さな事件やごたごたがあって、屋敷に戻ってきたのは宵の口も過ぎた時間になった頃だった。


「ただいま。」


「お帰りなさいませ坊っちゃま。」


「お帰りなさい。」


迎えに来てくれたポーと、そしてサーシャを見て、ジーフェスは唖然とした。


それは、昼前の不安げな面持ちとはうって変わって、にこにこと嬉しそうに微笑んで、本当に楽しそうでいる様子であったからだ。


「……。」


一体、何が?


「どうかしましたか?」


驚いた様子のジーフェスに、不思議そうな眼差しを向けてサーシャが尋ねてきた。


「あ、いや、やけに嬉しそうにしているから、何か良いことでもあったのかな?」


するとサーシャはぱあっと明るい表情を浮かべて話し出した。


「はい。アルザス義兄様の御屋敷のお庭、凄く素敵でした!」


「…!?」


「あんな素敵な庭を見たの、本当に久しぶりで、とても嬉しかったです。」


“そういえば、兄さんは昔から植物が好きだったからな、屋敷の庭もかなりこだわって造ってたみたいだったけど…。

しかし、サーシャ殿がここまで喜ぶとは、意外だったな。”


「しかも自分がここの庭を綺麗にしたいと言ったら、今度御屋敷の庭師をこちらに遣わせると約束して下さったのです。」


「え!」


え、え、それって、もしかして…、


ジーフェスは嫌ーな予感がして、少し青ざめてしまい、恐る恐る聞いてみた。


「…もしかして、屋敷で兄さんに、逢ったのかい?」

するとサーシャはきょとん、とした表情で答えた。


「はい、何でも久しぶりに休暇をお取りになられたと。

あ、アルザス義兄様からジーフェス様に伝言を頼まれました。

『サーシャ殿が来るなら前もって連絡を寄越せ。』と。」


「…!!」


“あああ、何てこと。

やばい、兄さん完全に怒ってる、めちゃくちゃ怒ってる。

次逢った時、絶っ対、嫌み連発やばいよなあ…。”


「あとですね、美味しい紅茶とお菓子を頂きました。それとですね…、」


にっこりと嬉しそうに微笑みながら話をするサーシャとは対照的に、伝言の内容にすっかり恐怖を感じて落ち込むジーフェスだった。




      *




それから遅めの夕食と風呂を終えたサーシャはひとり、自分部屋に戻ってソファーに腰掛けていた。


“アルザス義兄様のお庭も素敵だったけど、まさかあそこの御屋敷で『あの人』に逢えるなんて思わなかったわ。”


サーシャはふふ、と嬉しそうに独り笑った。


しかも今度、庭を整理するお手伝いにここに来てくれると言っていたし…、


“本当に、人の巡り合わせって、不思議なものね。”


今のサーシャは、ジーフェスとライザの事よりも、アルザスの屋敷で出逢った『あの人』のことで頭がいっぱいだった。


「アルテリア兄様、これも兄様が引き合わせてくれたものなのかしら?」


嬉しさに胸がいっぱいのサーシャは、昨日まともに眠っていないのもあって、そのままうつらうつらと船をこぎだした…。




      *




一方のジーフェス、


「……。」


風呂に入りながら、はあ、と疲れたようにため息をついた。


“まさか兄さんが屋敷にいたとは…。”


黙ってサーシャ殿を屋敷に行かせたことで、俺に対してはかなりご立腹のようではあったが、彼女に対しては、様子を見る限りは酷い事はされて無い風みたいだし、

てか、逆に何故か凄く機嫌良くなっていたし…、


“まあ、彼女が(多分)好きな庭を見れたからだろうけど。

…だけど、あの時悪意があった訳ではないけど、傷付く事を言った兄さんに対して直ぐにそこまで懇意になれるものかな?”


「何か、引っ掛かるんだよな…。」


もやもやとした感情が、ジーフェスの胸の中に微かにわき上がってきていた。




      *




湯から上がって、何故かジーフェスはサーシャの部屋の前にいた。


「……。」


“何やっているんだ俺は。別にサーシャ殿が機嫌を直したのなら、それで良いじゃないか。”


御披露目会の時の、ライザと自分が話していた時の彼女の様子と今の様子を比べてみて、今の、本当に嬉しそうな様子を自分ではなく他の人物…、よりによって実兄がしただろうという事に、少し引っ掛かりを感じていた。


“何変な事考えているんだ俺は。誰がサーシャ殿を喜ばせようと関係無いじゃないか!”


慌ててぶんぶんと(よこしま)な考えを振り払うように頭を振って、ジーフェスは部屋の前から去ろうとした。


…カタン…ッ。


「…?」


その時、丁度部屋の中から何かが倒れるような音がして思わず足を止めた。


「サーシャ殿、どうかしましたか?」


コンコンとノックして聞いてみたが、何故か返事が無い。


「?」


不思議に思い、暫く悩んでいたが、そっと扉を開けて中の様子を見てみた。


部屋の窓は開いているらしく、カーテンが風になびいてゆらゆらと動いており、窓の近くの小さなテーブルの下には水差しが落ちて水が零れだしていた。


さっきの音はこの水差しが風に煽られて落ちた音だったのか。


そしてソファーでは、水差しが落ちた事にも全く気付いてないように、ぐっすりと眠っているサーシャの姿があった。


「……。」


“あれだけ大きな音がしても起きないなんて、よほど疲れているのだな。まあ、御披露目会もあったしな。”


ジーフェスはそっと部屋の中に入って窓を閉め、水差しを元に戻して床の水を簡単に拭き取ると、サーシャの肩を揺らした。


「サーシャ殿、起きて下さい。風邪をひきますよ。」


「…ん…。」


だが、よほど気持ち良く、ふわりと微笑みながら眠っているその姿に、ジーフェスはつい見とれてしまい、思わず笑みがこぼれた。


“どんな理由だろうが、彼女が嬉しそうにしていれば、それで良いじゃないか。”


サーシャの、微笑みを浮かべた優しい寝顔に今までのもやもやした気持ちも吹きとんで、心が暖かくなってきていた。

それから起こすのも忍びなくなって、ベッドからシーツを持ってきてソファーに眠る彼女の身体にそっと掛けてやった。


「ん、すき…、だい、すき…。」


どきん…。


寝言なのか、いきなり、だけどぽつりとそう呟いたサーシャの一言を聞いて、ジーフェスは胸を高鳴らせた。


“好き、って…、な、何なんだ、一体。”


「すき…、アルテリア…さま。」


「!?」


だが、次の言葉を聞いたジーフェスは、その内容に身体じゅうが凍り付くような感覚に襲われた。


“アルテリアて…、男性の名前、じゃないか。”


驚いたようにサーシャを見ると、彼女は本当に嬉しそうに微笑んで眠っているだけだった。


“好きだなんて、一体…、アルテリアって、誰なんだ?”


ジーフェスは、自分の心の中に、澱んだ思いが奥深くから涌いてくるのを感じていた。



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