第4章Ⅳ:疑念だらけの御披露目会(後)
サーシャは御祝いに来てくれたひとりの子供の言葉に酷く動揺していた。
『だんちょうさんのおよめさんはらいざせんせいだって。』
…ライザ先生って、一体誰?
“確かあの時、初めて海に行った時にジーフェス様は言っていたわ。”
『将来を約束とかした女性はいません。』
でも、あの男の子の言葉は…。
『だって、おかあちゃんもいってたじゃない。だんちょうさんのおよめさんはらいざせんせいだって。』
“あんな小さな男の子が嘘なんてつけるとは思えないし…。
じゃあ、あれは、嘘だったの?!
あの時のジーフェス様の言葉は、私を安心させる為についた嘘だったの?
ジーフェス様は、本当は、そのライザさんという女性と結婚するつもりでいたの…?”
ぐるぐると、サーシャの頭の中を疑念がいっぱいになって、思わず頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
“…私、私は…。”
「どうしたんですかサーシャ殿?」
そんなサーシャに、酔った男を介抱しに屋敷に入っていたジーフェスが戻ってきて声をかけてきた。
「あ…。」
「顔色が悪いですよ。ちょっと疲れがでましたか?」
サーシャの顔を覗き込んで、心配そうにするジーフェス。
だが、今のサーシャにとっては、その気持ちさえも疑念を抱くようになってしまっていた。
「い、いえ…。」
“どうして…、どうして嘘なんて…、”
「屋敷の中で休んだ方が良いですよ。また夕方から訪問客も増えますし…。」
心配するように労るように、ジーフェスがサーシャの肩を掴むと、ぞわりとした感触が彼女の身体を襲った。
…嫌、触らないで、気持ち、悪い…。
「いや…!」
「?」
咄嗟に、サーシャはジーフェスの手を払いのけて、怯えたように彼から離れた。
「一体、何が…?」
いきなりの彼女の様子に、訳が解らないまま少し戸惑うジーフェス。
と、
「ジーフェス!」
突然、彼の名前を呼ぶ女性の声が聞こえてきた。
「!?」
…え?
“今までの訪問客は皆、ジーフェス様のことを『団長さん』とか『ジーフェス様』とか呼んでいたのに…、呼び捨てで?!
しかも若い女の人…?!”
…誰、なの?
サーシャが声のした方向を向くと、そこにはひとりの若い女性が立っていた。
年の頃はジーフェスと同じ位だろうか、すらりとした長身に、胸も腰付きも豊かな、綺麗な身体つきをしていて、
くせっ毛の長い黒髪を後ろにひとつにまとめてアップにし、綺麗な黒の瞳の左脇になきぼくろがあり、すっとした鼻筋、ほんのり紅をさした薄めの唇をした、見た目本当に美人と言っても可笑しくない綺麗な女性だった。
「……あ……。」
“誰かに、似ている。
どこかで、こんな感じの人と…、”
あ…!?
そしてサーシャは気付いた。
メリンダ姉様、に少し雰囲気が似ている…。
「何故こんな所に来たんだライザ。」
「!」
次の瞬間、ジーフェスがその女性に発した言葉を聞いて、サーシャは凍りついた。
“この、女性が…?!
しかも、『ライザ』って、ジーフェス様のほうも呼び捨てで言い合うなんて。
二人は一体…。”
「何故って…、失礼ね、貴方達の結婚を祝いに来たに決まっているじゃない。」
綺麗な声…、
体型も、凄くセクシーで、ジーフェス様と並んだら、本当にお似合いの…。
ふと、ライザと呼ばれた女性がサーシャに視線を向けてきた。
「ねえ、貴方がジーフェスの花嫁さん?」
真っ直ぐに黒の瞳で見つめられて、サーシャは思わず怯んでしまった。
「あ、は、はい…。」
「あらー!可愛いっ!!何よこの可愛らしさっ!
肌も真っ白で綺麗で、頬っぺたはふわふわピンクで、唇も小さくて可愛くて、おまけに綺麗な銀の髪ー!
凄く小さくて儚くて華奢で、
いかにもこれぞ女の子っ!じゃないのー!」
そう叫んで、いきなりライザは自分よりひと回り小さいサーシャの身体を抱き締めた。
「!?」
「!おい…!?」
いきなりの事に、抱き締められたサーシャはただただびっくりして声も出せずに身体を硬直させてしまい、ジーフェスは驚きの声をあげた。
「いやあーん!良い香りー。柔らかくてふわふわしてて、甘いお菓子みたい〜、あーこの頬っぺた、食べたいわあー。」
強引にサーシャに頬擦りしてくるライザは、考えようによってはちょっと恐ろしい言葉を言って、尚も強くサーシャを抱き締めた。
「あ、あの…。」
…何?一体何が…??
流石のサーシャも、いきなりの彼女の行動に戸惑いを隠せない。
「いい加減にしろライザっ!サーシャ殿がびっくりしているだろうがっ!お前の悪趣味に無垢な彼女を巻き込むなっ!」
余りの事に、ジーフェスが強引にライザからサーシャの身体を引き離した。
「あー、少しくらい良いじゃないー、ジーフェスのけちー。」
強引に引き離されて、不満そうにぶー、と拗ねるライザ。
「てか彼女、まだほんの子供じゃ無いの!ジーフェス貴方、こんな子供と結婚するなんて犯罪じゃ無いのっ!!」
子供と言われてサーシャは少しショックを受けてしまった。
「彼女は見た目はともかく、ちゃんと15歳になっているんだから俺と結婚しても犯罪じゃ無いぞ。」
「ええ!?本当なのそれ?!」
「嘘を言ってどうなる。」
そんな二人の様子を見ていたサーシャはただただ唖然茫然。
“ライザさんって、一体何者…?
この二人の関係って、一体…??”
「…あれ?ジーフェス、もしかして貴方、私の事、彼女に何も話してないの…?」
複雑な表情を浮かべていたサーシャと少し怒っているジーフェスとを見比べて、ライザがそう告げた。
「?何も言ってないぞ。何で言う必要がある?」
平然と答えるジーフェスに、ライザははあーっ、と呆れたような溜め息をついた。
「ジーフェス、常々貴方が女の扱いに慣れてないのは解ってはいたけど、ここまで酷いとはね…。」
そしてぎっ、とジーフェスを睨み付けた。
「ジーフェス、さっさと彼女に私のことを紹介しなさいっ!」
「は?!」
「早くっっ!!」
今までの様子とは一変した、怒りに満ちた怖い表情でライザはジーフェスを睨み付けて叫んだ。
「は、はあ…。」
すっかり彼女の気迫に圧されてしまったジーフェスは情けない位に縮こまってしまっていた。
「………。」
“あのジーフェス様がこんな情けない表情するなんて…。”
サーシャは完全に頭が混乱していた。
「あーサーシャ殿、こいつはライザと言って、幼女好きロリコン悪趣味女……んぎっ!!」
ライザに思い切りヒールを履いた足で踏まれてしまい、表情を歪めるジーフェス。
「…やっぱりあんたは黙ってなさい。」
そしてサーシャのほうを振り向いてにっこりと微笑んだ。
「変なところ見せて御免なさいね、
私はライザと言って、こいつの幼馴染みで街で医者をしているわ。」
「幼馴、染み…、」
「そうよ。それこそこいつ、あ、御免なさい、貴女の御主人に対して失礼だったわね…、ジーフェスを小さい頃から知ってる、まあ、腐れ縁ね。」
「……。」
「あ、心配しないでね。言っておくけど彼と私は幼馴染み以上の関係は無いわよ。
誰が言い出したか知らないけど、何か一部の街の人達はジーフェスと私が結婚するとか言ってるけど、私としてはすっごく迷惑この上無いわ!」
ふん、と鼻息を荒くして彼女は一気にまくしたてた。
「は、あ…。」
「だって私にはちゃんと夫がいるんだから。」
…え…?!
「とはいっても、もう既に星になってしまったんだけどね…。」
「…!」
ふふふ、と悪戯っぽい笑みを浮かべてライザは続けた。
「ジーフェスは私にとって、くそ生意気な弟みたいな存在よ。
そんな弟に、こーんな可愛いお嫁さんが来てくれて、本当に嬉しいわ。」
ライザはふとサーシャの手を掴んだ。
「あー、えと…。」
「サーシャ、と言います。」
「ああ!サーシャ、名前まで本当に可愛いのね!
こんなくそ生意気で女心も解らない筋肉仕事馬鹿だけど、根はとっても良い奴だから、どうか見捨てないでやってね。」
「は、あ…。」
「筋肉仕事馬鹿て何だ!お前こそ何時まで診療所放ったらかしてるんだ!さっさと帰れっ!」
ジーフェスがサーシャからライザの手を無理矢理離してサーシャを自分の胸に抱き寄せると、傍らにあったクッキーの袋を乱暴に渡した。
「ほれ、お土産。さあさっさと帰った帰った!」
しっしっと空いた手で追い払うような仕草をして、ライザを睨み付けた。
「もう、全く…。」
余りの仕打ちにぶう、と頬を膨らませたライザだが、ふとサーシャのほうを見てにっこり微笑んだ。
「じゃあねサーシャ、また時間がある時にでも遊びに来るわね♪良かったらこっちにも来てみてね。自衛団の近くに診療所があるから。」
「二度と来るなこのロリコン女っ!」
ジーフェスが叫ぶと、ライザはにこにこ笑いながら手を振って、その場を立ち去っていった。
「全く…。」
ふう、と溜め息をつくジーフェス。
「大丈夫ですか?あんな事されて、また気分を悪くしてませんか?」
いつの間にか、彼の腕の中にいたサーシャははっと我に帰り、真っ赤になりながらも彼の腕の中から離れた。
「わ、私は大丈夫、です。ちょっと、びっくりしましたけど…。」
…どきどきどき…。
このどきどきは何かしら…?
「すみません、あいつ、…ライザは幼女好きのロリコン変態ですけど、根は優しい奴なんですよ。サーシャ殿に対しても、決して悪気があってやった事じゃ無いから、許してやって下さい。」
「は、あ…。」
“別に、その事で気分を悪くしているわけでは無いのだけど…、”
『私には夫がいたけど、星になってしまったわ。』
『私とジーフェスが結婚するなんて言われて、迷惑な話よ。』
“あの人は、そう言っていたけど…。”
“でも、ジーフェス様は…、ジーフェス様の気持ちは…?”
「……。」
「何かありましたかサーシャ殿?」
じっと自分を見つめるサーシャの視線に気付いて、ジーフェスはふと声をかけた。
「…ジーフェス様は…、」
「…?」
「おめでとうございます御二人さん!」
そんな二人に、お祝いに来てくれた街の人達が声をかけてきた。
「あ、ありがとう。」
「ありがとう、ございます…。」
それから後もひっきりなしに来る訪問客を相手にして、結局御披露目会が終わるまで二人はそのことについての会話を交わすことは無かった。