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第4章Ⅰ:お庭とお菓子

この章では、ジーフェスとサーシャが屋敷で街の人々の為にささやかな結婚の御披露目を開きますが、そこで思わぬ出来事が起こります…。


※少し残酷な表現が有ります。ご注意下さい※

「……。」


はあ、と溜め息をつきながら、サーシャは窓から外を眺めた。


綺麗な青空が広がる良い天気のひととき、

だがそんな陽気な中でも、彼女は外に出ることを少し躊躇っていた。


…娼婦街でのあの出来事があってから、サーシャ自身、外に出るのを恐れてしまっていた。


「……。」


あんな怖くて酷い仕打ちを受けたのも、信じていた者に裏切られたのも初めてで、彼女は少しばかり人間不信にさえ陥ろうとしていた。


これではいけないことだと自分自身、解ってはいたけど…。




      *




「サーシャ様、今日は天気も良いですから、庭でお昼などいかかでしょうか?」


余りに塞ぎこんでいるサーシャを見かねて、メイドのポーがふと提案してきた。


「あ、いいですね〜。」


傍にいた小間使いのエレーヌもにこにこしながら同調した。


「庭で、ですか…?」


サーシャはちらりと窓から外を見てみた。

ちょうど屋敷の裏庭にあたるその場所は、そんなに広さも無く、花というものはおろか、木々もほとんど無く、ただそこそこに整備された芝生だけがあった。


「……。」


…祖国アクリウムの、自身が住んでいた離宮にも、ここと同じくらいの広さの庭があったが、そこには小さい白の噴水があり、そこを中心に、彼女が自ら育てた季節の花々が咲き乱れて、美しい庭となっていたのだが…。


…懐かしい、祖国の庭…。


「…やはり、外に出るのはお嫌でしょうか、サーシャ様?」


突然のポーの声に、サーシャははっと我にかえり、そして思い切って尋ねてみた。


「あ、の…。」


「何か?」


「ここの庭は、余り手入れはされてないようですけど、…庭師さんとかはいらっしゃらないのでしょうか?」


それは以前、エレーヌにも問いかけた質問であったが、あの時は中途半端に話が終わってしまって、何かもやもやとしたままであった。


「庭ですか…、

坊っちゃまが余り興味が無いので、私達が時間のある時に時々整備をしていたくらいで、今まで放置していたのですが…。」


「あ、あの、あそこに花とか木とか、植えてみたいのですが、…駄目でしょうか?」


サーシャのその言葉に、ポーは少し驚いた表情を浮かべ、そしてにっこりと笑った。


「良いことですね。私も常々そう思っていたので、坊っちゃまが戻ってきたら一度相談してみましょうか。」


「はい、お願いします。」


「サーシャ様はガーデニングがお好きなのですかー?」


とエレーヌ。


「ガーデニングというより、花を咲かせたり見たりするのが好きなのです。」


久しぶりににこにこ笑うサーシャを見て、ポーもエレーヌも少し安心したような笑い返した。




      *




「第1班戻りました。」


ここはジーフェスが勤める自衛団の庁舎。

そこに見廻りに出ていた数人の団員が戻ってきた。


「で、娼婦街の外れで見つかった2人の遺体の状況はどうだったのだ?」


庁舎の中でも一番大きな、団長専用の机に居たジーフェスは深刻な面持ちで目の前にいる団員に尋ねてきた。


「酷いものです。中年の男のほうはかなりの暴行を受けたらしく、顔や身体は身元が判らない位に腫れ上がってました…。」


「少年のほうは傷こそはほとんど有りませんでしたが、全裸で下半身に情交の跡があり、…表情はその…、狂気といえるような笑みを浮かべてました…。」


状況を述べる団員も、余りの遺体の酷い様子に、嫌悪感に満ちた表情を浮かべて重い口を開けた。


「そうか。で、遺体はどうした?」


「一応街の安置所に保管しましたけど、恐らく引き取り手は無いかと…。」


団員がそう述べると、ジーフェスは疲れたように溜め息をついた。


「ご苦労だった。お前達は暫く休憩してくれ。」


ジーフェスの一言に、団員は皆黙ったまま軽く一礼し、めいめい散り散りになっていった…。


皆が居なくなったのを見届けて、彼ははあ、と再び溜め息をついた。


“てっきり、アルザス兄さんが『彼ら』を使って2人を粛清したのかと思っていたのたが…、

それにしては遺体の状態が余りに酷すぎる。


中年の男のほうは私刑されてたと言うし、少年のほうは、報告を聞く限りではまるで腹上死そのものだし…。

『彼ら』のやり方とは明らかに違う…。

兄さんでなければ、一体誰が…?”


ふと、彼の脳裏にあるひとりの人物が浮かび上がった。


“まさか、『彼女』が、動いたのか…?”


…ならば、ほとんど知られていない筈のサーシャ殿の事を、その身分や動き、果ては容姿まで既に把握していたというのか?まさか…!?


“いや、『彼女』ならばそのくらいの情報を得ること位、容易いだろう…。”


「……。」


…しかし皮肉なことに、恐らく『彼女』によるこの『見せしめ』が、これからのサーシャを護ることになるとは、彼自身も思いもしなかった…。




      *




その日の夕刻、


もやもやとした気分のまま、ジーフェスが屋敷に戻ると、早速サーシャから昼間の話を持ち出された。


「庭、を変える…?」


「はい、…やっぱり、駄目でしょうか?」


ジーフェスのちょっと気乗りしない様子に、サーシャは少し気が引けたように尋ねてみた。


「あ、いや…、サーシャ殿がそれを望むなら、俺は構わないけど…。」


そう呟いて、ちらりと脇にいたポーやエレーヌを見た。


「…何はともあれ、4日後の御披露目会の後のほうが良いだろう?」


「そうですね。私も今は御披露目会の準備で忙しいですし…。」


「あの裏庭も会場にする予定ですからね〜。」


そう、4日後にはこの屋敷で街の人々に結婚の報告とサーシャの紹介を兼ねて、ご馳走を振る舞う『御披露目会』を予定していた。


街の自衛団の団長をしていて人々に親しまれているジーフェスの事、かなりの訪問客が予想され、それなりの準備が必要となり、ポーやエレーヌも今から準備に取りかかっていた。


「私はいつでも構いませんが…、何か、私にもその御披露目会の為のお手伝いを出来る事がありませんか…?」


サーシャのその言葉に、ふとエレーヌとポーが考え込んでしまった。


「そうですね…。」


「じゃあ、メッセージカードを作って貰うのはどうでしょうかぁー?新婦であるサーシャ様からの直接の一言は皆さん喜びますよ〜。」


「貴女にしては良い考えですねエレーヌ。…サーシャ様、お願いしても宜しいでしょうか?」


「はい。私で良ければ喜んで。」


ポーのお願いに、サーシャは嬉しそうに答えた。




      *




翌日、


昨日の爽やかな青空とは一変して、厚い灰色の雲が空一面を覆い、薄暗い中でしとしとと雨が降る天気となっていた。


サーシャは自身の部屋でひとり、昨日話をした御披露目会用の来客に配るメッセージカードに一言を記入していた。


始めのうちは楽しそうに記入していた彼女だったが、そのうちに慣れない作業に少しずつ疲れが見えてきていた。


「ふう…。」


顔をあげた彼女が改めて机の上を見てみると、未だ半分も出来上がっていない状態に、少しがっくりしてしまった。


「まだこんなに残っているのね…。」


自身が引き受けた事とはいえ、想像以上に大変だったと思い知り、今更ながらはあ、と再び後悔の溜め息をついた。


“ちょっと休憩しましょう…。”


気分転換にちょっと部屋から出てきた所に、ふわりとバターの香ばしい薫りがサーシャの鼻をくすぐった。


“…あ、良い匂い…。”


ちょっと小腹の空いていた彼女は、ふらふらと台所までやってきていた。


案の定、丁度そこでは料理人のハックが焼き上がったばかりのクッキーをオーブンから取り出しているところだった。


「おやサーシャ様、何か?」


彼女の姿に気付いたハックが声をかけてきた。


「あ、ご免なさい。美味しそうな薫りがしたからつい…。」


その言葉に、ハックはちょっと笑みを浮かべた。


「少し食べてみますか?」


「え、良いのですか?」


「皆には秘密ですよ。お茶も入れて持ってきますから、サーシャ様はテーブルで待ってて下さい。」


焼き上がったクッキーを網の上に並べながら彼はウインクして答えた。


「ありがとうございます。」


始めて見る、ちょっとお茶目なハックの様子に、サーシャはついくすくす笑いつつも、礼を言ってテーブルに向かった。


程無くして、サーシャの目の前にハックが紅茶とクッキーを運んできた。


「どうぞ。」


「ありがとうございます。」


嬉しそうに微笑んで、サーシャは先ずは紅茶に口つけた。

ほんわりと優しい湯気と紅茶特有の香ばしい薫りが彼女の鼻をくすぐる。


そしてクッキーのひとつに手を伸ばし、口に入れた。


少し暖かさの残るそれは、バターの良い薫りと仄かな甘味、そしてほろほろっとした感触がした。


「どうですかお味は?」


「とても美味しいです。ハックさんは本当に凄いですね。料理だけでなくてお菓子も上手ですし…。」


するとハックは大きな腹をゆさゆさ揺らしながら笑って答えた。


「クッキーはお菓子作りのうちではほんの初歩のものですよ。まあ、初歩だからこそ様々な種類のクッキーがありますけどね。」


「そうなのですか…。私、作った事なくて、何も知らなくて…。」


自分の無知さに少し恥ずかしくなって赤くなったサーシャを見て、更に続けた。


「お暇でしたら、今からわたしと一緒にクッキーを作ってみますか?

御披露目会に来てくれるお客様のプレゼント用に作ってるので、まだまだ沢山作らないといけないのですよ。」


「…え…?」


いきなりの提案に、サーシャはちょっと驚いてしまった。


「あー、そっか、確かサーシャ様は御披露目会用のメッセージカードを作られてましたね。すみません。」


ふと思い出して、申し訳なさそうにハックは謝った。


「いえ、自分もちょっと作業に飽きてきたところだったので…、

ハックさんが良ければ、是非やってみたいのですけど…。不器用な私でも大丈夫ですか?」


ちょっと照れたように笑いながらサーシャが呟くと、ハックは更にお腹を揺らして高笑いした。


「ははは、事務的な事よりもお菓子作りを好むなんて、サーシャ様もやっぱり普通の女の子ですね。

良いですよ良いですよ。それを食べ終わったらやりましょうか?」


「はい。」




      *




「ただいまぁ〜。」


「只今戻りました。」


街に買い出しに出ていたエレーヌとポーが沢山の荷物を持って屋敷へと戻ってきた。


「あ、凄く良い匂い〜♪ハックさんがクッキー作っているんだ〜。」


「流石ですねエレーヌ。」


食べ物、特にお菓子の事になると俄然敏感になる彼女であった。


「お腹すいたな〜、ハックさーん、私にもクッキーくださ…、あ、れ?!」


…ひょいと台所を覗いてみたエレーヌは驚いたようになってしまった。


「何かあったのですかエレーヌ…?」


彼女の行動を不思議に思ったポーが台所を見ると…、

そこでは、ハックと、そしてサーシャが二人してクッキーの生地を作っている最中であった。


「お、二人ともお帰り。

…ああサーシャ様、そこはそんなに混ぜないで、切るようにして混ぜて下さい。」


二人に気付いたハックが声をかけつつも、サーシャのほうに集中して見ていた。


「え、あ、こ、こんな感じですか…。」


サーシャはボウル片手に、もう片手にはへらを持ってクッキーの生地を切るようにこねていた。


「そうそう。なかなか上手ですよ。」


…そんな二人の様子を見ていたポーとエレーヌは唖然。


「ハック、貴方サーシャ様に何をさせているのですか?」


少し不機嫌そうにポーが呟いた。


「ん、見て解るだろう。サーシャ様にクッキーの作り方を教えているのさ。

…ああ、こねるのはそのくらいで構いませんので、そのまま冷蔵所に何分間か置いておきましょう。」


「はい。」


そして顔をあげたサーシャはそこで初めてエレーヌやポーが帰ってきていたのに気付いた。


「お帰りなさい。」


…その顔には、小麦の粉が張りついていて、鼻の頭は真っ白になっていて何とも可笑しいものだった。


「サーシャ様、何故このような事を?」


「あ?ああ、ハックさんに誘われてクッキー作りをしていたのですけど…、とても面白くて夢中になってます!」


そう言うサーシャの表情は本当に嬉しくて楽しそうであった。


「ま、まあ、サーシャ様がそう仰有るのでしたら、私は何も文句は…。」


「わーい♪サーシャ様がお菓子を作ってるー♪嬉しいなー、沢山作って沢山エレーヌに食べさせて下さいね〜♪」


「はーい。」


サーシャも嬉しそうに返事を返した。



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