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第3章Ⅳ:救いの手

ジーフェスと団員達は全速力で娼婦街へと向かっていた。


“間に合ってくれ…!”


娼婦街は妖艶と混沌が入り混じった、この国でも異質の街。


フェルティ国の率いる国軍ならともかく、ジーフェス達が率いる街の自衛団如きでは、なかなか深部までは立ち入ることの出来ない、暗黒の地域でもあった。


そんな地域に、深くまで入り込んでしまえば、二度と戻って来れない可能性もある…。


“頼む!間に合ってくれ…!!”


ジーフェスは祈る気持ちで、ただひたすらサーシャを助ける為に、娼婦街へと走っていった…。




      *




「……。」


尚も女は黙ったまま、微動だにせずに男を睨み付けていた。


「な、何だよ…、てめぇ…。」


女の持つ雰囲気に、えも知れぬ恐怖を感じて、男は冷や汗を浮かべじっと動けずにいた。


「…!」


が、突然、女の眉が微かに動き、と同時にふっと、まるで風のように姿を消した。


「?!」


一瞬の事に、男は仰天して、慌てて辺りを見回した。だが、もう女の姿は何処にも無かった。


「な、何なんだよ一体…。」


まるで夢見ていたような出来事に、男は暫し呆けていたが、腕に抱いているサーシャの姿を見て我に帰った。


「ま、まあ、いいや、今からたっぷり楽しむとするか…。」


再び男がにやにや笑いながら小屋に入ろうとすると、


「そこの男!待てっ!」


突然聞こえてきたひとりの男の声。


「!?」


その声に振り向くと、そこには自衛団の制服を纏った数人の男達がいた。


「て、てめえら…!」


「我々は自衛団である!貴様が連れているその少女をこちらに引き渡して貰おうか!」


自衛団のひとり、ジーフェスが男を睨み付けながら威嚇するように命じた。


「っ!くそっ…!あと少しだったのに…!」


男は忌々しく呟くと、サーシャをその場に放りだして脱兎の如く街の奥へと逃げ出した。


「おい!貴様…!」


団員のひとりが逃げていく男を追いかけようとした。


「待て!目的は果たした。深追いはするな。」


だが、ジーフェスは団員に短く忠告した。


「……。」


団員はジーフェスに従い、だが忌々しげに表情を浮かべて逃げていく男を黙って見送った。


「……。」


“俺の見間違いか…?確かにあの男の傍に女がいたような…。

しかもあの女は確か…。”


そう思いながら、ジーフェスは気を失って倒れているサーシャのもとに近寄り、そっとその身体を抱き上げた。


「サーシャ殿、サーシャ殿…。」



地面に落ちたせいで顔と髪に砂がついていたのを指先で優しくはらって、ジーフェスはサーシャの頬をそっと軽く叩いた。


「…ん…。」


程無く彼女は意識を取り戻し、その綺麗な碧の瞳を見せた。


「…!?」


だが、ジーフェスと目が合ったサーシャはその表情を恐怖に歪め、いきなり暴れだした。


「いや!いやっ!離してっ!!」


「サーシャ殿っ!」


それは、ジーフェスをあの男と勘違いしてしまい混乱している様子そのものであった。


「離してっ!」


「違いますサーシャ殿!俺ですっ!ジーフェスですっ!」


暴れる彼女の身体を抱き締めながら、彼は必死に彼女に叫ぶように話しかけた。


その声に、やっと我に帰ってサーシャは暴れるのを止め、自分を見つめる澄んだ翠の瞳を見つめ返した。


「…ジーフェス、様…。」


落ち着いた様子に、彼はほっと安堵の吐息を洩らして尚も続けた。


「あの男は追い払いました。もういませんので安心して下さい。

すみません、貴女を怖い目に遭わせてしまって…。」


優しいその声に、サーシャはやっと安心してほっとして、そして、涙がぽろぽろと流れてきた。


「…っ…!」


サーシャは声が出ず、だが安心感からか、自分を助けたジーフェスの胸にぎゅっとしがみついた。


「…こわ、かっ…、た…。怖かった怖かった…っ!」


しゃくりながら、必死に胸にしがみつく彼女を、彼はただそっと優しく抱きしめた。


「大丈夫です。もう、大丈夫ですから…。」


ジーフェスの優しい声と温かい胸の中で、サーシャは暫し全てを委ねて、ただ泣き続けていた…。




      *




…結局その後、未だに恐怖から抜けきれないサーシャを、ジーフェスは早めに仕事を切り上げて一緒に屋敷へと戻っていった。


屋敷では先に戻っていたエレーヌ達が心配そうにしていたが、サーシャの無事な姿を見るなり嬉しそうに抱き付いてきた。


「ごめんなさい〜〜、無事でよかったですぅぅ〜〜!!」


エレーヌはもう涙目でぐちゃぐちゃな顔でサーシャに抱き付いていた。


「御無事で何よりです。」


平常心を装うポーの瞳にも、微かに安堵の光が見えていた。


「皆さんに心配かけてしまって、本当に申し訳ありません。」


サーシャはそう言って、皆に頭を下げた。


「サーシャ様が気にすることではありません。もともとはエレーヌが話を切り出したのが原因なのですから…。」


「…はい、本当にすみません〜。」


流石に今回ばかりは、エレーヌも素直に非を認めた。


「まあ、そのくらいにしとこう。こうやって無事に戻ってきたのだからな。」


ジーフェスはそう言ってサーシャに微笑んだ。


「あの…、助けてくれて、本当にありがとうございます…。」


ぺこりとお辞儀をしてサーシャがジーフェスにお礼を述べた。


「礼を言う必要はありません、貴女を守るのは俺の役目ですから、当然のことをしたまでです。」


そう言って優しく微笑み返した。


…どきん…。


彼女の胸が、微かに高鳴った。


“あの時、混乱と恐怖の中で、ついジーフェス様の胸の中にしがみついてしまった…。”


とても広くて、温かい胸。自分を優しく包みこんでくれて…。


「取り敢えずお昼にしませんか?皆サーシャ様を心配してまだ食べてませんからね。」


とハックの声。


「そうですね。私もお腹空きました。」


「あたしも〜。」


ポーもエレーヌも素直に頷いた。


「そういえば俺は朝から何も食べて無かったな…。確かに腹がへった。」


ジーフェスも疲れたように呟いて、ふとサーシャのほうを見た。


「サーシャ殿、一緒にお昼にしませんか?」


いきなりジーフェスに話かけられたので、サーシャは思わずびくっ、となってしまった。


「あ、は、はい。」


「…?」


そんなサーシャの様子に首を傾げたジーフェスだったが、直ぐに食卓のテーブルに向かっていった。


そんな彼の背中を見て、サーシャはふと思った。


“どうしたのかしら、私…、こんな気持ちって、何…?”




      *




…翌日。


「何で私がお前を呼び出したのか、解っているのだろうな?」


「……。」


ジーフェスはただ無言のまま、目の前にいるアルザスの前で立ち尽くしているだけだった。


早朝から仕事に向かおうとしたジーフェスの元に彼の使いがやって来て、早急の召喚命令を下していった。


そして今、彼は召喚命令に従って執務室に向かい、椅子に座るアルザスに怒りに満ちた瞳で睨まれていた。


“やっぱり、ばれていたのか…。”


「兄さん、これには…、」


「言い訳は無用、ここでは私のほうが位は上だ。そのような無礼な態度は許さんぞ!」


「!」


…普段、余り階級に拘らない彼がここまで厳しく言うなどとは、それは強い怒りに満ちているのが疎いジーフェスにもありありと解った。


「…本当に、申し訳ありませんでした、アルザス宰相。」


頭を下げ、非礼を詫びるその様子を見て、アルザスはやっと怒りを収めた様子ではあ、と溜め息をついた。


「万が一と思って、私の護衛のひとりをサーシャ殿につけていたのだが…、…よもやこんな早くに必要となるとは、思いもしなかったぞ。」


“やはり、あの時、…見たのはほんの一瞬だったが…、サーシャ殿を拐かした男の傍にいたあの女は、兄さんの使いの『彼ら』のひとりだったのだな。”


「もしまたこのような事を引き起こしたならば、たとえ兄弟であろうとも厳重な処罰を下すからな、覚悟しておけ。」


「…肝に命じておきます。」


その言葉を確認すると、アルザスはつい、と頭を振り、ジーフェスに部屋から出ていくように促した。


「……。」


意図を察して、黙ったまま一礼し、ジーフェスは無言で執務室から出ていった。

部屋の外に出ると、扉の前で待っていた秘書のラルゴが苦笑いしてジーフェスを迎えてくれた。


ジーフェスがアルザスに仕事の事で叱責されるのは常々の事なので、彼はまたいつもの出来事だと思い込んでいるらしい。


まあ、そのほうが今の彼には却って都合が良かったが…。


「…お疲れ様です…。」


ジーフェスは一言彼にそう告げて、執務室を後にした。


長い廊下を歩きながら、ふと思った。


兄さんに知られたということは…、


「可哀想な事をしたな、無理にでも捕まえておけば良かった…。」


苦笑いしながら、ぽつりとそう呟いた。




      *




…娼婦街の外れで、ひとりの男と少年の遺体が見つかったのは、それから3日後の事だった…。



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