第2章Ⅶ:海の碧と瞳の碧
いつの間にか、夜が明けて明るい日射しが部屋の中を照らし出している時間、
昨夜泣き続けていたサーシャは、いつの間にか布団もかけずにベッドの上で眠っていた。
「…ん。」
眩しい朝の光に照らされて、彼女はふと目を覚ました。
「私…。」
何か、顔の表面がひきつる感じがするし、瞼が少し重い。
“何で、こんな風に。”
ふとサーシャは、昨夜のことを少しずつだけど思い出していった。
“確か、夜遅くにジーフェス様が部屋に来て、私に話をしていって。”
「!?」
“あの時、私、ジーフェス様の言った言葉に、ついかっとなってしまって!”
『出ていって下さい!』
「わ、私!何でことを!?」
はっきりと思い出し、勝手に独りで恥ずかしさの余りに真っ赤になったり、何でことをしたのだろうと青くなったりしていた。
“どうしようどうしよう、何て顔でジーフェス様に会えば良いのかしら!”
ぐるぐると、後悔とこれからの事を考えていると、
『コンコン』
と小さく扉をノックする音が聞こえてきた。
「は、はいっ!」
いきなりだったので、つい上ずった声で返事をしてしまった。
「サーシャ様おはようございます。朝食が出来てますけど、どうされますか〜?」
扉の外から、サーシャの様子を全く知らないエレーヌが呑気に声をかけてきた。
「お、おはようございます。身支度を整えたら行きます。」
「はーい。何かお手伝いが必要ですか?」
「いえ、大丈夫です。」
「わかりました〜。」
ぱたぱたと足音が遠退くのを聞いて、サーシャは暫く呆けたままだったが、取り敢えず水差しの水で顔を洗い、眼の辺りに濡れた布をあてて腫れた眼を治した。
“取り敢えず、行かないと、いけないわよね。”
眼の腫れが少しおさまり、服も着替えたサーシャは部屋を出て、ダイニングに向かっていった。
「……。」
“何て言えば良いのかしら。取り敢えずは、謝罪からよね。”
そんな風に悩んでいると、突然横にあった扉が開いて、ジーフェスが姿を現した。
「!?」
いきなりの事だったから、ついサーシャはびくっ、となって逃げるように彼から離れてしまった。
「サーシャ殿、おはようございます。」
「お、おはよう、ございます。」
サーシャの心配をよそに、ジーフェスは昨日までと変わらず、笑みを浮かべて挨拶してきた。
「昨夜は夜遅くに失礼しました。あれから眠れましたか?」
「は、はい。あの…。」
昨夜の事を全く気にしてないのか覚えてないのか、彼は全く動じることなく、普通に話し掛けてきた。
「何か。」
「あの、その…。」
サーシャが恥ずかしさでもじもじしていると、
「あー、こんなところにいた、旦那様、サーシャ様、早く来てください〜。朝食が冷めてしまいますよ〜!」
と、余りに遅い二人を再び迎えに来たエレーヌの大きな声がした。
「相変わらず朝から煩いなあ。とにかく食事に行きましょうか?」
「は、はい。」
結局、サーシャ何も言えないまま、ジーフェスと共にダイニングに向かっていった。
*
食事中も、何となく気まずくて何も話す事無く食事を進める二人。
「またですねー。今度は一体何があったのでしょうか〜?」
「黙ってなさい。失礼ですよ。」
そんな二人の様子を見て、ひそひそ話をするエレーヌとポー、と、
「サーシャ殿は何処か行きたい所はありませんか?」
いきなりジーフェスがそう尋ねてきた。
「え?」
「今日は特に何をするとか考えてなかったのですけど、天気も良いですし、良ければ何処かに出掛けようかと思いまして。」
「出掛ける、ですか。」
「それは良いですね。良い天気で暖かいですし、必要でしたらお弁当をお作り致しますよ。」
「ああ、ありがとうポー。特にサーシャ殿の希望が無ければ、沢山はないですけど各名所を廻ろうかと考えてますが。」
「……。」
行きたい、場所。
ふと何故かサーシャは初めてフェルティ国に来た時の事を思い出した。
『ねえ、あれは何という湖かしら?』
『サーシャ様、あれは湖ではなく、海で御座います。』
湖よりも、遥かに碧くて広くて、何もかも包み込むような。
「…海…。」
ぽつりと呟いたその一言を聞いて、ジーフェスはああ、という感じの表情を浮かべた。
「海ですか。そういえばアクリウム国は森に囲まれていて海から離れていますからね。初めてですよね海は。良いですよ、海に行きましょうか?」
「え、あの。」
特に行きたかった訳ではなかったのだが、つい言葉になってしまってサーシャは少し慌ててしまった。
「はい。お願いします。」
だけど、ちょっとは海というものを近くで見てみたい気持ちもあったので、敢えて否定はしなかった。
「じゃあ、食事を終えたら出掛けましょう。
エレーヌ、タフタに馬車の準備をするように言ってきてくれ。ポー、すまないが二人分のお弁当を頼む。」
「はーい。」
「了解いたしました。」
*
程無くして、タフタが操る馬車に乗って出掛けた二人。
「海に行くんでしたよね。港のほうで良いですか?」
「いや、港は人が多くて落ち着いて海を見れないから、浜のほうに向かってくれ。」
「了解しました。」
馬車はゆっくりと海に向かっていく。
「浜、って?」
「ああ、港は海も見れるけど、貿易船とかの出入りが多いから市場とかが沢山あって買い物とかには向いてるけど、海を楽しむには向いてなくてね。」
「海そのものを楽しむなら浜が一番なんだよ。波も穏やかで普段はそんなに人も集まらないけど、炎(=夏)の季節には海水浴も楽しめる綺麗な場所だよ。」
「そうなんですか。」
あの時のことなど、全く無かったかのように振る舞うジーフェスの様子に、サーシャは却って不安が増していった。
「あの、ジーフェス様。」
「はい?」
「ジーフェス様はその…。」
その時、ふと馬車が止まってタフタの声が聞こえてきた。
「御二人とも着きましたよ。」
同時に扉が開いて、ふわりと海の匂いのする潮風が中に入ってきた。
「うわあ!」
目の前に拡がるその光景に、サーシャは思わず声をあげてしまった。
澄み渡る青い空、深い碧の色を湛えて遥か彼方、どこまでも拡がる海、そして白い波が寄せる真っ白な砂浜、
そこには浜遊びをする子供連れの親子や海遊びをする波乗りの人、若い恋人やランニングをする人などが何人かいた。
「久しぶりだなここに来たのは。どうですかサーシャ殿」
馬車から降りて、うーんと背伸びしながら訪ねてきた。
「素敵です。海って、こんなに青くて広くて、凄いですね!」
嬉しそうに、瞳をきらきら輝かせながら興奮気味に話す様子に、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そこまで喜んでくれたら、連れてきた甲斐があります。良かったら、もっと近くで見てみますか?」
「はい!」
サーシャが嬉しそうに返事すると、ジーフェスはくすっ、と笑って手を差し出した。
「砂浜は足元が悪いから、手を引いてあげるよ。」
そういって、ジーフェスはサーシャに右手を差し述べた。
「あ…。」
一瞬、どうして良いか解らずちょっと躊躇っていたが、やがておずおずと左手を差し出した。
きゅっと、優しく握る彼の手の大きさと温もりにサーシャの胸が小さくとくん、となった。
「降りますから、足下に気を付けて。」
先ずはジーフェスが先に砂浜に降りて、続いてサーシャも降りていった。
「わ、きゃっ。」
サーシャの予想していたよりも遥かに砂浜は柔らかくて、足をとられて思わず転びそうになってしまった。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。」
とは返事したものの、初めての砂浜に全く慣れずに、何度も転びそうになってしまっていた。
「やっぱりこうしましょうか?」
そんな様子を見ていたジーフェスがくすっと笑い、サーシャから手を離して、靴を脱いで裸足になった。
「うん、熱くないな。結構気持ちいいですよ。」
裸足になってすたすた歩くその様子を見て、サーシャも自身のサンダルを脱いで裸足になった。
「わ。」
陽に照らされて暖かくなった細かい砂の感触に一瞬びっくりしたが、柔らかくて気持ちいいその感触に直ぐに慣れて彼のあとについて歩きだした。
…こんなに細かくて柔らかい砂は初めて、気持ちいい。
しゃくしゃくと砂の感触を楽しみながら、二人は波打ち際まで近付いていった。
「風がほとんど無いのに、水が、動いているのですね?」
目の前の岸に波の寄せる様子を見たサーシャがちょっと驚いたように聞いてきた。
「ああ、これは波ですよ。風が無くても来るものなんですよ。一説によると、この大陸が動いているからとか言われてますけど、俺もはっきりとは良く理解してません。」
はは、と照れたように笑ってジーフェスは答えた。
「そうなのですか。」
サーシャもそう答えた。
「……。」
「……。」
暫くの間、二人は黙ったまま寄せては返す波の様子を見ていた。
海の碧と空の碧が、交じりあうようで交じりあわない、そんな、不安定な思いを抱えながら。
「サーシャ殿。」
長い沈黙を破ったのは、ジーフェスのほうだった。
「は、はい。」
いきなりだったので、びっくりした声で返事をして、サーシャはジーフェスのほうを見た。
綺麗な翠の瞳が、少し哀しそうに自分を見ている。
「昨夜のことですが、はっきり言いますけど、俺は貴女に対してこれといった感情は、無いです。」
「?!」
「まだ出逢って3日しか経ってなくて、俺は貴女のことを全くと言っていい程知らないのです。
だから好きとか嫌いとか、好みか否かとか、俺にとってはサーシャ殿、貴女はそんな感情以前なのです。」
「……。」
「ただひとつ解った事は、貴女は祖国の為ならば自らを犠牲にすることも厭わない程、王族の誇りに満ちた方だということ。」
「それは。」
「別にそれが悪いとは言いません。時としてそれは必要な事ですから。
ただ、自らを犠牲にする余りに自己の全てを封じて完璧な人間として振る舞うその姿に、俺は不自然さと、嫌悪感すら感じました。」
「!」
「だから昨夜のように、自分の思いのままに、ありのままの気持ちを俺にぶつけた貴女の姿を見て、俺は少しほっとしました。
貴女は王族の操り人形では無く、感情を持った、血の通う、普通の女性だと解ったから。」
それから彼は彼女に向かって頭を下げた。
「あの時は本当に失礼な事を言ってしまい、すみませんでした。
でも、俺は確かに貴女の年齢の幼さには驚きましたが、決して姉君と比較した訳ではありません。
ていうか、俺、サーシャ殿の姉君に逢った事無いですし…。」
「え…?!」
“そういえば、姉様も言っていたっけ。”
『ジーフェス殿には一度も逢った事は無いわ。』
「まあ、いろいろ噂とかで話は聞いているけど、
俺としては、あのアルザス兄さんと対等に張り合える女性というだけで、ちょっと苦手というか、敬遠したいていうか…。
あ、その、べ、別にサーシャ殿の姉君が嫌とか悪いとかそんな訳ではないのですよ。」
しどろもどろになって話すその姿はかなり笑える。
「俺としては、姉君のような美人だけど気の強そうな方より、貴女のような穏やかな方がここに来てくれて、少しほっとしてます。」
「え?!」
ぼそっと言ったジーフェスの一言に、サーシャはちょっと驚いて彼を見返した。
それって、もしかして。
ジーフェスは、ちょっと照れたように頭をぽりぽりとかいていた。
「その、サーシャ殿はアクリウム国に、…恋人とか、想い人とかは居ないのでしょうか?」
「え?」
「いや、政略結婚だったから、生木を裂かれるような事をされてないのかな、と思って、
もしそうなら、これからの俺との生活に支障もあるし、確認しときたいんだ。」
そんなジーフェスのちょっと不器用な優しさに、サーシャはくす、と笑みが零れた。
「恋人とか将来を誓った方とか、そんな人はいません。安心して下さい。」
“アルテリア兄さまの事は、ここではちょっと違うわよね。
第一、アルテリア兄さまはもう…。”
「あ、そう、なんですね。解りました。」
少し、ほっとしたように呟く。
「ジーフェス様のほうこそ、他に想っている方とかいらっしゃらないのですか?」
「俺?いや俺には別に、そんな人はいないよ。最近は仕事が忙しくてそんな暇は無かったしな。」
ははと笑って、ふと真剣な顔付きに、それでいてちょっと頬を赤くして呟いた。
「サーシャ殿はその…、…アクリウム国から直ぐにでも子供をつくるようにとか、夫婦の契りを交わすようにとか、そんな事を言われましたか?」
「いえ、私はただ、ジーフェス様の所に嫁ぐようにとは言われましたが、そのような事は言われていません。それが何か?」
それを聞いて、ジーフェスはほっとしたように表情をほころばせた。
「そうですか、それは良かった。」
「え?」
「あ、別にサーシャ殿が嫌いだからとかそういう事で安心したわけではないです。」
慌てて言い訳する。
「俺とサーシャ殿の結婚がお互いの国同士の政略である以上、俺やサーシャ殿だけの力では解消できないのは事実です。」
「……。」
「それぞれの国から早急な夫婦関係を強要されたのならともかく、その必要も無いと解った以上、夫婦関係をするのをそんなに焦る必要も無いと俺は思うのです。」
「……。」
サーシャは黙ったまま、ジーフェスの話を聞いていた。
「こういうきっかけだけど、折角お互いに出逢ったし、お互いにはじめからやっていきませんか?」
「え?!」
「まだ俺とサーシャ殿は、お互いにお互いの事をほとんど知らない状態でしょう。そんな中で、いきなり好きだの夫婦関係をしろだの、そんなのは無理があります。
だから、もし良ければ今からゆっくりと時間をかけてお互いにつきあって、お互いの事を知り合って、それから、お互いに気持ちを確かめていきませんか?」
彼の何の迷いも無い、純粋な翠の瞳。
ライアス様と同じ。
“ああ、この方は本当に綺麗な心の持ち主なのね。”
「あ、そ、その…、…ずっと一緒にいても、もしも上手くいかなかったら、…その時はその時で考えてみようか、と…。その、どうでしょうか…?」
余りにもサーシャが黙ったままだったので、最後のほうはちょっと不安そうに、自信無さげではあったが。
そんなジーフェスの様子にくすっ、と笑ってしまい、だけど直ぐに真面目になって呟いた。
「ジーフェス様、私は今までずっと、アクリウム国の中でメリンダ姉様と比較され続けてきました。」
突然のことに、ジーフェスは黙ってサーシャを見つめた。
「美人で頭も良くて、女性らしい美しい身体つきをした姉様に比べ、私は本当に何もかもみそっかすで、王族に産まれながら何の役にもたたず、時々この身を恨んだりもしました。」
「……。」
「だから、ジーフェス様との結婚話が出たとき、本当に嬉しかったのです。自分がやっとアクリウム国のお役にたてる、そして、…姉様の呪縛の無い地に行けると。」
「……。」
「でも、結局ここでも私は姉様の影と比べられる事になった。アクリウム国の宰相として各国を廻っている姉様を、ここの国の方が知らない筈は無いのに、ね。」
「……。」
「姉様は本当に強くて優しくて、私も大好きなの。だからこそ、悲しかった…。
いっそのこと姉様が意地悪で嫌いになれたら、いつも比較ばかりされて恨むことが出来たら、こんな思いをしなくても良かったのに。」
「それは違うかな。」
「え?」
「たとえ貴女の姉君がそうだとしても、きっと貴女は姉君のことを嫌いにはなれない筈、俺はそう思いますけど。」
「ジーフェス様。」
「今からは素直に生きて下さい。アクリウム国の王女ではなく、サーシャというひとりの女性として。それが、俺の願いです。」
『大丈夫だよ、彼はとても良い人だよ。』
“アルテリア兄様、兄様のいう通りだった。
私は、本当に恵まれている。
こんなに、良い方と巡り逢えたのだから…。”
「ありがとうございます、ジーフェス様。
こんな、私で良ければ、これから、よろしくお願いいたします。」
サーシャぺこりと、ジーフェスに向かって頭を下げた。
その表情はすっきりとした、心からの微笑みに満ちていた。
そんな彼女の様子に、ジーフェスも安心したように、嬉しそうな笑みを浮かべて手を差し出した。
「こちらこそ、これからよろしくお願いします。」
くす、とお互いに笑みを浮かべて、二人はそっと握手を交わした。
*
その日の夜、
屋敷に戻った二人は他愛の無い会話を交わしながら夕食をとっていた。
「旦那様とサーシャ様、元に戻った、というより、何か今までより空気が穏やかになったみたいですねー。」
「そうですね。」
「海に行った時、何かあったのかなー?」
「かも、ですね。」
二人の様子を見ていたエレーヌとポーが、少し嬉しそうに呟いた。
*
「ふう。」
食事も終え、湯を済ませたジーフェスは独り、自室に戻って広いベッドの上に身体を横たえた。
「……。」
昼間の海での事を思いだし、ふと優しい微笑みを浮かべた。
“彼女の気持ちも少し解ってきたし、何となくだが、上手くやっていけそうだし。
まあ、まだ始まったばかりだから、焦らず、ゆっくりやっていこう。”
そう思いながらもうとうととしだしていると、
『コンコン』
と突然小さなノックの音。
「はい…。」
不思議そうに返事すると、かちゃりと扉が開いて、おずおずとサーシャが姿を現した。
「?何かありましたかサーシャ殿。」
「あの、ちょっと失礼してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ。」
返事をすると、少しおずおずと恥ずかしそうにネグリジェにガウンを羽織った格好のサーシャが部屋に入ってきた。
「何かありましたか、サーシャ殿?」
ベッドから身体を起こしながらジーフェスは尋ねた。
「あ、の。」
恥ずかしそうに、頬を赤くして少し俯き加減の彼女の姿を見て、以前の事を思い出し、
まさか!とある予感がしてしまった。
「あの、男の方と女の方がする『儀式』は…、」
「?!」
予感が当たって、びっくりして慌ててしまったジーフェス。が…、
「…今はまだ、しなくても、良いのですよね?」
「……。」
続きを聞いて、ほっとしたように深いため息をついてがっくしと力が抜けてきた。
「そ、そうですよ。俺とサーシャ殿とは、まだやる必要はありませんよ。」
あー、焦った。
「そう、ですよね。良かった。」
そう呟いたサーシャの表情は、本当に安堵に満ちたものであった。
まあ、気持ちは解るけど。
余りにも安心して喜んでいるようにも見えるその様子に、何とも複雑な思いがした。
「良かったです。その事だけが気掛かりでしたので安心しました。」
そしてにっこりと微笑んだ。
「ではおやすみなさいませ、ジーフェス様。」
ぺこりと頭を下げて、サーシャは足取りも軽く、扉に向かっていった。
「あ、ああ、おやすみ、なさい。」
その言葉を確認するか否か、彼女はさっさと部屋から出ていってしまった。
「……。」
独り残されたジーフェスは、唖然とした、何ともいえない気分だった。
“そう来ましたか。まあ、いいんだけど、ね。”
そして深々とため息をついてぽつりと呟いた。
「参ったな、こりゃ…。」
…二人の関係は、まだまだ始まったばかりだった。
果たしてどうなることやら?!