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第13章Ⅴ:報い

ーー自衛団庁舎でジーフェスとマーゴットが一騒ぎしていたのと同時刻、エリカとサーシャのほうはリンブドル家の屋敷にある庭園で、周りの草花を愛でながら二人和やかにお茶をしていた。


「それでね、街のお店でこの髪飾りを購入しましたの」


「素敵ね。私もいつかその雑貨屋さんに行ってお買い物してみたいわ」


「ええ!是非次に会うときは街でお買い物とか食事とかしましょう」


女の子らしい会話を交わし、時間を忘れ夢中になってしまい、ふと見てみれば用意していたお茶が全て空になってしまっていた。


「あ、いけない。私ったらお喋りに夢中になって、お茶が無くなったのにも気付かなかったわ」


「まあ」


「ちょっとお待ちになってね。新しいお茶をすぐに持ってきますわ」


「ええ」


そう言ってエリカは空のティーポットを手に席を後にしたのだった。


“久しぶりにこんなに沢山お喋りして、本当に楽しいわ”


独り残されたサーシャは改めて周りの庭園の様子を眺めてみた。


“私好みの花々が咲いていて、本当に素敵なお庭。私の屋敷でもこんな風にしてみたいわ”


ふとサーシャはもっと近くで花を見てみたいと思って椅子から立ち上がり、庭の中まで入っていこうとした。

が、その時、突然行き先を阻むようにサーシャの前にひとりの人物が姿を現した。


「やあサーシャ殿」


「あ、貴方は…」


「儂はこの屋敷の主人パナケア=リンブドル、エリカの父親じゃ。以前のパーティーでは大変失礼しました。我が屋敷へようこそ。如何ですかなここの庭は?」


その人物、パナケアはにこやかな笑みを浮かべてずんずんとサーシャのほうに近寄っていった。


「あ…と、とても素敵なお庭です。今日は御招きありがとうございます」


パナケアの接近に気圧され、サーシャはつい後退りして先程まで座っていた椅子に戻ってしまった。


「いやあ、サーシャ殿が気に入ったのなら良かった良かった。エリカが庭の手入れなど、金ばかり掛かって無駄な事をするのかと思っていたが、たまには役に立つものだなあ!」


はははと品の無い笑い方をするパナケアに、サーシャは微かな嫌悪を覚えたが、それを何とか押し隠してにこやかな笑顔を浮かべた。


「いえ、この庭は本当に素敵なものです。エリカさんの見立ては素敵なものですわ」


「いやあ、あれはいつも内に篭っておってばかりでなかなか人付き合いも悪くてな。これではいかんと先日パーティーに渋っていたのを半ば強引に連れてきたものだが、貴女にお逢い出来て喜んでおりましたわ!」


がはは、と更に品の無い笑いをあげて、パナケアは先程までエリカが座っていた椅子へと腰をおろした。

そんな男の様子にサーシャはいけないと思いつつ胸中に嫌悪感を抱くのだが、表情にはおくびにも出さないようにした。


「いやあ、エリカと楽しんでいるようで良かった良かった。そういえばジーフェス殿の姿が見当たらないようですが」


「じ、ジーフェス様は自衛団の仕事でこちらへは来れないと言っておりました」


「ああ、そうですか。昨日の今日ですからな、いや、実に残念だ」


“ちっ、フェルティ国王族のジーフェス殿のほうが支援がやり易かったのだが、まあ良いわ。この小娘でも構わん。

しかし見れば見る程貧相な娘だな。あそこの王族は皆が皆容姿端麗と聞いていたが…平々凡々なこの娘は言われなければ只の街娘にしか見えんわ”


パナケアがそんな事を思いながらサーシャに視線を向けると、彼女はその残念そうな、いや侮蔑の篭った感じのその視線に別の意味で誤解して表情を微かに歪めた。


「申し訳ありません。あの…本当にジーフェス様も此処に来れずに残念がっておりました」


サーシャの謝罪に、パナケアははっと我に返ってにこやかな笑顔を貼り付けた。


「ああ、いやいや、仕事でしたら仕方在りませぬ。自衛団は王都の秩序を守る大切な役割がありますからな。その長で在られるジーフェス殿は王都の誇りですわ」


「まあ、そこまて仰って頂いて、ありがとう御座います」


「いやいや。そのような素晴らしい御方を御主人に持たれて、サーシャ殿もさぞかし幸せなことだ」


パナケアのうわべだけの賛辞をすっかり信用したサーシャは笑顔を浮かべ、にこやかに答えるのであった。


「ええ、ジーフェス様は本当に素晴らしい方ですわ」


先程迄の嫌悪感はすっかり無くなり、サーシャは心からの笑顔でパナケアに答える。


「そうですな」


“まあ良いわ。腐ってもこの小娘はあのジーフェス殿の奥方。しかもアクリウム国の王族。儂の損失を補うだけの金の調達など容易いだろう”


パナケアの悪どい思惑など全く気付いていないサーシャは、ジーフェスが褒められた事にすっかり気を良くしてしまっていた。


「娘さんのエリカさんもとても素敵な方で、私ととても気が合います」


「おお、それは何よりじゃ。あやつは引っ込み思案の為か友達と呼べる者が居なくてな、サーシャ殿があれの友人になってくれたら、それは大変嬉しい事ですわ」


“そうそう、そうしておけば支援も受け易いしな”


もうひとつの思惑を隠して、パナゲアはひたすらサーシャを褒め称え、信用させようと必死である。

そんな男の思惑など全く知らないサーシャは男の賛辞にすっかり気を許しつつあった。


“良かった。初めてお逢いした時はとても厳格で怖そうで、エリカさんとのお付き合いを認めて貰えないかと思っていたけど、思い違いのようだったわ。良かった”


“いや、ジーフェス殿よりもこの小娘のほうが世間知らずの無知な様子。こっちのほうから攻めていくほうがやり易いかもな”


すっかり信用して笑顔を浮かべるサーシャに、パナゲアは心中でほくそ笑みながら話の機会を伺っていた。


「ところでサーシャ殿」


「はい」


「出逢えて早々にだが、実は折行って頼みがあるのだが…」


「頼み、ですか?」


「そうじゃ、儂は磁器をはじめとした商品を手広く扱っておるのじゃが…」


「ええ、ジーフェス様からもお聞きしました。何でもリンブドル商会という立派な会社を営んでおられるとか…」


「おお、そこまでご存知ならば話は早い!いやお恥ずかしい話、最近その商売が上手くいかなっておりまして、このままでは儂や妻、エリカにまで辛い思いをさせる事になります」


「エリカさんが、ですか」


彼女エリカの名前が出た途端、サーシャの表情に翳りが見えた。


“ふふ、儂独りだけならばまだしもエリカが絡むと無視出来まい”


「ついてはサーシャ殿の御力を借りたいのじゃが」


「私の、ですか?それは一体」


突然の依頼に、サーシャは首を傾げるばかり。


「そうです。何、簡単な事で御座います。サーシャ殿の縁者に儂の事を話して頂きたいのじゃ」


「話、ですか…?」


「ええ、出来ればサーシャ殿の縁者から儂の商会に少しばかり支援して頂けると非常に有り難いのだが」


「私の縁者から、支援…?」


「サーシャ殿の縁者はかの誉高きアクリウム国の王族とお聞きしております。そちらならば儂の商会への支援、金銭的支援など容易い事で御座いましょう。どうか儂を、エリカを救う為に御力を」


そこまで聞いて、やっとサーシャはパナゲアの思惑を理解するのであった。


“支援って、要はアクリウム王家から商会の立て直しの為の資金を調達したいのね”


少し困ったような、だが何処となく不気味に微笑んでいるようにも見えるパナゲアの顔を見てサーシャは戸惑いを隠せない。


“エリカさんのお父様の頼みを聞いてあげたいのはやまやまだけど、私は最早アクリウム王家からは追放された身。そんな私にアクリウム王家が金銭面の支援など、する筈が無いわ”


だが目の前のパナゲアの、期待の眼差しを向けた様子に、直ぐには断りの返事を出来ずにいた。


“やはり無理なものは無理たわ。パナケア様には申し訳ないけど、早々にお断りしなければ…”


「どうされましたかサーシャ殿?」


「あの、大変申し訳ありませんが、私個人の事ではそのような支援は、無理でございます」


「…は?!」


予想外の返事に、パナケアは妙な声をあげて表情を歪ませた。


「その、確かに私はアクリウム国王族の血筋を受け継いでおります。ですが私はここフェルティ国に、ジーフェス様のもとに嫁いできた時から王族とは完全に切り離された存在となりました。私はアクリウム王族からは除外されてフェルティ国の人間になったのです」


「何ですと!では最早貴女はアクリウム王族とは繋がりが無いと…」


「はい。ですから私個人からではアクリウム王族の支援を受けるのは不可能です」


尤もそれ以前に、婚姻前の自身の扱われ方から、自国の為にならない支援など到底有り得ないとは思っていたが、それは敢えて口に出さない。


「む、むむ…」


“何という事だ!アクリウム王族と繋がりがあればそれなりの資金の調達など容易いと思ってたのに!

まあ良いわ。そっちが無理ならば、ジーフェス殿のほうに頼むまで。確か奴は毎月王族支援金をがっぽり受け取っている筈。それを利用させて貰えば良いわ”


予想外の返事にパナケアは少し焦りはしたものの、直ぐに気を取り直して次なる手を打ち出してきた。


「サーシャ殿か無理でしたら、ジーフェス殿のほうは如何かな?」


「ジーフェス様、ですか」


「ええ、話ではジーフェス殿は月に一度フェルティ国王族からの支援金を受けておられるとか。その、そちらの資金の一部をこちらに回して頂く訳にはゆかぬだろうか?」


「フェルティ国の支援金、ですか?」


「はい、それか無ければ商会や儂も、そしてエリカも大変な事になるのです。是非ともサーシャ殿からジーフェス殿にお願いを」


縋り付くような期待の眼差しを向けるパナケアに、サーシャは以前、ジーフェスのもとに嫁いだ直後に聞いた話を思い出していた。


『サーシャ殿、貴女は俺の妻となった訳だが…今の俺は唯の一平民として街の中で生活をして、自衛団に勤めてもいる。大半の街の人々も俺を王族とは扱わずに一平民として扱ってくれている。

だからサーシャ殿も俺と同じように扱われるでしょう。アクリウム王族として育ってきた貴女には信じられない扱いをされるかもしれない。勿論貴女を傷付けたり貶めたりするような行為は言語道断だが、王族としての敬意は期待しないほうが良いでしょう。その事、覚悟はお有りですか?』


『その事でしたらご心配要りません。如何なる事があろうとも、私はジーフェス様の妻としてゆく事と決めております』


『…そうですか。ならその点は心配ありませぬな。

あとひとつ、俺は一平民として過ごしてはいますが、腐っても王族の端くれ。その地位を利用して俺や貴女に近付く輩も居ると思います。

この国に於いては王族や高位貴族との取引…時折街に出ての不定期、小額な購入は別にして、定期的な売買契約やそれに準ずる取引、そして多額の金銭のやり取りは全て商会法で定められた方式に則る必要があります。それを無視した、個人的な取引は禁止されており、法を破った者双方共に罰に処されます。もしサーシャ殿にそういう話があった時は直ぐにお断りして頂きたい。よろしいですか?』


『わ、わかりました』


厳しい顔付きでそう強く言われたが為に、流石のサーシャも少し返事に怯えたものだった。


“あの時は良く意味が理解出来なかったけど、こういう事だったのね”


サーシャはぎらぎらと期待の篭った、断るのを許さんと言わんばかりの眼差しに微かに恐怖さえ抱き始めた。


“確かにエリカさんやパナケア様をお助けはしたい。でも私はジーフェス様の妻だけど、ジーフェス様の受けている王族支給金なんて知らないし、時折渡される僅かな金銭以外所持していないし…何よりここでパナケア様にお金を支援しては、その商会の法に違反してしまう。

そんな事をしたら私だけでなくジーフェス様まで罪に問われるかも”


「如何かなサーシャ殿?」


痺れを切らしたパナケアの声にサーシャははっとなり、だが思い切って顔を上げた。


「パナケア様、貴方様が非常にお困りであるのは理解出来ます。ですが私やジーフェス様から直接パナケア様への支援は出来かねます」


「…は?!」


「申し訳ありません。この件に関して私は貴方様のお力にはなれない…」


「ふ、ふざけるなっ!」


サーシャの言葉を遮って、突然パナケアは怒りの形相でテーブルを叩くと音を立てて椅子から立ち上がった。


「?!」


突然のパナケアの豹変ぶりに、サーシャはびくりと身体を震わせた。


「支援出来ぬだと!貴様達王族は有り余る程の金があるのだろう!その一部を都合してくれと言ってるだけだろうがあっ!」


「し、しかし…私は屋敷のお金については管轄外で…」


「もう良いわ!そっちがそういうつもりならば、こちらにだって手はあるわ!」


そう叫ぶとパナケアはサーシャの傍まで近寄って彼女の手を掴んだ。


「な、何を!」


「貴様を人質に、ジーフェス殿から金をせしめてやる!アクリウム国の王女に何か有れば国際問題にも成りかねんからな。あやつも言いなりにならざるを得まい!」


狂気とも取れる不気味な笑みを浮かべ、パナケアはサーシャの手を強引に引っ張って屋敷の中へと連れていこうとする。


「や、やめて下さい!離して下さい!」


恐怖の余り、サーシャは必死でパナケアの手を振り解こうとするが、びくともしない。


“何故、何故こんな事になるの!私はただエリカさんと楽しくお茶会をしていただけなのに…!”


サーシャは恐怖に怯えながらも目の前の鬼の様な形相をした男から逃げ出そうと必死になっている。


「嫌!誰か、誰か助けて!ジーフェス様、助けて!」


サーシャの必死の叫びに、彼女の近くの木の枝が微かに揺らいだ。


…我が主人あるじの危機、か。


その木の枝にはサーシャを護衛している『闇陽』のひとり、黒ずくめの格好をした女の隠密の姿があり、二人の様子をじっと見つめている。


…あの男、我が主人に仇なす者…。抹殺、する。


サーシャの様子に主人の危機と感じた女は無言のまま懐から投擲用の剣を取り出すと、パナケアに定めてきた。


「きゃああっ!」


…?!


だが、サーシャのとは違う女性の悲鳴と荒々しい足音を耳にすると、慌てて剣を懐に戻し、再び息を潜めた。

 

サーシャとパナケアも、屋敷の中から聞こえてきた叫び声に思わず動きを止めた。と同時にドタドタと複数の小走りする足音が聞こえてきたかと思うと、二人の前に数十人の身形の整った、体格の良いきつい顔付きをした男達の姿が現れた。


「な、何だ貴様達は!誰の許しを得て屋敷に入ってきた!誰か、誰かこいつらをつまみ出せ!」


怒りに顔を歪め、大声で叫ぶパナケアを見た男のひとりが、だが騒ぎ立てるパナケアに表情を変える事なく二人の傍まで歩み寄ってきた。


「パナケア=リンブドル殿、我々はレイフィールド貸金組合からの依頼で此方に参りました」


男が静かにそう告げると、パナケアは愕然とした表情となって男達を見返した。


「レイフィールド、貸金組合だと?!」


すると男は懐から一枚の書類を取り出すとパナケアの目の前で広げて顔前に突き付けた。


「貴殿のお借りした金銭類、本日が返済期限となっており、融資法第31条に則り速やかなる返済を要求致します。それが叶わぬのならば、此方の屋敷の品及び土地建物全ての差し押さえの手続きを致します」


「な…?!ま、待ってくれ!金なら有る、だから暫く待ってくれ!金ならこの娘が都合をつけてくれるわ!」


「え?!」


突き出された紙面を見たパナケアはサーシャを前面に押し出して慌てふためき男に懇願する。


「ち、ちょっと?!」


突然の事にサーシャは驚き困惑してその拍子に目の前の男と視線が合ってしまった。


「お嬢さん、パナケア殿はそう言っているが、それは本当か?」


男は相変わらず無表情のまま、サーシャにまるで爬虫類のような冷徹な視線を向けて静かに問うてくる。


「あ、それは…」


男の冷たい視線に表情に、サーシャは恐怖を抱いて思うように言葉が出ない。


“怖い、怖い!誰か、ジーフェス様助けて!”


「だから言うてるだろうが!この娘が金は都合をつけると!」


「そなたには問うておらぬ。お嬢さん、お答え出来ぬのか?」


パナケアの言葉を無視して再度問い掛けてきた男だったが、恐怖に震えて答える事も出来ずにその場でじっとしたままのサーシャ。


“怖い、怖い…”


「サーシャ!」


恐怖に震えるサーシャのもとに、突然聴き慣れた声がしてきた。


“あの声は…!”


「ジーフェス様、ジーフェス様っ!」


優しくて愛しい夫の声に、サーシャは喜びを顕に必死で呼びかける。

すると程なくして自衛団の制服姿の彼が小走りに息を切らしてサーシャ達の前に現れた。


「サーシャ!大丈夫かい。パナケア殿、サーシャに何をしておられる」


未だパナケアに囚われたままのサーシャを見るなり、ジーフェスは慌てて彼女の傍まで駆け寄りサーシャからパナケアの手を振り解き解放した彼女を自分のほうに抱き寄せた。


「ジーフェス様、怖かった、怖かったです…」


ジーフェスの腕の中でサーシャはしっかりと彼の服を掴み、安堵感から涙を零しながら彼の胸に身体を寄せた。


「…ジーフェス?それにその格好は自衛団の制服…なら貴殿は自衛団団長のジーフェス殿であられるか?」


「ああそうだ。そして彼女は俺の妻だ。一体お前達は何者なんだ?」


ジーフェスの厳しい問い掛けに、男は軽く頷き、やはり無表情のまま先程の書類と懐からメダルらしきものを取り出して彼の前に差し出した。 


「わたくし達はレイフィールド貸金組合から委託を受けてリンブドル家の債務回収を行なっている者で御座います。こちらに記載の通り、本日中の債務回収を行う予定で御座います」


ジーフェスは男が差し出した書類を受け取り暫し無言のまま眺め、それから男の胸に光るメダルらしきものに視線を向けた。


「確かにこの書類にはレイフィールド貸金組合の署名捺印、そして貸金組合連合会の捺印もある正式な督促状だな。それにそのメダルは貸金組合連合会所属の特殊徴収班の証でありますな」


「流石自衛団団長を務められる御方、わたくし達の事をご存知で」


「仕事柄、良く見かけるものですから」


苦笑いを浮かべるジーフェスに対し、徴収班のリーダー格の男は相変わらず無表情のままである。


「そういえばご確認したいのですが、リンブドル家の当主であるパナケア殿がこの債務を貴殿の奥方に求めておられたが、その件、ご存知かな?」


男の言葉に最初は驚いたものの、直ぐに全てを理解したジーフェスはサーシャを見、そしてパナケアを睨み付けてから男に告げた。


「そんな約束をした覚えは無い。第一、王族の俺が許可無くして一個人の支援を行うのは禁じられている。その事を貸金組合連合会に所属する貴方達が知らぬとは思わないが」


「そうでございましたか。いや失礼いたしました」


ジーフェスの言葉を確認した男は納得したように深々と頭を下げ、顔を上げるとパナケアに鋭い視線を向けた。


「ジーフェス殿はこのように仰っておられるが、貴方の債務、如何致すのか?」


「ま、待ってくれ!か、金なら準備する!だから、だから屋敷には…」


「これ以上の論議は無駄なようですな…おい、お前達!差し押さえの手筈を行うように!」


「「はっ!」」


リーダーの男の声に他の男達が返事をすると、瞬く間に屋敷のあちこちへと移動していった。


「ま、待て!屋敷には手を出さないでくれ!」


半狂乱になって叫び、徴収班のリーダーに掴みかかるパナケアだが、男は無言でその手を振り払った。


「見苦しいですぞパナケア殿。貴殿も誉れ高きリンブドル商会の取締役ならば、己の商会の現状を素直に受け入れ、商会連合会の力を借りてても対応すべきであったな。そうすれば此処まで追い込まれる事も無かったでしょう」


淡々とそう告げられたパナケアは返す言葉も無く、ただその場にへなへなと崩れ落ちた。


「は、ははは…」


そんなパナケアの様子を、ジーフェスとサーシャは複雑な思いで見つめていた。


“パナケア様、これから一体どうなるのかしら”


「は、ははは…リンブドル商会は、リンブドル家はお終いだ…」


目の前に居るパナケアは気が触れたのか、その視線は焦点を合わせる事なく、ただ不気味に呟くのみ。

そんな男の姿にサーシャの胸は更に痛んだ。


“パナケア様…やはり何とかして助けてあげられないものかしら。それにパナケア様がこんな事になればリンブドル家は…エリカさん達はどうなるの!”


この時、今まで忘れていた友人エリカの事を思い出すのであった。


“エリカさん、エリカさんは一体どうなったの?あの男の人達に何か酷い目に遭わされていないかしら!”


「エリカさん!」


心配の余りサーシャがジーフェスから離れて屋敷に向かおうと駆け出したが、ジーフェスがそれを止めた。


「ジーフェス様」


「止めるんだサーシャ」


突然ジーフェスがサーシャに向かってそう告げてきた。


「でもジーフェス様、エリカさんが…」


「サーシャ、彼等は正規の債務徴収請負人なんだよ。正式な令状に則っての業務をもしサーシャが妨害すれば、場合によっては業務妨害罪で俺がサーシャを拘束しなくてはならなくなるんだ」


「…え?!」


罪や拘束という言葉を聞いて、怯えるサーシャに更にジーフェスは続けた。


「大丈夫、彼等はエリカさんや他の方々に危害を加える事はしないさ。まあ債務の差し押さえとして屋敷内で少々荒っぽい事はするかもしれないが、それは業務の範疇内で仕方ない事だよ」


そう呟く間にも、屋敷の中からはドタドタした物音と、時折何やら話し声と軽い叫び等が聞こえてくる。


「でも…」


「優しいサーシャの事だから、今の様子を見て何とかしてあげたいと胸を痛めるのは解る。だけど彼の、リンブドル商会の債務額はサーシャの想像以上なんだ。サーシャや俺が手出ししても解決出来ない程なんだよ」


「そんな…じゃあパナケア様や、エリカさんは一体どうなるの?」


「…」


だがサーシャの問い掛けに、ジーフェスは真顔になったまま無言を貫くだけであった。

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