第13章Ⅳ:悪どき思惑
遅れて申し訳ありません。
翌日の朝、
「おはようございます」
朝早くからサーシャは目を覚ましてダイニングに来て、遅れて(とは言っても何時もの時間ではあるが)やって来たエレーヌ達を驚かせた。
「おはようございますサーシャ様、…今朝は一段とお早いお目覚めで御座いますね」
「さ、サーシャ様っ!早いお目覚めですね〜」
エレーヌはともかく、冷静なあのポーでさえ今朝のサーシャの様子に驚きを隠せない。
「だって、今日はエリカさんに逢える日ですもの。嬉しくて早くから目が覚めてしまったの!」
そう呟くサーシャの表情は本当に嬉しそうで、見ていたエレーヌやポーの表情がつい綻んでしまう。
「本当に楽しみなので御座いますね。折角ですから何かお土産でもお持ちになられますか?」
「あっ!それ良い考え〜!やっぱりお茶会なら差し入れは美味しい焼き菓子とかがぴったりです〜!ハックさーん、サーシャ様の為に何か作って下さいよ〜!」
そう叫ぶなり、エレーヌはハックの居る台所へと走っていった。
「ハックさーん!サーシャ様のお茶会用のお菓子何か作って下さいな〜!」
「エレーヌ、朝食が未だのくせにお菓子を作れるかっ!ほら、早くこれを持って行きなっ!」
台所に居たハックはそう怒鳴りながら朝食の魚料理をエレーヌに手渡すのであった。
「うわぁ、そんな怒らなくて良いじゃない〜」
「今は忙しいんだ。ひと段落したら何か焼き菓子でも作ってやるよ」
「さっすがハックさーん!勿論私達の分も作って下さいね〜♪」
「分かった分かった」
流石のハックもエレーヌの押しに負けて半ば諦め気味に呟いた。
そんな二人の様子にサーシャはつい笑みがこぼれてしまう。
「ありがとうございますハックさん」
「いやいや、別にエレーヌが言ったからではないですよ。何かご希望の品がお有りですかな?」
「でしたら私の好きなベリー沢山のパイをお願いします」
「ベリーのパイですね、かしこまりました。朝食が出来次第直ぐに取り掛かりますので朝食を取りながら待っていてください」
「ありがとうこざいます」
嬉しそうに微笑みながらサーシャは食卓の席へと向かうのであった。
*
「は?何だって!?」
遅番の為にいつもより遅く起きてきた…というより、普段はサーシャが起こしに来るのだが、それが無かった為にすっかり寝過ごしてしまったジーフェスはポーの一言に大声を出した。
「ですからその…サーシャ様は既にリンブドル家に向かわれたのです」
「向かわれたって…未だこんな朝の時間だぞ!」
「まあ朝といっても、とっくに陽は高い時間ですけどねぇ〜」
「お前は黙っていろエレーヌ」
横からしゃしゃり出てきて珍しく正論を言うエレーヌをジーフェスは不機嫌の面持ちで睨みつける。
「うわ、旦那様怖ーい。だって、朝早くから迎えの馬車が来たからサーシャ様、嬉々として出掛けていきましたよ」
「なら何故その時に俺を起こさないっ!」
「迎えの方がお急ぎの様子でしたし…何よりサーシャ様御自身が喜んで行かれたので私達もお止めしようがなかったので御座います」
「む…」
ポーの怯えた暗めの口調から、流石のジーフェスもこれ以上は怒鳴りつけるのを堪え、代わりに独り愚痴をこぼすのであった。
「いくら前もって約束していたとはいえ、屋敷の主人たる俺に挨拶も無しに無断で妻君を連れ出すなど…非常識過ぎないか?」
「それ同感!迎えに来たあっちの従者、凄く感じ悪かったですよ。当然サーシャ様には諂えた態度だったけど、あたしやポーさんには何か人を見下したような、凄く不躾な態度でしたよ〜。あー!思い出しただけでも嫌な感じー!」
当時の事を思い出してか、エレーヌがぷりぷりと怒り心頭地団駄を踏みだした。
「こういうのは何ですが、私もエレーヌと同意見です。あの従者は何か嫌な感じがいたしました」
「え!?」
普段から感情の起伏が激しいエレーヌが怒るのはまだ判るが、普段あまり人の悪口を言わないポーの言葉にジーフェスは驚きを隠せない。
「坊っちゃまの仰る通り、屋敷の主人たる坊っちゃまに挨拶も無しに奥方様を連れ出すような従者など、礼儀も何もありません。本当に向こうの屋敷に行かせて良かったのか、嫌な予感がしてならないのです」
「あたしもポーさんと同意見〜。今からでも屋敷に行ってサーシャ様を迎えに行くべきですよ〜旦那様」
珍しくエレーヌも不安そうにジーフェスを見てそう忠告してきた。が、二人に対してジーフェスは表情を歪めた。
「しかし今日は昼前までに事件の書類を提出しなければならない。本来は昨日が締切だったんだが、内容に不備があって訂正を求められてな…」
昨日締め切りに間に合うように書いた書類であったが、やはり慌てた為か抜けてる箇所があり受理されず、結局今日までの再提出を求められたのであった。
「また坊っちゃまは仕事を先延ばしにして…いつも言ってるではありませんか、仕事は先延ばしせずに直ぐ直ぐにやらないと後で大変な事になりますと!」
「えー、旦那様サーシャ様が心配じゃないのですかあ?!」
ジーフェスのその一言に、彼はポーとエレーヌからそれぞれ別の理由で思いきり非難を浴びるのであった。
「解ってる!忘れてただけなんだよ!だからポーもそんなに怒るなよ!
あとサーシャの事は心配無いわけじゃ無いが、仕事なら仕方ないだろう。その、あっちの従者はサーシャに対しては諂えた態度だったのなら彼女に害を為す事はないだろう。ひと段落したら直ぐに屋敷に迎えに行くがら二人とも落ちつけ」
「全く…坊っちゃまはいつもこうなんですから…」
「む〜」
ジーフェスの言葉にポーもエレーヌは酷く不満そうではあったが、渋々納得したようであった。
「取り敢えず食事にしてくれ。直ぐにでも仕事場に行きたいからな」
ジーフェスは苛立ちを隠せずに不機嫌気味に己の食卓の席につくのであった。
“いくらエリカさんに逢いたいからといっても、俺に挨拶も無しに出掛けるなんて…サーシャもサーシャだ!”
だが直ぐに落ち着いて考えを改めた。
“いや、サーシャは他人に対しては優しくて少し気弱な所があるからな。強引な押しに対して断れなかったのかもしれないな。
だったら益々その従者、気に入らないな”
ジーフェスは逢ったことの無い従者に怒りを積もらせ、直ぐ目の前に出てきたハムサンドを掴み取ると、いささか乱暴気味に頬張のであった。
*
ーー一方、こちらはサーシャのほう。彼女を乗せた馬車は目的地へゆっくりと街中の少し外れへと向かっていた。
“どうしましょう…”
そんなサーシャは不安げな面持ちで窓から外の景色を眺めていた。
“いくら向こうからのお誘いとはいえ、ジーフェス様に挨拶も無しに出掛けてしまって…
いつも遅番の時は私が朝起こしに行くけど、その前に迎えが来てしまったから…ジーフェス様に挨拶をしたくて少し待って貰おうかと思ったけど、何やら急いでいる様子だったからつい流されてしまって…きっとジーフェス様、今頃怒ってらっしゃるわよね”
サーシャが後悔と不安な胸中でいる時、突然馬車が止まって隣の扉が開いた。
「サーシャ様、到着致しました」
「は、はい」
従者に促され、考え事にひたっていたサーシャは慌てて馬車を降り、だが次の瞬間、目の前の景色に目を見張った。
「う、わあ…!?」
目の前に広がる光景、それは小さいながらも立派に整備された庭園であり、白の噴水の周りには小さく可愛らしい花々が一面に咲いていて、辺りに優しい香りが漂っていた。
“素敵…まるでわたしの理想の庭園がそのものだわ!”
余りの素晴らしさに先程の鬱々とした不安などすっかり何処かに飛んでしまったサーシャは嬉々とした表情になり、目の前の景色に見とれてしまっていた。
「サーシャさん!」
突然の声にはっとなったサーシャが顔を上げると、庭園の奥の屋敷からひとりの少女が笑顔を浮かべながらこちらに向かうのが目に入った。
「エリカさん!」
先日逢ったばかりの友人、エリカの姿を見たサーシャもまた喜びを露わに慌てて彼女の傍まで駆け寄るのだった。
「ああサーシャさん!本当にサーシャさんなのね!」
エリカは興奮気味に顔を赤くし、笑顔を向けたままで近くまで来たサーシャの手を掴んだ。
「また逢えて嬉しいわ。ようこそわたくしの屋敷へ」
「こちらこそ御招きありがとう御座います。ここ本当に素敵なお庭…私の理想の庭園そのものだわ」
サーシャもにこやかに微笑みそう告げると、エリカはにっこりと微笑み返した。
「気に入って頂いて嬉しいわ。この庭はわたしが考えて庭師に頼んで造園して頂いたものなの。特に今の季節はわたしのお気に入りのこの花が盛りなの」
そう言ってエリカは近くにあった小さな白い花が咲いた生垣を指した。
「まあ、素敵な花。私、この花見た事ないわ。何という花かしら?」
「これはサラサという花ですわ。この花なら沢山株がありますので宜しければ持って帰ってくださいな」
「本当!嬉しいわありがとう」
「エリカ、庭先で何時迄もお客様とお話していては失礼ですわよ」
二人仲良く語らい合う中、突然奥の屋敷からひとりの中年女性が現れエリカを窘めた。
「お母様、御免なさい。つい夢中になってしまって…」
「全く、貴女は夢中になると周りが見えなくなるから…」
女性、エリカの母親は彼女を窘めたのち、ちらりとサーシャに視線を向けた。
「今日はサーシャさん。我が屋敷へようこそ」
「こ、今日は」
にこやかな笑顔を向けられて、ついサーシャも笑顔で答えるのであった。
「さあさ、少しですがお茶と菓子を準備していますわ。こちらにどうぞ」
「ねえお母様、折角の良い天気ですもの、庭先でお茶しても良いでしょう?」
エリカがそう提案すると、母親は少し驚いた表情を浮かべて、だけど直ぐに笑顔に戻った。
「まあまあ、貴女が意見を言うなんて珍しいわね。良いわよ。お茶一式をこちらに持って来させましょうね」
そう告げて母親は席を外し、屋敷の中に向かっていった。
「さあさあサーシャさん、こちらへどうぞ。奥の東屋の周りはもっと素敵な花で一杯よ」
「ええ」
にこにこ微笑むエリカにつられ、サーシャも笑顔で彼女の後について庭の奥へと向かっていった。
そんな二人の様子を陰で満足げに見ていた者がいた。
“ふふ、上手くあの娘をおびき出すのに成功したな”
男、エリカの父親のパナケアは親しげな様子の二人に不気味な笑みを浮かべた。
“この席でエリカにあの娘と楽しませてすっかり打ち解けさせから、例の件を頼み込むとするか…。あの娘の様子から、仲良しのお友達の家族の頼みを断れないだろうし、もし断るのならば強行手段に出るまで。
サーシャ殿の事ならば、ジーフェス殿も黙ってはいられまい”
くくく、と不気味な笑い声をあげてパナケアはその場を後にするのだった。
*
ーー一方、こちらはジーフェスが勤める自衛団の庁舎。
屋敷での出来事と報告書が上手いこと仕上がらないのもあって、朝から不機嫌気味な彼の様子に、周りにいた他の団員達はひやひやしていた。
「なあ、団長はなんであんなに朝から機嫌が悪いんだ?」
「さあ。もしかしたら奥さんと喧嘩でもしたのかな」
「いや、報告書が突っ返されたから焦っているんだろう」
休憩中の団員のひそひそ話が耳に入り、ジーフェスはぴくりと眉を顰めた。
「お前達煩いぞ。休憩が終わったならさっさと持ち場に戻れ」
「「は、はいっ!」」
ジーフェスから睨まれ、団員達は慌てて持ち場へと戻っていく。
「…」
“全く…こんな時に限って仕事が思うように進まないなんて…サーシャはエリカさんの屋敷で何事も無く過ごしているだろうか?”
早くサーシャを迎えに行きたいのと苦手な報告書作成に焦り、不安になっていると、突然団員のひとりが声をかけてきた。
「団長、団長さんご指名でお客さんが来てますよ」
「客?一体誰なんだ?」
“こんな忙しい時に一体誰なんだ?”
少しばかり荒れた声で返事をすると、その団員は困惑した表情を浮かべた。
「それが、年配の男性なのですが名前を語らずにたた団長に会わせろと言うばかり…」
「やあやあジーフェス殿!」
突然大きく陽気な声がしたかと思うと、ジーフェス達の前に身形の良いひとりの老紳士と、老紳士を守るかのように体格の良い男二人が現れた。
「あ、貴方は…マーゴット殿」
老紳士、マーゴットの姿を見たジーフェスは驚きの余り椅子から立ち上がってしまった。
「ちょいと商談で近くまで来たものだからな。ほれ、先日のパーティーでのコソ泥の逮捕の書類…被害届かな、がどうとか言ってたじゃろ、だからそれを持ってきたのじゃよ」
そう言うとマーゴットはからから笑いながらジーフェスの直ぐ前まで近寄って手にしていた書類の袋を目の前に差し出した。
「あの書類ですか、あれなら近々団員に取りに行かせようと思っていたところですよ。わざわざ御足労頂きありがとうございます」
「いやいや、儂も暇していたから丁度良かったのじゃよ。おや、これは…」
書類を渡す際にふとマーゴットは机の上、先程までジーフェスが書いていた例の報告書に視線を向けた。
「商社詐欺事件…もしやあの事件の事ですかな?」
「あ、いや、その…」
事件のあらましの書かれた報告書等は一応関係者以外は閲覧禁止になっている為、ジーフェスは少し焦ってさり気なく書類を隠した。
「これは失礼、仕事の件で部外者の儂が口出しするのはいかんな」
「いえ、お…自分も管理が行き届いてなかったので」
すると何故かマーゴットは鋭い目付きでジーフェスを見て、耳元で囁いた。
「ならば話は早い。この詐欺事件の件でお前さんに話しておきたい事があるんじゃ」
「…え?」
ジーフェスがマーゴットを見返すと、彼は再び飄々とした表情をしている。
「いやあ暑いなあ。すまんがちょいと一杯水をくれんか」
表情は呑気な笑顔だが、その瞳だけはジーフェスに何かを訴えるかのような真剣な光を帯びていた。
「あ…水ですね。立ち話も何ですから奥でお休みになられては如何ですか?」
咄嗟にジーフェスは機転を働かせてそう口に出していた。
「そうか、ならちょいと寄らせて貰おうかな。ああ、お前達は外で待ってなさい。なあに、自衛団の中じゃ、儂に悪さする馬鹿など居りゃしないさ」
護衛の男達は不安な面持ちを浮かべたが、己の主人の命令に従い外に出てしまった。
「こちらにどうぞ。ああお前達、すまんが何か飲み物を持ってきてくれ」
「解りました。わたくしが持っていきましょう。後のことは任せてください」
二人の様子に何か察したらしく、副団長がジーフェスを見てそう答えた。
「ありがとうございます」
そう告げるとジーフェスはマーゴットと共に奥の団長室へと入っていった。
「すまぬなジーフェス殿」
部屋のソファーに座るなり、マーゴットはそう呟いた。
「いえ、それよりも話というのは一体?詐欺事件の事と仰っていましたが…」
ジーフェスもマーゴットと向かい合うようにソファーに腰掛けてそう尋ねる。するとマーゴットは一度ちらりと扉に視線を向けると徐に話し出した。
「お前さん、先日の儂の誕生日パーティーでパナケア殿に逢ったと聞いたが、それは事実かな?」
「パナケア?その人物は一体」
「リンブドル商会の現取締役社長じゃよ」
「リンブドル商会の!?もしやパナケア殿というのはエリカ殿の父親ですか?」
リンブドル商会と聞いて、ジーフェスはパーティーでのエリカやその父親との事を思い出していた。
“そういえば昨日サーシャが受け取ったリンブドル家からの手紙、あれに確かパナケア殿の名前があったな”
「おお、そこまで解っておられるのなら話は早い。ジーフェス殿、くれぐれもリンブドル商会、いやパナケア殿に注意しなされ」
「はい?!」
突然マーゴットが真顔でそう言うものだから、ジーフェスもついつい変な声が出てしまった。
「注意しろとは、一体…」
「パナケアは、あやつはお前さん達を利用しようとしておるのじゃ」
「は?」
「お前さん達の、王族としての力を利用しようとして金をせしめようとしているのじゃ」
マーゴットの突然の話に、ジーフェスははじめのうちは何の事だか訳が解らず、ただ呆然としたままであった。
“王族の力を利用する?金をせしめる?一体何の事だ?”
「要はお前さんやサーシャ殿が、フェルティ国やアクリウム国の王族に話をつけて得た金を利用しようと画策しているのじゃ」
「ち、ちょっと待って下さい。確かに俺やサーシャはその…王族としての血筋はありますけど、サーシャは俺のもとに嫁いでからはその、アクリウム国からの支援は完全に打ち切られましたし、俺も王族としての権限はほとんど無いですし、確かに王族支援金は受けていますが、それも微々たるもので、大半は使用人の給与に消えて何も残りませんよ」
サーシャに関して言えばジーフェスの全くの口から出任せではあるが、先日のアクリウム国訪問での彼女の扱われ方から、支援などあり得ないと推測は出来る。
「そもそも何故リンブドル商会が、パナケア殿が俺達から金をせしめる必要があるのですか?」
尤もな問いかけにもマーゴットは予測していたのか、さして慌てもせずに淡々と話し出した。
「お前さんが書いていた書類、例の大規模詐欺事件、あれにリンブドル商会が引っかかってしまったんじゃよ」
「?!」
「しかも損失額が半端無いのじゃ」
「…何故、そのような事に?」
驚きの余り、それだけやっと尋ねるジーフェスに、マーゴットは更に続けた。
「かつてはリンブドル商会は我がアルケマ商会と並ぶ程の売上高を叩き出す商会だった。じゃがそれも先代迄の力があっての事。
先代は儂の旧友じゃったんだが、確かに商才は目を見張るものがあった。しかし先代の子供にまではその才能は引き継げられんかった。
しかも歳をとってから出来たひとり息子の為か、先代は息子に対して商人としての教育をろくにせずに、相当に甘やかして育ててしまったのじゃよ。そんな息子の行く末など、お前さんにも想像がつくだろう」
「…」
「商売の事をろくに学ばず遊び呆け甘やかされて育った息子、パナケアは親父さんの死後リンブドル商会を継いだのは良いが、取引は相手方の要望を聞かずに己の勝手ばかりするわ経理関係は杜撰だし、商会連合会の面々の忠告は無視して独断で取引はするわで、完全に自己中心な奴のやり方に他の商会からは完全に総スカンをくらっていたんじゃよ」
「そこまで、だったのですか…」
パーティーの時に逢った人なりでしか判断してなかったが、陽気で温厚なマーゴットの口振りにジーフェスも言葉少なめであった。
「傍若無人な振る舞いに、当然他の商人は距離を置くようになり、もとより商才が無いし勉強もしてなかったから売上はがた落ち、赤字経営へと転落してしまい、かつての栄華はすっかり無くなってしまった。
じゃが儂は何とか連合会の面々と、パナケアを説得して何とかリンブドル商会を立て直そうとしたが、あやつは愚かにも連合会から脱退してしまったのじゃ。
そして功を焦ったのじゃろうな。例の詐欺組織と取引をして、恐らく残りの財産の全てを投じたのじゃろうが…結果はお前さんも知っての通りじゃ」
「成る程、リンブドル家が、パナケア殿が金を必要な事は理解出来ました。ですが俺やサーシャは腐っても王族です。確か商会法では王族や三大五大高位貴族との取引は厳重な規則があった筈ですが…」
「まあな、じゃがあれは商会連合会での取り決めに過ぎぬ。まあ連合会を無視して王族等に取引するという抜け駆けする輩は目をつけられて即座に商会連合会から総弾きされてしまうのが落ちじゃがな。
だが先にも言っただろう。奴には後が無いのじゃ。形振り構っている場合じゃ無いのだよ。
現に先のパーティーじゃが、儂はリンブドル商会など招待しておらぬ。なのに奴は金をせしめる機会とばかりに夫人と娘と共に無断でパーティーに忍びこんだのじゃよ」
「まさか?!本当ですか?!」
「嘘をついてどうする。まあ他の招待客はあやつを相手にしなかったらしいが、屋敷の護衛からあやつの娘さんとサーシャ殿が仲良くしていたと報告を聞いたからな、もしかしたらパナケアもサーシャ殿に接触したのでは無いかと思ってな、こうやって探りと忠告に来たわけじゃ」
マーゴットの話に、ジーフェスはある悪い予感を感じ身体から血の気が引いてきた。
“ちょっと待て。今、サーシャは何処に居る?”
「まあ夫人と娘さんは大人しい方達なので心配は無いじゃろうが、良いかジーフェス殿、パナケア殿の話には乗らぬようにな。サーシャ殿にもくれぐれも注意するように…」
「今…サーシャはそのパナケア殿の屋敷へと行っています」
「何じゃと?!」
「お茶会と称した招待を受けまして…しかも招待名がエリカ殿でなくパナケア殿となっていました」
そう呟くジーフェスの表情は愕然としている。
“あの招待の違和感というか、嫌な感じはこの事だったのか!”
「まさか…こんなに奴が早くから手を打ってくるとは…」
ジーフェスの話にマーゴットの顔にも焦りが見える。
「しかしサーシャは金銭面に関しては全くの無知です。屋敷の金銭関係は基本ポーに任せて俺が報告を受けるのみですから、彼女に金銭を要求しても無意味…」
「じゃがあやつには後が無いと言っただろう?サーシャ殿自身が調達出来ぬのなら、彼女を盾にそなたに強引に金銭を要求してくるとも限らんぞ。そうしたら彼女の身が危険じゃ」
「いや、そんな事をすればサーシャの護衛が黙ってはいません。逆にパナケア殿の生命が危ないです」
「何と、サーシャ殿に護衛が!まあそうじゃな。そなた達の身分を考えると当然といえば当然じゃな」
先の娼婦街での誘拐未遂事件以来、サーシャの周りには必ずひとりは女性の『闇陽』の護衛がつくようになっているのだ。
彼女達は普段こそは姿を隠しているが、護衛対象であるサーシャに危険が及ぶ時は即座に対象人物を抹殺するように命じられている。
「とにかく今からサーシャを連れ戻しに奴の元に向かいます」
ジーフェスはソファーから立ち上がり扉まで向かっていった。
「うむ、必要なら儂の護衛も付けるが」
「御心配無く。これでも俺は自衛団の団長ですから」
ジーフェスはマーゴットに一礼すると部屋を飛び出し、独りパナケアの屋敷へと向かうのであった。