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第13章Ⅲ:商人との歪な関係

「エリカさんの屋敷の場所を知りたい?」


ジーフェスが夕刻前に帰宅するや否や、待ち構えていたサーシャは開口一番にそう尋ねたのであった。


「はい、昨夜は凄く楽しくて、是非またお逢いしたいのだけど、連絡先を聞きそびれてしまって…もしかしたらジーフェス様ならエリカさんのお住まいをご存知ではないかと思って…」


「エリカさんか…確かリンブドル商会とか言ってたよな。俺は覚えてないが、庁舎にある書類には記載されている筈。明日調べてみるよ」


ジーフェスのその言葉にサーシャはぱあっと表情を明るくした。


「ありがとうございます!」


喜びはしゃぐサーシャの様子に、ついジーフェスまで笑顔が出てきてしまう。


“サーシャがここまで喜ぶなんて、本当にエリカさんに逢いたいのだな”


「よかったですね〜サーシャ様、サーシャ様ったら朝からずっとエリカさんの話ばかりしているのですよ。もう耳にタコが出来るくらい」


「もう!エレーヌさんったら!」


エレーヌの突っ込みにサーシャは恥ずかしそうに頬を赤らめてしまう。


“そうか、そんなに彼女と逢いたいのか…ライザにはそんな素振りは見せないから、そのエリカさんとは本当の意味で友達になりたいのだな”


ジーフェスはそう察し、今まで自分から積極的に人と関わらないでいたサーシャの変化に驚きつつも嬉しく感じるのであった。


「さあさあ、夕食にしましょう。折角ハックさんが美味しいお肉を焼いてくれたんですよ、冷めたら勿体ないですよ〜」


「そうだな。頂こうかな」


この話題はこれきりとなって、ジーフェスとサーシャは夕食を始めるのだった。





ーー翌日。


「じゃあ行ってくるよ」


屋敷の玄関先では、遅番の為昼近くになってからの出勤になったジーフェスをサーシャが見送っていた。


「行ってらっしゃい」


サーシャは笑顔でジーフェスを見送っている。いつもとは違うその嬉しそうな表情にジーフェスは複雑な気持ちである。


“いくらエリカさんに逢いたいとはいえ、そんな表情を向けられたらなあ…まあ多分書類には記載されているとは思うが、こりゃ解らなかった時は大変だぞ”


苦笑いしながらも彼は庁舎へと向かうのであった。


“嬉しい、今夜にはエリカさんのお住まいが解るのね。ああ!早く夜にならないかしら”


ジーフェスの姿が見えなくなるまで見送っていたサーシャはそんな事を思いながら屋敷の中へと戻ろうとしたその時、ひとりの人物が屋敷に向かってくるのが目に入ってきた。


「…?」


サーシャが不思議に思う間も無く、その人物は彼女の直ぐ目の前まで近寄ってきた。

その人物は少し痩せ気味の些か背が低い中年の男性で、サーシャに対して怒ったような不機嫌そうな表情を向けるのであった。


「失礼、こちらサーシャ様の御屋敷で間違いありませぬか?」


「は、はい」


「お初にお目に掛かります。わたくしはリンブドル家にお仕えしております者、この度は主人あるじの依頼でサーシャ様にこちらをお届けに参りました」


「リンブドル家、エリカさんの御屋敷の方ですか?」


だが無愛想な男はサーシャの問いかけには答えず、無言で懐から何やら取り出してサーシャに差し出すのだった。


「…手紙?」


それは上質な紙で出来た、裏面には家紋入りの蝋封がされていて、表面にはサーシャの宛名が書かれた一通の手紙であった。


「はい、我が主人あるじからの手紙で御座います」


「主人から?エリカさんでは無くて」


「はい、ではわたくしはこれで失礼致します」


男は役目を終えると深々と一礼するなり早々にその場から立ち去っていった。


「……」


「サーシャさま、如何されましたか?」


「ポーさん」


「坊っちゃまのお見送りに行ったきりなかなか戻られないので来てみましたが…誰方か来客で御座いましたか?」


「ええ、エリカさんの、リンブドル家からの御使いがお見えになって手紙を頂いたの」


そう言ってサーシャは先程受け取った手紙をポーに見せるのだった。


「リンブドル家ですか?その御方は今朝お話されていましたエリカさんの御実家のことでしょうか?」


「ええ、でも御使いの方はエリカさんからではなく御主人からのお手紙と仰ってたけど…」


サーシャは先日のエリカの父親の無愛想な振る舞いの様子を思い出して表情を曇らせた。


“もしかしたらあのお父様の事だから、娘であるエリカに近づくなとか書かれていたりして…”


「サーシャ様、此処では何ですから部屋に戻られては如何でしょう?」


サーシャの様子を見たポーが心配そうにそう告げてきた。


「そ、そうね。そうするわ」


ポーに変な心配をさせてはいけないと思い、サーシャは作り笑いを向けて早足に自分の部屋へと戻っていくのだった。


「……」


部屋に戻ったサーシャはソファーに腰掛け、改めて受け取った手紙をまじまじと見つめるのであった。

手紙はシンプルな白色の用紙に丁寧な字で自身の名が書かれていて、裏面には家紋入りの朱色の蝋封がしてあった。


“もし、もしもエリカさんに近付くなという内容だったらどうしよう…”


不安な中で封を切り薄い中身を取り出すと、サーシャは恐る恐る中身を開いた。


「…え?!」


だがその意外な内容にサーシャは拍子抜けした声をあげてしまったのであった。





ーーこちらはジーフェスの仕事場である自衛団の庁舎。


「おはよう」


昼に近い時間の挨拶にしては妙だが、ジーフェスは庁舎に着くなりそう挨拶してしまう。


「おはようございます団長」


「おはようございます」


何時もと変わらず、先に登庁していた団員達が当たり前のように呑気に挨拶を返してくれる。


「俺が来るまでに何か事件があったか?」


自分専用の机に向かいながらそう尋ねると、先に登庁していた副団長が答えてくれた。


「何もありませんでした。一度見廻りが戻りましたが、平和そのものですよ」


「そうか」


何事も無かった事に安堵し、机に積まれた書類の処理をしようとしてふと思い出したように席を立ち、奥の資料室へと向かっていった。


「あれ、団長どうしたんすか?そっちは資料室ですよ」


そんなジーフェスを団員のひとりが目敏く見つけて声を掛けてきた。


「ああ、ちょっと調べたい事があってな」


「調べ物?」


「ちょっと、ある人物の住所を知りたくてな」


「ある人物?誰っすかそれ?」


「まさか団長、どこぞの呑み屋のおねえさんが気に入って追っかけしてるとか!?」


「馬鹿かお前!あんな可愛い奥さんが居る団長が浮気なんかするものか!」


事件が無くて暇を持て余していた団員達はジーフェスの話に興味深々、めいめい勝手な事ばかり話している。


「お前らなあ…俺はただ昨夜のパーティーで逢った少女の住まいが知りたくて…」


「は!?パーティーで逢った少女って何すか!」


「団長、何ですかそれは!まさか奥さんに隠れて浮気とか…!?」


「違う、サーシャが知り合って仲良くなった少女の事だ。俺はただサーシャに頼まれて彼女の事を調べようとしているだけだ。何変な想像しているんだお前達は!」


団員からあらぬ想像をされてしまい、流石のジーフェスも少し怒りの様相で感情的に声を荒げてしまった。


「なーんだあ、奥さんの友達かあ」


「いやいや、そう言いながらも実は陰でこっそりその少女と逢い引きを…」


次の瞬間、その言葉せりふを言っていた団員の頭にジーフェスの鉄槌が飛んできた。


「貴様ら…」


殴られた団員が痛みに呻く中、ジーフェスは他の団員を無視してさっさと資料室へと向かうのであった。


様々な資料がごちゃごちゃに並ぶ中、何とか目的のものを見付けるとジーフェスは元の部屋に戻り、机の上に拡げるのであった。


「えーと、エリカ…リンブドル家は、と…」


王都全体が描かれている地図とにらめっこしながら、ジーフェスは暫くの間目を皿にして目的地を捜した。


「団長、お昼ですけどどうしますか?」


既に昼になって食事を広げていた団員のひとりが問い掛けてきたが、


「ん…後にする」


と生返事を返すのみである。


「団長、未だ見つからないのですか?」


「俺達も手伝いましょうか?何処のお嬢さんなんすか?」


なかなか目的地を見つけきれないジーフェスに業を煮やした何人かの団員がそう声をかけてきてくれる。


「ああ、王都もこんなに人が住んでいたのだな。リンブドル家なんだが、何でも陶器を扱う商人なんだが見つからなくてな…」


「リンブドル家ですか」


「俺っちも捜しますよ」


結局数人掛かりで捜した結果、


「あ、これじゃないすか?」


ひとりの団員が其れらしき場所を発見したのであった。


「リンブドル家…確かにこれっぽいな。ありがとう」


「あれ、これならうちの近所じゃないすか。もしかしたらあそこのデカい屋敷のことかぁ?」


地図を覗き込んでいた団員のひとりが指差した場所を見るなりそう呟いた。


「お前、リンブドル家を知っているのか」


「いや、リンブドル家かどうかは知らないけど、俺ん家の近所にやたら立派な建物があるんすよ。金持ちの商人が住んでるという話なんですか、最近あんま良い評判を聞かないっすよ」


「良い評判を聞かない?!」


「へぇ、屋敷の前で子供達が遊んでいたら、そこの旦那か従者かが凄い剣幕で怒鳴りだしたり近所の奴が祭りに誘ったり差し入れとかしても無視したり、ある時は貧しい母娘おやこが物乞いが来た時は容赦なく水掛けて追い払ったとか…」


「何だそりゃ!?」


「酷いなそれは」


団員の話にジーフェスや他の団員も表情を歪めた。


「昔はそんなんじゃなかったけど、最近あそこの親父さんが亡くなってからすっかり変わってしまったんすよ。だから近所の連中もあの屋敷には近づこうとはしないんすよ。その、団長が捜している娘さんもそんな感じだったら…」


「そうか。俺はパーティーで少し話しをしただけだったが、彼女はそんな意地悪な風には見えなかったぞ。何よりサーシャが凄く信頼しきっていた位だからな」


「そうっすか。奥様が信頼される方なら間違いないでしょうけど…」


「…」


言葉を濁す団員にジーフェスは苦笑いするだけである。


“確かにあの父親なら解らない気はするが、そこまでなのか?そんな男の下でなら、もしかしたら母娘は虐待的な事もされているのかもしれないな。一度調べてみる必要があるな”


目的の場所を見つけたにも関わらず、団員の話からジーフェスは大きな不安を抱くのであった。


「そういえば団長、国軍から先日の詐欺事件の報告書を求められましたが、出来ていますか?」


副団長の言葉にジーフェスはああ、と頭を抱えて軽く呻くように返事をしたのだった。


「しまった、忘れてたよ。確か今日が締切だったな。解った、今日中には仕上げて帰る途中で提出してくるよ」


「よろしく頼みましたよ」


いつもの事で、苦笑いしながら副団長はそう答えた。


「相変わらず団長は忘れん坊だな。副団長が居なければこの自衛団はどうなることやら」


「そうだな」


けらけら笑い出す団員に苦笑いを浮かべる副団長。だが本当の事なのでジーフェスも怒るに怒れない。


「詐欺事件って、あの投資詐欺事件の事か?」


ふとひとりの団員が話を変えてきた。


「そうだろ、あれは酷かったよな。ルルゥーム国から東の国の珍しい品を安値で購入出来るという投資話をちらつかせて、大勢の商人達から金を騙し取って、相当な被害額を出したからな」


「騙された商人の中には店を担保にしていて、破産まで追い込まれたのも居るらしいぞ」


「それに一家自殺まで追い込まれた所もあるらしいぞ。俺の近所の商家も騙されたらしくて以前は羽振りが良かったのに最近はめっきり大人しいからな。いずれあの一家も…」


「止せよ、縁起でもない」


「そうだぞ、不謹慎だ」


ひとりの団員の言葉に他の数人の団員は震えあがった。


「ほれ、休憩時間は過ぎたぞ。お前達見廻りの時間だぞ」


そんな時、場の雰囲気を変えるかのように副団長の叱咤が飛んできた。


「うわ、もうそんな時間かあ!」


「うはーい!」


叱られた団員達は気の抜けた返事をしながらもめいめいの仕事に取り掛かり始めた。

ジーフェスも団員達の様子に気を引き締めるかのように地図を閉じ、報告書の仕事に取り掛かるのであった。


“商人を狙った詐欺事件か…。何か妙に引っかかっているんだが…”


だが今の段階ではそのもやもやが何か解らず、気持ちが落ち着かない中でジーフェスは報告書の作成を始めた。





「ただいま」


「お帰りなさい」


ーーその日の夜、遅くに帰ってきたジーフェスを迎えに来てくれたサーシャはいつもよりやけに明るい表情をしていた。


「どうしたんだい?随分と機嫌が良いみたいだけど…」


彼女の様子に驚きジーフェスが尋ねると、サーシャの表情がぱあっと更に明るくなってきたではないか。


「今朝ジーフェス様がお仕事に行かれた直後に、リンブドル家から手紙が届いたのです」


「リンブドル家から手紙?エリカさんからかい?」


サーシャの様子からジーフェスはついそう思ってしまう。


「いえ、エリカさんのお父様…いえ、リンブドル当主様からです」


だが彼女の答えは予想とは違うものだった。


「リンブドル家当主から?!」


「はい、こちらがその手紙です」


そう言ってサーシャは手にしていた手紙をジーフェスに手渡すのであった。


“リンブドル家から手紙だと!?一体何が書かれているのか?そもそも彼が何故此処の住所を知ったのだろうか?”


ジーフェスの屋敷の住所は自身とサーシャの立場を踏まえ、公には公表しておらず、自衛団や一部の親しい人物のみにしか知らせていないのだ。

まあそれでも立場故に大勢の人々と関わるが為に住まいを知る人は多いのだが…。


“先のパーティーの際、俺やサーシャに余り良い態度を示さなかった人物が、一体何を手紙に書いてきたのだ?何よりサーシャのあの喜びようは何なのだ?”


ジーフェスが複雑な思いで手紙を広げると、そこには丁寧な文字でこう書かれていた。


『ジーフェス様にサーシャ様


先日は知らなかった事とはいえ、御二方への無礼な振る舞い、大変失礼致しました。

その御詫びも兼ねまして、御二方に我が屋敷へ御招待をしたく、こうして筆を取りました次第です。

明日昼にこちらの使いを向かわせます。もし余裕がおありでしたら訪問をお待ちいたしております。娘エリカも御二方に、特にサーシャ様に逢えるのを楽しみにしております。


パナケア=リンブドル』


「…」


手紙を読み終えたジーフェスは複雑な気持ちであった。


“どういう事だ?先日はあれ程俺たちに邪険にしていたあの男が、いきなりのこの豹変の仕様は何なのだ?”


先日の様子とは打って変わった余りの親密ぶりに、流石のジーフェスも疑いを隠せない。


「ジーフェス様、リンブドル当主様が、エリカさんのお父様が私達を認めてくれたのよ。嬉しい!ねえ明日エリカさんの御屋敷へと行っても良いかしら?良いわよね?」


疑念に囚われるジーフェスとは違い、サーシャは招待に純粋に喜びを隠せない様子だ。


「あ、ああ、まあ、構わないが…」


サーシャの推しに負けて、ついジーフェスは頷いてしまう。


「ありがとうございます!嬉しい!またエリカさんに逢えるのね!」


「…」


サーシャの喜ぶ様子に、ジーフェスは複雑な気持ちであった。


“サーシャは何も疑っていない風だが、あの男の豹変ぶりには何か裏がありそうでならない。屋敷への訪問が何事も無ければ良いが…”


「折角の御誘い、ジーフェス様も御一緒出来ませんか?」


喜ぶサーシャの問い掛けにジーフェスは首を横に振った。


「行きたいのはやまやまだけど、明日の話だ。急に仕事を休む訳にはいかないよ」


「そう、ですわよね」


ジーフェスの返事にサーシャは少し寂しげな表情を浮かべた、が、それも一瞬で直ぐに笑顔を取り戻した。


「でも楽しみだわ!またエリカさんに逢えるのだもの。ああ、明日どんな格好をしていけば良いかしら?お土産には何を持って行ったら良いかしら!」


「…」


リンブドル家の噂を知らず、無邪気に喜ぶサーシャの姿にジーフェスは表情を綻ばせながらも、胸の中には一抹の不安が残るのであった。







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