あふれてこぼれた
声を上げて泣いたのは、いつぶりだろうか。
小さい子供のように、こんなに自分の思いをストレートに告げたのは、いつぶりだろうか。
わたしは、よく言えば協調性のある、悪く言えば積極性の無い人間性で。
「ねぇ、ケイは何がしたいの?」
「俺といて楽しい?」
昔から、ちょっといいなって思う男の人とお付き合いが始まっても、ちょっとすればみんな同じような台詞を残してわたしの元から去って行ってしまう。
大体は我慢できた。なんでも周りの意見を尊重してきた。それはわたしが無意識で行っている行動で。相手が好きで、嫌われたくなくて、そんな行動が消極的な象徴となってしまってるのなんか、もうわかってるんだ。
だから、だけど。
「今更どうしろっていうのさ」
ぽつりと呟いた言葉は、わたしの心に波紋のように広がっていく。
変わりたい、変えたい。
でも、嫌われたくない。
「ケイ、聞いてる?」
ぐるぐると巡っていた思考が、引き戻される。ハッと我に返ったら、目の前には困ったような、呆れたような、あなたの顔。
「…う、ん。聞いて‥る。」
そうだ、今まさに別れ話を切り出されているのだ。薄々、シゲアキ君の反応で気づいてはいた。時たまこぼされるため息にビクついてしまう。わたしはまた、失敗してしまった。
「あのさ、俺がそんなにダメ?」
次はなんて失望された言葉が降ってくるのかと身構えたら、ため息交じりにそんな言葉が投げかけられる。
「…え?」
今、なんて?って聞こうと思ったら、再び彼が口を開いた。
「俺あんま気が利かないしさ。体育会系で根性論とか推しちゃうし、相手の気持ち察知する能力とか本当弱いし。」
「……?」
はっきりものを言う彼にしては珍しく、要領を得ない、もごついた話し方で仕切りに顎を触っている。
これは、彼が困っている時の癖。この半年で、わたしが知った彼の癖。
「あー、だから、その。なんか違うってんなら俺は身を引くから。」
思い切ったように放たれた言葉は、予想外のもので。
「他に好きな奴ができたんなら、俺に気を使ってもらわなくてもいいし。まだ、その、キッパリ諦められるかっつったら、その、俺もまだケイのこと好きだから無理だけど、ちゃんと思い出にするから、その。」
「…‥え。」
思いがけず紡がれた《好き》の言葉に、胸がつまる。彼は、まだわたしのことが好きらしい。でも、わたしが別れたいと思われてる?
「でも、いつまでもズルズルするの、ダメだと思うから、ちゃんと俺のことフって」
真面目な彼の目に射抜かれて、わたしは彼が盛大な勘違いをしていると思った。伝えないと、言わないと、伝わらない。
「…だ」
「え?ケイ、なんて?」
「やだ。」
「やだって、お前…って、ケイ?!」
気がつけば、ぽろぽろと涙が溢れていた。
この人は、こんなダメで、意気地無しなわたしのことを、好きだといってくれた。
「やだよぅ…‥わ、別れたくない…‥」
泣き出すわたしに、おろおろと慌てる彼は、店からわたしを、連れ出してくれた。
ひんやりとした空気が、握られた手の暖かさを伝えてくれる。
夜の公園は、人通りが少なくて、ベンチに座ったわたしを気遣わし気に彼が見つめる。
「わ、わたし、別れたく、ないよ。」
意を決して、彼に伝える。涙が溢れるけど、うざいと思われるかもしれないけど、欲しいものは、欲しいって言わないと、手に入らない。
なにがどうして誤解されたのかわからないけれど、わたしはシゲアキ君が好きだし、彼に嫌われないように臆病だった自分を叩きたくなった。
「シゲアキ君が、迷惑じゃないかなって思って。き、嫌われちゃうんじゃないかって、こ、怖くて。」
わたしは、彼が好き。
つないだ手から、彼の体温が伝わる。ぎゅっと、力強くなる。
「なぁ、それ本当?」
伝えろ、伝われ。
「シゲアキ君のこと、す、好き、だから。」
言葉にしたことで、好きが、溢れた。
「電話も、メールも、お、お出かけもちゃんと、いっぱいしたいし。夜、ちょっとでも会えたらって、お、思うし…」
繋いだ手がぐっと引き寄せられる。
「っ?!」
彼に抱き寄せられながら、耳元で、心地よい声が響く。
「じゃあ、俺、ケイの彼氏でいていい?」
「う、うん。」
はぁぁっと、ため息が聞こえると、背中に回された腕が脱力する。
「ケイに気ぃつかわせてんのわかってたからさ、俺が嫌われてんのかと思った。」
今日から、いっぱい甘えて。
というとびきり甘い声に、わたしは早くも胸がいっぱいになった。
「ありがとう。だいすき。」
素直になる練習、わがままになる練習、これから、ここから。
END.
2015/4/23
あふれてこぼれた
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
読了ありがとうございました。