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第6話:衝突

 南下して進んでいたディオスに難題が持ち上がっていた。

 理由は目の前に現れた軍隊の存在があったからだ。

 進行を阻むように重装歩兵が横一列に広がっている。

 その後ろでは弓兵が構えており、更に後ろでは重装騎兵が待機している。


「早速きやがったか! しかも、200にも満たない数に2000かよ」

「紫の地に剣と盾の紋章……例の麒麟児ですね」


 帝立訓練学校を主席で卒業。

 第三皇軍、司令官の幕僚に最年少で抜擢され、若干17にして参謀長を務める人物。 

 名は、トレア・ルザンディ・アウラ・フォン・ブナダラ。

 彼女が参謀長になったのは15の時、実績を欲した第三皇子が、日頃から小規模の衝突を繰り返していた西の大国フェルゼンに侵攻した年でもあった。

 だが、第三皇子は思っていた以上の苦戦を強いられ、皇帝の信頼が失われるほどの損害をだすまでに至った。

 追い詰められた彼は、幕僚を集めてこう言った。


「この戦に勝利できる作戦を立案できる者は前にでよ。下手なことを言えば打ち首とする」


 幕僚の誰もが押し黙り、第三皇子の怒りが頂点に達しようとした時だ。


「閣下。私ならこの戦争を勝利に導くことが可能です」


 物珍しさで幕僚の末端に加えた少女が前にでたのだ。

 その勇敢さを買った第三皇子は彼女を参謀長に指名した。

 そして、前にでてこない他の幕僚たちに落胆して、有力貴族の子弟を除いた全員を打ち首とした。

 参謀長に抜擢された彼女の類い希なる知略は、すぐさま発揮されることになる。

 巧妙で狡猾な作戦を次々と立案、実行、成功させて、瞬く間にフェルゼンの領土を削っていった。

 一方で、大国フェルゼンは敗戦に次ぐ敗戦で、多数の戦死者をだすことになり、国力が急激に衰退していくことになる。

 大国フェルゼンが、これ以上の交戦は国家の崩壊を招くと判断に到り、休戦を申し出たことで戦争は終結することになった。

 帝国の勝利に貢献した彼女を、第三皇子はこう称えた。

 グランツ大帝国、第二代皇帝の異名《軍神マルス》と。


「……第三皇子のお気に入りが、どうしてこんなところにくるんだよ」


 しばらく睨み合っていた両者だったが、ブナダラの使者がディオスの元にやってきた。

 使者の表情はフードを被っていて窺うことができない。

 かろうじて見える口元が、ゆっくりと動いた。


「ブナダラ様からお手紙をお預かりしてきました。セリア・エストレヤ殿下はどこにおられます?」

「お前らの目的がわからないんだ、言うと思うか?」

「……あなたは?」

「ディオス・フォン・ミハエルだ」

「ああ……あなたが《オーガ》ですか」


 ディオスは自分の異名を言われて、不機嫌そうな顔で手を伸ばした。


「ふんっ。その手紙は俺が預かろう」

「いえ、その必要はなくなりました」

「なに?」


 使者が手をあげた。

 後方にいる歩兵の列が割れて、間から騎馬があふれ出してくる。

 ディオスの鋭い視線が使者をズタズタに切り刻んだ。


「どういうつもりだ?」


 ディオスの苛立ちが増していく、身体からは殺気が溢れていた。

 使者はひるんだ様子もなく、口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。


「あなたがたを拘束させて頂きます」

「なんだと!? 第6皇女の私兵だとわかって言ってるのか!」

「おや、理由をおっしゃらないとわかりませんか? あなた方のほうがよくご存じだと思いますけど」

「……ただの使者じゃないな? べらべら喋りやがって」

「ああ……申し遅れました――」


 フードを脱いだ下からでてきたのは女性だった。


「トレア・ルザンディ・アウラ・フォン・ブナダラと申します」

「……ちっ。《軍神マルス》が直々にきたのか」

「ええ。驚くかと思いまして」


 ディオスがブナダラから目を離して、突撃してくる騎馬群を見る。

 ――まだ距離はある。

 元の位置に視線を戻した時にはディオスは決意していた。


「お前をここで捕まえれば、この状況は抜け出せるってわけだ」


 槍が勢いよく振り下ろされる。

 先端がブナダラの肩に当たる直前に止まった。


「覚悟はいいか?」

「何を覚悟すればよろしいので?」

「人質になることだよッ!」


 殺すわけにはいかない。

 なので、気を失わせようと柄の部分を横腹に叩きつけようとした。

 だが、ディオスの攻撃は成功することはなく、


「なっ、んだと!?」


 あっさりとブナダラに受け止められてしまった。

 彼女の手には美しい金と銀の装飾がなされた剣があった。


「精霊石で造られた剣です。美しいでしょう?」


 精霊は綺麗な水辺を好み、ごく希に自身の性質を込めた結晶を作り出す。

 宝石に勝るとも劣らない輝きを持つ結晶の美しさに、人々は敬意を込めて精霊石と呼んだ。

 帝国領では年に3~7個の精霊石が発見されている。

 広大な土地を有する帝国でそれだけの数、精霊石がとれない国だって存在した。

 それ故に稀少価値は年々高まるばかりだ。

 精霊石一つで一生遊んで暮らせるだけの財を成すこともできる。

 今でも持てるのは皇族、もしくはそれに連なる者だけ。


「そんなもんどこで手に入れた!?」

「閣下から下賜つけられたものです。あの方は太っ腹ですからね」


 ビキビキ――妙な音が聞こえて、ディウスは槍に目を向けた。

 槍が先端から勢いよく凍りついていた。


「ちぃっ!」


 すぐさま槍を放り捨て腰に差していた剣を抜く。

 背後に控えていた騎兵の手には槍、歩兵たちも抜刀済みだ。

 しかし、このまま戦っても、精霊武器が相手では分が悪い。

 元々の戦闘能力が高いのもあるだろうが、精霊の加護を受け身体能力も大幅にあがっているはずだ。

 でなければ、あっさりとディオスの槍を受け止められるはずがない。

 ディオスは「ふぅ……」と一息して思案する。

 ブナダラを捕まえようと躍起になっている間に、敵の騎馬隊と接触してしまう。

 そうなれば捕らえられるのは、ディオス側であり、全滅は免れないだろう。

 ディオスは剣を掲げ、平原に響き渡るほど声を張り上げた。


「野郎ども! 仲間が倒れようとも助けるな! 後ろを振り返るな、常に前を向いて走り続けろ!」

『オウ!』

「突撃だッ!!!」


 剣を振り下ろしたディオスが馬の腹を蹴り真っ先に平原を駆け出した。


『ウォオオオオオオオオオオオオ!』


 気合いをいれた雄叫びをあげて、続くのは100の騎馬、50の歩兵、荷車は全て捨てていった。

 すぐさま敵の重装騎馬隊とディオス率いる騎馬隊が衝突した。


「おらぁ!」


 ディオスは敵から槍を奪い取って、重装騎兵を馬上から叩き落としていく。

 すぐ隣を併走する副官が叫んだ。


「ディオス隊長! 後続と分断されました!」


 後方では騎馬隊、歩兵隊が敵の重装騎兵によって蹂躙されていた。

 日頃から生半可な鍛え方をしていない。練度も第1皇軍に負けないほどだ。

 けれど、数もそうだが重装騎兵が相手では分が悪い。

 こちらは機動力を生かすための軽装備だったからだ。


「捨てていく!」


 ディオスはそう決断するしかなかった。

 数が圧倒的に足りないのだ。救い出せるわけがない。

 それでも副官は望みを捨てきれないようで、食い下がってきた。


「今ならまだ間に合います!」

「この状況がわからねえのか!?」

「し、しかし! 彼らは殿下から預かった大事な私兵です!」 

「俺の部下でもある! 二度は言わん!」


 副官はそれ以上なにも言わなかった。

 否、言えなかったといったほうが正しい。

 なぜならディオスの顔が憤怒に染まっていたからだ。

 鬼のような顔で迫り来る敵を突いては槍がへし折れる。

 そのたびに敵の槍を奪い取っては絶命させていく。


「どけぇ! 雑魚が道を塞ぐんじゃねえよ!」

「貴様が《オーガ》か!? なかなかやるではないか! 我が武勇を試してくれる!」


 ディオスに嬉々とした声を張り上げて迫ってくる敵がいた。

 腕に紫色の布を巻いた重装騎兵――部隊長の目印だった。


「うるせぇ!」


 槍を水平に持ち替えたディオスは全力で投擲した。


「ぎぐぉ!?」


 槍が突き刺さった兜は変形し、隙間からは大量の血が飛び出した。


「ぶ、部隊長がやらっ――!?」


 最後まで言い終えることなく、重装騎兵の首が飛ぶ。

 血飛沫があがると同時に、ディオスは真っ赤に染まった剣を右側に向けた。


「敵の左翼を突っ切る! 俺が道を開く! 雑魚に構わずついてこい!」


 敵の重装騎馬隊を凌いだところで、待ち構えているのは重装歩兵だ。

 弓隊だって待機している。そんな場所にわざわざ突っ込むのは愚かな選択だ。

 ディオスは左翼を突破することで、それを避ける選択をした。

 間違いではなかったが、戦場から離脱した時には、騎馬隊の数は20まで減っていた。


    ※※※※※ ※※※※※


 自分を避けていく兵士たちに、ブナダラは嘆息した。


「まったく……下策すぎるでしょう……」


 後ろを振り返ったブナダラが見たのは、重装騎兵と軽装騎兵が衝突する瞬間だった。

 落馬した軽装騎兵が踏みつぶされ、後続の歩兵が圧死していく。

 こういう時の対処は副官に重々聞かせているので、なんの心配もしていない。

 こちらの被害少なく、じきに収束するだろう。

 そんなことよりも、彼女の頭の中は第6皇女のことでいっぱいだった。

 そこへ騎馬が3頭近づいてくる、馬から下りた騎兵が胸に手をあて片膝をついた。


「20名ほど突破されました。捕らえた者は60名、残りは死亡。今のところ死亡した者の中には殿下のお姿は確認できておりません。尚こちらの被害は部隊長が1人と重装騎兵12人の死亡を確認。重傷者、軽傷者ともに現在確認を急がせております」

「そうですか、予想よりも多く被害がでましたね。それと、捕らえた第6皇女の私兵は丁重に扱いなさい。虐待など過剰な扱いをした者は厳罰に処します。あと亡くなられた方々は丁重に弔うように」

「かしこまりました。それで、追撃しますか?」

「いえ、放っておきなさい」

「ですが、第6皇女を……亡き者にせよ、というのが閣下のご命令ですが……」

「追いかけて捕まえたとしても、あの中に第6皇女はおりませんよ。先ほど確認しましたが、あの中に女性はいませんでした」

「変装していた可能性は?」

「その可能性も考えてはみましたが、第6皇女のご性格を考えると、それはないでしょうね。あの方は黙って後方に控えている方ではありませんし……それに報告にあった歩兵の数が合いません。二手にわかれたと考えるべきでしょうね」

「なるほど。では、殿下はいずこに?」


 ブナダラは思案する。

 頭の中で帝国の版図を思い浮かべているに違いない。

 少しの間があって、すぐさま口元に笑みを浮かべた。


「…………バオム小国ですね。ヒンメル山を超えましたか」

「なぜ、そんなところに……」

「皇位後継者たちが軍を派遣してくると思って、二手にわかれたのでしょうね。その判断は間違ってません」

「我々もバオム小国に?」

「悪手です。これだけの兵士を通知せずに無断で入国させたら、外交問題に発展します。内外問わず非難を浴びることでしょうし、他の皇位継承者に付け入る隙を与えてしまい、ブルタール第三皇子の立場が危うくなります」

「では、如何致します?」

「当初の予定通り、グリンダ辺境伯領に向かいましょう」

「御意」


 頭を下げる兵士から視線をはずしたブナダラは、獲物を追い詰める獅子のような顔で、グラオザーム山脈を見つめるのだった。

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