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エピローグ

 シュトベルの雷撃によって気を失った比呂は、不思議な場所で目を覚ました。

 真っ白な空間、色彩が失われた世界。

 比呂は何が起きたのか全くわからず、その顔には戸惑いが如実に表れている。

 そんな比呂に背後から声をかけてくる者がいた。


「ここに来た。ということは……、アレーティアに戻ってきたか」


 比呂が驚いて振り向いた先には金髪金眼の青年がいた。


「久しぶりだな。と、言うわけでもないのかもしれんな。〝比呂ヘルト〟が〝地球〟とやらに帰ってから、どれだけの年月が過ぎたのかわからん」


 驚愕に目を見開いた比呂は何も言えないでいる。

 宝石に彩られた金の玉座。悪趣味ともいえる。

 それに青年は座っていた。

 絵画から飛び出したような、整った容貌は女性が見たなら、黄色い悲鳴をあげることだろう。

 男ですら思わず眼を見張ってしまうほどの美青年だ。

 すらっとした長い足を組み、気品溢れる姿のおかげで悪趣味な玉座も不思議と似合っていた。

 ようやく気を取り直せた比呂は、雄々しい印象を讃える金眼を持つ青年に喋りかけた。


「アルティウス……だよね」


 すると青年は、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべた。

 張り倒したくなったが我慢する。自分はそれほど短気ではないと言い聞かせる。

 苛立ちを紛らわすために辺りを見回してみた。やはり白い空間がどこまでも続いているだけだ。

 消えたかな? と思い視線を戻したが、相変わらず豪然たる態度でアルティウスはいた。 


「うん。夢だな」

 

 比呂が断言してしまうのも無理はない。

 そもそも、戦場にいたはずである。

 それに彼は1000年前の人間。今のアレーティアでは故人となっている。

 もしかしたら自分が死んだという可能性もある。

 それならアルティウスがいる理由も納得できる。

 悩み始めた比呂に、アルティウスが苦笑を浮かべた。


「〝比呂ヘルト〟。お前が戸惑う気持ちもわからないでもない。夢だと思いたい気持ちもわかるぞ。だがな――」


 言葉を切ったアルティウスは比呂の胸元を指さした。

 つられて視線を落としたら、胸元から透き通った淡い光がもれていた。


「これは……」


 制服のボタンをはずして内ポケットを漁ると、出てきたのは一枚のカード。

 これは1000年前にアルティウスから渡された無地の白いカードだ。

 首を傾げた比呂は言った。


「……夢の中のキミに聞くのもなんだけど、これやっぱり精霊札なの?」

「その通り、精霊札だ」

「でも、いろいろな文献で調べたけど、こういう精霊札はなかったよ」

「余が精霊王から精霊を授かり造ったものだ。お前が知らないのも無理はない」

「僕がこんな変な夢を見ているのは……これが関係あるのかい?」

「余はその精霊札に残留思念も込めていた。だから当時の記憶。〝比呂ヘルト〟が〝地球〟に帰るまでの記憶しか余にはない。お前がここに来たということは、その精霊札の発動条件を満たしたということ。何かしらの問題が起きたのだろう。そして、余はそこにはいないということだな」


 アルティウスが悲しげな表情を浮かべたのは一瞬のこと、すぐに楽しそうに声を弾ませた。


「どの時代に召喚されたんだ? 色々と驚くこともあっただろう?」

「そりゃそうだよ。1000年後に喚び戻されたんだけど……」

「はははっ! すごいな! それは気が遠くなるほどの年月だ!」

「気が遠くなるってもんじゃないよ。未だに信じられないのに」

「そうか……、その時代で〝転換期〟が訪れるか」

「うん? 〝転換期〟?」


 と、比呂が聞き返したけれど、アルティウスは無視した。


「楽しくなりそうな時代だな。余も行きたいものだが〝魂〟が縛られていない〝比呂ヘルト〟のようにはいかんしな」

「無視しないでよ……。それに話がよくわかんないよ。何を言ってるんだい?」

「……気にするな。いずれわかるだろう」

「キミはいつもそれだね」

「性分なものでね。とにもかくにも、余から言えるのは――好きに生きろ。ということだけだ!」


 玉座から立ち上がったアルティウスは、白い空間を見上げて腕を広げた。


「世界は広い! だからこそ、可能性は無限に存在する! 好きな人生を歩め! 自分の世界を狭めるな! 自由に生きろ。貪欲に全てを欲せ!」

 

 アルティウスは比呂に近づくと胸元に拳を押しつけた。


「余の義弟は小さな器にあらず。自分を過小評価するなよ。お前の悪い癖だ。どの王よりも強者であれ。どの王よりも傲慢になれ。どの王よりも強くなれ。そのために余は可能性を、多くの選択肢を用意しておいてやる」


 アルティウスは楽しげに言うと両肩を叩いてくる。

 

「余は見守ろう。義弟の行く末を、義弟の歩む未来を」

 

 好き放題いって満足したのか、アルティウスはどかっと偉そうに玉座に座る。

 ゆっくりと右腕を伸ばして、手の平を比呂に向けた。


「さあ、お目覚めの時間だ」

「……唐突だね。言いたいことを言ってお別れか」

「少しは余の気持ちが理解できたか?」


 含み笑いをするアルティウスに、比呂は肩をすくめる。

 痛いところを突かれてしまった。反論なんてできるはずもない。

 1000年前、比呂は唐突に〝地球〟に帰ることを決意した。

 必死に引き止めるアルティウスを振り切り、理由も言わないで比呂は帰還した。

 そんな比呂が彼を咎めることができるはずもない。

 気になることは幾つもあったが、意趣返しされてしまっては、聞いたところではぐらかされるだけだろう。

 なので、当たり障りのない、いま一番気になっていることを聞くことにした。


「これで本当にお別れかな?」

「そもそも、再会といっていいのかどうかも怪しいものだ。ここにいる余は残留思念だからな」

「…………そっか」

「ああ。もう我らが会うことはないだろうな。けれど――」


 言葉を切ったアルティウスが残念そうに嘆息する。


「もう時間がないようだ」


 彼が天上を指さしたので、比呂は頭上を見上げる。

 白い空間に黒い闇が出現していた。

 それは徐々に速度を上げて何もない世界を黒く染め上げていく。

 アルティウスは微笑を浮かべて比呂に告げた。


「お前の――造り――もの――。――どんな――――楽し――」


 それは途切れた言葉でよく聞き取れなかった。

 比呂の視界は急速に闇に包まれていく。

 アルティウスの姿が霞むように消えていく。


(さようなら……。義兄さん)


 ――再び瞼を開けたら見慣れない天井が飛び込んできた。

 薬品の匂いが鼻につき意識が覚醒する。

 身体を覆う柔らかい感触、名残惜しく思いつつも比呂は上半身を起こした。

 辺りを見回すと世界に色彩が戻っており、薬品が入った棚が、窓から差し込む月の光に照らされている。

 医務室か何かだろうと納得してから、ベッドの脇でリズが幸せそうな顔で眠っているのに気づいた。

 苦笑すると自分がかぶっていた毛布を彼女の肩にかける。

 比呂は夢から覚めたんだな。と、他人事のように思いながら、ベッドを降りようとした。

 しかし、床に足をつけた時だ。ぐらりと世界が揺れた。

 眼を回したように視界が狂う。

 派手な音を奏でて背中を強く床に打ちつけた。


「あぐっ!?」


 息が止まって呻くが、胸元からこみ上げてくる物を察知して口元を押さえる。


「おぐっ……うっ!?」


 堰き止められず、吐瀉物が吐き出された。

 呼吸が乱れ始めた比呂の顔から血の気が引いていく。

 

(眼がおかしい……? なんだこれは……)


 膨大な情報の奔流が左目を通して脳に伝わってくる。

 遮断ができない、意思関係なく全てを受け入れて脳を圧迫していく。

 眼を閉じても〝見えている〟感覚。こんなのは初めてのことだ。

 自分の身体だというのに、何が起きているのか一切わからない。


「ヒロ!?」


 リズが異変に気づいて目を覚ましたようだ。

 しかし、比呂に返事をする余裕はなかった。


     ※※※※※ ※※※※※


 苦しむ比呂に駆け寄ったリズは背中をさすった。


「しっかりして! 誰か来て!」

「なにかありましたか!?」

 

 声に反応して外で待機していたトリスが入ってきた。

 リズを見て、比呂を見る。すぐさま異常を悟ると外に取って返す。


「すぐに医者を呼んで参ります!」

「お願い! 早く連れてきて!」


 比呂の頭を抱えたリズの上半身に吐瀉物が撒き散らされる。

 しかし、気にすることなく、膝に比呂の頭を乗せた。

 リズは布を取り出すと比呂の口元を優しく拭い始める。


「大丈夫よ。落ち着いて息を吸って……」

 

 比呂は嘔吐くが何もでてこない。胃あった食物は全て吐き出されたのかもしれない。


「ヒロ、あたしの話を聞いてくれる?」


 比呂の気を紛らわせたかったのだろう。

 事実、慈母のように澄んだ声に比呂は反応を示した。

 血走った目がリズを射貫くように捉える。

 左眼の瞳孔が異様に見開いて充血していた。


「ッ!?」


 リズは思わず悲鳴をあげそうになり口元を押さえた。

 心を覗き込まれているような感覚に、背筋がぞくりとするのを感じた。

 だが、怯んでいるわけにはいかない。少しでも比呂の苦痛を取り除いてやりたい。

 努めて明るくリズは言う。


「あたしね、初めてヒロに出会ったとき、すごく驚いたのよ」


 初めてアンファング森林で出会った時のことだ。

 水浴びから戻ったら、サーベラスに威嚇される一人の少年がいた。

 黒眼、黒髪の少年。それはまるで――、


「あたしが想像してた――第二代皇帝そっくりなんだもの」


 歴代の皇帝の中で唯一、肖像画が存在しない第二代皇帝。

 その姿形を知ることは叶わない。伝承に記されていることから想像するしかない。

 第二代皇帝の銅像だって、伝承を元に製作された創造物だ。

 

「第二代皇帝は、あたしの憧れなの」


 昔から男勝りだった彼女は、人形よりも剣に興味を示した。

 寝る前は母親にねだって童話ではなく、グランツ十二大神の話を聞きながら眠ったものだ。

 その中でも軍事国家のグランツ大帝国では、第二代皇帝の人気は昔から凄まじいものだ。

 軍人を目指していた彼女が、第二代皇帝に興味をもつのは自然の摂理だといえた。


「周りになんと言われようとも、稽古に励んでいたわ。あたしが女だから認められることはなかったけどね」


 最初は兵士になるのが夢だった。

 次に将軍ときて、大将軍となり。

 成長するたびに夢は大きくなっていった。

 誰もが笑ってリズを相手にしなかった、けれど、事態はいっぺんする。

 ――〝炎帝〟の寵愛を受けたからだ。

 最初に近づいてきたのは、グランツ五大貴族の一角、ケルハイト家の当主だった。

 東方地方に影響力を持つ彼が支持を表明することで、中小貴族がこぞってリズの支持を表明した。

 他の皇位継承者たちが無視できないほどの勢力となったが、ケルハイト家の当主が何者かに暗殺され一瞬で瓦解した。

 気づけばトリスとディオスだけがリズの元に残っただけだった。


「それで……左遷の話がやってきて、気分を変えたくて、あたしはアンファング森林に水浴びにいったの」


 そこで少年に出会った。憧れていた第二代皇帝そっくりな少年。

 比呂の頬に手をあててリズは微笑む。

 まだ苦しげな呼吸を繰り返しているが、少し落ち着いたのかもしれない。

 比呂の目尻は少し和らいでいてリズを見上げていた。

  

「あたしね。夢があるの」


 そこでドタドタと騒がしい足音が外から聞こえてくる。


「早くせんか! 小僧が死んでしまう!」

「年寄りを走らせるんじゃないわい!」

「ならば背負ってやるわ!」

「ひぃぃぃ!?」


 リズは苦笑して、聞き漏らすことのないように比呂の耳元に口を寄せた。

 呟かれた言葉。比呂は予想していたのか、その顔に驚きはない。

 それは途方もない夢だ。決して楽な道のりとはならない。


 ――あたしは女帝になる。


 比呂から離れた彼女の顔を、月の光が照らすことで、その美貌は更に映えていた。


     ※※※※※ ※※※※※


 帝国歴1023年7月11日。

 リヒタイン公国軍との戦いから10日後のこと。

 ベルク要塞、中央塔。

 比呂は与えられた部屋にいた。

 ベッドが窓際を陣取り、右側に置かれた姿見があるだけの殺風景な部屋だ。

 当然のことだが私物なんてものがあるわけがない。時間もなければ、それを購入するだけの余裕もなかったともいえる。

 地球から持ってきたといえば制服ぐらいなものだ。

 比呂は姿見の前に立って、自分の姿を眺めていた。

 というより顔の一部分を撫でていた。未だにこの違和感には慣れることはない。

 姿見に映った比呂の顔は左半分が眼帯に覆われていた。

 精霊札で清められた特殊な眼帯だ。

 これにより世界のズレを感じることはなくなり、今まで通りに過ごすことができるようになった。

 はずせば前のように世界が回転する。脳が破裂するほどの情報を捉えてしまう。


「まあ……慣れだよね。要は慣れればいいだけのこと」


 そう〝天精眼ウラノス〟を使いこなせるようになればいいだけのこと。

 自分の眼なんだから、近い将来、使いこなせるようになるだろう。

 それに悪くはない。眼帯をつけた自分はなんともいえない大人っぽさを感じる。

 思わず比呂は腕を組んで顎をあげて格好をつけてみた。

 〝天帝〟も呼びだしてみるか、なんて調子に乗り始めた時、


「ヒロ~! 入るわよっと」


 ノックもせずに紅髪の少女が入ってきた。

 プライバシーとか色々と言いたいことはあったが、それよりもこの状況はまずい。


「なにしてんの?」


 きょとん、とドアの前でリズが立ち止まった。

 比呂の顔は一瞬で赤く染まる。見られてしまった。

 心臓の高鳴りが加速する。首から上が熱くなっているのがわかる。

 これは恥ずかしい……慌てて腕を前につきだして手を振った。


「ち、違う! これは違うんだよ!」

「何が違うの?」


 リズは首を傾げて紅髪を揺らす。

 ああ、なんて可愛らしい仕草なのか、と比呂は思ったが口にはしない。

 できることなら今すぐこの場から逃げ出したい。けれど、出入り口はリズに塞がれている。


「いや……なんていえばいいのか……」


 中二病に身体が支配されていたなんて言えたら、どんなに楽になることか。

 沈黙が落ちる。なんとも気まずい空気が流れる。

 比呂がどうしようか迷っていると、先に動いたのはリズだった。


「もうっ、何が言いたいのっ!? とりあえず、一緒に来て!」


 動揺する比呂なんて知ったこっちゃない、といった感じで腕を掴まれる。

 怪力に引っ張られて部屋を飛び出す。階下に繋がる螺旋状の階段に向かう。


「どこに向かうのかなァ――ッ!?」


 これでも先日まで病人だったんだけど、という言葉は言えなかった。

 階段を全速力で降り始めたからだ。こんな状況で喋ったら舌を噛んでしまう。

 飛ぶように駆け下りる。中央塔を飛び出すと、広場が迎えてくれる。

 眩しい太陽が地上を焼くように照りつけている。肌が汗ばむのを感じた。

 

「アウラが西方に帰るんだって、だから見送らないといけないでしょ?」

「ま、まだ時間はあるよ! こんなに急がなくても大丈夫だからっ!」


 アウラは先の戦いで戦死した兵士たちを埋葬するために、ベルク要塞で治療を含めて滞在していた。

 残念ながら見つからない兵士も沢山いた。損傷も激しく泥にまみれた死体を敵か味方で見分けるのは難しかった。

 怪我人だというのに日が暮れるまで、アウラは部下の死体を探し回っていた。

 

 リヒタイン公国軍兵の死体は全て一カ所に集めて焼いた。

 疫病の発生が怖いのもあって、第四皇軍の手を借りて出来る限り早く処理をすることになったのだ。

 その第四皇軍はグリンダ辺境伯領の各地に散っていった。

 リヒタイン公国軍の残党が、グリンダ辺境伯領に留まって治安を悪化させるかもしれないからだ。

 シュトベル第一皇子は、親衛隊を引き連れて大帝都に帰還したそうだ。


(いつか……借りを返さないといけないな)


 あの日、アルティウスに言われたように自分の好きなように生きようと思う。

 とりあえず、いつかはシュトベル第一皇子に借りを返すことにして、今はその怒りを吐き出すまい。

 なぜなら、笑顔で見送らなければいけない者がいるからだ。


「わざわざ見送りに来てくれたのですか」


 軍馬に跨がった右腕を吊した少女――相変わらず憮然とした顔をするアウラだ。

 その隣には全身を包帯で巻いているアルフレッドの姿もある。

 痛々しい姿なのに、どこか滑稽に思えるその姿に笑ってしまいそうになる。


「殿下、それと…………末裔殿。お見送りありがとうございます」


 末裔殿、と言ったときのアルフレッドの声は心底嫌そうだった。

 包帯で表情は窺えないがどんな顔をしているのかわかってしまう。

 リズが腰に手をあてて言う。


「ええ、色々あったけどね。お互い生きていて良かったわ」

「そうですね。結果は最悪ですが、色々と収穫のあった戦いだと思います」

 

 と、アウラは言ってから――じっと見つめてくる。

 何かを探るような鉛色の瞳に、比呂はあはは、と愛想笑いを浮かべた。


「眼の調子はどうですか?」

「うん。しばらく治るのに時間かかりそうかな」


 眼の異常を知っているのは、リズ、トリス、医者の3人だけだ。

 それ以外の者には戦場での負傷として伝えてある。

 だから、アウラが知るはずもないのだが、ジッと観察するように見られるとバレている気がするのはなぜだろうか。


「そうですか。失明でないのなら良かったです。それにしても、大きな眼帯ですね」

「え、そ、それは……」


 精霊札が見えないようにするためには大きな眼帯をするしかなかった。

 なんて説明できるわけもない。

 比呂がなんて言い訳するか考えていると、リズが助け船をだしてくれた。


「大きな傷ができたのよ! もうなんていうか……すごい傷がね!」

「そうですか……残りそうですか?」

「あ、いや、大丈夫じゃないかな?」


 と、比呂は内心ヒヤヒヤしながら言った。

 

「……なら良かったです」

 

 なら――ジッと見ないでくれませんか。

 いつまで経っても彼女の視線は比呂を射貫いたままだ。

 リズが遮るように比呂の前に立つ。


「また手紙でも送るわね」

「私も落ち着いたら書状をしたためましょう」

「アウラ様。お時間が迫っております」


 アルフレッドが会話に割り込んだ。

 その背後には数は減ってしまったが〝皇黒騎士団〟がズラっと並んでいる。

 暑いためか重装鎧ではなく、軽装鎧を身に纏っており、軍馬もまた馬鎧を脱いでいた。

 それらがどこにいったのかと言うと、食料や水などと一緒に荷車に乗せられている。


「では、出発しましょうか。お二人ともお元気で」


 軍服の袖をなびかせながら馬首を巡らせるとアウラは正門に向かう。

 少し進んでから振り向いた。その視線は比呂に送ってきている。

 

「〝比呂ヘルト〟。またどこかでお目にかかりましょう」


 それを最後に彼女は二度と振り返ることはなかった。

 彼女を先頭にした軍馬の群れが、ゆっくり門から外に出て行く。

 こんなに暑いというのに、心臓が凍りついて寒気に襲われる。

 硬直する比呂の背中をリズが叩いた。


「ヒロ、早速だけど馬に乗る練習をするわよ」


 それはそれで比呂をまた凍りつかせる発言だ。

 炎天下に晒されながら比呂は擦り傷を増やすことになったのだった。


 ――それから二日後。


 現皇帝からの勅命が比呂の元に届いた。

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