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第21話:麒麟児

 グランツ大帝国グリンダ辺境伯領。

 そこから南に向かえば奴隷貿易を生業とするリヒタイン公国がある。


 その国境にあるベルク要塞は、岩や土が露出した荒野に囲まれていた。

 最も近い村が徒歩で1日の距離にあり、馬で2日の距離にあるのが辺境都市リンクスだ。

 南の最前線とも言われることもあるが、リヒタイン公国の奴隷制度を利用するグランツ大帝国の両国は長年小競り合いすらなかった。

 そのためベルク要塞は手入れこそされているものの、長期的な戦いを見据えると頼りない事この上なかった。


 帝国歴1023年6月1日。

 第6皇女一行はベルク要塞に辿り着いた。

 比呂は敵に包囲されていたら、どうしようかと不安になったが。

 敵軍は距離をとって陣地を築くだけで睨みあっている状況だった。

 見張りの兵士にトリスが合図を送り、鉄門をくぐり抜けて、目に飛び込んでくるのは中央広場だ。

 主に兵士たちの訓練場として扱われており、東を向けば士官用の宿舎、西を向けば兵士たちが居住する長屋が建ち並んでいる。

 北側には作戦司令室、大浴場、食堂などがある塔が建っており、兵士の案内で比呂たちは螺旋状の階段をあがって作戦司令室に辿り着く。


 右の壁には中央大陸の地図、またその隣には世界地図が貼られていた。

 中央には10人分の椅子が用意されており、長机に沿って置かれている。

 中央広場を見下ろせる窓際に、白地に金の獅子の紋章旗と、茶地に薔薇の紋章旗が立てられている。

 それ以外なにもなく質素な部屋となっていた。

 比呂たちが中に入ると、それに気づいた3人の男女が椅子から立ち上がって敬礼する。


 まず近づいてきたのはヒゲを蓄えた気品溢れる紳士だ。

 手入れが行き届いた鎧を身につけて、ガシャガシャ音を立てながらリズに抱きついた。


「よくぞ無事に辿り着いた。しばらく見ないうちに大きくなったな」

「グリンダの伯父様、久しぶりね!」


 再会に喜ぶ2人を眺めていたら、纏わりつくような視線に気づいた。

 比呂が、そちらに顔を向けると美しい少女が立っていた。

 細く荒くない銀髪が、窓から差し込む日差しを受けて光っている。

 顔は小さく、目はくりくりしていて、小動物を思わせ保護欲をそそる。

 眉毛を隠すほどの、長さで前髪を切り揃えているため、幼さを更に助長させている。

 瞳の色が鉛色のせいか、それとも無表情なせいか、冷めた印象を受けてしまう。

 

 低身長だと自覚している比呂よりも更に低い。

 黒を基調とした軍服。袖がとても長く、手は隠れて見えない。

 ブカブカという言葉が似合うほど大きい軍服を着ている。


(兵士なのかな。それにしては若すぎる気がするけど)


 その左手には見覚えのある本を持っていた。

 思い出そうとしたが、痺れを切らした少女が近づいてきた為、思考は中断される。


「……あなたは誰ですか?」


 無表情でぼうっとした感じで言われる。

 比呂を見ているようで、見ていない、不思議な雰囲気を纏わせる少女だ。


「ば、ばかな……」


 と、呟く声が聞こえる。

 少女が元いた場所の隣、茶髪のイケメンが驚いた顔でこっちを見ていた。

 比呂が首を傾げて不思議に思っていると。

 制服の袖が引っ張られることで、目線は再び少女に戻ることになった。


「……あなたは誰ですか?」

「ヒロって名前なんだけど、あと平民です」

「ヒロ……ヒロ………ヒロ? ヒロヒロヒロヒロ」


 ぶつぶつと名前を連呼し始めた少女に比呂は苦笑い。

 人の名前を動物の鳴き声のように言うのはやめてほしかった。

 

「………………なるほど」


 こくこくりと頷いた少女は長い袖をごそごそしてから、白い手を差し出してくる。

 その上には紙に包まれた何かが乗っていた。


「あげます。第二代皇帝まんじゅうです」

「…………あ、ありがとう」


 まんじゅうなんてこの世界にあったのかと驚きつつも受け取る。

 人肌で暖められたそれは、ちょっと食べにくいと思った。

 ある種の人間にとってはご褒美かもしれない。

 現に血涙を流しそうな茶髪のイケメンがいる。

 その男は悔しさと、羨ましさが交じり合った目で比呂を見ていた。

 戸惑う比呂の目の前で、少女は長い袖を垂らしながら手を胸に当てた。


「トレア・ルザンディ・アウラ・フォン・ブナダラ。階級は准将です。アウラと呼ぶことを許しましょう」

「これはご丁寧な……」


 しっかりした子だと関心しながら、頭を下げた比呂は「ん?」と思い、顔をあげて少女をマジマジと見る。


「……なにか?」

「えーと、質問いいですか?」

「かまいませんよ。なんでしょう?」


 きょとんとした顔で小首を傾げる。無表情だが愛らしい仕草だ。


「噂の〝軍神マルス〟さんですか?」

「そうです」


 躊躇うことなく即答した。

 それに〝軍神マルス〟と呼ばれたことで、本当に些細な変化だが、表情が少し和らいで誇らしげになった気がする。


 かつて〝軍神マルス〟と呼ばれた自分の異名を引き継いだ少女。

 第三皇子の幕僚に最年少で抜擢され、若干17にして参謀長を務める麒麟児。

 それがこんなに小さいとは……。そもそも、比呂と同じ年なことに驚きである。


(この娘がそうだったのか……ん?)

 

 比呂は違和感に気づいた。

 なんだろうと思って考えていると、


「おふごっ!?」


 おっさんみたいな声をだしてアウラが視界から消える。

 慌てて目で追いかけると、リズに押し倒されて頬ずりされているアウラの姿があった。


「や~ん、可愛い! なにこれ!? すごい柔らかい!」

「…………」

「これが〝軍神マルス〟なのね。すごいわ! 確かに……この圧倒的な破壊力の前に、あたしは負けたかもしれない!」

「…………………」


 鬱陶しそうな顔で、アウラは皇女に身を任せている。

 腐っても皇女だから抵抗しないのか、面倒だから抵抗しないのかわからないが、とりあえず、アウラが嫌がっているので比呂は止めることにした。


「リズ。嫌がってるみたいだからやめなよ」

「だって柔らかいもの!」


 ああ、それなら仕方ないね。と、呟いて比呂は後ろに下がった。

 別に目が血走ってたから怖くなったとかじゃない。


 ――ごめん。だからそんな顔で見ないでくれ。


 恨めしそうな顔でこちらを見るアウラに内心で謝ってから、リズが飽きるまで放置することを決意した。ところで、紳士な伯父様が比呂の元にやってきた。


「初めまして、リズから聞いてると思うが、名乗っておこう」


 手を差し出してきた伯父様の手を握り返す。

 見た目は細い感じだが、手はゴツゴツして鍛錬を欠かしていないことがわかる。


「ルゼン・キオルク・フォン・グリンダだ。グリンダ辺境伯領の領主をしている。気軽にキオルクおじさんと呼んでくれ」

「ヒロです。キオルクさんと呼ばせてもらいます」


 こんなダンディな人を、おじさん呼ばわりできるわけがない。

 キオルクは「まだ早いようだな」と小さく呟いたが、比呂には聞こえなかった。


「失礼するよ」


 と、断りをいれてから、サーベラス、トリスの元にキオルクは足を向けた。

 入れ替わるように茶髪のイケメンが比呂の目の前に現れる。

 

「……君たちのせいで、緊張感がはじけ飛んだよ。まあ、相手は12000もいるから、変に気負うよりいいかもしれないけど、色々と台無しだ」


 茶髪のイケメンが、ふんっ、と鼻を鳴らして手を差し出してくる。

 比呂はツンデレみたいな反応をする茶髪の手を握りしめた。


「ローレンス・アルフレッド・フォン・シュピッツだ。子爵で二級武士官。今はアウラ様の補佐官をしている。アルフレッド様と呼んでくれ」


 グランツ大帝国の武士官は主に軍事方面の官職となっていて、他に文士官もあり、こちらは行政方面の官職となっている

 一級、二級、三級が上級士官。四級、五級、六級が下級士官だ。

 ちなみにトリスは三級武士官である。


「……アルフレッドって呼ばせてもらうよ」

「まあ、それでもかまわない」

「ああ……いいんだ」


 必死に噛みついてきそうなタイプだと思ったが違ったようだ。

 少し大人げなかったかな、と思ったが、


「平民ごときに貴族の私が腹を立てるわけがないだろう」


 嫌みったらしく言われて、前言を撤回するハメになった。


「そっか……、そんな補佐官のキミに言いたいことあるんだけど」

「なんだ?」

「アウラを助けなくてもいいの?」

「言っただろう。私は貴族だ。平民ならともかく……殿下に命令できるわけがない」


 偉そうに腕を組むと、情けないことを仰る。


「それに見たまえ、麗しい乙女二人が絡み合う姿を。私はそれだけで満足だ」


 こいつこそ緊張感の欠片もないな、と比呂は思った。

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