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第19話:前兆

 名もなき荒野の戦いから二日後。

 帝国歴1023年5月28日。

 リズ、比呂、トリスの3名、重装歩兵8名の集団は馬に跨がり、四足歩行の狼サーベラスは並行して、辺境都市リンクスから8セル(24キロ)離れた場所を駆けていた。

 旅の当初は150の兵士が同行していたが、度重なるモンスターとの遭遇、リヒタイン公国との戦いを経て数が減ってしまった。

 それでも前に進み続けるリズの腰、そこに腕を回しているのは比呂だ。


「ベルク要塞についたらヒロの乗馬訓練しないといけないわ」

「いや……乗れないよ」


 1000年前にも初代皇帝アルティウスが先生となって、日夜訓練に励んだものだが、跨がることはできても歩かせることすらできず、それ以上の上達はしなかった。

 戦場では常に馬車を使っていた為、不便に思うこともなかったが、前向きに検討する必要があるかもしれない。


 その考えに到った理由は二つある。

 ひとつは、トリスの顔がとても怖いこと。

 もうひとつが、柔らかい胸がたまに当たることだ。

 後者がとくに比呂にとって悩ましい事案だった。

 1000年前も初代皇帝の後ろに乗ったものだが、相手は男なので別段、変な気分を起こすことはなかった。

 しかし、いま目の前にいるのは女性だ。

 胸の膨らみが物足りない気はするが、将来は絶世の美女として世界に名を馳せる事だろう。


(なんでこんなに柔らかいのか……。皇女だからかな?)


 と、馬鹿な考えをしていると、監視者トリスが馬を寄せてきた。

 もちろん、比呂を睨みつけるのは忘れない。お約束というやつだ。


「姫様。しばらく先に行ったところで、しばし休憩をしましょうぞ」

「そうね。リンクスがどんな状況か知りたいし、サーベラスも辛そうだし……馬にも休息を与えたいもの」


 併走しているサーベラスは舌をだらりと下げて疾駆している。


「2名ほど街の様子を見に行かせまする。街に行くのは報告を聞いてからでも遅くはありますまい」

 

 本来なら今頃はベルク要塞についていたはずだった。

 しかし、予想外の出来事が立て続けに起きた、警戒しすぎたとしても損はないだろう。


「あと2セル(6キロ)ほどで休憩にしましょ。ヒロもそれでいい?」

「今すぐ休憩してもいいぐらいだよ」


 別に疲れたとかではない、単純に尻が痛いからだ。

 比呂と比べて、リズは苦にも思っていないようで、涼しげな顔をしている。

 柔らかそうなお尻だというのに、硬いのかどうか確かそうになったが、あるモノを視界の端に捉えて声をあげた。


「リズ! 止めてくれ!」


 すぐさま反応してくれて、馬は急停止。

 トリスと後続の兵士たちは、気づくのが遅れて二人を抜き去ってから止まった。


「どうしたの? 舌でも噛んだ?」

「そうじゃない! あそこで子供が襲われているんだ!」


 切羽詰まった声に、


「大変じゃないの! どこ!? 誰に襲われてるの!?」


 リズが慌てて辺りに首を巡らせた。

 

「あそこだよ!」


 比呂が指さした先を見て、リズの体から一気に緊張が抜けた。


「あれは子供じゃないわ」

「えっ? 人間っぽいけど……」


 見間違いなのか? と思って何度も瞼をこすったが、視界の先では子供らしきモノがハゲワシの二倍はあろう鳥類に襲われていた。


「トリス! 少し早いけど休憩にしましょ」

「はっ!」


 リズが先に馬から降りて比呂に向かって手を伸ばした。


「あれね、鳥みたいなのがゲルデムっていうの。子供みたいなのがゴブリンよ」


 リズの手を借りて降りると、比呂は首を傾げてゴブリンを見た。

 1000年前にもモンスターはいたが、ああいう小柄なモンスターはいなかった。

 頭に生える小さな角、肌色で丸々とした眼、愛嬌を感じさせる童顔だ。

 上服とスカートが一体となった緑色の服を着ていて、手には小枝を掴みゲルデムに向かって振っている。


「助けなくていいの? すごく、いたたまれない気持ちになってきたんだけど」


 遠目に見ても必死なのがわかる。

 あんなに小さいと手も届かない、空から襲ってくる敵は撃退できないだろう。

 心配そうに見守る比呂は、子供が立つ瞬間の父親の気持ちになっていた。

 しかし、リズは肩をすくめてかぶりを振った。


「あんまり近づいたら巻き込まれちゃうから、気にしなくてもいいわよ」

「そりゃ助けるんだから巻き込まれてしまうだろうね」

「違う、違う。少し見てるとわかるわ」


 と、言ってからリズは地面に膝を折り揃えて座った。

 トリスは「街の様子を確認してくるんじゃ」と、兵士に指示していた。

 二頭の馬が砂塵を巻き上げて、草がまばらな荒れ地を駆けていく。


 比呂はハラハラとゴブリンを見ていたが、みるみるうちに顔が蒼白になった。

 地面からワラワラとゴブリンがでてきたのだ。

 一匹のゴブリンが仲間の背中に乗って、その上にまた別のゴブリンが飛び乗った。

 そうやって一つの柱ができあがり、ゲルデムを小枝で打ち落とした。


「なんだあれ……」

「ゴブリンは元々は土の精霊なの。イタズラしすぎて精霊王に怒られたらしくて、アレーティアの土精にされてしまったらしいわ。小人族ドワーフと仲良しでね。よく鍛冶を手伝ってるのを見るわよ」


 自分の体より二回り大きい相手に立ち向かう姿は感動的で、反撃の隙を与えない素早い動きで相手を翻弄している。

 しかし、小枝でペチペチ叩かれるだけなので煩わしい程度なのだろう、現にゲルデムは鬱陶しそうな顔をしているだけで痛みは感じてなさそうだ。

 なにはともあれゴブリンは可愛いと比呂は思った。


「もし助けに入ってたら、ああやってゲルデムと仲良く叩かれてたでしょうね」

「……行かなくてよかったよ。イライラしそうな攻撃だからね」

「ふふっ、そうね。でも、ゴブリンは小枝を使わなくなってからが怖いのよ」

「具体的に言うと?」

「ん。トリスは死にかけたわ。ゴブリンの一撃を〝死の流星デス・オブ・ミーティア〟なんて呼んでいる人もいるぐらい。さすが元精霊なだけあって強いわよ」


 トリスの命を奪いかけるほどの一撃とは恐れ入る。

 背筋が寒くなるのを感じた時、ゴブリンが小枝を捨てて殴り始めた。

 が、それに耐えるゲルデムの姿が余計におそろしく感じた。

 他愛もない会話をしながら、二人がしばらくゴブリンの戦闘を眺めていると。


「ちなみにゴブリンはメスしかいないの」


 気になる単語を聞いたが、丁度、街の様子を見に行った兵士が戻ってくる。

 小綺麗な身なりをした壮年の男性が同行していた。

 男はすぐさま馬から降りると胸に手をあてて、泥がつくのも気にせずに片膝をついた。


「セリア・エストレヤ殿下、お初にお目にかかります。私の名はクルト・フォン・ターミエ。現在、グリンダ辺境伯の代理として留守を預かっております」


 リズが立ち上がって胸に手をあてて返礼する。


「セリア・エストレヤ・エリザベス・フォン・グランツよ。皇帝陛下からは少将の地位を賜っているわ」


 第6皇女なだけあって気品を漂わせた凜々しい顔つきは様になっている。


「ターミエ領主代理、伯父様はどこにいったの?」

「ベルク要塞にございます。4日前に国境を越えてリヒタイン公国が攻め寄せて参りました。報告によれば数は12000。ですが、〝軍神マルス〟の存在のおかげで現在も膠着状態が続いているとのことです」


 ターミエは一枚の封筒を差し出してきた。


「もし、リンクスに姪が立ち寄ることがあったら、これを渡してくれと」


 リズは受け取ると封印を解いて一枚の紙に目を通した。

 何度も租借するように頷いて、トリスを見やった。


「……トリス!」

「はっ!」


 トリス以下、重装歩兵8名がその場に膝をついた。


「ベルク要塞に向かうわ。でも、その前にリンクスで休息をとりましょう」


 数度の戦いを経てから、ここまで寝ずに馬で駆けてきた。

 いかに鍛えられた兵といえども、トリスたちの顔からは一切そんな気配を探ることはできないが、疲労は確実に蓄積されていることだろう。


「ヒロも読む?」

「そんな簡単に読ませていいものなのかい?」



 ちょっと驚いてリズを見る。

 内容の差異こそあれど、こういった個人宛の手紙は誰にも見せないでおくものだろう。

 少なくても比呂はそう認識している。

 けれども、軽く頷いた彼女は比呂に手紙を渡した。

 手紙にはこう書かれていた。


 最愛なるエリザベス。

 無事にリンクスに辿り着いたこと嬉しく思う。

 しかし、百の言葉を交わすのは再会したときにしよう。

 ベルク要塞で待っている。

    

              ルゼン・キオルク・フォン・グリンダ。



「ターミエ領主代理。ベルク要塞にいる兵力はどれぐらいなの?」

「…………〝軍神マルス〟の軍を合わせて3000ほどにございます」

「それはまた大きな開きがあるわね」


 3000の次は12000という大軍なのだから、リズが沈んだ表情を浮かべるのも無理はない。

 比呂はどうしたものかと思案しかけて嘆息した。

 考えたところでこの世界で比呂は何の地位もない。

 下手をすれば平民以下だ。リズに出会わなかったら路頭に迷っている身分だ。

 そんな者が作戦を立案したところで、採用されるはずもない。

 それに、1000年前の英雄なんです。と、言ったところで誰も信用しないだろう。


(リズは信用してくれるかもしれないけど……)


 とにかく状況が把握できるまでは保留だ。

 そのときが来たら考えれば良い、何が最善かはそれからでも遅くはない。

 比呂が頭上を仰いだ、群青色の空が人の気も知らないで、どこまでも澄み切っていた。

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