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第1話:異世界

「――という夢を見たんだ」


 真面目な顔でそう言ったのは、奥黒おうぐろ比呂ひろ

 今年で17、どこにでもいる高校2年生だ。


「お、おう……良かったな」


 比呂の話を聞いて、若干引き気味なのが、幼なじみの星城せいじょう福太郎ふくたろう

 同じ高校二年生でありながら、その恵まれた体躯は比呂より二回りも大きい。


「信じてないの?」

「信じてるさ。夢でよかったぜ。現実と言われたら、どんな顔すればいいかわからない」

「でも、はっきりとした夢だったよ。それに王様すっごいイケメンなんだ。あれにはアイドルも顔負けだよ」


 比呂の言葉を聞いた福太郎が後ずさって頬を引きつらせる。

 漂わせる嫌悪感、変貌した空気に比呂は首を傾げた。


「どうしたの?」


 福太郎が口を開く。


「言っておくが……そっちの趣味は、俺にはないからな?」

「何を勘違いしてるんだよ! 僕だってそんな趣味ないよ!」

「だ、だよな。ただでさえ噂になってんだから変な話すんなよ」

「イケメンだって言っただけじゃないか……」


 不名誉なことに、比呂と福太郎は学校中の女子のネタにされていた。

 家が隣同士なので、いつも登下校が一緒、休日も二人で遊んでいたりする。

 しかし、噂に拍車をかけたのが、筋骨隆々の男と、線が細い男の二人組だからだ。

 想像を掻き立てられたのかもしれない。

 そのため、女子たちからBL的要素を含んだ好奇な視線を向けられている。


「男に興味あるとか思っちゃうだろが、そういったことは心の中で思うもんだ。イケメン氏ねってな」

「短絡すぎない?」

「うるせー。俺がモテないのは、イケメンが存在するからだ! クラスの連中が俺のことを、裏でなんて言ってるか知ってるか?」


 ゴリラだろ――比呂は心の中で呟いた。

 身長が1メートル80、体重は90キロ超。

 福太郎という柔らかい名前のくせして、その恵まれた体躯は常人とは一線を画している。

 厚い胸、鍛え抜かれた上腕二頭筋。鋼のような腹筋をもっている。

 高校生には思えないほど老けた顔は、女子高生にとって恐怖の対象でしかない。

 制服を着て街を歩けば「キミ家は?」「親が知ったら泣くよ」なんて職質される。

 なんとも不幸な男なのだ。

 正直に言ってもよかったが、比呂はすっとぼけることにした。


「さあ……上腕二頭筋のぷ~さんとか?」

「ケンカ売ってんのか!?」


 可愛いネーミングだと比呂は思ったが、何か気に障ったようだ。

 でも、優しい奴なのはわかっている。無駄に拳を振るわない。

 まあ、振るわれたら自分が死んでしまうからだろう。


「ゴリラだよ! 今が大事な時期の高校二年生にゴリラだぞ!」


 またまたご冗談を――と言いたくなる老け顔だが昔のアルバムで証明済だ。

 比呂は慰めるつもりで背中をぽんぽん軽く叩いた。


「そんなあだ名はいっぱいいるよ。きっと福太郎だけじゃないよ。世の中の高校ゴリラはね」

「あれ、やっぱりケンカ売ってる!?」


 福太郎の上腕二頭筋が制服を破りそうなぐらい盛り上がった。

 生まれる時代を間違ったのだろう。

 きっと今が戦国時代だったら違ったはずだ。

 百姓あがりの出世頭に負ける家老ぐらいになれたはず。


「落ち着きなよ。もう学校近くなんだからさ。また変な噂が立っちゃうよ」


 周りを見渡せば、女子高生がビクビク震えながらこっちを見ている。

 登校時間なんて重なるもので、学校近くだから生徒が多い。


「……ぐっ、覚えてろよ」

「ちゃんと覚えてるよ。福太郎を怒らせるのは、これで874回目だからね」

「怒らせすぎじゃね!?」


 それでも暴力に訴えないんだから、本当に気の良い親友だ。

 こんなに優しいのにモテないんだから、世の中不思議なものだ。

 楽しく話している間にも、校門前にたどり着く。

 比呂は福太郎の前に回り込むと、片膝を地面につけて頭を下げた。

 怪訝な顔で見下ろす福太郎に、比呂はニッと口角をつり上げた。


「さっ、柴田勝家殿、ご出陣ですぞ」

「脳筋じゃねえよ!?」


 ノリが良すぎる。これだから、福太郎をからかうのはやめられない。

 比呂は笑ってから膝についた埃を払うと、福太郎と共に校門を通りすぎた。


「今日は部活?」

「ああ、大会が近いからな」

「柔道部のホープだもんね。もう大学から推薦きてんでしょ? オバサンに聞いたよ」

「まあなぁ……」

「あれ、嬉しくないの?」

「まだ高二になったばかりだぜ? 実感なんてないし、大学って言われてもピンとこねえわ。進路とか考えていく時期なんだろうけどな」

「そういうもんか」

「そういうもんだ。俺のことより、お前はどうなんだよ。また部活始めたりしないのか?」

「医者から激しい運動止められてるって、知ってるじゃないか」


 比呂の言葉に福太郎は、少し躊躇う素振りを見せて口を開いた。


「そうだけど、あれから3年以上経ってるんだぞ。そろそろいいんじゃないのか? 昨日は診断の日だったんだろ」


 比呂は3年前、不思議な事件に巻き込まれた。

 事件が起きた前日は、普段と変わった様子はなかったらしい。

 でも、次の日、比呂を起こしに来た母親は悲鳴をあげたそうだ。

 なぜなら、痩せこけた息子が全裸で横たわっていたからだ。

 それだけなら問題はなかったかもしれない。

 けれども、身体中は傷だらけで泥まみれ、髪も短髪から長髪に変わっていたそうで、すぐさま救急車を呼ばれた。

 幸い、傷は治療した後だったが、どれも雑な縫い方で傷は一生残ると言われた。

 数カ所の筋断裂、あばら骨は折れていたり、ヒビが入っていたり、いくつかの感染症が確認されて緊急入院。

 病院側は不審に思い、警察を呼んだようで、虐待を疑われたようだ。

 更に不運なことに無罪を主張してくれるはずの息子は、その怪我をしたときの記憶が喪失していた。

 息子の異常、警察の聴取、両親の心労は凄まじいものだったようだ。


「ん~……まだダメみたいだよ」


 記憶が戻ることはなかったが、本当のことを言えば完治している。

 今では身体は健康そのもので、激しい運動にも耐えられると担当医の太鼓判をもらったほどだ。

 けれど、比呂には秘密にしていることがあった。

 担当医も知らない後遺症が3年経った今も残っている。

 この後遺症を知った時、比呂は部活動を諦めた。

 このことを担当医はもちろんのこと、家族や親友にも言うつもりはなかった。

 余計な心配をかけたくないからだ。


「そうか。悪いこと聞いたな……」


 福太郎が地面に視線を投げかける。

 無遠慮だった自分を反省しているのか数秒ほど黙り込んでしまった。

 でも、次に顔をあげたとき、彼はニヤニヤしながら、からかうように言った。


「でも、あのときはビックリしたぜ。まるで別人だったもんな。髪の毛まで長髪になっちまって落ち武者みたいだったぜ」

「腰まで伸びてたからね。母さんもビックリしてたよ」


 校舎に入った比呂たちは、肩を並べてクラスに向かう。


「しかも身体がカナリ引き締まってたしな。どうやったら一日であんなレベルになるんだよ」

「僕には特殊能力があってね。一日寝るとチート級にレベルが上がるのさ」

「うそつけ!」


 福太郎が笑って比呂を小突こうとした。

 けれども、福太郎の拳が比呂の肩に当たることはなかった。


 ――時が止まっていたからだ。


「……えっ?」


 この時の比呂は、人様に見せられないほど無様な顔をしていた。

 でも、仕方がないことだ、周りの生徒も同じように止まっていたのだから。


「み、みんな……急にどうしたの? も、もしかしてドッキリ?」


 福太郎を揺さぶってみるが効果はない。

 彼は笑ったまま微動だにしない。

 近くの女子にも近づいてみる。

 けれど、口元に手を当てて福太郎に嫌悪混じりの視線を向けたまま固まっている。


 そうやって一人一人に声をかけていくが、誰も反応することはなかった。

 校舎の外にでて校門を通り過ぎて、道路に飛び出した。

 ゴミ捨て場を見ればカラス。道路の脇を見れば猫が小学生を威嚇している。

 空を見上げれば、相変わらず眩しい太陽が我が物顔で浮いている。

 それを避けるように白い雲が青い空を色づかせていた。

 日常の風景……だからといって、時が止まっているのは変わらない。


「ははっ……なんだこれ」


 どこにでもいる高校生に、これほどの大規模なドッキリを仕掛ける理由なんてない。

 頭が真っ白になっていくのがわかる。

 足下がふらつき、胸の動悸が早くなってくる。

 何か行動を起こさなきゃいけないのに、どうすることもできなかった。

 不安が押し寄せてきて、目尻に涙がにじむ。


 ――こんな時、キミだったらどうしただろうか?


 心が――共に戦場を駆け抜けたキミに助けを求めた。


(こんな情けない僕を見たら、キミはなんて言うだろうか)


 笑って慰めてくれるだろうか。

 情けないと一喝するのだろうか。


(あれ、キミって、誰だ? 僕は誰のことを言っている? ああ、わからない。何が何だかわからない)


 視界が薄れていく……まるで眠気が襲ってきたかのように。


 ――迷った時は余を頼れ。余も君を頼ろう。我らは兄弟だろう。


 かつてのキミの言葉が矢継ぎ早に脳裏に蘇る。

 声を、顔を、鮮明に思い出すことができる。


 ――余は時に兄であり弟だ。何があろうとも変わることのない家族だ。


 あの世界でたった1人の家族だった。


 ――救いを求めろ、助けを求めろ。なにも恥ずべきことじゃない。


(でも、この世界にキミはいない。どうやって助けを求めたらいいんだ?)


 たった一人の家族を残して、こちらの世界に戻ってきた。

 その罪が心に重くのしかかる。


 ――さあ、共に行こう。この先、幾度の困難あれども、我らの絆を切り裂ける者はいない。


 青年の姿が現れると同時に、比呂は意識を失った。


    ※※※※※ ※※※※※


 眩しい光が瞼を通して瞳を刺激する。

 手で影をつくってから、ゆっくりと目を開けた。

 まず比呂の目に飛び込んできたのは、年期と貫禄を感じさせる大樹だ。

 天高く伸びる途中で枝が無造作に伸びていて、その先に付いた無数の冠型の葉のせいで、天辺はおろか空すら確認することはできない。

 耳に届けられるのは、風に揺らされた葉が踊る優しい音だ。

 陽の光が木々の隙間からこぼれ、かすかな明かりを森にもたらしている。

 奥を見れば闇が広がり、先を見通すことは叶わない。


「…………ははっ、夢だよね?」


 さっきまでは学校だったはずだ。

 そのとき、懐かしい誰かに会った気もするけど、思い出すことができない。


 雑草の触り心地。

 土のひんやりした感触。

 頬にあたる風。

 鼻孔をくすぐる自然の芳香。

 どれも夢だとは思えないほど現実リアルだ。


「夢ならいずれ覚める……」

 

 比呂は自分に言い聞かせるように呟いた。

 いつものように見慣れた部屋で目が覚めるはずだ。

 夢の中で怖がった自分を思い出して恥ずかしさで悶えることだろう。

 無理矢理に自分を納得させて、大樹を離れて森の中を進むことにした。


 でも、どれだけ進んでも森から抜けることができなかった。

 景色だって変わらない。

 相変わらず奥を見通すことができない。

 ただ永遠と木々が周りに広がっているだけだ

 歩くのも億劫になり比呂の心が挫けかけた時、草陰からそれは現れた。


『グルルルルルルルルルッ!』


 暗闇に浮かび上がる二つの金の瞳、むき出した長い牙から涎がしたたり落ちる。

 大きさは中型犬ほど、鍛え抜かれた四脚から伸びる爪で地面を抉りながら、比呂との距離を詰めてくる。

 日差しが獣を照らすことで、美しい白毛を持っていることがわかった。


「狼……?」

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