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第16話:再誕

 目まぐるしく変わる戦場、トリスは声を発することができずにいる。

 黙り込んでいるのはトリスだけではない、味方の兵士たちも少年を見失わないように注目していた。

 奇妙な空気が戦場を包み込んでいる。

 布に染み渡る水のように、ゆっくりと戦場を侵食していく黒い塊。

 敵の前線は完全に瓦解してしまっている。ここから立て直すのは至難の業だろう。

 最前線、敵兵たちの顔はどれも恐怖で歪んでおり、今すぐ逃げ出したいと表情が語っている。

 だが、突撃命令が下され、後方の味方に押されるせいで退くことは許されず。

 ただ、ただ闇の餌食になるしかないのが現状だ。


「あれは……小僧か?」


 ようやく絞り出した言葉。

 白銀の剣を片手に敵陣を蹂躙していく比呂を見て首を傾げた。

 出会ったときのような弱々しい雰囲気は感じられない。

 まるで何かに取り憑かれてるような変わりようだった。


「それにあの剣はなんじゃ?」


 幾多の敵を屠っても、その剣に血糊がつくことはない。

 美しく輝く白銀の剣は、当初と変わらぬ爛々とした光を放ち続けている。

 かつて、それは英雄の剣と呼ばれた。

 滅びを迎えようとしていた国を救い、周辺諸国を征服した王の剣だ。

 1000年の時が経ち、伝説となった剣は長い歴史の中に埋もれ、失われた剣と呼ばれている。

 グランツ大帝国、第二代皇帝ヘルト・レイ・シュバルツ・フォン・グランツ。

 彼の伝承にはこう記されている。


『天地人を操る双黒の王に一振りの剣あり。必ずや勝利をもたらす無敗のつるぎなり』


 ここに当時のことを知る者はいない。

 けれど、もしいたならば感動に打ち震えたことだろう。

 鍔も柄も純白で雪化粧が施されたかのように汚れ一つとない。

 刀身は煌めく星が無数に散るかのように、輝きを放ちながら鋭い切れ味を誇っている。

 黒い衣服を身に纏った双黒の少年が持つと、連想するのは夜空に浮かぶ星々だ。


 精霊剣5帝。

 最後の一振りにして最も美しいと言われた――、


 ――《 天 帝エクスカリバー 》。

 

 この世に再び顕現した瞬間だった。


 殺戮を黙って受け入れていた戦場に変化が訪れる。


「敵が……退いていく?」


 重装歩兵の誰かが呟いた。

 ようやく敵将に報せが届いたのかもしれない。

 比呂を警戒しながら、ゆっくりと戦線を後退させていく。

 少年は、しばらく退いていく敵を眺めていたが、興味を失ったのか背を向けた。

 その瞬間、トリスが血相を変えて叫んだ。


「こ、小僧! 後ろじゃ!」


 退いていく敵の後方から無数の矢が飛来したのだ。

 聞こえていないのか、そちらを見向きもしない。

 否、聞こえていたとしても盾もない比呂に防ぐことはできないだろう。

 もうダメだと思い、トリスは思わず目を閉じた。

 しかし、次に眼を開けた時、トリスは現実と幻想の区別がつかなくなる。

 滝が割れるように矢が、少年を避けて地面に突き刺さっていたからだ。

 驚愕の面持ちでそれを見ていたトリスが、少年の瞳を見て口を開く。 


「〝天精眼ウラノス〟か……」


 ホッとするのも束の間、少年が走り出した。


「なんじゃ?」


 全力でトリスたちの元にやってくるのだから怪訝に思うのも無理はない。

 その顔は先ほどまでの深淵を携えた表情ではなく。

 出会ったときと同じ、弱々しい頼りない感じになっていた。


「と、トリスさん!」

「おぅ!? なんじゃあ!?」


 いきなり抱きついてきた比呂に、トリスは驚きつつも抱き留める。

 

「り、リズは!? リズはどこにいるんですか!? 無事ですよね!?」

「お、落ち着け! 姫様には後ろで休んでもらっておる! それより、お主こそ大丈夫なのか!?」


 これだけ元気なので無駄な心配だと言えようが、それでもトリスは問わずにいられなかった。

 少年は自分の身体を見回してから言った。


「大丈夫みたいです! リズのところに行ってきます!」

「い、いや、待て小僧! 今はそっと――」


 手を伸ばしたが少年はそのまま奥に向かって走っていった。 

 

    ※※※※※ ※※※※※


 ムッとする熱気が死臭と共に断崖の間にたまっている。

 どれだけの兵士が死んでいるのか、踏まぬように気をつけながら、比呂は奥に進んでいく。


「あっ、リズ――…………」


 目的の少女が見つかった時、笑みを浮かべかけたが一瞬で沈痛に変わる。

 遺体に囲まれた紅髪の少女が岩の上で座りこんでいたからだ。

 纏う雰囲気は今にも壊れてしまいそうで、その姿は胸が締め付けられる。


「…………」


 岩の上にあがるとリズの隣にいたサーベラスが比呂に視線を送ってきた。

 サーベラスの頭をぽんぽん撫でてから、顔を伏せる彼女の肩に手を置いた。


「リズ……」


 世界を拒絶した少女は肩に触れられたことすら気づかない。


「リズ!」


 比呂は大きい声をだして肩を揺さぶった。


「…………」

「ッ!?」


 ようやく顔をあげたリズを見て、あまりの衝撃に比呂は息をのんだ。

 光沢を失った瞳は焦点も合わずにただ見開き、腫れ上がった瞼が痛々しいほどに赤い。


(ああ……キミをこんなに傷つけた奴は誰だ)


 比呂は優しく彼女の頭に腕を回すと引き寄せた。

 これほど憔悴しきった彼女にかける声が見つからない。


「リズ……ごめんね」


 それは何に向けての謝罪なのか、言葉が思いつかないことか、間に合わなかったことなのか、比呂にもわからなかった。

 ピクリと紅髪の少女の指が動いた。

 比呂の腕を握りしめて胸元から顔を離す。


「……ヒロ?」

「うん、怒られるかもしれないけど……戻ってきたんだ」


 ばつが悪そうな顔で比呂は頷いた。

 リズの手が頬に触れる。

 夏のように蒸し暑いというのに、彼女の手はゾクッとするほど冷たい。


「どうしてきちゃったの?」

「僕にできることがわかったからだよ」


 比呂は頬にあたる手を暖めるように優しく握りしめた。

 彼女の眼に光が戻ってくる、本物だと実感したのかもしれない。

 でも、悲しげな表情を浮かべて目を伏せた。


「ディオスが死んじゃったの……」

「…………うん」

「お兄様よりも兄らしくてね。本当の兄のように思ってた」

「うん」

「なのに……あたしは助けることができなかった」

「…………」

「夢を叶えろって……言ってたわ」


 声を震わせながら、瞳が涙で潤っていく。


「あたしは……うぅぅぅ、あぁぁ――」


 比呂の胸に顔を埋めて息短くすすり泣き始めた。

 彼女の背中に腕を回して比呂は抱き寄せた。

 精霊剣の使い手だとしても、まだ15になったばかりの少女だ。

 家族のように慕っていた者が、目の前で殺された。

 心が引き裂かれる想いだったろう。


(ああ……そうだ、この娘はキミにそっくりなんだ)


 髪色、顔立ちは似ていないけれど、その心根がそっくりだ。

 若くして玉座につき、大きな待望を持ちながら、その立場故に何もできず。

 ただ滅びゆく国を黙って見ている事しかできなかった。

 

(だから、僕を喚び戻したのかい?)


 自分とそっくりな第6皇女を救うために。

 比呂はリズの頭を撫でながら、自分がこの世界に来た理由を知った。

 それは間違っているかもしれない、けれど、それでかまわないと比呂は思った。

 

 岩の上で静かに泣く第6皇女を、トリスや重装歩兵たちが痛ましそうに見守っていた。

 屈強な男たちの目から涙が流れ出している、声をださず黙したまま歯を噛みしめて泣いていた。

 トリスは決して涙を見せなかった。

 口端から一筋の血を流して怒りに震えていた。

 ディオス・フォン・ミハエル。今年で28を迎えるはずだった青年。

 元は傭兵だったが、重傷を負って帝国に流れ着いたのを、トリスが治療を施して引き取った。

 毎日、鍛錬を欠かさず、戦場で功績を着々と積み上げていき、その力が認められて第6皇女の側近となり、トリスは我が事のように喜んだ。

 リズが娘なら、ディオスは息子だった。

 過去の記憶を断ち切って、トリスは胸を力強く叩いた。

 鎧から大きな音がたち静寂を破ると、その場に膝をついて叫んだ。


「セリア・エストレヤ・エリザベス・フォン・グランツ殿下!」


 響き渡る大音声に誰もが目を向ける。


「悲しんでいる暇などありませぬ。ディオスもそれを望みはせぬでしょう! じきに日が暮れまする。奴らを突破する策を考えましょうぞ!」


 言葉に反応したのは比呂だった。


「それなら、僕にいい案があります」

「なに?」

「敵の数は大体2000ほど、これを突破できたとしても、周辺の村に被害が及びます。無関係な民が傷つくのをリズは良しとしないでしょう」

「ひ、ひろ?」


 リズが狼狽を含んだ声をこぼした。

 驚くのも無理はない、彼女の中では普通の少年なのだから。

 比呂は苦笑を向けて話を続ける。


「なら、全滅と言わないまでも、盗賊まがいのことができないように、出来る限り敵の数を減らさないといけません」

「こちらは20人しか生き残っておらん。それで2000人を相手にどうするんじゃ? 1人で100人の敵を殺せとでも言うのか?」

「そこまでは言いません。皆さん疲れていますから」

 

 笑みを深めた少年はリズに手を貸し岩から降りた。


「子供だって思いつく単純な作戦ですよ」

 

 かつて〝軍神マルス〟と畏れられた男が再誕する。

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