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第13話:処刑

 天に浮かび上がった黒い塊。それは雲霞のごとく空を染め上げていく。

 放物線を描きながら、勢いよく落下する様は、まるで豪雨のようだ。


「くるわよ! 身を低くして盾を掲げなさい!」

『『オウッ!』』


 瞬間、何千という矢が地上に落ちた。

 ガガガガガッ――氷の塊が大量に降ったかのような轟音が戦場を支配して、重装歩兵の盾に大量の矢が突き刺さる。

 音がやむのを待ってから、リズは叫んだ。


「壁を作りなさい!」


 大人が肩を並べて6人が通れるほどの幅。

 そこに盾を突き立て、前方から突撃してくる敵に、重装歩兵隊は備える。

 リズたちが合戦に選んだ場所は、左右が断崖に挟まれた隘路だった。

 ――数の不利を地の利で覆す。

 いくら3000といえども、断崖を打ち壊して進むことはできない。

 なので、自ずと少数同士の戦いとなる。

 リズは迫り来る敵に槍を投擲した。


「ゴァッ!?」


 見事命中させはしたが、その屍を乗り越えて新たな敵が迫る。


「弓隊! 放て!」


 すぐさま炎帝レーヴァテインを縦に振ると、後方から多くの矢が頭上を通過していった。

 近距離で放たれた矢は、ことごとく命中する。

 敵の前列が骸となったことで、進行の妨げになり後列の敵兵が勢いよく転ぶ。

 だが、それらを踏みつけることで、敵兵は勢いを失わず突き進んできた。


『『ウォオオオオオオ!』』


 空気を震わせるほどの雄叫びが鼓膜を揺さぶる。


「姫様! 後ろへ!」


 重装歩兵たちが腕に力を込めて歯を食いしばる。

 風向きが変わり砂塵が重装歩兵たちを包み込んだ。

 ドンッ――衝突音が響くと同時に金属同士が打ち鳴らされる音が聞こえる。


「はぁっ!」


 砂埃を風圧で押しのけると、リズは炎帝(レーヴァテイン)を突きだした。

 手応えを感じたリズは、そのまま抜くと横に振る。

 敵の気配を感じながら、リズは間髪いれずに攻撃を繰り出した。

 突風が壁の間を吹き抜けて視界が晴れると、リズの周囲は死体で溢れていた。

 その少し離れた場所に、槍で敵を薙ぎ払うトリスがいる。


「姫様! 突出しすぎですぞ! 戻られよ!」

「まだよ! 出来る限りここで敵を始末する!」

 

 敵が狭い通路を押し合いながらリズに辿り着く。


『ウラァァァァァ!』

「そんな攻撃があたるわけないでしょッ」

『ゴブッ!?』


 襲いかかってくる敵兵を一太刀で斬り捨てると、


「グラァァァァア!」

『ぐがあぁぁあ!?』


 サーベラスが飛び出して他の敵兵の首を牙で抉った。

 次々と敵兵に飛びついては命を狩っていく。サーベラスの白毛はみるみる赤く染まる。

 リズは右足を軸にして左に炎帝レーヴァテインを振り下ろすことで、


「ふっ!」


 背後に回り込もうとした敵の片腕を斬り落とした。


『あがぁぁぁぁあああああ!?』



 絶叫をあげた雑魚を無視して、視界の端にうつった敵を突き刺し絶命させる。

 勢いを利用して身体を捻ると、その左にいた敵の首を払うように落とした。


『あごぅ!?』


 最後に片腕を失った雑魚の首を斬り落とすと、


「少し時間稼ぎさせてもらうわね」


 紅刃から炎塊が吐き出されて周辺を巻き込むように爆発した。


『うがあっ!?』

『ひ、退けっ!』


 長蛇の列を成して狭隘を突き進んでいた勢いが簡単に止められるはずもない。

 断末魔をあげる敵の大多数が焼死体となり、焦げ臭い匂いが戦場に漂い始める。

 リズは駆け出すと、味方との間にいる分断された敵を斬っては捨てていく。

 トリスと合流した時には死体の径路ができあがっていた。


「姫様! 怪我はございませぬか!?」

「大丈夫よ。それより敵はまだまだいるわ。次に備えるわよ」


 少しだけ思考に余裕ができて、リズは比呂のことを考えてしまう。

 ひどい別れになってしまった。傷ついた比呂の顔を思い浮かべては悔いがでてくる。

 もし、再会できたなら誠心誠意、頭を下げることで許してもらおう。

 と、そういう心積もりになったが、戦いも終わらないうちに思索しても意味はない。


(まだ戦いは始まったばかりなのにね……)


 リズは苦笑するとサーベラスの頭を撫でた。

 ちゃんと生き残ることができたら案じようと決意する。


「敵がきますぞ!」

「出鼻を挫くわよ! 弓隊、放てぇ! 重装歩兵隊、前進よ!」


 弓隊の援護射撃を受けて、1列目の重装歩兵が隙間なく盾を構えながら前進する。

 目前の敵兵はどれも驚愕を浮かべていたが、止まることは許されない。

 止まれば背後にいる味方に踏み潰されるからだ。


 すぐに両者は激突、重装歩兵は耐えたが、後続を巻き込んで敵勢は吹き飛んだ。

 盾と盾の隙間から槍の穂先が飛び出して、倒れた敵兵の息の根を重装歩兵が止めていく。

 隊列が崩れたのを見た重装歩兵が壁を開いた。

 リズとトリス、そして軽装歩兵が間を縫うように突撃する。

 怪我を負って戦意喪失した敵を仕留めていく。

 その間に後方で待機していた2列目の重装歩兵隊が合流する。


「このまま押し返すわよ!」


 最前線で指揮官が戦う、これほどの鼓舞はないだろう。

 事実、兵士の顔には恐れはなく、あるのはただ主を護るという意欲だ。

 数的不利な状況にも関わらず、恐怖よりも先に熱意が己を奮い立たせる。

 敵からしたら、これほど厄介なものはなく、あっさりと敵兵が息絶えていく。

 しかし、勢いに乗ると怖いのがまわりが見えなくなることだ。


「……嘘でしょ」


 気づいたリズが上空を見上げて呟いた。

 その顔は青ざめている。それに気づかない軽装歩兵は主を置いて前に進む。

 トリスが怪訝な顔で振り返った。


「姫様、どこか怪我でも!?」

「トリス! 上よ!」


 その声は悲鳴にも似た不穏を孕んだ叫びだった。


「早く盾を! サーベラスこっちに来なさい!」


 サーベラスを左手で抱き寄せて、味方に右腕を振って合図を送るが、時は既に遅かった。

 呆然と空を見上げている軽装歩兵たち、彼らの思考は止まっていた。

 数瞬後、空を埋め尽くす矢尻の群れが山なりに飛来した。

 味方さえも巻き込んだ敵の攻撃は戦場を混沌化させる。

 地面を埋め尽くす矢、所々に点在する小さな針山は、人だったことがかろうじてわかるほどで、敵味方か判別できないほどだった。

 ひとりも動かないということは、軽装歩兵隊は全滅したとみてもいいだろう。


「姫様、ご無事ですかぁぁ!」


 トリスの背中には数本の矢が刺さっているが、動きから見ても致命傷には到っていないようだ。

 戦況がガラリと変わり、現状を把握した重装歩兵隊が悄然としている。

 活を入れるようにトリスが大口を開けた。


「重装歩兵隊はすぐさま隊列を組み直すのじゃ! 入り口を固めて敵の進撃を食い止めよ!」

「はっ!」 


 指示を飛ばすと自身の傷の痛みも忘れてリズに駆け寄った。


「少し油断したわね……」


 リズは苦痛に顔を歪ませると、左腕に刺さる矢を右手で引き抜いて捨てる。

 溢れてくる血をサーベラスが心配そうに眺めるので、リズが安心させるように頭を撫でた。

 その隣を重装歩兵が幾人も過ぎていき、すぐさま前線に鉄壁を築き上げる。


「すぐに手当をせねば……」

「縛っておけば大丈夫よ。それよりも被害状況を……」

「それは他の者に任せて、今は治療を――」

「トリス歩兵団長!」


 リズを叱ろうとした老兵の言葉を遮ったのは、重装歩兵のひとりだ。

 このような緊急事態に声をかけるとは、怒りの形相でトリスは振り向いた。


「なんじゃあ!?」

「敵の動きに変化があります!」


 的を得ない報告にトリスの額に血管が浮かび、リズが眉根を寄せた。


「ちゃんとした報告をせんかっ!」


 リズに肩を貸したトリスが盾壁に近づいて、兵士を叱り飛ばす。


「で、ですが……あれをご覧下さい!」


 兵士が指さした先には、理解できない光景が広がっていた。

 200名ほどの帝国兵が一列に並ばされており、背中に回された腕が縛られている。

 敵軍の中から一人の男が間を抜けて前にでてきた。


「なにをするつもりじゃ……」


 男は腰に差していた内反りの剣を抜くと、帝国兵の肩に足を置いて力尽くで頭を下げさせた。

 すぐさま凶刃が振り下ろされて帝国兵の首が飛ぶ。

 男は血飛沫を上げる死体を蹴ってから、口元に笑みを浮かべてリズに視線を飛ばした。

 

『第6皇女よ! あなたが大人しく降伏するなら処刑はやめよう。まだ抵抗を続けるというなら、ここにいる帝国兵の首を全て落としてやる!』

「ふざけたことをッ!」


 トリスの顔が怒りで紅潮する。

 リズは今にも泣き出しそうな顔で黙って耳を傾けていた。


『どちらでもかまわない。どちらにせよ、あなたは捕らえられるのだからな。そして奴隷となるのだ。寂しい日々は送らせない! 毎日、かわいがってやるとも! 毎日な!』


 仕分け作業のように帝国兵の首を淡々と斬り落としていく。

 こちらの戦意を失わせるための見せしめだった。

 

『さあ、決断しろ! セリア・エストレヤ第6皇女よ!』


 血塗られた剣が日差しを受けて輝いた。

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