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第12話:旅の終わり

 精霊王廟フリーデンの北区画。

 媛巫女のみが立ち入ることが許された領域――洗礼宮。

 そこには眩しいほどに輝く球体があり、それをジッと見つめている者がいた。

 微笑みを絶やさないと評判の美しい娘だが、今はそれが欠落した表情をしていた。


「今なにを考えておられるのですか……かの英雄王を喚び戻すという行為にでたのはなぜでございましょう? 我らが父神、精霊王よ。どうかお答えください」


 世界の端にいるような不気味な静寂が落ちる。


「やはりお答えくださいませんか……」


 嘆息した媛巫女は球体を挟むふたつの銅像に眼を向けた。

 この世界に住む者なら誰でも知っている、グランツ十二大神の二柱だ。


 ひとつは剣を大池に突き刺した格好の見目麗しい青年の銅像。

 グランツ大帝国を建国した獅子心王、レオン・ヴェルト・アルティウス・フォン・グランツ。


 もうひとつは右手の剣を天に掲げた姿の銅像。

 グランツ大帝国を築き上げた英雄王、ヘルト・レイ・シュバルツ・フォン・グランツ。


「……アルティウス陛下、どうかシュバルツ陛下をお守りください」


   ※※※※※ ※※※※※

 

 帝国歴1023年5月26日

 バウム小国の国境付近に比呂たち一行はいた。

 媛巫女から貰い受けた馬に跨がるのは100にも満たない歩兵。

 軍の規模にしては小さく、一匹の狼を伴っている。

 それでも空気に伝わる馬蹄の響きは人の心を不安にさせるものがある。

 先頭を走るのはリズだ。美しい紅髪を後方になびかせている。

 その腰に腕を回して、しがみついているのが比呂だ。


「このままグリンダ辺境伯領に入るわ」


 隣を併走するトリスが難しい顔を作る。


「先遣隊が戻ってきておりませぬ。あちら側の状況がわからぬのです。あと1セル(3キロ)ほどで馬を捨てて歩きましょうぞ」

「……やっぱりお兄様の手が伸びてると思う?」

「ないとは言い切れませぬ。ここは慎重になっても損はありますまい」

「わかったわ……」


 頷いたリズは前方を見る。

 バウム小国とグリンダ辺境伯領を繋ぐ街道は荒野にできていた。

 グリンダ辺境伯領の3分の1が水が乏しい不毛の地となっており、その影響なのかわからないが、バウム小国の国境側も砂塵を含んだ乾燥地帯となっている。

 砂で築かれた小さい丘、崩れた崖から落ちた砂岩。

 木も草もない砂漠のような土地だ。


 馬を捨てたリズは兵に目配せすると、荒野を歩き始めた。

 この調子ならば、あと小半刻もすればグリンダ辺境伯領に入る。

 目立たぬように崖の影に隠れながら、リズたちは慎重な足取りで進んでいく。


「姫様。先遣隊が戻ってきておりませぬ。何かあったと考えるべきでしょうな」

「ええ……このまま進んだら危険かもしれないわね。少し迂回して進みましょうか」

 

 岩に手をかけて登る。国境の様子が見える場所まで移動するのだ。

 トリスも同じ判断をしたのか、なにも言わず黙々とついていく。

 不安な表情を浮かべる比呂に、リズは安心させるように笑みを浮かべた。


「大丈夫よ。伯父様の領地だもの」


 それは自分にも言い聞かせているかのようだ。

 漠然とした不安が比呂の胸中で広がっていく。

 国境の様子が窺える断崖を登り終えると、トリスが匍匐前進をして瀬戸際に寄っていった。

 少ししてリズに向かって合図が送られた。

 戻ってこないで呼んだということは、なにかがあったということだろう。

 リズが怪訝な顔をしてトリスに近づいていった。

 

「――ッ!?」


 思わず声がでそうになってリズは慌てて口を押さえた。

 眼前に広がった光景は絶望しかない。

 自分の目が信じられないのか、リズは何度も瞼をこすった。

 それでも残酷な景色は変わらない。

 リズの目尻に涙が浮かんだ。


「なんてことを……」


 グリンダ辺境伯領の入り口に、先遣隊10名が無残な死体となって晒されていた。

 拷問を受けたのか、どれも身体の一部が欠損している。

 その後方には褐色の肌をもった3000の兵士。

 頭には茶色の布を巻きつけ、上半身の半分をさらした革鎧をつけている。

 腰に吊しているのは内反りの剣。槍と楕円形の盾を地面に突き刺していた。

 荒野に吹き荒れる風が、その先頭に突き立てられた茶地に虎の紋章旗を泳がせる。


「リヒタインの兵士が、どうしてここにいるのよッ!」


 砂漠の公国リヒタイン。

 国家性は残虐非道の一言に尽きる。

 敵対する国の民は奴隷となるか、殺されるかの二択しかない。

 そのため奴隷制度が未だに残っている国のひとつだ。

 長年グランツ大帝国の影響下にあって、ここ数十年は小競り合いすら起きていない。

 理由が奴隷制度だ。

 グランツ大帝国は奴隷制度を廃止しているため、戦争で捕虜にした敵対国家の将校などから身代金が取れない場合、またその国の民をリヒタインに売り飛ばしていた。

 戦線が広いグランツ大帝国はお得意様で、なにより強大すぎて攻めるような愚挙はしない。そう考えられていたはずだった。

  

「ここに軍を展開しているということは、やつらの目的は十中八九、姫様でしょうな」


 トリスは敵軍に鋭い視線を飛ばす。


「姫様がここを通るのを、なぜ知っているのかは謎ですが。ひとまず、バウム小国に戻りましょうぞ」

「ダメよ。媛巫女を巻き込むわけにはいかないわ」

「奴らがバウム小国に攻め入るとは思えませぬ。もし、攻め入ったりしたら、各国の怒りを買いますからな」

「これは立派な領土侵犯よ。しかも、グランツ大帝国を相手に。そんな連中が精霊王廟を破壊するのを躊躇うとは思えないわ」

「それは……」


 トリスが言い淀んだのを横目に、リズが口を開いた。


「ここは無理にでも突破して伯父様と合流すべきだわ」

「奴らがここにいるということは、ベルク要塞を突破したということですぞ」


 ここまで来るにはベルク要塞、アルト砦と順に通過しないといけない。

 敵軍がここまで迫っていることを考慮すると、陥落した可能性が大きい。


「それに、やつらがいつまでも帝国領内に留まることはできませぬ。時が経てば第4皇軍が救援に駆けつけるはず」

「あたしが姿を現さなかったら、あいつらは周辺の村を襲うかもしれない。バウム小国に攻め入るかもしれないわ」


 村や町が燃やされて人々が蹂躙されていく未来を想像して、拳を握りしめて地面に叩きつけたリズが、眼下に広がる敵軍を睨みつけた。


「あたしのせいで無関係な民が傷つくのは我慢できない」

「勝てるわけがありませぬ。もし、姫様になにかあったら――」

「民のために戦うのが皇族の役目よ。どんな状況でもね」

「…………譲られませぬか」

「当たり前でしょ。あたしはセリア・エストレヤ・エリザベス・フォン・グランツ。グランツ大帝国の第6皇女よ」


 嘆息したトリスの顔には諦めが浮いていた。


「……仕方ありませんな。なら、お供致しましょう」

「頼りにしてるわよ」


 会話を打ち切って、ふたりは後方の岩の陰に隠れている部下たちと合流する。

 立ち上がったリズは埃を払うのも忘れ、真っ先に比呂に近づいた。


「これから激しい戦いになるわ。ヒロはバウム小国に戻りなさい」

「えっ?」

「ここからはヒロじゃ荷が重くなるから……一緒にいないほうが身のためよ」

「いや、一緒に戦わせてもらう」


 比呂の決意は固まっていた。

 戦争なんて経験したことはない、恐怖で足が震えるのも確かだ。

 が、悲壮感を漂わせる彼女を放って逃げることなんてできるはずがなかった。


「ダメよ。ヒロは来た道を引き返して逃げなさい」


 リズの瞳は強い意志を感じさせる。

 思わず怯んでしまった比呂だったが、食い下がった。


「オーガの時も役に立っただろ? 今回だって――」


 悲痛な表情ですがる比呂。

 リズの表情は一瞬、歓喜を浮かべて困惑、そして決意に変わる。

 そして苦しげに眉を寄せながら、リズは言葉を吐き出した。


「……正直に言うわ。ヒロがいると気が散ってしまう。だから、ついてこないでほしいの」


 ガツン――と、重い物で殴られたかのように頭に衝撃が奔った。

 視点が定まらなくなる。思考が止まってしまう。

 それでも、比呂は拳を握りしめて、必死に言葉を紡ぎだそうとする。

 言いたいことがいっぱいあるはずなのに、何も浮かんではこない。

 早くしなければと思うほど、焦りがでて口が動かない。


 混乱する比呂の頬にリズの手が触れた。


「ここまで一緒に来てくれてありがとう」


 リズは涙を浮かべながら笑みを作った。


「ここで旅はおしまい。とても楽しかったわ」

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