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第9話:味方

 帝国歴1023年5月12日。

 グリンダ辺境伯領、辺境都市リンクス。

 草原と砂漠が組み合わさった特異な街。

 北区の草原地帯は上級市民、南区の砂漠地帯が下級市民と住み分けられている。

 その北区に領主、ルゼン・キオルク・フォン・グリンダ辺境伯の館があった。

 壁は白を基調としており、その中央に八角塔屋があって、四方に勾配を持った屋根。

 街を見下ろす台地に築かれた木造2階建ての館は他を圧するような風格をもっていた。

 その館を囲むのは高塀、その中央、鉄門前に一人の男が倒れ込んだ。

 門の左右で番をしていた見張りの兵士が慌てて駆け寄る。


「お、おい。どうした?」

「すごい怪我だぞ」


 男を仰向けにした兵士たちの顔が青ざめる。

 身体中が傷だらけ、頬には大きな傷があった。

 その男は一人の兵士に掴みかかった。


「す、すぐにグリンダ辺境伯に取り次いでくれ」

「……お、おい! なにがあったか知らないが離せ!」

「怪我人なんだからおとなしくしろ!」


 鍛え抜かれた腕から伝わる力が尋常ではない。

 兵士二人がかりで引き離そうにも男は必死にしがみついてくる。


「た、頼む! 俺はディオス・フォン・ミハエル……。セリア・エストレヤ様に仕えている者だ……お願いだ、取り次いでくれ」

「わ、わかったから離せ! すぐに伝える!」

「頼む……時間がないんだ……」


 真偽を確かめている暇はない。

 ディオスの力は強まるばかりで、下手をしたらこちらの命が危ない。

 だからといって危害を加えることはできない、事実だったならどのような罰を受けるかわかったものではないからだ。


「おい! 守備隊長に報せてくれ!」


 兵士の一人が頷いて館に向かって走っていく。

 異常を察知した館の守護隊長がすぐさま門からでてくる。


「すぐにグリンダ様が来る、だから、そいつを離してやってくれないか?」


 ディオスの肩に優しく手を置いて諭すように言った。

 両者が睨み合う形になる、それは数秒のことだった。

 頷いたディオスは力を失って地面に崩れ落ちる。


「気を失ったか、すぐに医者を呼べ。本当にセリア・エストレヤ様の部下ならグリンダ様から叱責を受けてしまう」

「はっ!」


 走り去る兵士を見届けて、守備隊長はディオスを見下ろした。


「本当か嘘にしろ。良い報せではないのは確かだな……」


 守備隊長の溜息は暗雲を内包していた。

 ディオスが目覚めたのは、そこから2日後のことだ。

 目覚めた彼がいたのは館の一室だった。


「150人いて……生き残ったのは俺だけです」


 ディオスの言葉には悔しさがにじんでいた。

 戦場から離脱したあと怪我を負った兵士が次々と馬上で死んでいった。

 そのあとには盗賊である、疲労が蓄積した人間が、どれだけ戦えるというのか。

 死線をくぐり抜けて、視界がおぼろげになった時には一人になっていた。

 それを悲痛な表情で見下ろすのは、ルゼン・キオルク・フォン・グリンダ辺境伯。


「そうか。ご苦労だった。今はゆるりと休めと言いたいが……」


 言いにくそうに言葉が詰まったグリンダ辺境伯だったが、首を横に数回振って、一枚の手紙をディオスに差し出した。


「キミがここに運び込まれて、すぐに届いたものだ」


 不思議そうな顔をしながらも受け取ると手紙を開いた。


「これは…………ッ!?」


 ディオスはすがるような眼でグリンダ辺境伯を見た。


「安心してほしい。我が姪を裏切るようなことはしない」

「ですが……これでは」

「〝軍神マルス〟という異名は知っている。ここが辺境とはいえ、よく聞く言葉だ。私程度では足下にも及ばないだろうな。それに皇帝陛下に陳情を述べようにも親征中だ」

「では、姫を引き渡すと?」

「言っただろう? 姪を裏切るような真似はしない。妹が残した忘れ形見だからな」

「相手は2000います。こちらの兵士はどれだけ集められます?」

「……戦時中ならともかく、ここは戦争と無縁と言ってもいい。グリンダ辺境伯領の常備は3000。だからといって全て集められるわけではない、時間もあるわけでもない……1000集められるかどうかだな」

「指揮官は〝軍神マルス〟です。それでは足りない……」


 数が少ないからといって、あの女豹は油断などしないだろう。

 全力で叩き潰しにくるはずだ。それは身をもって知っている。


「皇帝陛下がご帰還されるまでは持ちこたえてみせる。例え相手が〝軍神マルス〟と畏れられる者であろうとな」

「皇帝陛下が戻ってくるのはいつですか?」

「5日前に、戦勝報告が届いた。今頃は第一皇子と共に帰路にたっているはずだ。1週間……早くて3日。すでに伝令を飛ばしている。それまでは負けぬ戦をするのだ」

「負けない戦いですか……」

「そうだ。斥候の報告では、敵軍は現在、ゼーゲン村を南下してグローレ平原に向かっているそうだ」

「決戦はグローレ平原ですか」


 ディオスの言葉にグリンダ辺境伯が頷く。


「敵はバオム小国の国境を目指しているのだろう……だが、そうはさせない。まずはグローレ平原で足止めをする」

「では、俺も行きます」

「いや、キミはエリザベスを迎えにいってほしい。そして、堅牢とは言えないがアルト砦に逃げ込んでくれないか。今は籠城でもなんでもして時間を稼ぐのだ」


 アルト砦はバウム小国との国境付近に築かれた砦だ。

 だが、戦争とは無縁なこともあって常駐している兵士は100にも満たない。

 そればかりか、設備も古いために砦の体をなしていなかった。

 平和を謳歌しすぎたことを今更後悔しても遅いのだろうが、グリンダ辺境伯は頭を下げた。


「申し訳なく思う。私がもっとちゃんとしていれば……このような事態に陥らなかっただろう」

「いえ、転がり込んだのは俺です。こちらこそ申し訳ありません」


 厄介な火種を持ち込んだのは、他でもないこちら側だった。

 今の地位を守ろうと思えば、姫を差し出せばいいだけの話だ。

 それでもグリンダ辺境泊は戦おうとしてくれている。

 勝算の薄い戦いに力を貸してくれるだけありがたい。


「すまん……」

「姫も同じことを言います。だから頭をあげてください」

「そう言ってくれるか……感謝する」


 一度、頭をあげたかと思うと、また下げてしまった。

 いつまで経っても頭をあげる気配がないので、ディオスは話題を変えることにした。


「それで、これからどうします?」

「兵士が集まり次第、出発することにしている」

「じゃあ、そちらは任せます。俺は姫を迎えにいかないと……」

「アルト砦に伝令を送っておく。エリザベスを頼んだ」

「わかりました。次に会うときは――」


 ディオスが手を差し出した。

 グリンダ辺境伯が笑みを浮かべて握りしめた。


「うむ。エリザベスと共に再会しよう」

「はい。必ず」


 こうして2人は再会を誓い合って、まずはそれぞれするべきことをするため、行動に移ったのだった。


   ※※※※※ ※※※※※


 5日後の帝国歴1023年5月17日。

 グリンダ辺境伯領、辺境都市リンクスから8セル(24キロ)離れた地点。

 グローレ平原、重装騎馬で構成された軍勢が展開していた。

 整列する騎馬群の後方。500の騎馬に護られる本陣には、紫の地に剣と盾の紋章旗が何本も突き立てられている。

 その中央では馬に跨がって並ぶ2人の男女がいた。

 そのうちの1人、男は首を傾げてから、隣の女性に顔を向けた。


天精眼ウラノスですか?」

「ええ、シュピッツ子爵はご存じですか?」

「それは勿論知っております。世界3大秘眼の一つ。あの長寿な耳長族アールヴでも現在、所持者はいなかったのではないでしょうか」


 と、シュピッツは何かを思い出して、もう一度口を開いた。


「ああ、そうそう。耳長族アールヴといえば、シュトベル第一皇子の幕僚にいたはずですが」 

「ええ、その方と私は何度か言葉を交わす機会がありまして、そのときに天精眼ウラノスのことを聞きました」

「長寿で知識が豊富な彼らのことですから、色々と知っていたことでしょうね」

「ええ、とても有意義な対話でしたよ。彼が言うには、天精眼ウラノスは天地人を読み説き、戦場を操るのだそうです。ばかばかしいほどの反則な眼と仰っていました」

「それはご冗談を仰ったのでは? 眼がそこまでの力を持つとは思えませんが……」


 シュピッツは信じがたいと肩をすくめる。

 しかし、すぐさま表情を改めることになった。

 ブナダラの顔が真剣だったからだ。


「実在したのは確かです。そして冗談が嫌いな耳長族アールヴが言ったことでもあります。信憑性はあると思うのですが、シュピッツ子爵は信じることができませんか?」

「にわかに信じることはできません。それでは戦術、戦略など無意味になってしまいます。それに勝利は人の手で掴むもの、眼で捉えるだけでは何も得ることはできません」

「その通りです。天を掴むのは人、地を踏むのは人、人を操るのは人です。見るだけでは、ただの傍観者と変わらない。それでも私は望みたいのです。天精眼ウラノスを持つ者との心躍る知能戦を!」


 ブナダラは両手を広げて眼下を見下ろす。

 そこには陣形を組んで待機する兵士1500。

 睨み合うように距離をとっているのは、グリンダ辺境伯率いる900。

 小高い丘に築かれた本陣から、平原に広がる敵軍を眺めると、ブナダラは言った。


「それまでは余興を楽しみましょうか」


 刃向かう者の命、抵抗する者の命、蹂躙される者の命。

 全ては〝軍神マルス〟に捧げる生け贄。


「私が生まれてきた理由を得るために――」


 馬蹄の轟き、兵士の雄叫び、群衆の悲鳴。

 全ては第二代皇帝シュバルツ陛下に捧げる鎮魂歌。


「――敵を殲滅せよ」


 口元に笑みを携えながら静かに告げた。

 太鼓が打ち鳴らされ、馬蹄が大地を踏みならし、右翼500の騎馬が前進を開始した。

 次の一手に進もうとしたアウラの元へ、伝令が駆け寄ってくる。


「急報! リヒタイン公国軍、約15000が南国境に迫っております!」


 それは波乱に満ちた言葉だった。

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