プロローグ
始まりは突然で、終わりは必然だ。
離れていても、二度と会えなくなるとしても、繋がっているんだ。
キミがいない世界。
僕がいない世界。
キミはどんな日々を送っているだろうか。
楽しい日々を過ごしているだろうか。
悲しい日々を過ごしているのだろうか。
できれば笑顔が絶えない充実した日々を過ごしていてもらいたい。
キミも同じ事を考えているなら、
――僕はこう伝えよう。
安心してほしい。
心配しないでほしい。
楽しくやっているよ――。
※※※※※ ※※※※※
歓声が少年を包み込んでいた。
どの声にも喜びが溢れ、口にしているのは祝福の言葉だ。
宮殿広場を埋め尽くす人々の、その顔には何の杞憂もない笑顔があった。
民衆の視線を独占するのは、バルコニーに立っている少年だ。
一時は滅亡寸前まで追い詰められた国が、今では中央大陸の覇者と呼ばれるまでに至った。
これも全て王を傍で支え続け、絶望と困難な状況を乗り越え、幾多の戦を勝利に導いた少年の功績であろう。
少年が去っても、無人となったバルコニーに向けての喝采が止むことはない。
これから街は、しばらく眠らなくなる。
戦争によって崩れた城壁の修理が遅れようとも、破壊された家屋があろうとも、飽きることのない祭りが続くことだろう。
それだけの偉業を成し遂げたのだから――。
――城内。
汚れ一つない白壁が左右にあって、床には弾力がある紅い絨毯。
バルコニーと玉座の間を繋げる長い通路だ。
そこを歩く少年の前に、一人の青年が遮るように現れた。
「……本当に戻るのか?」
憂いた顔を見せる青年に、少年は躊躇った後に頷いた。
「……うん。名残惜しいけど戻らないとね」
青年――この国の王にこんな喋り方をするのは、最初で最後、少年ただ1人である。
他の者が王に対してこのように喋りかけたなら不敬罪で死刑、か、それに近い罰を受けることだろう。
しかし、王が少年を咎めることはなかった。
「君にはここにずっといてほしいと思っていたんだが……我が国の英雄だからな。それ相応の地位だって用意する。この先、この国は安定期を迎えるだろう。何不自由することがない……それでも帰るのか?」
「それなら余計に僕はいないほうがいい。この国は内政を重視するんだろう? なら、これからは僕のような武官の時代じゃない。優秀な文官が必要になってくる。無駄飯食いなんて、さっさと追い出したほうがいいよ」
少年は肩をすくめて辞退した。
「どうしてもか?」
「うん……」
「……そうか」
同じ泥水をすすったことすらある。受けた屈辱も並ではない。
それでも付き従ってくれた頑固者だ。
滅亡寸前の国に最後まで付き合ってくれた者だ。
戦友であり、親友であり、家族でもある。
だからこそ、お互いの性格は熟知している。
なにがあっても変わらないだろう。
そう悟った王は小さく首を横に振ってから、
「なら、これを持って行け」
王が無造作に投げて寄越したのは一枚の無地の厚いカード。
怪訝な表情でそれを眺める少年に、王は言った。
「いらないと言うなら、ここに残るといい」
「ははっ……ありがたく頂くけど、これなに? 見たことないけど……」
「いずれわかる。まあ、君の話を聞く限り、あちらの世界で必要になるとは思えないが」
言い終えて、王は背を向けて歩き出す。
「ここでお別れだ。湿っぽいのは嫌いなのは知っているだろう? 見送らないからな。元気でな」
「うん。キミもね。さようなら……楽しかったよ」
「ああ……余も楽しかった」
そこで英雄の物語は終わりを迎える――。