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その魂に刻め  作者: 夜彦
第一章 魂の行方―工業都市カガリ
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第六話 君は何がしたい?

天器というのは、常人では感情によって揺らめく流体の魂を、ひとつの強い意志によって固体化させたモノのことだ。

固体化した魂は、流体の魂よりも強い。

目標がある人は、迷妄な人よりも強い。

つまり。

ひとつの強い意志があるモノは、そうでないモノを惹きつける。

皆やはり憧れるのだ。

どこまでもまっすぐ自分の道を突き進める、それ自体を。

そして。

それがつまりは、僕が抱いているこの感情の真実だった。



○倉庫○


「知りたいだろう?くそ鍛冶師(ハルト)の…過去を、さ」

急に静まった倉庫内でぱちぱちと、今にも燃え尽きそうな音をたてながら火が揺れる。

目の前の男は既に拘束され、もはや焼け跡となってしまった倉庫には、もう危険なんて微塵も見あたらない。タギネルを縛っている縄にはバニ爺の波動がかけられていて、縛られた者は魂に由来する超常現象を引き起こせない。つまり、いくら天器といえども反撃の機会はない。

そう理論武装して、感情のままこの場でもっとも危険であろう人物に、自分から近づく。

「…あなたは、何を知っている?」

「おまえが知らないことを」

ニヤリと笑うタギネル。思わせぶりなその態度に…惹きつけられる。

ミューもハルトも今は近くにおらず、バニ爺もどこかへと消えてしまった。

…今なら内緒話も簡単だろう。

…だけど、勝手に人の過去を聞いていいのか?

押し黙っていると、ついに訥々と話し出した。


「じゃあ、話そうか。あの男の真実ってやつをな」




「くそ鍛冶師…ハルトはな、自分の親友を殺したんだ」


いきなりの衝撃的な事実に、一瞬思考が止まる。


「しかもただ殺したんじゃない。人としての尊厳ってやつを奪ったんだ」


…そんなこと、受け入れられない。

確かにハルトには何か訳ありな雰囲気はあったけど、そこまでのことをする人には思えない。


「顔が引きつってるぜ?信じられないか?」


当然だろ、と反駁する。

ハルトはおまえとは違うんだ。


「そうか?あいつは俺と似たもの同士だと思ってるが。…魂の形なんか、特にな」


その言葉を受け思い出す。

ハルトの左腕にチラリと見えた、紫色の結晶プリズム

さらに思い出す。

タギネルが天器だと分かった時の、違和感。

―天器は人の範囲で、常識で語れない。


「気づいたか?あいつはおまえの基準で判断出来るような奴じゃないんだよ」


足場を崩されたような感覚。

目の前のタギネルとハルトの姿が重なりかけて、慌てて首を振る。

そう、少なくともハルトを信じる根拠なら有るのだ。

僕を、助けてくれた。


「もうひとついいことを教えてやるよ」


しかし、タギネルは僕が落ち着くことを許さない。


「さっき俺の肩を貫いた金色の剣、あっただろ?」


あの自由自在に飛び回っていた剣。

あれを見たとき、僕は何か思わなかっただろうか?

まるで―生きているようだ、と。


「普通の鉄鋼から鍛えた剣があんな動き出来ると思うか?あれはな、人の魂が使われているんだよ」


本当…なのだろうか。

信じたくない、が、否定する材料が思いつかない。

そしてさらに。

金色の剣に人の魂が使われていて、

その剣はハルトの持ち物で、

ハルトが、バニ爺の言うとおり『魂を鍛える』鍛冶師なら。

金色の剣に使われている魂というのは。

この話の流れなら…。


「金色の剣の元になった魂はな…あいつの親友だったものだ」


心底楽しそうに笑うタギネルを、僕は疑うことが出来なくなっていた。


「あいつは魂を操る天器。その対象は死者も生者も関係ない。おまえを助けたのだって将来が有望そうなおまえを剣にするために必要だからだぜ、きっと」


「さっき俺がこけたのだって、あいつが俺の魂に干渉してきたからだ。あと少しで剣にされてしまうところだったかと思うとヒヤヒヤするよ」


「どうだ、こっちに来れば助けてやる。魂を抜き取られ剣にされてしまうのは。嫌だろう?」


「さあ、こっちに来い。生き残りたいならな」

「そう、ゆっくり一歩ずつ、な」


僕は何かに操られるように一歩、踏み出す。

明らかに僕の意志ではなかったが、そんなことも気にならないほどだった。

他人の意志に身を任せ、歩く。

歩く、

歩く。


そしてタギネルに手が届きそうなほど近くに踏み出した、そのとき。

場の密度があがったような感覚と足下に熱気を感じ―

―踏みしめた床から、突然の火柱がたった。




全身を包む高熱にようやく「我に返る」。

先ほどまでのぼんやりとした高揚感は消え、意識がはっきりとしてくる。

…つくづく、タギネルの力が炎関連でよかったと思う。

とっさに纏った冷気に押されるように火柱から逃れた僕には致命傷はなかった。

だけど。


「―っぐ、あぁああぁぁあああ!?」


そんな即席の波動で、天器の炎を相殺しきれるはずもなく。

体中が直接発熱しているかのような異様な感覚と、内側から張り裂けるような強烈な痛みが襲う。特に、火柱が上がった場所を直接踏んでいた左足は痛覚すら怪しく、炭化していないのが奇跡に思えた。


「ごくろうだったな。ボウズ」


こちらを嘲る声に薄目を開けてみると、縛られていたタギネルが火柱の中からこちらを見下ろしていた。

縄の残骸が、かろうじて辺りに散らばっている。


「言っただろ?ここはもう俺の領域だ。設置式の罠なんてごまんとある」


おまえにはその起動をちょいと手伝ってもらっただけさ、と自由になった両手を振る。

どうやら僕は、脱走の片棒を担いでしまったらしい。

「もう少しおまえとは話してみたかった気もするが…あのくそ鍛冶師もまだ近くにいることだし、ここでお別れだな」

言葉とともに、倉庫が再び火の海となるのをぼんやりと眺める。

………やばい、かもしれない。

体どころか頭も働かない。

熱気が迫ってくるが、何をしたらいいのか分からない。

そのうち景色までもが歪んできた。

―ああ、これが走馬燈ってやつだろうか…



―燃える倉庫は、どこかの家屋に。

やけにサイズの大きい家具が見える。

机や棚が辺りに散乱していて、酷くごちゃごちゃとしている。


―揺らめく炎は、そのままに。

倒れた家具にも、床に敷かれたカーペットにも、転がる積み木にさえ、均等に炎がなぶっていく。

壁に掛かった家族の写真が、ひび割れて落ちる。


―僕を呼ぶ声は、もう聞こえない。

倒れているのは、誰?

なんだか酷く懐かしいんだ。


―そして最後に、小さな白髪の…



暗く染まる意識の中、その白だけは、

ぼくのみかただったようにおもえた。




わたしたちが駆けつけた時には既に彼は気を失っていた。

気絶しているだけだとはわかっていたけど、思わず駆け寄った。

…足の火傷はすぐ治療する必要があるけど、それ以外はそこまで深刻でもない。初見の天器の炎を受けてこの程度で済んだことのほうに目を瞠るくらいだった。

「おい、俺を無視するとは良い度胸じゃねぇか、あぁ!?」

タギネルの声は、思ったよりすぐ近くから聞こえた。

少し焦るけど、努めて冷静に返す。

「あなたより、怪我人のほうが大事」

「チッ…つまんねぇガキだ」

「残念だが、これからはもっとつまらなくなるだろうさ」

瞬間炎が消え、タギネルの横にハルト、背後にバニッサが現れる。

「往生際の悪い奴じゃ。おとなしく観念せい!」

しかし、囲まれた状況を見てもタギネルは動揺もしない。

「何度言わせる気だ?


 ここは俺の領域、一度捕まえたぐらいで図に乗るなよ」


吹き出した炎は、ハルトが左手を上げ押さえ込む。

消える直前を見計らい、バニッサとともにタギネルへと突っ込む!


「…っやられた!下がれ!!」


滅多にないハルトの焦り声。

全力で停止すると目の前に大量の廃材が落ちてくる。


「……!!」

「…うぬぅっ!」


叩き上げられた埃が視界を白く染める。


「じゃあな、くそ野郎ども」


タギネルの気配が遠ざかる。

とっさに「索敵」したけど、まるで妨害が入ったかのようにうまくいかない。



視界が晴れた頃には、タギネルの姿はどこにもなかった。




(油断したな)

天井を仰ぎ見れば、焼き切ったような跡から月がのぞいていた。

範囲攻撃のように見せかけて、その実天井…こちらの目眩ましを狙っていたのだろう。

「ミュー、どうだ?」

一縷の望みをかけてみた問いだったが返ってきたのは「ごめん」という一言だった。

「…わしもダメじゃった」

切れた縄を揺らしながらバニッサが言う。

「先が少し引っかかっただけじゃ…」

「それはマズイな」

バニッサの縄には〈執着心〉系統の封印が施されているはずだ。

もしそれが中途半端に作用しているのなら…。

「奴も少しは力を使いにくくなるじゃろうが…ミューちゃんの『索敵』にも引っかからなくなった可能性が高い」

状況は最悪だ。

(奴の居場所も、これからの行動も何一つ分からなくなったな…)

「…ここにいても仕方ない。まずは休養じゃな」

ソーマの治療をせんといかんしな、と呟くバニッサに頷き工房へと向かおうとする。

が。

ミューに袖を掴まれ立ち止まる。

「わたしとバニッサじゃ彼を運べない」


…先が思いやられる。



○バニッサ工房・客間○


実際僕はそんなに長く気絶していたわけではないのだろうと思う。

だけど、火傷で体が痛むのとは別に夢見の悪い朝のような不快な目覚めだった。

目覚めた後もしばらくは目を開かず、気分が落ち着くのを待つ。

深呼吸、数回。

ようやく心臓の拍動も落ち着いたので、ゆっくりと目を開ける。

見慣れた天井から工房の客間だろうと見当がついた。


「目が覚めたか?」

「…っ!」


すぐそばから聞こえた声に思わず身をすくめる。

―ハルトはな、親友を…


「は…い。もう、大丈夫だと思います」


蘇るあいつの声を無理矢理にでも押し込める。

今なら、あいつの言葉を疑う余裕がある。

…だけど真実を問うのは後でもいいだろう。

確定された真実を聞くのが怖い。


「あいつは…タギネルは、どうなりました?」

おそらく今、最優先で僕が気にするべきなのはこちらだろう。

意気消沈、といった体の周りを見れば、答えはうすうす分かっていたが。

「ごめん…逃げられた」

「謝ることはないよ。助けてくれてありがとう」

もともと俯いていたミューがさらに下を向いてしまった。彼女としてはそれでは納得できないらしい。

かける言葉も見つからず、とりあえずは質問を重ねる。

「この後は…どうするつもりですか」

「奴を探し出し、捕らえる…と言いたいところじゃが少々問題が発生してな」

「問題?」

バニ爺の言葉を継いでハルト。

「タギネルにバニッサの縄が絡まっている。こちらの捕捉手段が全て通じない」

「とんだへまをしたもんじゃわい…」

「カガリの騎士団にも応援をしてもらうしかない。ここからは人海戦術だな」

少し疑問に思った。

「捕捉手段?…あいつ手錠なんてしてましたっけ?」

魂学の恩恵で、波動技術は凄まじいスピードで発達をしているが、波動の原理上出来ないことがある。


代表的なのが広範囲への発動だ。


魂を揺らしただけで取り出せる力の量にも限界があり、さっき使った氷の壁くらいの大きさが限界ギリギリくらいだ。僕の広範囲発動は結構自慢できるレベルだったりする。

…とにかく町全体を覆えて、ひとりの人間を見つけるまで発動できるような長時間広範囲の波動は不可能である。

だから、罪人など逃げられたら困る人間には〈手錠〉と呼ばれる、居場所を知らせる波動がこめられた腕輪がはめさせられる。

タギネルは手錠はしていなかったように思う。


「手錠が無くても、探す方法はある」

言いながら、ミューがコートの中から取りだしたのは大きな白い宝石のついたペンダントだった。

「これは〈霊石〉って言って、波動に似た力を持っているの」

揺れる宝石が、瞬いたように見えた。

「込められている力は〈索敵〉…探したいモノの魂を捕捉することが出来る」

「え…!じゃあそれなら…」

すぐに見つかるんじゃ、と言いかけた僕だったけど

「今はバニッサの縄が絡まってるせいかうまく働かない…」

沈んだ声が聞こえて慌てて押し黙る。

それきり誰も話さなくなった。




静まった室内で、ひとりハルトが立ち上がる。


「俺はそろそろ行く。いつまでもタギネルを放っていくわけにはいかない」


そして、返事も聞かずに出て行ってしまった。


「ふん…自分の失態くらいは自分で取り返すとするか。ソーマ、無理はするなよ」


バニ爺も続くように出て行く。

そして…


「…………」

「…………………ねぇ」


無言で立ち上がったミューを引き留める。

「君も行くんだ?」

「…………」

背を、向けられる。

怪我のせいで、少し精神が弱っていたのかもしれない。

さっき見ていた気がする悪夢のせいかもしれない。

答えが知りたかった。

去りゆく背中に、ぽつり。


「君は…何を目指して、何のために…(戦場)へ向かうのかな…?」


扉が閉まる音が木霊する室内に、答える者は、いない。

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