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その魂に刻め  作者: 夜彦
第一章 魂の行方―工業都市カガリ
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第五話 救いの手

○倉庫○


目の前の男の肩には、赤く瞬く鉱石。

それは、男の魂の結晶プリズム

固体と化した魂が、男の体を突き破って出てきたものだった。

そしてそれこそが、


男が、人を凌駕した存在、天器であることの証明だった。




目の前が赤かった。

いいかげん炎も見飽きた。

ついさっき油の瓶を抜き取った木箱も、ついに火がつき盛大な爆音を轟かせる。

倉庫内で燃え残っているものはもはや僕とあいつくらいのものだ。

…はやく僕も、燃え尽きてしまえばいい。

「ふん。最後の最後で興ざめだなあ…。さっきまでの気概はどこいったよ?」

あいつが挑発してきているのは分かったけど、その程度じゃ動く気にもならない。そもそも挑発に乗ってもあいつを喜ばせるだけだ。

「チッ…久々に楽しめると思ったんだがなあ」

愛想を尽かしたように軽く呟き、両腕をゆるりと広げる。

「どうせなら派手な花火にしてやる。塵も残さず焼き尽くしてやるよ」

巨大な熱を感じ、終わりを悟る。気分は良好とは言いがたい陰鬱としたものだったけど、このままここにいるよりははるかにマシに思えた。

しかし、どうやらそれは間違っていたらしい。



―あいつの後ろに、炎に負けず輝く白髪が見えた。



あいつは大技に夢中になっていたようで、背後に近づく彼女には気がつかなかった。

腹を抉るような鋭い蹴りを受け、吹っ飛んでいった。


「無事…みたいね。よかった」

「…ミュー。どうして…」

「今は、生き残ることに集中して」

そう言ってあいつが飛んでいったほうに目を向ける。

ミューは戦う気だ。

「無理だ。勝てるわけ、ない。だってあいつは…」

「関係ない。わたしはするべきことをするだけ。…来る」

言葉につられて向こうを見れば、確かにあいつが近づいてきているのが分かる。

「…胸くそ悪いガキだ。いつまで俺の邪魔をし続ければ気が済む」

「あなたがおとなしく捕まるまで」

涼しげな顔で答える。

「ふん。調子に乗るなよ?やっと抜け出したんだ。簡単に捕まると思ってんのか?」

「それが、わたしの役目」

「分かっちゃいねぇな。周りを見てみろ。ここはもう俺の領域だ」

その言葉に呼応するかのように周りの炎が強さを増す。

それでも、彼女は揺らがずに立っている。

凶悪な炎に飲まれ、紅く染まった倉庫。

彼女の白い服も髪も、その肌でさえ、炎を押し返すかのように輝いていて。

凛としたその姿には、目を奪われるものがあった。

ああ、だけど。

この風景に、なにか重なるものを感じて。

それが、買い物帰りのあの町並みなんだと気づいて。

その蒼い瞳は変わらずあいつを睨みつけているその事実に。


僕が夢想した日常は消えてしまったのだと。

きっと彼女にとってはこれが日常なのだろうと。

結局何も出来ていない自分が哀しくなった。



○倉庫街○


「くそ…。ミューのやつどこいった!?」

遺体のあった裏通りでタギネルのやつを捕捉できたのは良かったのだが…

「まさか見失うなんてな…」

「くぅ…失態じゃ…老人だからとは、言い訳に出来ん…」

息を弾ませながらも、バニッサの走るペースは遅くなかった。

単純に、先を走るミューが速かっただけの話だ。

(何を急いでいる…)

「はぁ…どうするんじゃ、これから…」

「追いかける方法がないわけではないが」

正直あまり気が進まない。

だが、先ほどから揺れ動いているのは確かだ。

(悪い、いつまで経ってもおまえに頼りっぱなしだ)

はじめから、奥の手を使わせてもらうとしよう。



○倉庫○


始まりは唐突だった。

初手はミュー。一気にあいつとの距離を詰め、攻撃の意思を見せる。

それに対して、あいつは炎弾で応戦しながらも両手に炎を纏い、接近戦に備える。

派手な閃光と爆風の合間を危なげなくかいくぐり鋭い貫手。

あまりの鋭さに、身を反らして避けたはずのあいつの皮膚が切れた。

毒づきが聞こえ、今日何度目になるかも分からない閃光が僕の目を痛めつける。

全方向に爆風が届いたように思われたけど、いかなる方法か無傷のミューがカウンターの蹴りを放つ。

…僕には、やはり見ていることしかできないぐらいの戦闘だった。


ミューの、迷いのない動きと空気を裂くような鋭利な一撃。

あいつの、変幻自在の動きと圧倒的な破壊力をもつ炎の力。


どちらも、今の僕では天地がひっくり返ったって勝てないほどの技量を持っていることが一歩引いて見ているとよく分かる。


しかし、始めは優勢に見えていたミューもだんだんとあいつの攻撃に対応しきれなくなっている。


至近距離での爆発を後方宙返りで避けるも、着地と同時に炎の蛇が襲いかかる。

前方に転がって避ければ、唐突に床から火柱が立つ。

さらに、もたつけばもたつくほど倉庫の火は勢いを増す。


ミューが今まで大きなけがもなく乗り切っているのは奇跡のように思えた。

(助けに…助けにいかないと…)

彼女とあいつの違いは、ひとえに攻撃手段の豊富さにある。

あいつはあの変幻自在な炎を使って多種多様な攻撃をしてくるのに、ミューには接近戦しかない。これが彼女を苦戦させている主因だろう。つまりは、彼女のレンジに持ち込むための何かが足りないのだ。

ここで、今まで見ているばかりだった僕が急に参戦したら、いくらあいつが天器とはいえ面食らうのではないか。その一瞬の隙さえあれば、十分にミューのレンジに持ち込めるはずだ。

そう、今まさに彼女は、僕の助けを必要としている。

今戦わないでいつ戦うんだソーマ!



…しかし、一向にこの体は動く様子がない。



(なんなんだよ…。動け、動けよ…!)

外傷はない…とは言えないが動けないほどではない。疲れてはいるが、すぐに倒れ込むような状態でもない。体が動かないなんてことはあり得ない!

―いや、僕はなぜ体が動かないのか知っている。

本当に僕の力で大丈夫なのか?ついさっきあっさりと破られたのを忘れたのか?今ならあいつは僕のことなんて眼中にないはずだ。余計なことをしてあいつにまた照準されたいのか?ただの学生風情が天に近づいたとまで言われる天器と戦う気か?

死にたいのか!?

(うるさい…違う…今考えるべきなのはそんなことじゃ…!)

人の魂は意思に、感情によってその姿を変え、肉体に影響を及ぼす。

今の僕の心を占めている感情は<諦観>。

何をしても無駄だ、諦めろという、他ならぬ僕自身の声が僕の体を縛り付ける。

辺りの炎は強くなっていくばかり。まだミューとあいつの戦闘は続いているけど、さすがのミューも表情を崩し、焦りが見て取れる。

助けに、いやでも、でもじゃない、だけど、しかし、だからって…

自分の考えに自信が持てない。命がかかっているのだ。当然だろう。

―本当に、悩んでいる理由はそれだけか?

……………………

………………

…………



結局僕は自分自身で考えることを放棄した。

選ぶことも、戦うことも、逃げることも、助けることもせず、ただ繰り返す。

(神様…いるのならどうか…僕たちを、助けて…)


また僕は、答えを、選べない。




どうしても、あと一手足りない。

歯噛みする。

せっかくここまでたどり着いたのに、守れなければ意味がない!

今からでも、ここから逃げることを考えようか?

いやだめだ。きっとタギネルは追ってくる。それに、自分の有利な領域からみすみす獲物を逃したりしないだろう。

わたしと彼が生き残るためには、今ここであいつを倒す以外に道はない。やはり覚悟を決めるしかない。

…それにしても、ハルトとバニッサが遅い。

すぐに追いかけてくるものだと思っていたのに。

少し急ぎすぎただろうか。

そもそも、どうしてわたしはこんなにも急いで倉庫へとやってきたのだろう。

確か彼が、ソーマがタギネルの近くにいるのを感じて、それで…。

しかし、漠然とした思考は形となる前に迫り来る炎弾によってかき消された。

その思考が完全に沈んでいく直前まで、わたしの魂は名残惜しそうに揺らめいていた。




そして、救いが訪れたのは突然だった。

僕の背後の壁が切り裂かれたかと思った次の瞬間には、あいつの左肩に一本の剣が突き刺さっていた。

「なっ…」

その剣は、引き抜こうとするあいつの手をするりと抜けると、ミューの横に並ぶ。

長さは80センチほどだろうか、刀身は別段厚いわけでも薄いわけでもないが、刃の部分を除いて金色に輝いていた。刀身と直交するようにつけられた鍔には黄金色の宝石がはまり、それを中心として複雑な模様が彫られている。全体としては十字型のよくある剣だが、いいようのない存在感を放っている。

ここまで金色を多用した装飾をされておいて、うっとうしく感じないのだ。

そして、それらがどうでもよくなるほどの大きな特徴がひとつ。

(浮いてる…!)

そう、その剣は空中に浮いていた。

そもそも、僕の背後の壁を切り裂いたときも、あいつの肩を貫いたときも、あの剣は誰にも握られていなかった。

まるで生きているかのような自然な動きだった。


―あいつが鍛えた剣にはな、意思があるんだ。


ふと、今日聞いたばかりのバニ爺の言葉が浮かぶ。

剣に意思があるのなら、あのような動きもできるのだろうか―?

もちろん、現実は予測を裏切らない。


「探したぞ、タギネル。おとなしく捕まってもらおうか」


あの剣が壊した壁の向こう。

擦り切れた黒い外套を身に纏った男が、いる。

気負いのないその姿は、敗色濃厚だった空気を変えるにはこれ以上ないほど効果的だった。




遅れてやってきた黒衣の鍛冶師は、悠々と倉庫内に入ってくるとまずはあの浮かぶ剣を大切そうに握り、丁寧に鞘に収めた。

「…遅い」

「おまえが速すぎるんだ。俺たちはおまえみたく索敵できるわけじゃないからな。もう少し年上を敬え」

ミューの顔には先ほどまで有った焦燥はなく、安心しているのは一目で分かった。

そして最後に僕のほうを向くと


「ソーマ、だったか?無事か?」

「…はい、大丈夫、です。ハルトさん」

「少し離れていろ。すぐ終わる」


ドシュ、という音と熱気とが一気に迫り、横に抜けていく。

左腕を貫かれた衝撃から立ち直ったあいつ(どうやらタギネルという名前らしい)が動く右腕をこちらに向け、炎弾を放っていた。

その目は、親の敵をみるように鋭くこちらを睨んでいた。

「…探した、だと?」

辺りに、あの裏路地で感じた以上の緊張感と、

「…すぐ終わる、だと!?」

どこか狂ったような、気持ちの悪い熱気が満ちていく。


「全部こっちのセリフだ、てめぇ!この倉庫(火の海)で、(炎使い)と闘って楽に勝てると思ったら大間違いだっ!!」


この倉庫はおろか、町中に響くのではないかというほどの怒号をあげ、炎を体中に纏いながら突っ込んでくる!


しかし。


空間ごと燃えるのではないかと思われた突進はゆるりと左腕を上げたハルトによって止められてしまった。

ハルトが行った動作は、どう見ても左手をタギネルに向けた。ただそれだけだった。

ただそれだけの動きで、まるで急に足が動かなくなったように派手に転んだタギネルは、いつのまに近づいたのか、ミューのカウンターキックをもろに喰らって吹っ飛んでいった。

―風にあおられ一瞬見えたハルトの左腕には、まるで古傷のようにジグザグと折れ曲がった紫色の結晶プリズムが生えているのが見えた。気がした。




吹っ飛んでいったタギネルは、遅れてやってきたバニ爺の縄によって縛られた。

どうやらまるで役に立たなかったことを気にしているらしく

「わしも年寄りになったもんじゃのう…」

としょぼくれていた。

あまりにその背中が小さく思えたので、今日の夕食にはバニ爺の好きなしょうが焼きでも追加しようと思いつき、平和な思考ができることに心底安心した。


ハルトとミューは、ようやくやってきた騎士団の団員に事情の説明をしていて今は近くにはいない。

―ハルトとミューは今回、タギネルを捕まえるためにここカガリまで来たらしい。

全てが終わったあと、ミューが教えてくれた。

仕事が終わった二人は、この町を去る。

まだ知り合って一日も経っていないが、別れをとても悲しく感じた。

彼らのことをもっとよく知りたいし、教えて欲しいことや聞いて欲しいことならいくらでもあるのに。

何年か経った頃、ふいに思い出して、あの日は大変だったな、なんて言うくらいの思い出になってしまうんだろうか?


引き留めたいとは思うが、彼らには彼らの場所があるだろうと思うとどうしてもできなかった。

「…せめて、今日の夕食くらいは豪華にしないとな」

助けてくれたお礼には足りないだろうけど、と呟き家へ帰ろうと歩き始めた。


「おい、ボウズ。おまえあのくそ鍛冶師の知り合いか?」


タギネルが話しかけてきた。

無視したってよかった。

ついさっきまで殺し合いをしていた相手だし、実際裏路地で三人も殺した凶悪犯だ。仲良く話さなきゃいけない理由なんてどこにもない。

だけど。

「…別に知り合いというほどでもないよ。今日会ったばかりだしね」

やっぱり寂しかったのかもしれない。

きっとこいつは、僕の知らない彼らのことを知っている。

…ここで、こんな早くに終わってしまうなんて嫌だった。

だから僕は忘れていた。

目の前で縛られているこいつは、人の域を超えた天器なのだと。

人と天器(神)との内緒話(交渉)では、圧倒的に有利なのはどちらなのかを。


「なら、知りたいだろう?あのくそ鍛冶師…ハルトだったか。良い子ぶったあいつの過去なんかをさ」


にやりと笑うタギネルの顔がはっきりと告げていた。

――まだ、何も、終わってなんかいない。

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