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その魂に刻め  作者: 夜彦
第一章 魂の行方―工業都市カガリ
4/12

第四話 天器

一人称の独白部分等細かい修正をしました。

物語の進行には関係ありません(6/1)

○裏通り○


ぱちぱちと、火の爆ぜる音が響く。

陽も暮れ、陽光が届かない裏通り。

ほんの4、5メートル先に、3つの炭素の塊が転がっているのが見える。

それは、つい数分前まで動いていて。

それは、理不尽な死を、与えられた。



人間だった。



ひどく鼻につく、肉の焦げた匂いが充満する裏通り。

一瞬にして3人もの命を奪った犯人は。


「ちょうどいい。おまえはもう少し楽しませてくれよ?」


酷薄な笑みを、浮かべてみせた。



○バニッサ工房・客室○


荷物はすでに届けた。

後は彼の帰りを待つだけ。

一息ついたところで、ハルトが聞いてくる。

「ミュー、どうだった?」

「捕捉した。いつでもいける」

そうか、とうなずく。

「なら、ソーマが帰ってきたらすぐにでもいくか。こういうことは後回しにすべきではないじゃろう」

縄を用意しながら、バニッサが言った。

「そうだな。ミュー、いつでも行けるよう準備だ」

「了解」

意識を集中させると、対象の居場所がより詳しく浮かんでくる。

どうやらどこかの裏通りのようだ。

ここからそう遠くもない。

だけど。

(―なぜそんなところに?)

近くについ先ほどまで一緒だった彼の魂を疑問とともに感じた、

その直後。

対象の魂が、『爆ぜた』

「―っ!!」

あまりに突然の衝撃に、せっかく捕捉した対象の魂を見失ってしまう。

「どうしたミュー」

異変に気づいたハルトが聞いてくる。わたしは焦燥感を抑え込み、冷静に答える。

「始まった。もう猶予はなさそう」

「…チッ。思ったより早かったな…。おい、バニッサ!」

「くぅ…。老人をそう急かすでないわ!少し待っとれ!」

「時間がないといっているだろう!」

騒ぐ2人を無視して扉を開けると、

「先行する。後からついてきて」

そう残し、捕捉できた最後の地点、裏通りへと急いだ。



○裏通り○


炎が、近づいてくる。

その男の接近は、僕にはそうとしか考えられなかった。

あいつの身体にまとわりつく炎がまるで蛇のように動いている。

その蛇の目は、確実に僕を獲物として捉えていた。


ただ、そこにいたというだけで。

ただ、楽しみたいというだけで。


あいつは、僕を殺す気だ。


「せめてもの慈悲だ。悲鳴をあげられる時間くらいは与えてやる。せいぜい愉快な声で鳴くんだな!ボウズ!」

あいつの右手がゆっくりと持ち上げられ、その腕を炎の蛇が伝う。

そして、あいつは僕を指差すと


「燃え尽きろ!!」


言葉とともに、炎の蛇が僕をめがけて躊躇なく飛び込んでくる!

「う、うわあああああああああ!!!」


ドワアッ、と勢いよく燃え上がる裏通りで、

あいつは1人笑っていた。

「ハハッ!アハハハハ!!ッハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」


気持ちいいほどの、哄笑だった。




「うん?」

自分で起こした爆発の煙が晴れるころ、俺はようやく気づいた。

さっきまで少年がいた位置。

自分が確かに燃やし尽くしたと思われた場所に。


高さ2メートルほどの氷壁があった。


壁の裏を確認してみたが、当然のように誰もいない。

「…逃げだしたか」

それにしても、見事な波動だな。

手加減していたとはいえ、俺の一撃を止めるとは。

なかなか将来の有望な、

―活きのいい、獲物だ。

久しぶりに面白くなりそうだった。

「逃げきれると思うなよ、ボウズ」

もっとだ。

この苛立ちが消えるぐらい、

俺を楽しませてみせろ!!



○裏通り・倉庫街付近○


「…はあっ…はあっ…はあっ…」

生き残った。

死んだかと思った。

そう簡単に死ねるか。

―波動は、反属性の波動で打ち消すことが出来る。

学校の授業を真面目に聞いていて良かったと、心の底から思えた。


戦術的には、炎関連の波動は扱いやすく防がれやすいものと言われている。

炎の波動の発動キーは、誰でも一度は感じたことのある〈怒り〉のため使えない者はいないと言われている。

だが、それを打ち消す氷の波動は〈絶望〉をキーとしている。

つまりは。

炎で襲われる、というシチュエーションそのものが被害者側の絶望感を引き出すため、安易に防御されてしまうのだ。

しかも死にかけることによる絶望感のため、並大抵の炎では崩せない。

もしあいつが使ってきたのが炎以外だったなら、確実に死んでいた。

「この後…どうする?」

口に出してはみたが、いい案は思いつかない。

治安維持機関である騎士団なら…とは一瞬思ったけれど、基本平和だったこの町の騎士団があいつに対抗できるとは思えなかった。

そもそも、騎士団を呼ぶために表通りへ出たら町全体が火の海になる予感があった。

そのくらいに圧倒的な相手だった。

「とりあえず…ここから移動しよう」

答えの出ない迷いを、言葉で無理矢理上書きし、さらに奥へと進もうとしたその時。


どこかで、爆発音がした。


「―っ!!!」

振り返らずに背後へ波動を放つ。

冷静に考えれば、熱を感じなかった時点で近くでの爆発ではないと分かるはずだった。

しかし、命からがら逃げ出したばかりの僕にはそんな余裕は欠片もなく。

透き通る氷壁が確かに展開されたのを確認するのももどかしく、走り出していた。


愚かにも、僕はこの時安心していた。

逃げ切れたことへの安堵。相手の波動が自分の実力でも防げたことへの安堵。致命傷がないことへの安堵。

すべきこともせず、状況把握すら疎かにした。

つまりは、ろくに実戦経験もない子供が戦場で気を緩めたのだ。

いまだあいつは僕を狙っていて、助けも呼べないというのにだ。


僕はもう無力じゃないと。

自分にも何かできるかもしれないと、分不相応にもそう思ってしまった。


もちろんこの、出会っただけで標的にされるような理不尽な現実は、そんなに甘くは、ない。



○倉庫○


どれくらい走ったろうか。

その間も爆発音は続き、そのたびに氷壁を作りながら走ってきた。

体力も、集中力も、限界だった。

「…しばらく、休もう」

そう呟き、倉庫の中、並べられた木箱の合間に隠れる。

息を整えること、数分。


「なんだぁ?もう鬼ごっこはお終いか?」


戦慄が走る。

隠れた木箱から10メートルほど先に、二度と見たくなかったあいつがいた。

「なに驚いてんだよ、ボウズ。必死で逃げたはずなのになんでこんな簡単に見つかるんだってかぁ?」

あいつは芝居がかった動作で肩をすくめると、

「波動の出力はあるようだが、実戦経験がまるで足りてねぇ。あんな馬鹿でかい壁作りながら逃げてたら、自分の逃げたルートを教えてるもんじゃねぇか」

そもそも、と一拍おいて

「炎を消すだけなら、壁をつくる必要なんてどこにもない。固める暇があるなら広範囲に冷気を撒き散らしたほうがナンボかマシだ」

最後に、嘲るような笑みを作ると、



「残念だったなあ。ゲームオーバーだ」



倉庫内が一瞬で明るくなる。

窓が吹き飛び、木箱が崩れ、梁が落ちてくる。

とっさに氷壁を展開したけどまるで歯が立たない。

あっというまに僕の周りは、あの裏通りと同じ地獄へと切り替わった。

ここ(倉庫)からは逃げられないな。

すんなりと、そう思えてしまった。

実力を見誤っていたことに、遅まきながら気づく。

裏通りのあいつはまるで全力じゃなかった。

僕の氷壁は、すでに役に立たない。

(…だけど)

僕の周辺の木箱に火が燃え移る前に、箱の中身を確認する。

まだ、運が残っているかもしれない。

(最後に、せめて一矢報いてやる…)

こっそりと木箱の中身を抜き取る。

どうせ黒焦げになるなら、あいつも道ずれだ!

あいつが腕を上げ、トドメの蛇を放とうとしたその瞬間―


手に持った箱の中身、いっぱいに油の入った瓶を、精一杯の力で投げつける!!


投げられた中身に気づいたあいつが、慌てる顔が見え、


バアァアン!と派手な音とともに、僕の視界は真っ白に塗りつぶされた。



○裏通り○


駆けつけたときには、誰もいなかった。

だけど、彼の魂をまだ感じる。

「…うまく、逃げ出せたようね」

対象の近くにいることも変わりないようだけれど、ひとまずは安心した。

だけど興奮した対象が獲物を逃がすとは思えない。

もう一度集中し、索敵に入る。

対象(タギネル)の魂を捕捉した頃、ようやくバニッサとハルトがやってきた。


「…これは酷い…」

沈痛な面持ちのバニッサ。

視線の先には、3つの黒焦げの塊。

おそらく、人間だろう。

それは、人間だとはもう断定できない有様だったが、この場の誰もが確信していた。

無言で前に出たハルトが、その塊達に手を伸ばす。

「形だけは整えてやる。それ以上は期待するな」

静かな一言とともに、場の空気が葬式会場のような静けさに包まれ、


―塊達は、白い光を放ちながら3つの十字架へと変わった。


この場でできうる、最大限の弔いだった。


ことを終えるとハルトは、長居は無用とばかりに十字架に背を向ける。

バニッサは割り切れないような表情をしてはいたが、気分を変えるためかハルトへと話しかける。

「遺体にもおまえさんの『天器』が通じるのか?」

「遺体といえど魂は残っているからな。ただ、思考したり、行動したりできるほどの強度が魂にないだけだ」

答えながらも、十字架からは目を離さない。

「魂の、形を変える力…か」

ハルトはそのバニッサの呟きには答えず、

「ミュー、どうだ?」

簡潔な問い。だからわたしも、

「再捕捉した。彼も無事のよう」

今、必要なことだけを答えた。


隣でバニッサが安心する様子を感じながら、

(わたしも、彼には無事であってほしい…)

密かにそう、思った。



○倉庫○


爆発に焼かれた目を無理矢理開けて、周りを確認する。

…やったか?

しかし、そんな楽観はすぐに打ち壊される。

立ち込める白煙の中、確かに人が動いているのが見える。

動きに、ぎこちなさは無い。ほとんど無傷なのだろう。

(はは…。これはもう本格的にダメだな…)

運も尽きた。一発逆転は、ない。

「なかなかやるじゃねぇか、ボウズ。さすがに焦ったぜ?」

あいつがゆっくりと近づいて来る。

僕はなけなしの勇気を振り絞りそばに寄ってきたあいつを殴る算段をつける。

「炎使いの俺を炎で焼こうとするとは、想像外だったよ。そういうのは嫌いじゃない」

白煙を抜け出し、あいつが姿を現す。

「だが、惜しいな。あの程度の炎じゃ俺は殺れないぜ?」


少し煤をかぶってはいるが、予想通り五体満足な姿であいつは立っていた。

爆発のせいで飛び散った瓶の欠片が切り裂いたのか、服はところどころ破れ肌が露出している。

そして。

(…………!?)

あらわになったあいつの右肩に。

赤く光る鉱石が、埋め込まれている―?

いや、違う。

そう、どこかで確かに聞いた気が、する。

なら、どこだったろう?


―人の魂は、よく流体で表現される。


ふと、思い出したその言葉。

午後の暖かさと戦いながら聞いた、いつかの講義。

まるでおまけのように、少しだけ話していた内容。

はっとする。

あの鉱石はあいつの肩に埋め込まれているわけではない。

あれは、あいつの肩から『生えている』のだ。

僕は、あいつの肩から『生える』その結晶(プリズム)を、驚愕とともに凝視せざるを得なかった。

講義の内容は、こう続く。


―だが、全ての人の魂が流体というわけでもない。

―ひとつの強い感情をその魂に刻み込んだ者は、それ以外の感情で魂を揺らすことがなくなる。

―魂が固体になるんだ。

―固体の魂は持ち主の躯を突き破り結晶プリズム化して現れる。

―その状態の魂は概して他の魂を凌駕する。

―この、固体の魂と、それに由来する強力な力を持つモノのことを…


天に近づいたモノという意味を込め『天器』と呼ぶ。


「ふん。炎が効かなかったことがそんなに意外か?あいにく、俺はそんじょそこらの奴とは格が違うんでな。そんな驚いた顔すんなよ」

驚くなというほうが無理だった。

目の前のモノは、本当に同じ人間なのか?

今更浮かんでくる疑問。

平気で人を殺し、町を焼き、しかしそれに対する罪悪感を感じていない。

僕という人の思考回路ではついていけない。

僕はそんなあいつと、同じ人間として分かり合えるのか。

同じ人間という範囲で戦っていたわけでは、なかったのか。

「そろそろ周りもうるさくなってくる頃だろうし、フィニッシュといこうかね、なぁボウズ」



僕は、あいつの前では暇つぶし程度にしか使えない下等生物なのか。



少しずつ強くなっていく炎の、その熱気に圧されながらも動くことができない。

隅々まで諦めに捕らわれた僕の魂は、体を動かそうとしない。

()じゃ、あいつ()には、勝てない。

今までの、不遜な反逆を笑うかのように。

あいつの右肩の赤色が。

炎よりも激しく、瞬いていた。


「久しぶりに楽しかったぜ。じゃあな、ボウズ」

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