第三話 燃える、日常
一人称の独白部分等細かい修正をしました。
物語の進行には関係ありません(6/1)
どこかで、火の手が上がった。
○バニッサ工房○
「タギネルじゃと…ばかな…!」
唖然とするバニッサ。
「俺とあんた、それにシギエの騎士団総動員でやっと捕縛したはずの奴が表れたら、さすがのバニッサも言葉が出ない、か」
「…何を言う。ありゃほとんどおまえさん1人でやったことじゃろが」
わしがやったのは奴を縛る錠に目一杯波動を流してやったことだけだ、と付け加え、少しは落ち着いたようにしてみせるバニッサだったが、顔は緊張したままだ。
「…どうやって逃げた」
「騎士団の連中は、『調査中』なんて悠長なことを言っていたな」
「…またそれか。いったいどうなってやがる」
騎士団は、国の治安を司る国の重要機関だ。
何か起きたら力ずくで止める必要があるため武術や波動に優れたもので構成される、少年達の憧れの的だ。
しかし最近の騎士団は、以前のような正義溢れる組織ではなくなっている。
表向きは何も変わっていないが、上層部で何か大きな変化があったのは明白だ。
「あの騎士総長が自らの後始末に奔走するあまり、本来の職務を見失っているなんてな」
「あの馬鹿者には一度本気で説教する必要がありそうじゃな」
一度だけ味わった彼の説教は地獄の鬼もはだしで逃げ出すレベルだったのをよく覚えている。
思い出せば今でも冷や汗が流れる。
だが、
(自業自得だな。調子に乗るからだ)
俺には関係ない、と同情すらもなく完全に他人事だった。
「話がずれたな。本題に戻すぞ」
「ああ。すまんかったな。続けてくれ」
「2日前、ここカガリの町から北東に20kmほどの森で大規模の火災があったことを知っているか」
「もちろんだ。不自然な火事だとは感じていたのじゃがな、もしや…」
「あそこでタギネルと一戦交えた」
文字通り煙に巻かれたがな、と吐き捨てるように呟き、
「今あいつは手負いだ。興奮したあいつを放っておけば苛立ちのまま町を消しかねない」
「おまえさんがここにいるっちゅうことは、奴は今このまちにいるのじゃな」
「ミューが追跡した。間違いない」
「増援は?」
「首都からの応援が来るまであいつが黙っていると思うか?」
「かと言って、この町の騎士団では相手にならん…か」
バニッサはその言葉を体に染みこませるように、一度大きく深呼吸して、
「実戦とは縁を切ったと思っていたんじゃがな、これも運命かもしれん。
<縛縄>のバニッサ、久方ぶりの大暴れといこうじゃないか」
○中央市場○
僕が住むカガリの町は、西側が海に開けている。その港に届く大量の物資を町全体へ行き渡らせるために町の通りは全て港に繋がっている。
バニッサ工房は、そんな物資の搬入路であり町最大のクリミア通りに面している。
港にある中央市場に着くのに、そう時間はかからなかった。
夕暮れ時の市場は、人と活気で満ち溢れていた。
ふとすると人混みに紛れどこかへと行きかけるミューを必死で捕まえながら食材を買い集めていく。
(やっぱりまがりなりにも歓迎会なら、料理が手抜きなんてダメだよな…。ここは得意料理で勝負といこうかな)
馴染みのある料理ならそう時間もかからないだろうし、と結論を出し
「ほら、こっちだよ」
ミューの手を引いて、魚屋へと向かった。
○中央市場・魚屋○
「へい、らっしゃい!!…お。ソーマじゃないか。今日はアジがおすすめだよ…っと」
市場中に響く声であいさつしてくれた店主のおじさんだったが、僕の後ろで興味深そうに魚を見るミューに気がつくと、
「…デートか?」
「違う」
しかし、答えたのは僕ではなかった。
興味深そうに魚を見る視線はそのままに、ミューが代わりに答えてくれた。
即答だった。気持ちいいまでに。
「ま、まぁ確かに今日初めて会ったけどさ…」
さすがに苦笑いを隠せないでいると、
「…ハハッ。人生なんてそんなもんさ」
人生論まで諭されてしまった。
…あれ?なんだか胸が痛いな。
「嬢ちゃんは見ない顔だけど、旅行者かい?」
「そんなとこ」
「なら、新鮮な海の魚は見覚えがないか」
「この魚は、アジっつうんだが、気になるかい?」
依然魚を見つめたままのミュー。
「…よし。なら少しサービスだな」
おじさんは何匹かアジを袋に入れると
「ほら。お代はサービスだ。調理はソーマに任せとけばいい」
こいつの料理は案外うまいからな、と笑うおじさん。
胸の痛みは幸い一過性のものだったようで、素直にうなずくことができた。
魚の入った袋を受け取ると、おじさんがそっと耳打ちしてきた。
「うまくやれよ」
にやりと笑いかけてくる。
余計なお世話だった。
○中央市場・工芸街○
あらかた買い物を終えた頃、ミューがいなくなっていることに気がついた。
もしかして、迷子?
どうやら初めて来る町のようだし、土地勘がないのも仕方がない。
そう遠くには行っていないだろう。
結論からいえば、ミューはすぐに見つかった。
土産物の店でじっと商品を見つめているところを発見した。
「買わないの?」
近づいて、見つめていたものを確認する。
桜の花をかたどった髪飾りだった。
さっきは否定していたけれど、やっぱりミューも女の子だし、こういうものに興味があるのだろう。
しかし彼女は首を横に振ると、
「お金、持ってない」
…ふむ。
僕は黙って店に入り、それをひとつ、買ってきた。
「はい、大事にね」
手渡す。
「いいの?」
「もう買っちゃったし」
ミューはしばらく手の中の桜を見つめていたが、そのうちすっと、髪に挿した。
顔は無表情のままだったが、こころなしか嬉しそうだった。
「じゃあ、残りの買い物もさっさと済ませようか」
歩き出すと、黙ってついてきてくれた。
…この一連の行動が、さっき関係性を即否定されたからだとは思いたくない。
たしかに普段からこういうことが素直に出来るかと言われたら自信はない。
だけど、さっき髪飾りを眺める彼女を見たときに、僕という一人の人間はここでこうするのが正しいことなんだと思えた。
きっと、それはいつかの僕が望んだ姿だったのだろうと、どこか暖かい気持ちになれた。
…きっとすぐ彼女達は町を離れていくのだろうけれど、少しでも長く一緒に過ごしたいと、
今の僕の素直な思いだった。
○クリミア通り○
「これで全部かな」
買い物を終えた頃には、辺りはもう暗くなっていた。
「ミュー、そろそろ帰るよ」
振り返れば、夕陽を背に佇む彼女が見えた。
まるで燃えているかのような陽光に照らされて、朱く染まる町並み。
彼女の白い服も髪も、その肌でさえ、うっすらと輝いているようで。
凛としたその姿には、目を奪われるものがあった。
だけど。
全てが朱く染まったその世界で。
ひとつだけ違う色彩を放つ蒼い瞳が。
―どこかを、睨んでいた。
ミュー、と堪らず彼女の名を呼ぶ。
慌てた表情で、なんでもない、と返してきた。
あまり表情を表に出さない、彼女が。
だから。
だから、僕は。
「少し買い忘れがあってさ。先に戻っててくれる?」
嘘を、ついた。
○裏通り○
荷物をミューに預け、僕はミューが睨んでいた方向へと走った。
…彼女が何を睨んでいたのかも知らないのに何をしてるんだろう、僕は。
だけど今ここでこうしなければ、少しでも長く、と願ったあの暖かさは消えてしまう予感があった。
走るしか、なかった。
どれくらい走ったろうか。
まだそんなに経っていなかったように思う。
「……っろうが…。…いてん…か!!」
近くから、男の罵声が聞こえた。
おもわず足を止め、そちらを見やる。
3人の男が、1人を囲って何か叫んでいる。
「てめぇ、自分からぶつかってきたくせに謝りもなし。挙げ句の果て俺らを愚図呼ばわりたぁ、ふざけてんのか!!」
「どぉすんだよ、この服。高かったんだけどなぁ。弁償してもらわねぇとな」
「だんまりか?さっきまでの威勢はどこ行ったよ、えぇ!?」
囲まれた男は何も言わない。
一見すると、ただの喧嘩のようだった。
決して無視していい事態ではないけれど、僕は何か違和を感じた。
囲まれた男は、こちらに背を向けて立っている。
灰色の、しかし僕とは違い燃え残りの灰のような印象を受ける髪。
鞘に入った剣を背中に吊るしてはいるけれど、体つきは細く、囲っている屈強な男たちには叶うはずもない。
―本当にそうか?
不意に疑問が生じる。
心臓が爆発しそうなほどの緊張感が辺りを満たし始める。
「チッ…。苛つくなぁ。さっきからピーチクパーチク。おまえらは鳥か?」
囲まれた男が口を開く。
僕には、場の緊張感が膨れあがったように感じられた。
しかし男たちは気づかない。さらに何事かを喚き続ける。
…僕にはもう、彼らが何を言っているかを判断する余裕もないのに!
この、謎の緊張感に押し潰されてしまいそうだ。
暴れ狂う心臓を必死になだめるが、僕にはここから立ち去るという選択肢はなかった。
間違いなかった。
―ミューが睨んでいたのは、あいつだ。
「はん。そんなに喧嘩がお望みなら、相手になってやるぜ!黒こげにしてやるよ!!」
その場にも、僕の魂にも、その言葉は響いた。
そして、辺りの温度が急上昇したような感覚。
この3年間、あの学校で何度も経験した感覚。
そう、この魂の揺れるような感じ―。
―波動。
囲まれた男を中心に、炎が吹き荒れる。
3人の男はよける間もなく飲み込まれ、男の宣言通り、黒こげとなった。
苦しむ様子もなく、一瞬だった。
あまりにもな光景に、おもわず息を飲む。
肉の焦げる、胸が焼けるような臭いを盛大に吸い込んでしまう。
「……うぁ…!」
こらえきれずにえずいてしまう。
そして。
そしてそしてそして。
「ほう…。盗み聞きとは感心しねぇなぁ、ボウズ。ついでだ、ちょっと付き合ってくれよ」
見つかった。
いまさら逃げられるとは、思えなかった。
*
燃え盛る景色の中、
焦げた看板が目の前に落ちてくる。
まるで、僕の運命を暗示しているかのようだった。