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その魂に刻め  作者: 夜彦
第一章 魂の行方―工業都市カガリ
2/12

第二話 対話、後、影

ミューとの会話、一人称の独白部分等細かい修正をしました。

物語の進行とは関係ありません(6/1)

○バニッサ工房・客間○


「あいつ」は少し長めの黒髪と、闇のように深い同色の目をしていた。

顔立ちは整っていると思うのだが、髪はあまり手入れがされておらず、瞳にも覇気がないため、清潔感は感じられなかった。

旅装束なのか床まで届く長い外套を羽織っており、その中は、きっと鍛治をするときの作業着なのだろう、ところどころに焼け跡があるツナギだった。

間違っても、人前に出るときの姿ではない。


そして、「あいつ」は1人ではなかった。


綺麗な白髪が特徴的な少女。

肩にかかるかどうかという長さの髪は、こめかみの辺りではね返っていて、くりっとした碧眼と小さめの顔もあいまって、どこか猫のように思える。

服装はショートパンツに、指まで隠れるくらいに袖だけが不自然に長い白いコートだ。

首もとから金の鎖がかかっているのをみると、ペンダントもしているのかもしれない。

コートのほうはどうやら丈のあっていないものを仕立て直したものらしく、ところどころ縫い跡が確認できる。袖が長いのもそれが原因だろう。

…控えめに言ってもかなり可愛い。

まるで精巧に作られた人形のように、見るものを惹きつける儚さがあった。


立ち寄った町の記憶に残る、かなり目立つ二人組だったろう。



鍛治場での邂逅から数十分後。場所を客間に移したのはいいんだけど、バニ爺と「あいつ」は積もる話でもあるのか、2人だけで語り合ってしまっている。


僕は何をしていればいいのだろう?

勝手に出て行く訳にもいかず、ただ部屋の隅で立ちすくんでいる僕。

自己紹介すら出来ないままただ待つこと数十分。

先ほどの感覚もいつのまにやら消えてしまい、幻覚だったようにも思えてきた。


「あいつ」は、見れば見るほど頼りなさげな風貌に思えて、とてもバニ爺が言うように凄腕の鍛治師には見えない。

しかしどこか人を惹きつけるような魅力を持っているような気もする。

なまじバニ爺が褒めるのを聞いたからかな?

直接話してみればもう少し何か分かるのだろうけれど、タイミングを掴めずにいた。


(とはいえ…ずっとこのまま待ってる訳にもいかないしなぁ)


とりあえず、僕の隣でずっと無表情を保っている少女のほうに声をかけてみようか。


「あの…こんにちは」

「…………」

話しかけた途端、眠そうな目を向けてくる少女。あれ、もしかして無表情じゃなくてうとうとしてただけ?

自分から話しかけておいて微妙な表情で固まってしまった僕を、むっとした顔で睨んでくる少女。

整った顔立ちで睨まれると威圧感があるのだけど、正直話しかけるのがためらわれる雰囲気だったのだけど、ここで挫けたらまた数十分何も出来ないだろう予感があったので、めげずに話しかける。


「えっ…と。僕はソーマって言います。君の名前は?」

「……ミュー」

一応質問には答えてくれた。女の子らしい高めのソプラノ。

「ミュー、ちゃん?…不思議な名前だね」

「…変な名前って言わなかったことは褒めてあげる」

名前気に入ってないのだろうか。

「可愛くていいと思うけど」

素直に本心を口に出してみる。


少女、ミューは少し首を傾げた後、

「あなた良い人ね」

と、(無表情のままではあったが)少し喜色の滲んだ声で言った。


どうやら少しは警戒を解いてくれたようだった。


「ミューちゃん…はさ、『あいつ』との付き合い長いの?」

「"ちゃん"は余計」

「そ…そう?」

「ちゃん付けで呼んでいいのは小さい子だけ」

どうやらこだわりがあるようだった。

しかし…僕はまだ見た目で年齢を計れるほど人生経験を積んでいないので正確ではないけど、身長的に彼女は小さくないとは言えなかった。150あるだろうか?


なんて考えた瞬間、

「痛っ!」

足を踏まれた。

思わず抗議の目を向けると逆に睨んできた。


「わたしは小さい子ではないの」

「ま、まだ何も言ってないよ」

「考えてたでしょ。隠そうとしても、無駄」

そう強く言われてしまえばその通りである僕は何も言い返せない。

というか視線が痛い。


黙っていても何も解決しそうになかったので、

「ごめんなさい」

とりあえず謝っておいた…。


胃が痛くなる沈黙はその後1分ほど続いたが、最終的には

「…別に悪気があったわけじゃないならいい」

と、なんとか許してもらえた。

しかし場の空気は話しかける前に戻ってしまった(それより酷くなったとは思いたくない)。

なんとか話しかける口実を探そうとする僕は、先ほど見た首もとの鎖を思い出す。

「えっとさ…ペンダントつけてるみたいだけど、コートで隠れたままでいいの?」

怪訝そうな顔をする彼女に、首もとを示してみせる。

自分の首もとに手をあてたところで、そのときようやく鎖の存在を思い出したかのようにそれを引っ張るミュー。

やがて出てきた鎖の先端には、金でふちどられた大きな白い宝石がついていた。

「そう、それだよ。せっかくつけてるのに隠しておくの?」

ミューは少し考えるように首をかしげた後

「これは、人に見せるためにつけているのではないから」

「じゃあ何のためにつけてるの?」

後から考えたら、この質問は少し踏み込んだ質問だったかもしれない。

だけど当然の疑問だったし、せっかく掴んだ会話のチャンスを逃したくなかった。

「これはわたしの存在理由なの」

少し大げさな気がした。

「…お守りかなにかなのかな」

しかしミューは答えたくないのか口をつぐんだ。

さすがに無理に聞き出そうとは思えず

「じゃあそういう宝石とかにはあまり興味ないのかな」

「こういうので喜ぶのは子どもの証拠」

…いや、わりと大人も喜ぶと思うよ?そうやってムキになるのは子どもっぽいと思う。

口に出すとまた踏まれそうだったので言わなかったけど。

しかしやはりというかなんというか、ミューは気づいたらしく目に剣呑な光が宿る。

うっ…!このままではまた痛烈な足の痛みを味わうことになってしまう…!

「ああ!ミューはこの町に遊びに来たの?それとも仕事かなやっぱり仕事だよねなんたって『あいつ』についてきたわけだしするとミューは看板娘的な位置にいるのかな意外と金槌を振って鍛冶とかできる職人さんかもしれないよね!」

「……?…??」

秘技・超高速早口によってミューは混乱している。

よし、あと一息だ。

「そういえば最初の質問にもどるけど、『あいつ』との付き合いって長いの?」

「え?えっと…」

ミューは混乱状態ではあるものの素直に質問に答えてくれようとしている。

どうやら誤魔化すことに成功したようだ。

内心冷や汗をかきながらではあったが、危ない橋をきちんと渡れたようだった。

久方ぶりの充実感をかんじるな。

……最終的に「誤魔化すほど後ろめたいのなら素直に謝るべき」と足は踏まれてしまうのだが、それはまた別の話である。


そしてミューとの会話の中で

「あいつ」の名前がハルトであることと、

ミューとハルトの付き合いは2年ほどであることを教えてもらった。


肝心の鍛冶技術に関しては、

「そういうことは直接ハルトに聞くべき」

と言われ聞けなかった。




10分ほど話した頃だろうか。

バニ爺が突然、

「よぉし!歓迎会でも開くか!!」

と、唐突に言い出した。


「な、何を言ってるんですか!何の準備もしてないのに出来る訳ないでしょう!」

思わず全力でツッコむ。


「問題ねぇ。酒と料理があれば文句言わねぇよ?」

「作るのは僕ですからね!?」

「なら、材料やら酒やら買ってくるのもソーマでいいな。なるべくうまいのを期待するぞ」

「そんな馬鹿な!」

「嫌か?ならミューちゃんに代わりに行ってもらおうかね?」


いきなり矛先を向けられたミューは、わずかばかり動揺したように見えたが、条件反射なのか

「ちゃん付けは…」

と言いかけたところで


「頼めるか、ミュー」


「あいつ」…ハルトが割り込んできた。

少し嗄れているようにも聞こえる声。しかし奥底には人を引きつけてやまない何かを隠しているような迫力もある。


この人には、何かある。

直感ではあったが、間違ってはいないように思われた。

ハルトの声を聞いた僕の魂が、大切なことを訴えるように震えるのを感じたのだから。


言われたミューはといえば、何か言いたそうにはしていたがふと何かに気づいたように

「了解」

と短く答え、玄関の扉へと向かっていた。

僕は、少しハルトと話をしてから行きたいと思ったのだけど


「おうソーマ。追っかけなくていいのか?ミューちゃんはここらの道を知らないんだぞ?ガイドが必要じゃあねぇかなぁ?」


バニ爺のそんな台詞を聞き、道を知らないミュー(しかも女の子)に任せきりというわけにもいかず

「あぁもう!行ってくるよ!」

とだけ残し、急いでミューの後を追いかけることにした。




「なぜわざわざ人払いなんてした?」


ミューと少年が買い物へ行った後、俺は素直に疑問を口にする。

「あの少年には聞かせられない話でもするつもりか?」

「それ以外に何があるっちゅうんじゃ」

憮然と答えるバニッサ。


「ハルト…おまえさん、今回は何に首をつっこんどる?」


さすが、バニッサは鋭い。どうやら今回の旅が目的のあるものだと気づいたようだ。


「知り合いの家に厄介になろうなどという思考は、おぬしもっとらんだろう」

「俺だってたまには人恋しくなるときだってあるさ」

軽口を叩いてみたが、バニッサは鋭い目つきで俺の姿を確認すると

「だいたいなんじゃその服は。恩人の家に挨拶に行くなんて連絡しておきながら、あちこちに焼け跡などつくりおって…。左腕の動きも鈍い。疲労も溜まっているんじゃないのか?

まるで、命懸けの戦闘でもしてきた後のようじゃないか」


…隠しきれないな。

「バニッサには一生敵わない気がするぜ…」

小声で呟き、彼の目を見て会話に応じる意を示し、先を促す。


「おまえさんが危険に飛び込みたがるのは初めてあったときからじゃから、いまさらそれを変えようとは思わん」

「なんだかんだ言いながらも、もう8年か?早いもんだな」

「わしも年をとるわけだよ。もう若いもんに任せる頃だと思っとるのじゃがな」

「おまえほど結界関連の波動に通じているやつはそういないだろうな」

「いや、時代は変わった。おまえさんのようなものが大量に現れるくらいにな。じゃが、そんなおまえさんらだからこそ気をつけるべきこともある」

バニッサはそこでいったん区切り、言い聞かせるように言った。

「肉体の不調は魂の変調を引き起こす。逆に魂の変化は肉体も変化させる。特に…」

「『おまえさんら〈天器〉にとっては死活問題だ』…か。あんたが何度も言うから覚えちまったよ」

「分かっとるなら、もう少し自分を大切にしろ。そんな風に日々魂を削っていたら何が起こるかわからんぞ。魂学はまだまだ新興学問なんじゃ」

「いや、今回ばかりはここじゃ引けない」

「なんじゃと?」

訝しげにこちらを見るバニッサに、俺は旅の目的…ある人物の名を伝えた。



○クリミア通り○


工房を出てみると、思ったより太陽が低かった。あまりゆっくりもしていられないだろう。

近くをフラフラしていたミューを捕まえ、その手をひきながら、急いで買い物を済まそうと思った。

誰かと買い物をするなんてひさしぶりだなぁ、なんて益体もないことを考えながら。


沈む太陽に合わせて伸びゆく影が、このときまるで手招きをしているように見えたのをよく覚えている。


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