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ベタな二人  作者: オムラ
3/5

放課後の教室で想い人の席に勝手にすわってみたとこを本人に目撃された【高校生】




2.放課後の教室で想い人の席に勝手にすわってみたとこを本人に目撃された







桃瀬ほのかは、自分のではなく隣の教室にいた。誰もいない教室、人気のない廊下。桃瀬の目に入るのはたった一つ、たった一人の席だ。窓側から2列目の後ろから2番目の席。その席の主の名は赤羽元気。高校に入学して1年目に同じクラスになり、赤羽のことを知り好きになった。2年に進級してから、クラスが離れてしまってもその想いは相変わらず好きだ。

赤羽の席に着くと、そっと机を触る。赤羽が毎日のように触れるそれに触れている自分。桃瀬は顔を赤らめ、改めて周りを見回し人が誰もいないことを確認して、その席に座った。

赤羽が座る席、使う机、見ている景色、感じる光、音、匂い。今、全てを共有している。桃瀬は体の底から高揚した。熱くなった。

大きく深呼吸をひとつし、そのまま机に頭を伏せようとした時だった。


「あれ?桃瀬なにやってんだ?」


聞こえてきたのは顔を見なくてもわかる、聞き間違えるはずのない桃瀬の思い人である、赤羽の声だ。

夢中になりすぎて足音に気がつかなかったらしい。桃瀬は全身を真っ赤にさせ、慌てて立ち上がる。勢い良く立ったせいで椅子が倒れそうになるが、桃瀬はそれどころではない。


「ああああの、これはっ、その、」


桃瀬は思った。もういっそ告白してしまったほうが良いのではないかと。赤羽を想い始めて1年と数か月。何度かこの想いを打ち明けようとしたこともあったが、勇気が足りずに出来なかった。今のこの状況は最悪だ。しかしもしかしたら、今なのかも知れない。今この時を逃したら、後がないかもしれない。

桃瀬は、決意した。


「す、」

「ん?」

「好き!……なの。」


教室はあまりにも静かで、桃瀬は自分の心音がそれほど近くには居ない赤羽にも聞こえるのではないかと思った。かつてないほどの速さで心臓が音を刻んでいる。全力疾走した時以上かも知れない。

そんな桃瀬を尻目に、赤羽は口を半開きにして呆けた顔をしていた。その顔は小学校から変わらない。しかし赤羽は確実に変わっていた。身長はぐんぐんと伸び、今ではクラスで一番高い。見た目は細身だが、部活は陸上部に所属していることもあり、結構な筋肉質だ。顔は悪くない顔立ちで、その性格も相まって桃瀬の他にも赤羽に想いを寄せる女の子は決して少なくなかった。告白されたこともあるが、本人にその気が全くなく、今のところ彼女は出来ていなかった。

だがしかし、肝心なところは変わっていなかった。


「そうなのか!いやー知らなかったよ。びっくりしたー。」

「ご、ごめん。」

「何を謝る必要があるんだ?俺も好きだからさ、問題ないと思うぞ!」


桃瀬は、息が止まるかと思った。正直、自分の想いが実だなんて微塵にも思っていなかったのだ。いや、すこーしだけもしかしたら奇跡が起こるのではないかと思っていたけれど、9割9分見事に散りゆくものだと思っていた。まさか、まさかである。赤羽の口から「あ?何が?」ではなく「好きだ」という単語が出てくるなんて……まさに奇跡だ。


「なんつーかさ、落ち着くんだよな。」

「私は、どちらかと言うと落ち着かない、かな(今も心臓の音が半端ない)」

「しっくりくる、って言うの?」

「そんな風に思っていたなんて……(嬉しすぎて泣きそう!)」

「不思議だよなー涼香の席って。」


「……は?」


桃瀬は耳を疑った。今赤羽はなんて言った?席?桃瀬ではなくて席?せき?seat?しかも、赤羽の幼馴染である、青井の名前も言っていた気がした。


「あ、赤羽君?」

「んー?何だ、桃瀬。」

「ここの席って、赤羽君の席じゃないっけ?」

「ああ、昨日までな。今日席替えして、今度はこっちの席。」


そう言って赤羽は廊下から3番目で、前から3番目の席に向かった。机の中を覗いて「おーあったあった。これ忘れたらヤバかったぜ」と暢気に言っている。

桃瀬は自分の身体が急激に冷えていくのがわかった。桃瀬が座っていたのは赤羽の出来ではない。それは今日桃瀬が知らないうちに席替えをしていたため。そして赤羽が去った後のこの席の主は、赤羽の幼馴染である青井となった。

赤羽はこの席が好きだと言った。それは、窓側から2列目の後ろから2番目の席だからなのか。それとも青井の席だからなのか。

……それを赤羽に問うことは桃瀬には出来なかった。いや、したくなかった。今は、赤羽の気持ちが自分に全く向かっていないことだけで十分だった。十分、傷ついていた。


「桃瀬?」


赤羽の自分の名を呼ぶ声を無視して、桃瀬は走って教室を去って行った。前までは赤羽の声で、自分の名前を呼ばれるだけで胸がときめいていたが、今はえぐれるような痛みを感じる。

廊下を走っていると、誰かとすれ違った。しかし、そんなこと気にしていられなかった。それが誰だかなんて、今の桃瀬にはどうでも良いことだった。




***


「何だったんだ?」


残された赤羽は、全く状況を把握することが出来ずにいた。去年同じクラスでそれなりに仲が良かったと思う桃瀬が青井の席に座っていた。青井の席が好きだという桃瀬に、同意した。自分が席に忘れていったものを取り出しているうちに何故か桃瀬が走り去ってしまった。……もしかしたら、誰もいない所で席に座っていたことを考えると、他の誰かに知られたくなかったのかも知れない。それを偶々、忘れ物を取りに来た自分が鉢合わせてしまい、あまりの恥ずかしさに逃げてしまった……?



「元気、忘れ物見つかった?」


教室の入口に、青井が立っていた。

一緒に帰ろうとして玄関まで行ったが、そこで赤羽が忘れ物に気付き、青井にはそのまま待ってもらっていたのだ。少し時間がかかっている赤羽を心配した青井は迎えに来たのだった。


「おう。見つかった。」

「良かったね……あれ?もしかして元気、席間違えた?」


前赤羽の席、現青井の席の椅子が、大きくずれている。桃瀬が立ち上がった時のままだった。青井は、赤羽が自分の席と間違えて探そうとしたのを途中で気が付き、椅子をそのままにして自分の席に向かったのだと思っていたのだ。


「あー……」


赤羽は空気の読めなさや人の気持ちに対する鈍感さは小学生の頃からほぼ変わらなかったが、少しは成長していた。

友人の一人である桃瀬のあまり人に知られたくないだろう秘密を、あまり他の人に悟らせてはいけないだろう。赤羽は思った。


「そうなんだよ!間違えちゃったんだ!」

「そんな大きな声出さなくても聞こえてるよ。間違っても別に良いけど、椅子は戻しといてよね。」


普段あまり嘘をつかないため思い切り不自然になってしまった。


「どうかしたの、元気。」

「ううん。そんなことよりさっさと帰ろう!腹減った!」


これ以上同じ話題ではぼろが出ることがわかりきっていた。それに実際に赤羽はお腹が減っていた。成長期である。言葉にしたせいかさっきよりもかなり減っていた。


「よし!さっさと帰ろう!今日はお金持ってないから買い食いも出来ないし、早く家に帰ろう!」

「はいはい、ってちょっと。鞄忘れてるよ。」

「あ。」


何処までも抜けている赤羽に呆れながらも笑う青井は、さっき廊下ですれ違った元クラスメイトのことを赤羽に聞こうとも思ったが、聞いてもわからなそうだと判断し、聞かなかった。







放課後の教室で想い人の席に勝手にすわってみたとこを本人に目撃された(と思ったら席を間違えていた)

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