席替えで二度連続隣りの席になった【小学生】
4.席替えで二度連続隣りの席になった
「おはよう!」
勢い良く教室のドアを開けながら爽やかにそう言ったのは、その教室の担任である教師――黒川鉄次、28歳、独身。絶賛彼女募集中である。
生徒たちから返ってくる挨拶に満足げな笑みを溢し、教卓まで歩みを進めると隠し持っていた(生徒からは丸見え)、紙で出来た今にも壊れそうな箱をドンと置いた。
「今日は早速だが席替えを行おうと思う。」
その言葉にある男子生徒は今にも席を立って走り回りそうなぐらい興奮し、ある女子は無関心そうな態度を崩さない。
「赤羽と青井で、じゃんけんで勝った方から引いて貰おうかな。」
先ほどから興奮しまくっている男子が赤羽で、赤羽元気。名前の通り元気で、ご指名を受けたこの瞬間も歓声を上げながら聞き手である右手を振り上げてぐるぐる回している。元気すぎる。
そして赤羽とは対照的に先ほどから無関心な態度がそのままの女子が青井で、青井涼香。こちらも名前の通り落ち着いて涼やかな大人びた子だ。赤羽と比べると益々際立つ。
「よーしじゃあ先生が掛け声するぞ!……さいしょはー」
「先生。」
「ん?どうした青井。何かやり方に不満か?」
教師の掛け声を断ち切った鋭い声の主は勿論青井だった。ちなみに赤羽は思いっきり拳を突き出した状態で停止している。半開きの口は正にアホっぽい。
青井はそんな赤羽のことなど全く気にせず、まっ直ぐに背筋を伸ばし、しっかりと目の前に居る黒川に視線を合わせ、言った。
「席替えはしなくて良いと思います。」
「えー!何で!?席替え楽しいじゃん!くじ引き楽しいじゃん!」
「そうだぞ青井!誰の隣になるのか、友人か、好きな人か、ドキドキワクワクな学校イベントには欠かせない席替えだぞ!」
「先生。」
喧しい赤羽と熱く(るしく)語る黒川に対し、涼やかなと言うよりは冷ややかな青井の声色に、あの常に煩い赤羽も黙り、教室は静寂に包まれた。
「このクラスの総人数を言ってください。」
「…………二人。」
そう、このクラスそしてこの学校の生徒数はなんとなんとの二人。つまりは赤羽元気と青井涼香の二人のみなのだ。二人が住む地域には昔はそれなりに子供がいた。この小学校にも一番多くて各学年に3クラスずつあった。しかし年々人数が減り、とうとう二人のみになってしまったのだ。その二人も6年生になり、彼らの卒業と共に廃校も決まっている。
「たった二席しかないのに一々じゃんけんしてくじ引きするなんてする意味がないです。しかも学期ごとに1回ずつなんて無駄すぎます。さらに言いますと私の記憶ではこの席は3年間変わりません。」
「そう冷たいこと言うなよ青井。先生、二人に人数が少ないことを理由に他の学校では普通に出来ることが出来ないなんてことがないように配慮してだな」
「来年から通うことになる中学校ではクラスに約30人いると聞きました。そこで十分体験できるかと思います。」
「……。」
「俺、くじ引きいっぱいしたい!」
「ほ、ほら赤羽を見ろ。このイベントを心の底から楽しんでアホみたいに喜んでいるだろ。」
「楽しんでるぞ!……ん?先生今何か変なこと言わなかったか?」
「言ってないぞ。」
「そうか。」
間抜けな二人の会話に青井は力が抜ける。いつものことだ。青井は何だかんだと言いつつも、この雰囲気も教室も、学校も大好きだった。それもあと数か月で終わってしまう。そのことを考えると、このメンバーでする残り僅かな席替えももったいなく思えてきた。
それに、
「なー涼香!くじ引きやろうぜ!席替えしようぜ!」
無邪気な赤羽の笑顔を見ると、その笑顔を崩したくないと思ってしまうのは、長い付き合い故かもしれない。
二人は生まれたときから一緒で、近所に他に年の近い子がおらず、年がら年中ずっと一緒にいた。それは中学に上がっても変わらないだろうと、二人とも思っている。
「わかったよ。やろうか、席替え。」
「よっしゃー!!じゃあ先生!掛け声よろしく!!」
「おう!いくぞ!さいしょはぐーじゃんけん……」
とある田舎のとある小学校。生徒数は全部でたったの二人だが、今日もにぎやかな声が校舎に響き渡っている。近所に住むお年寄りたちがそれを聞きながら、お喋りをしている。
今日も穏やかな、一日が始まった。
……ちなみに青井の席はまた変わらなかった。
席替えで二度連続隣の席になった(二度どころかずっとだ)