右手に剣を、左手に花を
もう私がスカイに片思いをしてどのくらいになるんだろう。
…簡単に見積もっても1年半。一進一退どころか一進もしない。…たぶん、一退もしてないだろう…とは思う。
それくらい、スカイは「私」という人間に興味を示さないのだ。
ああ、唯一スカイの心を動かす術を知っている。
それは「剣術の稽古をすること」。
そう、私ことクロエ・リーディングは剣術学校に通っている。
クロエ=お嬢さん、なのに、と親は嘆いているけれど。
おしとやかで愛らしいお嬢さんに育ってくれるように、と考えて親はつけたらしいけれど、それに180度反して私はお転婆一杯。
剣を振り回し、相手をねじ伏せるのが何より楽しい。
そんな「フツーのオンナノコ」とはまったく違う私。
でも、そんな私に訪れた転機は、そう、スカイとの出会いだった。
スカイは、名前すら本当に「スカイ」なのか分からない。
ただ、あまりにも剣術が優秀なので、先生方が是非に是非にと入学を薦めたらしい。
…と、耳に挟んだだけ。
誕生日も、生まれた場所も、どこに住んでいるのかすら、生徒たちには分からない。
いや、住んでいる場所だけしか、先生方でさえわからないらしいけど。
誕生日が分からないんじゃ、プレゼントのしようもないじゃない!と、この1年半で育った乙女心が悲鳴をあげている。
もう、どうしたらいいんだろう…。
なんにせよ、剣術学校はあと半年しかない。残り半年でどうにかしなきゃ…。
振り返ってみよう。
そう、スカイとの出会いを。
14~16才の子たちが通う剣術学校では、私は常にトップクラスだった。
「クラス」どころか、トップだったといっても差し支えない。
普段の稽古ですら手加減は一切なしだったので、相手が怪我をすることも多々あった。
でも、剣術学校なので、その程度で親がでてくるようなことはなかったけど。
もちろん、大会ではいつも優勝。
どんなに体が大きくて、力が強い相手だろうが、私には小柄な人間に活かした剣術というものが身に染み付いていた。
素早い動き、軽やかなステップ、そして相手の力を力でねじ伏せるよりも、受け流しカウンターを食らわせるという技術。
だからはっきりいって私は自惚れていた。
自分はこの国で一番の剣士になれるだろうと。
ところが、今の剣術学校に通い始めてからはどうだろう。
「トップクラス」を維持することはできても、「トップ」にはなれない。
そう、「トップ」は常にスカイ。
それは私がスカイに惹かれ始める前から。
スカイの青い瞳で見つめられると、それだけで私はビクッと体がすくみ、それこそ蛇ににらまれたなんとやらになってしまう。
スカイは体が大きく、力が強いだけではなく、素早さやテクニックもトップなのだ。
あっというまに1本取られてしまい、私は未だかつてスカイから1本とったことすらない。
初めての大会でスカイと決勝戦をしたときのことを思い出す。
どうせまた軽く勝てるだろうと私は高をくくっていた。
ところがどうだ。
私が反応するよりずっと早く、スカイは剣を振り下ろし、1本取った。
直撃を食らった私は柄にもなく「きゃっ」といってしまった。今思い出しても赤面ものだ。
スカイは手を貸して起こしてくれるのかな…と思って近づいてきたのに、顔を近づけて「まだまだだな」といっただけで去っていった。
それっきり、私はどんどんスカイを意識するようになってしまった。
でも最近、スカイはなぜか私に稽古をつけてくれるようになった。それまではまったく接点がなくて、どうしたらいいのかわからなかったのに。
それだけで舞い上がりそうになるって言うのに。
スカイの茶色の髪がなびくのを見るたびに、胸が、とくん、とくん、と打つ。
「クロエ、手合い中に余所見するとはいい度胸だな。」とスカイに言われてまた私は胸が締め付けられる。
名前を呼んでくれた。それだけでうれしい。
そんな乙女ちっくな時間にひたっていると、あからさまにスカイは不快そうな顔をする。
「もうやめてもいいんだぞ。単に他に相手になるやつがいないからお前とやってるだけなんだからな。」
え、なにそれ見所はあるってこと!?
「ま、まってスカイ!やるから!ちゃんとやるから!」
毎日の訓練のあとにする放課後のスカイとの稽古だけが私の楽しみ。
「はっ!」
「まだまだだ、力みすぎている。お前の得意なのはそうじゃないだろう。」
スカイはどこまでも余裕だ。
…本当になんで学校になんているんだろう。もう立派に剣士としてやっていけるじゃない。
そんな時間を延々と続ける。
幸せな時間。でも体力は限界。これがオンナノコの悲しいところ。
「…もうギブアップか。もっと体力をつけるんだな。」
「うー…ごめんなさい。」
「わかった、そこで座って待ってろ。」
スカイなにかしてくれるのかな…なんて淡い期待をしながら、でも完全に体はギブアップ。動けない~。
座るどころかぐったりして稽古場の床に寝転びそうになるのを「お嬢さん」の名前のとおり、という最低限のマナーと思ってなんとか体勢を崩さずにいると…。
ほっぺたに冷たいものが。
「ほら。飲め。」
…食堂のレモネード。
「あれ?スカイ、この時間食堂閉まってなかったっけ?」
「その前に礼を言えよ。「お嬢さん」。」
「あ、ああ、ごめん、ほんと、ありがとう。ありがとうね。」
まさかスカイがレモネードをもってきてくれるなんて。もう舞い上がりそう。さっきまでのグッタリ感はどこへやら。
「食堂のおばちゃんは俺たちが特訓してるの知ってんだよ。」
「そっか…明日お昼にお礼いわなきゃ。」
「そうだな。」
スカイはぐびぐびと飲み干し、ふーっとため息をつく。さすがにスカイも疲れたか。
私はうれしくてたまらないのでついちびちびと飲んでしまう。
「早く飲めよ。…いやいいか。俺先帰る。」
「ええっ、まってよスカイ!一緒に帰る!」
え?今日のスカイどうしたの?なんか変じゃない?
いっつもだったらレモネードなんてもってきてくれないし、さっさと先に帰っちゃうし、なに?なにがあったの?
なにがなんでも一緒に帰りたいので一気にレモネードを飲み干す。
「グラスは私が返してくるから!待っててね!絶対待っててね!」
と私はいって全速力で食堂へ向かい、グラスを返却する。
…まっててくれる…かな…と半信半疑で稽古場を覗くと…誰もいない。
がっくりと肩を落とす私。
「何してんだ、早く着替えろよ。」
びっくりして振り返ると、制服に着替えたスカイが立っていた。
「お、驚かせないでよ…今着替えるから、待ってて…」
もう胸がばくばくいって仕方がない。
制服姿のスカイって初めて見たから。
私は稽古着のスカイしかみたことないもの。
もうぱっぱぱっぱと手早く稽古着を脱ぎ捨てるように脱ぎ、制服を着る。
「お、おまたせ…。」
「遅い。」
…なんかデートみたい…。
「いくぞ。」
そしてスタスタとえらい早足で歩き出すスカイ。
「ちょ、ちょっとまってよ、早いよスカイ。」
「これも日ごろの鍛錬だ。」
そういうもんなのか…。
「でもスカイ今日は何かあったの?」
と、つい聞いてしまう。
「…別に。」
あ、やっぱりダメか…教えてくれないか。でもなにかあったとしか思えないこの態度の変わりっぷり。
「先生に言われたんだよ。」
「何を?」
「クロエの暴走を止めろって。」
…暴走?
「お前最初の大会で俺に負けたあとから1年もの間、ずっと「打倒スカイ!」っていって無茶苦茶な稽古してただろ。」
「…なんで知ってるのそんなこと。」
「お前は確かに一人前の剣士と言ってもいいぐらいのスキルを持っている。だけどスキルだけではやっていけない。」
…返す言葉がない。
「でも未だにお前は全然俺に勝てそうにないよな。」
さすがにここでカッとなる。
「そんなことないわよ!私だって本気だせば勝てるわよ!」
「俺は学校のあとに稽古してさらに10km走るぞ。」
「じゃあ20km走るわよ!」
「やれるもんならやってみろ。」
頭に血が上った私は、そのままスカイをおいて全力疾走でその場を去っていった。
「…やべえ、さらに暴走させた…」スカイはぼそりとつぶやいた。
しばらくスカイの顔を見たくなかったので、別の子に稽古の相手をしてもらった。
…全然物足りない。やっぱりスカイじゃないと本気だしても楽しくもなんともない。
でもスカイには…しばらく会いたくなかった。
しかたがないので、体力づくりに励んだ。
あとは、図書館にいって色々な勉強をした。
ニッポンのブシドー?とかいうのもちょっとだけ調べてみた。
そのニッポンのブシドーとかいう本に載っていた剣術のスタイルが私に合っている気がした。
これなら私でもできるかもしれない。それに、スカイにだって勝てるかもしれない。
でも今までのスタイルと全然変えることになるわけだし一夕一朝にできるものでもない。
…でも卒業の大会には間に合うかもしれない…。
なんかもう、スカイに対する恋心よりまた「打倒スカイ!」のほうが強くなってきちゃった…。
稽古場にこもって素振りからやり直し、あえて稽古相手はつけてもらわなかった。
そうすると、稽古場の入り口からスカイが顔だけだしてぼそっといった。
「そこはもう1歩踏み込め。」
…スカイ…。
「卒業の大会でお前が俺に勝てたら、お前が一番欲しいものをお前にやるよ。」
「えっ!?」
そういうと、スカイはそのまま帰っていった。
私はというと、ぽかーんとしたまましばらくほうけていた。
でも、そんなこといわれたら勝たないわけにはいかない。スカイは私が何を欲しいと思っているの?
スカイ自身?それとも…?
ってことはスカイのことが好きだってことはバレバレ?
そんなこと考えたら集中できない…。
でも…やるって決めたらやる。何が何でも勝ってみせる。
スカイにだって今度こそ本気出してもらおうじゃないの。本来のじゃじゃ馬気質が爆発寸前。
そしてスカイにいわれたとおり、1歩踏み出してみたら一気にやりやすくなった。
スカイめ…なんでもしってるのかあいつは。おっと「お嬢さん」なのに汚い言葉が。
そして…私は見違えるように体力が上がった。そして、自分でいうのもなんだけど、もうスカイにだって負けないんじゃないかってくらい素早さもあがった。ニッポンのブシドーの本に出会えたのはラッキーだった。
ひらひら舞い落ちる木の葉が切れる。動体視力もすっかりあがっている。
…これなら…いける。私はきっと勝てる。
迎えた卒業大会。
決勝はみんなも、本人同士も予想していたとおり、スカイと私での戦いだった。
スカイは右手にいつもどおり剣を持っていたが、左手になぜか花束をもっていた。
…私の一番欲しいものは花束だと思っているんだろうか。
それをぽん、と闘技場の外へ投げるスカイ。
審判が神妙な顔をして二人を見る。
私が、以前と違う構えをしているのを、みんなが不思議そうにみている。
スカイだけは、「やっぱりそうきたか」という顔をしている。
「さあ、やろうぜ。今日は手加減ぬきだ。」
「わかってるわよ。全力できなさいよ。」
審判が咳払いをする。
「私語は慎みたまえ。」
もう一度咳払い。
「始め!」
以前なら反応すらできなかったスカイの動きが見える。
振り上げて…おろす。
私の脳天に直撃させるつもりの一撃。
でも私はそれをするりと避ける。
続けての横薙ぎ。これも後ろへのステップで避ける。
「避けてばかりか?」
「そっちが本気になったらこっちもいくわ。」
「ふん…いうようになったじゃないか。じゃあ…いくぞ!」
スカイのスピードが2倍くらいになる。それでも…反応はできる。
まっすぐ突くスカイ。それもまた紙一重で避け…私はカウンターの一撃をスカイの胴体めがけて「置いた」。
予想していない動きだったらしく、まともに食らってしまうスカイ。
でもあまり効いていないようだ。
これはもう、避けてはカウンターを置く、というのを繰り返すしかないか…と心の中で舌打ちした。
しかしスカイの猛攻は衰えない。
さすが…これが本気のスカイか…。学校の先生たちがどうしてもと懇願したこれがスカイの力。
私は積極的に攻めるのは難しいと判断した。
でも、私は思った。
「私の一番欲しいもの」を手に入れるために、私は戦わなくてはいけない。
「私が一番欲しい人」を殺す勢いで。
構えを再度変える。
ニッポンの「居合い」を私なりにアレンジしたものだ。
さすがにスカイの顔色が変わる。
見たことがない構えだからだろう。
だが、さすが知識が広く深いスカイ、「ニッポンの居合い」というものも知っているらしい。
私の小柄な体では、懐深くまで入らないと剣は届かない。
…と油断したのだろう。
実は全身の筋肉を限界近くまで鍛え上げたおかげで、剣の大きさも以前からスカイが知っているものとは全然違うのだ。
それをスカイはしらない。
そして、スカイがそんなことを知ろうともしなかったことが幸いした。
なにしろ私はまだ1撃しかスカイに攻撃していないのだから、気づきようもない。
全身全霊の力をこめて。
すべての集中力をひとつにして。
私は鞘からぬいた剣を横へ薙ぐ。
剣がスカイの大会用に用意された軽鎧に食い込む。だが薙ぐ剣のスピードは落ちなかった。
そしてスカイの両膝が闘技場の地面につく。
うっすらとにじみ出てくる赤い血。
スカイは唸るように言う。
「…俺の負けだ。」
審判が笛を鳴らす。
「そこまで!」
闘技場を取り囲む先生や生徒たちが歓声を上げる。
「クロエが勝ったぞー!」
「スカイがとうとう負けたぞ!!」
「クロエ、よくやった!」
でも、そんな声には構ってられなかった。私の一番好きな人が、私の攻撃で血を流しているのだから。
「ごめん、スカイ…ごめん、ごめん…」
スカイは私の髪をくしゃくしゃにしながら言う。
「なにいってんだ、よくやったじゃねえか…。あそこで「居合い」をやってくるとはな…。」
少しだけふらつきながら、スカイは左手で置いていた花束をつかむと、私に差し出した。
「ほら、受け取れ。」
「…これが私の一番欲しいもの?」
「いいから受け取れ。」
私はどこか腑に落ちないものを感じながらも、花束を受け取った。
花のいい香りが鼻をくすぐる。少しだけ幸せになった。
「一番欲しいものはあとでやる。まってろ。」
「…う、うん…。」
そして、そのままみんなが制服に着替え、卒業大会の表彰とともに、卒業式が執り行われた。これが我が校の風習なのだ。
私は最優秀卒業生として、表彰をうけ、みんなの喝采を浴びた。
私の暴走を心配してくれていたという先生も、涙を浮かべて喜んでくれた。
みんなと抱き合い、今後について話し合った。
「俺はこのまま更に上の剣術学校に行くよ」という人もいた。
「私は剣術学校の先生になりたい」という人もいたし、「子供に護身術としての剣術を教えたいの」という人もいた。
珍しくスカイが話の輪に加わっていた。
「おい、スカイはどうするんだ?」
いつもなら会話になんて加わらないスカイなのに。
「…俺は故郷に戻って剣士ギルドを立ち上げる。」
「へえ~」
「さすがスカイ、やることが違うわね。」
「じゃあさ、クロエはどうするんだ?」
え、そういえば私なにも考えてなかった…。私も更に上の剣術学校に行こうかな、といおうとした。
「私も…」
と、そこまでいってスカイにさえぎられた。
え?何?
「クロエは俺が開く剣士ギルドの女将さんだ。」
え?
え?え?
え…今なんていったの…クロエ聞こえません…
「ええええええーーーー!?」
「何!?二人ってそういう関係だったの!?」
「うっそーーー」
もう私も大混乱だけど周りも大混乱。
スカイいっつも誰にも興味しめさない人間だとみんな思ってたからね…。
みんながパニックになってこっちを見ていないのに乗じて軽く私を抱きしめるスカイ。
「どうだ、お前が一番欲しいものだろ?」
「うん…」
「なんだ、不服か?」
「いや、そんな訳ないよ!」
「じゃあいいだろ。」
そしてシメは不意打ちのキス。
…もう。意地悪。でもどこまででも付いて行くんだからね。
ところで、故郷ってどこなの?