三つ足烏のとある過ち
何度も言いますがBLっては言ってるもののぬるいです。はい。
あの後なんやかんやありましたがそこの描写はまだ書いてないだけで二人はできてます。
迂闊だった、としか言いようがない。別に、依頼をされた訳ではないのだ。ただ何故だか、ふらりと足が動いていた。その場には彼もいたのに、あの時の自分が何を思っていたのか今思い出しても自身の不注意さに腹が立つ。
そうして足を一歩踏み入れた瞬間に気付く、これは自分ではどうにもできないものの類だと。
散歩がてらに寺院を見に行こう、と私が言ったことがそもそもの始まりだった。前々から興味を持っていた有名な寺院を彼と一緒に見たいと常々思っていたのだが、その日は丁度彼から暇ができたという連絡を貰ったので折角なら、と誘った。彼は二つ返事に了承してくれた。有名な寺院だからと、油断していた自分が浅はかだったのだ。
境内を歩いてる時に感じた妙な気配が気になり、霊が寄ってきやすい彼をその場に残してから一人で詮索を始めた。職業柄、と言えばそうなのだろうが、今はそれを少しだけ恨んだ。
そうして歩いているうちに見つけた古ぼけたお堂のある一角に差しかかった時、ざわりと背筋を駆け上がる悪寒に一瞬身が竦んだ。「踏み込み過ぎた」そう思って、今に至る。
侵入者を見つけたと言わんばかりにねっとりと溢れ出る禍々しい気配に逃げねばと脳が、本能が叫ぶ。だが今の私はいつものように着物を着ている上に、元々走りに自信はない。直球勝負で走って逃げたとしてもじき追い付かれるだろう。
じり、と後ずさりながら札を一枚取りだす。焦る気持ちを押さえてそれを地面へひらりと落とした。落とす際に念を込めた故にその札は自分の身代りになるべく幻視の力を纏い始める。
これがいつまで持つかは分からない、だがこれ以上に今は何もできる術が無い、そうしてから踵を返し走り出した。情けないことだが、こうなった以上無事で逃れられそうな選択肢はもうそれしかなかった。恐らく貼ってもすぐに破られるであろうとは思ったが、無いよりはマシだと結界を張るべく印を組んだ左手はそのままに右手で立ち並ぶ両脇の木へと貼っていく。遠くで身代りが破られた気配がした。ねっとりと絡まるように厭な気配が強くなる。
あれは多分、土地神を拗らせてしまった末路だと走りながら思った。自分は霊体の相手はできても、神を相手にすることはただの愚かな行為でしかないということを知っていた。その境界線を誤って超えてしまうともちろん、脆弱な人の身体が耐えきれるはずもなく破滅を迎える。その上、本人の周りにも影響を及ぼしかねないことなのだ。
全ての札を張り終える頃には彼の姿が見える場所へ差し掛かっていた。彼は私の姿を見つけて驚いたように目を見開く。
「や、八咫さん…!?一体どうし……」
「はい、かけさん…此処から…早く此処から離れて!!」
「なんで…もしかして、何かまずいことでも、」
「早くッ!!!」
息を切らし切羽詰まった様子で言い放つ私を彼は呆気に取られた様子で見る。と同時にその顔が一瞬強張った。彼もこの気配には気づいたのだろうか。「事情なら後で説明するから」と言いかけた瞬間、彼から手を引かれたかと思うとふわっと身体が浮かぶ感覚がした。
一瞬何が起きているのか分からず混乱する私の頭上に彼の顔が見える。たっぷり5秒かかって気付いたがこれは多分、横向きに抱きかかえられている。
かなり驚いたものの、すぐに頭は冷静さを取り戻す。いくら私が軽いとはいえ、仮にも大の大人である訳であり、いくらなんでも大の大人を抱きかかえて走るには限度がある訳であり。それよりも何よりも、彼を危険に晒してしまうということが自分としては耐えきれなかった。
「はっ、灰掛さん!!何してるか分かってるの!?」
「分かってるよ!今八咫さん抱えて逃げてる!!」
「いや違、そういうことじゃなくて!!貴方も危ないんだよ!私は大丈夫だから灰掛さんは、」
「じゃあ何で私の所に戻ってきたの!?危ないって伝えたかっただけ!?」
「…っ、それ、は………」
彼にしては珍しい強い口調で言われて、口を噤んだ。確かに私は危険を知らせるために彼の元へ走った。それは事実だ。もう彼をこういうことで危険に晒したくはないから、できるだけその危険から遠ざけたくて彼の元へ走った。
はずだったのだが、何故か頭の片隅で違う想いが蟠っている。その想いに信じられない、と思いながらも信じずにはいられなくなっていた。
「(まさか私は…………この人に、頼りたかった?)」
「伊達に何度も追いかけられてないんだよぉぉぉおおおコラァアアアアア!!!」
涙目になりながら彼が誰に言うでもなく、叫んだ。気付くとあの厭な気配はもう追ってきていなかった。だが私は何も言えずに、ただ必死に走る彼に大人しく抱きかかえられていた。
走って、走って、走った彼は私の家へと続く一本道の入り口でようやく立ち止まった。ぜえぜえと肩で息をしている。私は小さく「もう下ろしていいよ」と言い、ようやっと地面に足を付けた。それから彼が息を整えている間、私は何も言えなかった。何と言えばいいのかも分からなかった。
どうすればいいのか分からずに俯きかけた時、目の前の彼が唐突に勢いよく顔を上げた。
「危ないことはやめてって言葉そのまま返すよ!!もう!!!」
彼は涙目になりながらも、必死にそう言い放った。「危ないことはやめて」という言葉は、前に彼に取り憑いたものを祓った日の最後に私が言ったことだ。その言葉をまさか自分に言われるとは思っていなかったので私は思わず呆気に取られる。
「…ごめん、ごめんね。ええと………今度から無茶はしないようにするから。…その、」
初めて見た彼の怒りように動揺してしまっているのは目に見えているのだろう。私は口ごもった。それと同時に、謝るより先に言うべきことがあるだろうにと自分に対して腹も立った。
すっと顔を上げて、彼の目を正面から見止めると彼の背中越しに沈みゆく太陽が見えた。
「……ありがとう。」
そう言って困ったような、慈しむような微笑みを浮かべて目の前の彼をふわりと抱きしめた。そうすると彼は少しだけ身動ぎをすると同じようにぎゅう、と抱きしめ返してくる。ちらと顔を上げてみると、彼はまだ涙目ではあったが、その顔にはふにゃりとした笑みを浮かべていた。
「…無事でよかった。」
そう言って彼はまた抱きしめる力を強める。その暖かさが心地よくて、私は彼の胸に顔を埋めた。
「もう本当仕事以外でああいうのに関わらないでね…びっくりしたよさすがに。」
「あはは…ごめんね。今度からはそうするよ。」
とは言ってもお節介な自分がどこまで関わらずにいられるかは分からないが、と思ったものの口には出さないでおいた。優しい彼はまた心配するだろうが、一緒にいれば恐らく嫌でも分かるに違いない。
「でも、もしまたこういうことが起きたら頼らせてもらうよ。」
私は何気なく言ったつもりだったのだが、彼はそれを聞いた瞬間驚いたような表情を見せて、それからとても嬉しそうに笑って「任せてよ!」と言った。
「さあ、帰ろう。もう逢魔ヶ刻が近い。」
「え?おうまが…え?」
「ふふ…幽霊に逢いやすくなる時間帯ってことだよ。」
「な、何それ!早く帰ろうよ…!」
それを聞いて純粋に怖がる彼を見て、私はついつい笑ってしまった。今度彼にはお守りでもあげようかと考えながら、二人で家へと続く一本道を歩み始めた。
灰掛さんをお借りしました。
最近、灰掛さん好きすぎてつらい。
ずっとほのぼのしてろよ…幸せになれよ…。