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♪浦島太郎 Prologue

かぐや姫が目を覚ますと、見覚えのない竹薮の中にいた。

「そうでした。私、地球に来たのでしたわ」

しかし、どうすることもできないので、しばらくそのままじっとしていた。

すると、遠くのほうから人の声が聞こえてきた。

声が次第に大きくなり、人影も確認できた。

そしてその人影はかぐや姫に気づき、近づいてきた。

ストレートの黒髪を高い位置で一つに束ね、鉢巻きをしめた凛とした顔立ちの男。

「君、どうしたの?迷子?」

初め警戒していたかぐや姫だったが、その男性の表情の柔らかさに安心感を覚えた。

「え、えぇ…。迷子といいますか……、私、いくあてがないのでございます……。もしよろしければ、私を住まわせてくださる処をお探ししていただけますか…?」

男性は少し目を丸くした後、にっこり微笑んだ。

「だったら、僕らが住んでる花咲荘(はなさかそう)に来るといい。部屋はたくさん空いてるし、とてもいい処だよ。ね、皆」

男性は後ろにいる猿や犬や雉のほうを振り返った。

それらの動物たちはそれに反応して何やらはしゃいでいる。

「では、そうさせていただきますわ。私はかぐやと申します。貴方様のお名前は何とおっしゃるのでございますか?」

「僕は桃太郎。よろしく。さっき鬼ヶ島で鬼退治をしてきたばかりなんだ。じゃあ行こうか。立てる?」

「えぇ。わざわざありがとうございます」

こうして2人と3匹は花咲荘に向けて歩き出した。

目的地につくと、優しそうなおじいさんが出迎えてくれた。

「おぉ、桃太郎か。よく帰って来なさった。お前さんならやってくれると思っておったぞ。それで、その可愛らしい娘さんはどなたかな?」

彼は花咲かじいさんと呼ばれている、花咲荘の管理人だ。

「新しい住人だよ。いいでしょ?」

「おぉ、構わんぞ。なら、竹の間を使うといい。桃太郎、案内してやっとくれ」

花咲荘は広い建物を全て覆うくらいの桜の木に囲まれている、今で言うアパートのようなものだ。

「ここが竹の間、君の新しい住まいだよ。というか、いくあてがないって、家出でもしたの?」

「あっ、はいっ、そ、そのようなものでございますっ」

桃太郎はくすっと笑うと扉を開けた。

「何か不便があったらすぐに相談してね。僕の部屋はこの棟の反対側の梅の間だから」

「はい、わかりました」

「じゃあ、皆に挨拶しに行こうか。まずは隣の松の間の浦島太郎のとこから」

コンコンとノックをすると、クールそうな男性が現れた。

真っ赤な長い髪を右横で束ね、長い前髪の隙間から鋭い視線が覗いている。

「桃太郎か。何か用か」

男性は表情ひとつ変えない。

桃太郎はかぐや姫を男性の前にだすと、彼女を紹介した。

「今度君の隣の部屋に住むことになったかぐやちゃんだよ」

「はじめまして、かぐやと申します」

ペコリと頭をさげると、男性は口の端をくいとあげた後、自己紹介をした。

「俺は浦島太郎と申す」

すると後ろからひょいと女性が顔を出した。

「お隣りさん?よろしくね」

かぐや姫が不思議そうな顔をしていると、桃太郎が耳打ちをしてくれた。

「彼女は、浦島太郎の奥さんの乙姫さんだよ」

「そうでございましたか。お美しい方でございますね」

「まぁ、花咲荘一の美女って言われてるからね。でも君も負けてないよ」

「そんなそんな…。御冗談がお上手ですね」

2人は次に桃太郎の部屋の向かいの部屋の菊の間の住人に挨拶をしに行った。

「あぁ、桃太郎おかえり!!あれ、その子は?」

出てきたのは、栗色の髪で裸に着物を羽織った元気な男性だった。

「今度、浦島太郎の隣の部屋に住むことになったかぐやちゃんって言うんだ」

「そうなんだ。よろしく、かぐやちゃん。俺は金太郎。金ちゃんって呼んでもらえるとうれしいな」

「こちらこそよろしくお願いいたします、……き、金ちゃん……さん……」

「そんなー、固いよ。もっと柔らかく柔らかくー」

全住人に挨拶を済ませたところで、かぐや姫はやっと部屋に戻ってきた。

窓から外を眺めると、満月が輝いていた。

…地球は怖いところだとおもっていたけれど、なかなかいい人たちばかりだわ。

かぐや姫はこの国、そしてこのアパートが気に入った。


ある日、かぐや姫の竹の間に来客があった。

「はい、どなたでしょう?」

ドアを開けるとそこには、浦島太郎と奥さんの乙姫が立っていた。

「あら、こんにちは。何かご用でございますか?」

すると乙姫がにっこりと微笑んで言った。

「えぇ、今日みんなでお花見をするんです」

浦島太郎が言葉を継いだ。

「…お前もどうだ?」

「はい、是非私もご一緒させてくださいまし」

庭に出ると、桜の優しい香りと共に、おいしそうな食べ物の匂いが立ち込めていた。

金太郎と桃太郎がこちらに気づいて手を振っている。

かぐや姫はみんなに勧められて、ご馳走をたくさん食べた。

みんなでわいわい騒ぐことは今まであまりしたことがなかったが、それもいいものだな…とかぐや姫は思っていた。

けれど今は何となく……

「浦島太郎さん、ご一緒させていただいてもよろしいですか」

浦島太郎のそばにいてみたかった。

「俺は構わんが……」

浦島太郎は、チラリと乙姫のほうを見遣った。

「いいわよ。こういうのは大勢のほうが楽しいですもの」

視線に気づいた乙姫がニコッと笑った。

3人で桜の木の根本に腰を掛け、花を見上げた。

花びらがひらひらと風に乗って空を泳いでいる。

「お誘いしていただいて、ありがとうございます」

かぐや姫は2人を見た。

「いいのよ。かぐやさんだって、立派な花咲荘の住人なんですから」

かぐや姫は、本当に乙姫は綺麗な人だと思った。

さらに浦島太郎と並んでいると、美男美女でとても絵になっている。

そんな2人と並んでいることが恥ずかしくなって、かぐや姫は俯いた。

「……桜、綺麗でございますね…」

すると浦島太郎は桜を見上げたまま、ぽつりと呟くように言った。

『…桜は……俺の一番好きな花だ……』

一度顔をあげたかぐや姫だったが、その横顔が何だかとても眩しくてまた俯いてしまった。

「私も桜は一番好きでございます……」

「そうか」

どうしたのかしら……。

鼓動が速くて、顔が熱い……。


桜の花が降る庭で、ひとりの乙女が禁断の恋をした。

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