第五話 五人の女奴隷(下)
アナスタシアは金髪碧眼の整った顔をしており、身長百五十半ばのほっそりとした身体に、守ってあげなくなるような儚げな雰囲気を持っていた。
ただその分、泣きそうな目でこちらを見られるとかなり堪える。
「アナスタシアです……。 トラバッハ王国出身で十七歳になります」
トラバッハ王国って確か、大陸ではサンドグラム帝国に次ぐ大国だ。 帝国とは長い間大陸の覇権を争っていたはず。
ただその後――。
(もう駄目、早く終わって。 カエデ、助けて!)
悲痛な心の声に思考を乱される。
アナスタシアも前の二人と同様、身体を一回転させた。 肩の上で切りそろえた金髪が風になびく。
だが俺は、心の中で悲鳴を上げ続けるアナスタシアをこれ以上見るのが辛くなり、そっと視線を外した。
嫌がってる娘を視姦するような趣味は俺には無い。
そのカエデってのは何してんだよ、とここにはいない人物に愚痴をこぼした。
アナスタシアはほっとした様に息をつくと、最後に一礼した。
「それでは失礼します、リョウ様」
(ああ、やっと終わりました)
「アナスタシアは以上ですね。 カエデ、次はあなたです」
アナスタシアと入れ替わりにカエデと呼ばれた娘が前に出る。
って、カエデってこの娘かよ。
カエデは五人の中で一番背が高く、百七十弱はありそうだ。 長い黒髪をポニーテールにしており活発な印象をうける。
顔はサクヤと同じくすっきりとした和風美人といった感じか。 しかし意思の強そうなその黒い目は俺をにらんでいた。
(アナスタシアを泣かせるなんて、許せない)
えー……。 そりゃ確かに泣かせたような形になったけど。
なにか釈然としないものを感じる。
「カエデです。 トラバッハ王国出身の騎士で十七歳」
カエデもトラバッハ王国出身なのか、まあアナスタシアの知り合いらしいから当然か。
でも名前といい容姿といい、サクヤと同じヤマト国の出身かと思ったんだが違うみたいだな。
(アナスタシアは私が守る!)
真っ赤な顔をして、キッと俺をにらむと身体を一周させる。
ポニーテールが俺の鼻先をかすめるが、わずかに顔をずらしてそれを避けた。
恥かしがったり、にらんだりと忙しいな。 俺は生暖かい目でカエデを眺めた。
騎士だけあって引き締まった身体をしてるけど、意外に胸があるんだなぁ。
などと思って見ていると、カエデは赤い顔でわたわたと慌てだした。
(な、なんでそんなに見るんだ)
面白いがこの辺にしておこう、俺は視線を外した。
カエデはハッと我に返ると、素早く頭を下げた。
「以上になります、リョウ様」
(なんか疲れた……)
「カエデは列の方へ戻ってください。 ではフィーネで最後になります」
カエデは後ろへ下がったが、フィーネと呼ばれた娘が前に出てこない。
良く見ると、カエデの後ろから顔を半分出し、こちらをうかがっていた。
「フィーネ、隠れてないでリョウ様の前へ出なさい」
(まったく、フィーネの人見知りにも困ったものね)
フィーネはカエデの前に出ると、こちらへ歩き出した。
(は、恥かしいです……)
ギクシャクと手と足を同時に動かしながら、フィーネは俺の目の前に到着した。
フィーネは人狼と呼ばれる狼の要素を持つ人間であった。
髪は銀色のショートで、頭上にある獣耳とお尻の中央にある尻尾が、唯一人間との違いを表していた。
ただ耳も尻尾も今は、その精神状態を表すかのように力なく垂れ下がっていた。
(もの凄く見られてます、こっちは裸なのに)
悩ましげな琥珀色の瞳は涙で潤み、すっきりとした鼻筋の下の小さな唇は、困ったように閉じられている。
羞恥に頬を染めたその顔はとても可愛らしく、また小動物のようにぷるぷると震えるその姿は庇護欲をかきたてられた。
「フィーネといいます。 銀狼族で、年は十六です」
(あと少しです、頑張りましょう)
フィーネは意を決すると、くるりと回った。
身長は百六十くらいか、細身な身体の割には胸が大きい。 獣耳や尻尾も好きな人にはたまらないんだろうな。
フィーネは一仕事終えた、みたいな顔をするとペコリと頭を下げた。
「これで終わりでしゅ、ご主人様」
あ、かんだ。
五人が再び俺の正面に整列すると、ミレイさんはみんなにマントを渡してそれを着させた。
全員がほっとしたようにため息をつく。 これでようやく落ち着けるな。
だがこの後、予想もしないような爆弾が投下されるとは、俺の知る良しもなかった。
(ふぅ、なんとかみんなを見てもらえたわ。 でもここで気を抜かないようにしないと)
「これで全員の自己紹介が終わりました。 リョウ様、何かご質問はございますか?」
質問ねぇ……。 そういや奴隷の料金を聞いてなかったな。
「この娘達を身請けする為の料金は幾らでしょうか」
(あぁ、肝心な事なのにお伝えしてなかったわね)
「そういえばお伝えしていませんでしたね。 申し訳ございません、一人金貨千枚になります」
金貨千枚か、金貨一枚が日本円で十万円だから……、一億円か。
「一億円!?」
思わず俺は叫んだ。 ちょっと待て、普通の女奴隷の相場は金貨十枚のはずだ。
最高クラスでも金貨百枚だと師匠に聞いている。 その更に十倍だと!
塔にある全ての金貨を持ってきたけど、それでも二千五百枚だから全員の身請けは出来ない。
周りを見ると、奴隷達も余りの金額の高さに驚いている。
ってあれ、奴隷の心の声が聞こえないぞ。
あ、ひょっとして集中が途切れて、読心の術式が解除されたのか。 うわ……、やっちまった。
俺は大事な場面で犯した重大なミスに、頭を抱えた。